第21話 スキル《家転移》
隣国へ向かう森の中、昼間の光がまだ木々の間を縫っていた。
リオンは倒木に背を預け、ボウガンを片手にわずかにまどろんでいた。
夢の中で、もう一人の自分に出会う。
そのもう一人のリオンは、クラリスと楽しそうに遊んでいた。
その光景に胸が締めつけられ、リオンは隣にいた“神のような存在”を殴ろうとする。
だが、そいつはただ憐れむような目でリオンを見つめ、低く囁いた。
『力を使え』
次の瞬間、夢の中のクラリスともう一人のリオンが遠ざかっていく。
リオンは静かにその背を見送り、別れを告げた。
目を開けると、木漏れ日の中。
リオンはゆっくりと起き上がり、森の奥へと歩き出した。
やがて、月明かりが木々の間から差し込む小さな平地に出る。
リオンは一息つき、荷袋を下ろした。
背中の荷には最小限の装備しかない。
周囲に敵の気配はないが、胸の鼓動だけは早鐘のように鳴り響いていた。
「……さあ、使ってみるか」
低く呟き、両手を前に出す。
スキル《家転移》。
かつて“神のような存在”から授かった、不思議な力。
リオンは目を閉じ、頭の中に懐かしい景色を思い描く。
“日本のセーフハウス。安全で、誰も知らない場所”
すると、森の空気が静かに震え始めた。
地面が淡く光を放ち、空間がゆらりと歪む。
次の瞬間、光が弾け、森の中に一軒の建物が姿を現した。
木々の陰にひっそりと佇む、小さな家。
リオンだけの家だ。
リオンはドアに手を伸ばし、指先で暗証番号を入力する。
『カチッ』。軽い音が響き、施錠が解かれた。
扉を押し開けると、懐かしい静寂が広がる。
リオンは床下の収納を開け、ペットボトルの水を取り出した。
口をつけると、ぬるい味が喉を通る。
それでも、思わず小さく笑みが漏れた。
「……はは、やっと落ち着けるな」
外の戦火も、追手の影も、ここには届かない。
ここは自分だけの空間。
傭兵としての血と、復讐の記憶を抱えたままでも、ただ安らげる。完全な安息の場。
リオンは水を飲み干し、深く息を吐いた。
そして、静かに目を閉じる。
次に歩む道を、冷静に、確実に思い描くように。




