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「な……っ、何だい。きゅ、急に……!」
老婆は風をかき分けるようにして前に進もうとするが、か弱い老人の力ではその場で耐えることすら難しかったようで、数秒踏ん張った後、ころころと後方に転がって行ってしまった。
「ダダコ、やりすぎだよ! お婆さんが怪我したらどうするの?」
「大丈夫よ。ちゃんと後ろにクッション作っておいたもん」
コラダがたしなめるが、ダダコは一向に意に介していない様子だ。
「それと、フッカの端末も返してよね。それ壊したらあの三匹に何て言われるか……」
ダダコは老婆の前にかざしていた右手をスカートのポケットに入れ、中から革紐を取り出した。紐の端を持ったまま、それをザイロに向かって投げつける。その革紐はまっすぐザイロの手を目指し、まるで生きた蛇のように彼の手に絡みついた。
「え? えぇ? ちょっと……」
突然のことに驚いたザイロが持っていた端末を放すと、革紐はそれを見届けたかのように、彼の手から端末へと寄生先を変える。くるくると端末に巻き付いたのを見て、ダダコはそれをぐいと引っ張った。
端末は、ダダコが引っ張るのと同時に勢いよく飛び上がり、フッカの手中に戻った。「サンキュ、ダダコ」
「さーて、この冤罪でっち上げ野郎はどうしてくれようかしらねぇ……」
ダダコがぎろりとにらむと、ザイロ親子は仲良く固まってぶるぶると震えている。
「あ……、アンタら何者だ! おっ、おかしな術を使いやがって!」
そんなことを聞かれたって、それはですね……と答えるわけにはいかないのだ。何せ僕達は……。
「あたし達は、緑星政府から派遣された『サン・チルドレン』よ!」
ダダコ――――――――――――――っ!
得意気に胸を張ってそう言いきったダダコを、二人は目を見開き、口をあんぐりさせて見つめた。
「ダダコ、それは言っちゃダメなやつだろ!」
思わずフッカが声を上げる。
「そうだよ。ダダコはもう黙ってて!」
コラダはダダコの唇の右端をつまみ、そのまま左へ滑らせ、接着した。ダダコが相手では気休めにもならないのだが、いわゆる『お口にチャック』というやつである。案の定、ダダコは自力で解除したが、コラダの気持ちは伝わったようで、口はつぐんだままだ。
しかしもう『サン・チルドレン』の名を出してしまったのである。運よくこの二人がその存在を知らなければいいのだが……。
「サン・チルドレン……」
口を開いたのは老婆だった。やはり年寄りは余計な知識を持っているようだ。
「何しに来た! ……悪魔の子め!」
老婆は明らかに敵意をむき出しにして罵倒した。歓迎されない存在であろうことは、寄宿学校で習ったし、この旅が始まる前にフルからも何度も言われた。わかっていても、やっぱり何とも言えない気持ちになる。
緑星でもチルドレンのことを『悪魔の子』と呼ぶ者もいる。優遇への嫉妬や、自分にはない力を持っていることへの畏怖の念。無理もないのだが、年端もいかない子供に突きつけるにはあまりに酷な言葉である。
好きでこうなったわけじゃねぇよ……!
フッカはそう思い、ぐっと手を握りしめて小さく震えた。
「……先ほどは僕らの仲間が失礼しました」
怒りに震えるフッカを尻目に、コラダはそう言って深く頭を下げる。ダダコは虚を衝かれたようで、目を見開いてそれを見つめている。
「僕達はこの力を悪いことに使ったりしません。そう習ったんです。この力で、自分達より弱い人を泣かせたり、困らせたりするのは良くないことだから。でも、もし、それを知った上で、それでも向かってくる人がいたら、その時は泣いてゴメンナサイって言うまで叩きのめしていいんだって。そう習ったんです、僕達」
コラダはにこにこと屈託のない笑みを浮かべながらすらすらと淀みなくそう言った。
「コラダ……? もしかして……?」
「おい……、見ての通り、あの二人はもう戦意消失してるぞ? なぁ、おっさん、婆さん、そうだよな? そうだって言え! コラダがキレたら厄介なんだよ!」
必死な形相で訴えるフッカに圧倒され、ザイロ親子は真っ青な顔で何度も頷いた。
「もももも申し訳ございませんでしたぁっ! お代ぃっ、お代は結構ですからぁっ!」
ザイロは祈るように顔の前で両手を合わせ懇願している。
「何をおっしゃるんですか。そんなことをしたら僕らは無銭飲食です。お代はきちんと支払います!」
コラダは両手を大きく振った後で、急にハッとした顔になり、「もしかしてやっぱり無銭飲食をでっち上げようと……?」とつぶやいた。
それを聞いたザイロは青を通り越して真っ白な顔で「いただきますぅっ、お代ぃっ! きっちりと正規料金でぇっ!」と叫んだ。
*
『情報は集まりましたか?』
店を出た後でダダコの端末にフルからの着信が入った。ダダコは気まずそうに二人の顔を見つめた後で観念したように大きく息を吐いた。
「ごめんなさい。まだなの……」
『その落ち込みよう……。何か問題を起こしましたね?』
「ごめんなさい……」
『まさか、正体をばらしたり、不必要な場面で力を使ったりはしていませんね?』
フルの呆れたような声が聞こえてくる。ダダコはしょんぼりと背中を丸め、さっきよりもさらに小さな声で「ごめんなさい」と言った。
『まったく、あなた達がついていながら……』
どうやらフルは二人の回線とも繋いだらしい。各々の端末からフルの呆れ声が聞こえてくる。
「それでも俺は被害を最小限に食い止めた方だと思うぜ? コラダもキレかけてたし」
『コラダが……? それは余程の事態だったようですね』
「ちょっと待ってよ! 僕ぜんぜん怒ってなんかないよ!」
『あなたは自覚がないのが恐ろしいのです。寄宿学校の実験室を破壊したのはどなたでしたっけ?』
「うっ……。僕です……」
コラダは気まずそうな顔で俯く。
『とにかく、我々の方である程度の情報は集めました。一度船に戻りましょう』
その言葉で通話はぷつりと切れ、三人の間に気まずい空気が流れた。




