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【6】手助けの要求 1/4

 バイトが終わり、今は夜の十時半。今日のバイト先のレストランにどっとお客さんが押し寄せてきた。オーダーが殺到し、厨房はもはや戦場だった。なんとかオーダー通りに次々と作ることができたが、作っている最中に疲れていると意識するとその場ですぐに寝れるんじゃないかというくらい眠気が襲ってきた。その眠気と闘いながら、なんとか今日のバイトを終えることができた。心身ともに疲労がたまった状態でマンションにやっとたどり着いた。

 いつものようにカメラ付きの携帯機の画面に、後藤の部屋のドアを映す。すると画面には「インプットパスワード」とメッセージが表示され、その下には空欄が四つあった。慣れた手つきでパスワードを入力し、エンターボタンを押した。すると、画面に「アンロック」と表示され、かちゃと開錠した音がした。

 やっと寝れると安堵していたが、今度はまだ履き慣れていないブーツを脱ぐのに四苦八苦していた。玄関でしゃがみ込んでひもを解いていると「やっとね。いつもこんな時間?」と声がリビングの方から聞こえてきた。心臓が飛び出るほど驚いてしまった。その極度な驚きのせいか、ブーツのひもを見つめたまま、頭を上げることができない。

 まさか、泥棒か? いや、だったらこんなのんきに声をかけるのはおかしい。他の人がこの部屋のパスワードを知っている人なんていないし、人を置かせたまま出かけるほど心は広くない。どこかで聞いたことのあるこの若々しくて女の声は……。

 足音が徐々にこっちに来ながら大きくなっていくのを感じながら、恐る恐る後藤はそうっと見上げた。

「三日ぶりかしら。部屋も調べさせてもらったけど、やっぱり《トリ》の痕跡はなかったわね」

 そこには辻本が居た。後藤は思わず尻餅を着き、震える人差し指を辻本に向けて非難するように大声で言った。

「お前! どうやってこの部屋に入ってきた! 完璧なセキュリテリが施されているのに、一体どうやって!」

「どうやって? そんなの簡単よ」

 辻本が指笛を鳴らし、仮想空間を作り出した。そして指で文字を描き、唱えた。

「風よ、吹け」

 かまいたちが後藤にめがけて、駆け走っていく。後藤はその場で瞬時に伏せた。かまいたちは後藤の頭上を通って玄関の扉を破壊しながら外へ出て行った。もし伏せていなかったら、ぶつかっていたに違いない。

「こうやって穴をあけて中に入ったの。簡単でしょ?」

「危ないじゃないか! それにどうしてくれるんだ! ちゃんと元に戻せ!」

 後藤は怒鳴った。辻本はやれやれというように手を挙げた後、また指笛を鳴らすと、扉はちゃんと修復され、元の状態に戻った。違う、元の世界に戻ったのだ。

「仮想空間はあくまでも現実を切り取って仮の姿を作る空間。さっきのように物が壊れるけど、現実とは一切関係ない。でも、私がこうして移動したという事実は残るわ」

「つまり……テレポーテーションしたっていうことか?」

「別に念力で移動したわけじゃないよ。瞬間移動って言った方が正しいわね」

「不法侵入罪だぞ! 今すぐ俺の部屋から出て行け!」

 後藤はようやく無断で侵入してきたことに気づき、警察に訴えるぞ、という風に脅して言ったが、辻本は「果たして人が《トリ》を裁けるのかしらね」と言い、臆することは全くなかった。

「別に出て行ってもいいけど、どうしても彼女がここで待ちたいって言うから——」

「外で待てばいいだろ!」

「あのね、私たちは鳥目なのよ。人間の姿をしているときはともかく、鳥の姿をしているときは真っ暗闇でなにも見えない。彼女は鳥の姿で居たいって言うもんだから、こうなったのよ」

 彼女?

 靴棚の取っ手をつかんで開いてみると、中には見慣れない厚底のブーツとサンダルがあった。

 後藤はその見慣れない靴の数からして察した。辻本が来るはめになったってことは、まさか……。

「おい。そのもう一人がここにいるわけじゃないだろうな?」

「早くあがって、彼女が待っているわ」

 あまりにも理不尽すぎる。ここは俺の部屋なのに勝手に入った上に、その言い方はなんだよ。余計な人まで呼びつけて……。

 後藤はため息を吐きながらブーツを玄関に並べて置き、辻本の後をついていくような形でリビングへ行った。するとテーブルに一羽の鳥がいた。キビタキと言う鳥だ。声や容姿が良いと言われている鳥で、人気が高い。オスは上面が黒く、腹が黄色い。メスは全体的にオリーブ色で腹は若干白い。この鳥はメスだから、オスみたいに目立つ色を持っていなかった。

 他は誰も居ない。キビタキは後藤を見るなり、翼を広げて見せた。

 このキビタキ、どこかで見たことがあるような気がする。

「もしかして、いつも公園で俺に近寄ってくる鳥か?」

 キビタキに話しかける様は、きっとこっけいに違いない。それになんも返事が帰ってこない。辻本の言う彼女じゃないのか。

 公園でのんびり過ごしていると、ときどき直輝の元に近づいてくる鳥がいる。そして必死に何かをアピールするように翼を広げて見せる。唯一そのしぐさをするのはこのキビタキだけであって、人間を恐れていないようだった。

 辻本の言うもう一人は、もしかしてこのキビタキのことなのか? もしそうだとしたら、それはつまり、俺が今まで会ってきた鳥は実は《トリ》で、辻本が現れる前からもずっと見張ってきたということなのか?

 後藤はきょろきょろと見渡したり、自ら動いて物陰にいるのではないかと探しまわった。音沙汰もなく、他にはだれもいないことを確認する。ここにいるのは二人と一匹の鳥だけだった。

 キビタキは、後藤が視線を外している隙に姿を変えた。すると、キビタキが消え、テーブルの傍にとても美しい人間の女性が現れた。

 後藤が改めてキビタキを見ようと視線を戻したが、目の前にいる女性に圧巻をとられた。辻本と違って背が高くて胸もある。目もパッチリと見開いてとても可愛い。《トリ》のキビタキが人間になるとこんなにスタイルが良いのか。顔を見ているとなんだか恥ずかしくなって、視線をそらしてしまった。

「こ、こんばんは」

 緊張してしまって、言葉がつっかえた。

「後藤さん! 私を覚えてくれてたんですか! 嬉しい!」

 そう言うなり美人さんは頬を赤く染め、手で顔を隠した。

「紹介するね。親友であるこの《トリ》は霜月春美。私がここに来る少し前から暮らしているの。気づいたかもしれないけど、後藤は公園でいつも春美と会っていたのよ」

「……ってことは、一ヶ月くらい前から俺のことを見張っていたのか?」

「え?」

 後藤がそう訊くと辻本は眉を寄せ、霜月さんを疑るような目で見た。ばつが悪そうな霜月は耳まで赤くなり下に俯いた。

「まったく、あんたって人は——えぇ、そうみたいね」

 霜月さんはただ単に会うのが楽しみでわざわざ公園に来ていたのか。胸を撫で下ろす自分がいて、なんだか気恥ずかしかった。

 霜月さんはとても美人だけど、性格は恥ずかしがり屋さんのようだ。ずっと手を覆っていて顔が見えない。後藤は彼女を驚かせないようにそっと声をかける。

「あの、俺に何か用事があるんでしょうか?」

「す、すみません。そうでした。お二人方に話があるんです!」

 指と指の間にある春美の目が、後藤と辻本を覗き込んだ。

 一体何の話だろうか。辻本にも関係するらしい。

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