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リーシェンと第七皇子

「第七皇子は本当に素晴らしいお方だわ」


 宮殿で働く使用人の誰もが口を揃えてそう噂する。

 グラーヴァ皇国の第七皇子――アゼル・ラ・グランヴァル。魔術の才に長けており、適性年齢十五歳の初級ダンジョンを僅か九歳で完遂した。

 魔術先進国の皇国では魔力の多い者が優遇される傾向にある。アゼルはその経歴を評価され、第七皇子でありながら皇位継承権を持っている。だからといって驕り高ぶることはなく、アゼルは誰にでも平等に優しい。使用人がアゼルの才能や人柄を賞賛するのは当然のことだった。

 しかし、その賞賛の後には、必ずこう続く。


「それに比べて第八皇子は」


 と。

 第八皇子――リーシェン・ラ・グランヴァルはアゼルと年子だ。日に透けてきらきらと光るアゼルのブロンド色の髪とは異なり、リーシェンの髪は真っ黒だった。

 皇国では「黒」という色は悪魔の象徴とされている。

 世界各国の歴史を遡っても黒い髪を持って生まれてきた者は誰ひとりとしていなかった。それ故リーシェンは生まれたときから「悪魔の子」と揶揄され、リーシェンの容姿は外部には秘匿にされている。

 皇帝から厭われて家庭教師もつけてもらえず離宮に放置されているリーシェンには、まともな学も能力もない、と誰しもが噂している。

 そしていつしか「落ちこぼれ悪魔の子」と呼ばれるようになった。

 そんなリーシェンは外に出るたび聞こえてくる噂たちを気にも留めず、ガゼボで従者のディアンが淹れてくれた紅茶を飲みながら、魔術書を黙読していた。


「ディアン」

「承知しております」


 主人に呼びかけられ、年老いた従者は彼の盾になるべく身を乗り出す。淀んだ気配を隠している遠くの茂みに目をやった瞬間、躊躇なく弓から矢が放たれた。

 一本、二本、三本、四本。リーシェンに向かって飛ぶ矢たちを、飄々と片手で捉える。

 襲撃に失敗し、茂みに潜む気配が狼狽えたのが分かった。反撃される前にそそくさと立ち去るのを見計らって、リーシェンがようやく顔を上げた。


「ディアン、短剣あるんだから手で掴むのやめなよ。毒が塗り込まれてたら大変だよ」

「手袋はしておりますし、毒の耐性がありますので多少は平気です」

「平気じゃなかったときの為に言ってるんだけど。僕は魔術が使えないんだから、治してあげられないでしょ」


 リーシェンがむくれると、ディアンはにこりと微笑んだ。

 ディアンはリーシェンが子供らしい姿を見せると、愛らしいものを見るように笑うのだ。


「坊ちゃまの命令とあらば、以後気をつけます」


 丁寧に頭を下げるディアンに、リーシェンはうんうんと頷いた。

 ディアンは三年前のとある事件をきっかけにリーシェンの従者となった。リーシェンの唯一の味方だ。怪我をしてもらっては困る。

 リーシェンは魔術書をぱたんと閉じて、「そうだ」と思い出したのように切り出した。


「ねえ、魔の森に行こうよ」


 魔の森とは、魔獣の生息地だ。魔獣が人里に下りてこないよう森全体には魔術による障壁が張り巡らされており、出入りするには何らかの方法で障壁を通過しなければならない。

 そうやって対策をしているのは、危険な魔獣が沢山いるからである。ちょっとピクニックしようよ、とでも言うような軽いノリで出かけられる場所ではない。

 案の定、ディアンはリーシェンの打診に眉を顰めた。


「坊ちゃまが魔術を好んでいるのは存じていますが、魔獣で実験でもなさるおつもりで?」

「ちがうよ。ほら、僕って誰かさんに命を狙われてるでしょ。毎日ディアンが護衛してくれてるけど、それじゃディアンの休みがないじゃんか。だから魔獣でも飼おうかなって」


 誰かさん、と濁してはいるが、自分の暗殺を企んでいるのは誰か、リーシェンは分かっている。皇族に「悪魔の子」がいることを疎む人物――すなわち皇位継承権を持つリーシェンの兄姉たちだ。

 好きに動くことができない皇帝陛下に代わり「悪魔の子」であるリーシェンを排除することで点数を稼ごうとしているのだろう。リーシェンの命は政治の道具にされているのだ。


「私は坊ちゃまにお仕えするために生きているのです。休みなんて必要ありません」


 そう言うだろうと思った、とリーシェンは苦笑してカップにくちをつけた。


「その気持ちは嬉しいよ。でも駄目。ディアンに何かあったら大変だし」

「お心遣い感謝いたします。しかし坊ちゃまの護衛を他の者に任せるのは心配です」

「じゃあ護衛じゃなくてペットにしよう。それならいいでしょ」


 ディアンは頑固だ。心に決めたことを覆すことはまずない。ならば魔獣を迎える口実を変えてしまえばいい。


「魔獣をペットに、ですか」

「うん。とびきりかわいい子をお迎えしようね」


 護衛ではなくペットという体にすれば、ディアンも反対できないだろう。まだ何か言いたそうな顔をしているが、その反論が声になる前に、自分たちがいるガゼボに来客が近づいてきた。その人物に目をやり、リーシェンはぱっと明るく笑った。

 ふたりの護衛を侍らせた第七皇子のアゼルが、ガゼボの前で足を止める。

 アゼルはディアンが手に持っている弓矢を一瞥し、不快そうに目を眇めた。


「お前、こんなところで何をしている」

「今日は天気がいいので、外でティータイムをしているところです」


 ティーカップを持ち上げてみせると、アゼルはふんと鼻を鳴らした。


「無暗に出歩くな。目ざわりだ」

「大丈夫です。殺されない程度に控えているので」

「……話が噛み合っていないようだな。魔術よりも他に学ぶことがあるんじゃないのか」


 アゼルはリーシェンの膝元に置かれた魔術書を指さした。


「魔術書なら言語も術式も覚えられるし一石二鳥でしょう」

「魔力のないお前が読んでも無駄だ。そこの化物と会話の練習でもしたほうがいいんじゃないのか。もっとも、練習したところで披露できる機会なんてないがな」


 化物とはディアンのことか。確かに高速の弓矢を手で掴むなんて人間業ではないだろう。

 感情の読めないアゼルに、リーシェンはにこりと笑いかける。


「お気遣い痛み入ります」

「……兄さま方のお目汚しにならないよう、くれぐれも言動には気をつけろ」


 冷たく言い置くと、アゼルは外套を翻してその場を後にした。

 使用人からは「誰にでも平等で優しい」と評判のアゼルだが、「悪魔の子」であるリーシェンには会うたびに憎まれ口を叩いている。

 他の皇子はリーシェンの殺害を目論むか、見えていないふりをするかの二択なので、こうしてリーシェンに話しかけてくれるのは純粋に嬉しかった。

 アゼルの姿が完全に見えなくなると、ディアンが口火を切った。


「第七皇子は何をしにいらっしゃったのでしょう」

「僕の話し相手になってくれたんだよ」

「そんな感じはしませんでしたが……」

「アゼル兄さんは不器用なだけで、すごく優しい人だよ。そのうち分かると思う」


 ディアンは納得していないのか、はあ、と気のない返事をした。

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