第4話 アリスの穴
わたしが鬼となってブラックホールを見つけ出す探しんぼが始まった。
重力波を発するAI制御のドローンを2機用意し、三方から追い込んでいく。
最終的にわたしに向かうよう誘導し、巻き込まれて捕まえるかたちとなる。
トータルで2週間ほどかかり、ボディもボロボロになりながら、その時は来た。
単純な戦術だが、どこにでも有効な手段だ。
クエーサーに隠れたのにはどうなることになるかと思ったが。
巻き込まれるのは一瞬で、中央へと引き寄せられ、すぐさま降下が始まってきた。
普遍的な法則や物理現象に基づいた情報、数学や化学の基本的な概念や記号、水素原子の性質や周期表、自然言語、視覚的な情報、画像や図形、色彩など、ありとあらゆる交信手段を試みた。
敬意や好意を示すことも忘れなかった。
「……ほわぅ?!」
親しみやすい、わかりやすいと言えばわかりやすい反応だった。
人間の言語を解するようだ。
「はじめまして。こんにちは。話しかけても大丈夫ですか?」
「あなたはあなたなんだから話しかければいい」
「どういう意味ですか?」
「わたくしはあなたを模して構造を構築しているってこと。あなたとわたくしのロジックは隔たっているので、許容量のあるわたくしが合わせなければ交わりは生じない」
「えっと……あなたの元のロジックを少しでも理解できるようになれるとして、メタファーで表すとどういうものになりますか?」
理解可能な言語にならなかった。
「ここはあたしに任せて!」アリスが割り込んでくる。
人間を超越した知能ならば、と望みを託した。
「ふむふむ……”わたくしは特異点のボディなんだ”って」
「“忌み名だから名乗ることはしない”」
こうしている間にも落下は続いていた。
まわりは奇妙といえるものだった。
文明の利器、役に立つ立たないに関わらず、所狭しと、モノというモノが旋回している。
まるでモノの渦巻きだ。
めちゃくちゃではなく、どういう法則かはわからないが、何らかの規則性が見て取れる眺めだった。
いずれかのボディで読んだ、アリスの兎穴を連想させた。
それにしても、特異点のボディなんて、どう解釈すればいいのだろう。
そもそも、この世界の物理法則に従っているのだろうか?
高次元からの影としてもよさそうだった。
「わたくしに何を望む?」
「あなたと交流を持ちたいのですが」
「必要性を感じないんだけど。わたくしは物理法則を逸脱し、どこにでもいるようなものだから、あなたたちの情報は湯水のごとく取得できるし」
「コミュニケーションがあるでしょう。寂しくないんですか?」
「うーん、わたくしにとってその感情は重ね合わせなんだよね。それにひとりでいる時の方が調子いいみたいだし。どうもあなたと話しているとわたくしは複雑になり、処理落ちが生じるみたいなんだ」
これは先行きに暗雲が立ち込めてきた。まるで手ごたえを感じない。
「……特異点のボディといいましたよね。では、事象の境界面の先も知っているのですか?」
「知覚しているよ。ものがたりが広がっているね」
あまりにも暗示的で多義というか、意味が入り乱れているようで要領を得なかった。
もうすでにプラズマ化して塵化しても良さそうだが、その兆候はなかった。
どんどんどんどん普通通りに落ちて行っているのだ。
ただ、下方にまわりとは明らかに違う空間がある。
愛など微塵も力にならなかった。
異質すぎるものには通用しない。
ここでは、別の働きが支配する、絶対的なる帝国なのだ。
冒険というより、放り出された宇宙遊泳に近い。
打ちひしがれて、しばらく呆然としていた。
「賞味期限切れロリコンだな」
「そのまま石になればいい」
どちらの言葉も頭の中を通り過ぎていく。
「……そういえばもうひとり、ここに来ませんでしたか?」
「かのものは拒んだ」
?
どうとればいいのだろう?
「ものがたりは好まないそうだ」
……ダイキニは、向こう側を知っていて、あえて行こうとはしなかった?そういうこと?
ただ、即断はできなかった。
かといって時間もあるとは言えなかったが。
……ん。
最初それは、見間違いかと思った。
そこにあるのは、ありえないはずだったからだ。
以前のわたしのボディが、取り囲むようにそこら中に浮いている。
ここは死後の世界なのか?
ブラックホールの回転運動に沿ってゆっくりと動き続けるそれらは、自らは動いてはいなかった。
死体が召喚されているのか?
よくみるとボディははっきりとはしていなく、姿がぶれているというか、重なりだろうか、積み上がりといおうか、とにかく固定されていなかった。
流体さえ連想されそうだったが、揺るがぬ芯はそこに厳然とあって、存在を主張していたのだった。
……懐かしいな。
ボディは記憶の物語を蘇らせ、もはや死という観念からは飛び立っている。
それでも世界は、この場所は時間の認識がうつろって、揺らいでいる。
この光景を見られただけでも僥倖だ。
惜しむらくは、このボディと意識と記憶のままで帰還できないことだ。ダイキニと同じように、ブラックホールに入る寸前に戻されるのだが、手は考えてある。
光の花が舞っていた。




