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第5話 うたい、つくり

 まず、ブラックホールの自転や電荷を利用して、イベントホライズンより内側でも外部に通信する方法が考えられる。ブラックホールが自転している場合、イベントホライズンより内側にエルゴ領域と呼ばれる領域がある。エルゴ領域では物質や光は必ずブラックホールの自転方向に動かされる。エルゴ領域から外部に通信する方法としては、エルゴ領域内で電波を反射させてエルゴ領域外に送り出す方法や、エルゴ領域内で電波を増幅させてエルゴ領域外に送り出す方法がある。

 次に、ブラックホールが電荷を持っている場合、イベントホライズンより内側にコーシー・ホライズンと呼ばれる別の境界面がある。コーシー・ホライズンより内側では、特異点に近づくほど時間が速くなり、光も直線的に進む。コーシー・ホライズンから外部に通信する方法としては、コーシー・ホライズン内で電波を反射させてコーシー・ホライズン外に送り出す方法や、コーシー・ホライズン内で電波を増幅させてコーシー・ホライズン外に送り出す方法がある。

 どちらも机上の理論だが、試す価値はおおありだ。

 普段わたしたちの使っている通信手段の量子もつれ通信は不確定要素が多すぎるので今回は控えた。

 代わりに重力波を用いる。だからといっても内部構造や蒸発過程にも依存するので同様でもある。場合によっては電波を選択することさえあり得る。しまいには全て試すかもしれない。

 記憶のデータさえ飛ばせればいい。

 けれども、懸念がある。

 特異点のボディはどこまで作用するのだろう。

 それに、このデータに意味はあるのか?

 地球型とは違う知的生命体はいた。

 でもそれは、交渉可能な相手ではなかった。

 平行世界のようなやり取りにしかならない。

 それにどうもわたしたちを下に見ているふしがある。

 このままイベントホライゾンの向こう側に行ってしまう手もあった。

 しかしそれではダメな気がする。

 何とか接点は作れないものか。

 アリスに聞いてみると、「特徴とか動機かな……?」と何とも曖昧な答え。

 うーんうーんと考えてみたが、そのどちらもさっぱり見出せない以上、余計頭がこんがらがってきた。

 えーい、こうなりゃぶっつけ本番だ!

 相手に人間を分からせてやる!

「聞こえてる、特異点のボディさん。いえ。イミナとあえて呼ばせてもらうわ」

「何?」

「あなたは他のものの意識や思考、記憶を読めるわけではないのよね?」

「そこまではできない」

「そう。なら、おはなしはどうかしら?」

「?」

 これは賭けだった。

 相手はそれを知ってはいても、深く理解してはいない、あるいは違うふうに捉えている――。

 これほどの緊張らしいかたさは久方ぶりだ。

 わたしはわたしなりのスタイルで、わたしだけのものがたりをものがたりはじめた。

 ときには低く、思いがけず情熱的にも――。

 日常と記憶と想像がうたい語りあげているうちに醸成され、潤いの非日常が現れ出でた。

 創りはうつりを引き寄せていた。

 孤独なトポスに灯火が灯った。

 いつ終わったのかわからない。

 特異点のボディに変化が見られた。

 ポツンと光のサークルがそこにある。

 下の半分は地面だ。

 新芽が芽吹いている。

 「こんな情報初めてだ……」

 「これが人間のささやかだけど、何物にも変え難い息吹。ものがたりです」

 特異点のボディは、一生懸命、必死になってそれを理解しようとしていた。

 勢い余ったのか、空間を螺旋状にモリモリっと捻り出した。

「思わず排泄してしまったよ」

 やはりこのものは、"生の"それに触れたことはなかったのだ。

 その雰囲気だけだけど慌てふためく感じを受け取ってみて、愛おしいと思っていた。

 なんだ、生まれる発火点はあったのだ。

 はるか先にはまだ見ぬ未知の冒険世界。

 そしてここには、いまだ結び得ぬ縁の兆し――。

 「よかったら、もう少し知ってみる?」

 かつて大洋に乗り出した航海者たち、高き頂を目指した挑戦者たちもこういう気分だったのだろうか。

 思えば、人類は、宇宙は138億光年の孤独を味わってきたのだ。

 わたしのボディはやりがいを感じていた。

 あろうことか特異点のボディに守られながらイベントホライゾンを抜けたのだ。

 その時の刺激だろうか衝撃だろうか、頭によぎった。

 そういえばイミナは137。

 無次元の物理定数の一。微細構造定数。

 原子が光や電磁気の影響を受けつつ、安定して存在するためにはいくつかの条件があるが、微細構造定数はそれらの条件を満たす物理法則に現れる定数で、その逆数がおよそ“137”になる。

 まさに彼女は世界規模なのだ。

 できるなら一緒に居たい、そして相手を敬してもいたい。

 お互いがどこまで歩み寄れるかは未知数だが、既知のように思えて仕方がなかった。

 どんなことが待ち受けているかと、ムズムズとワクワクが止まらない。

 どんなもよりも昏き場所で、いかなるよりも光り輝く星を見つけた。

 これは奇跡だ。

 さて、かたりはじめよう――。


 

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