スケボーサラリーマン
開店前の和菓子屋の前で、今帰は緋毛氈の敷かれた縁台に腰かけ大きくあくびをした。店の自動ドアを手で開け、外に出てきたエプロン姿の娘の手にはみたらし団子が三本のった白い皿があった。
「これ、おじいちゃんがお手伝いのお駄賃だって」と言いながら羽海は今帰の隣に白い皿を置いた。
「じいさんはまだ俺のことを子どもだと思ってるみたいだね。もう社会人だって伝えておいてよ」
今帰は大袈裟に呆れたように言ったが、左手はすでに団子の串を掴んでいた。とろりと艶やかなタレからは小さく湯気が昇っている。
今帰は喫茶店を経営する幼馴染に頼まれて、店で出す苺大福を受け取りに来ていた。
「就職してないんでしょ。お手伝いついでにマスターの店で雇ってもらったら?」
腰に手を当てて見下ろす羽海に「最近の高校生の言葉は刺さるね」といかにもなんともなさそうに返事し、団子を頬張った。
「そういえば、今日学校は?」
「今日は日曜日。曜日感覚もなくなっちゃったの」と大人びた口調で言いながら、今帰の横に腰かけた。今帰はすでに二本目の串を掴もうとしていた。
「そういえば、スケサラって知ってる?」
羽海は興奮を隠す様子もなく声を高くして言った。今帰は団子を噛みしめながら首を傾げた。
「廃ホテルからトンネルに入るまでの川沿いの国道をスケボーで走るサラリーマン、略してスケサラ」
自分が名付けたように自慢げに話す羽海の言葉に、眉を上げて大げさに頷く。
「クラスの男子が見たんだって」と目を細めた羽海は、今帰の反応も待たずに話を進めた。
「その男子が免許を取ってすぐに友達三人で夜中に廃ホテルまで肝試しに行ったらしいの。流石に廃ホテルの中にまでは入らなかったらしいんだけど、その帰りに車道の左端をスケサラが走ってたらしくて。車のライトがそれを照らすまで、誰も気付かなかったらしいよ。驚いて抜かそうとしても、速くてなかなか抜かせなくて。その時のスケサラ、一回も地面を蹴っていなかったんだって。それどころか、姿勢が崩れる様子もなく、まっすぐ進むスケボーに案山子のように立っていたらしいの」
羽海の声は少しずつ大きく早くなっていた。
「そういう案山子なんじゃない?あそこの道、川の反対側は畑だし。電源を切り忘れた電動案山子が夜中に家から脱走したとか」
今帰は微かな疑いを含みながら訊いた。その言葉を待っていましたとでもいうように羽海はにっと口角を上げながら「それがね、続きがあるの」と声を低くして言った。今帰は興味深そうに羽海に視線を向けながら三本目の串を手にとった。
「三人で行ったって言ってたでしょ。そのうちの一人、後部座席に座っていた子は肝試しに行く前まで塾に行ってて、帰りは疲れて寝ていたらしいんだよね。スケサラを追い抜いた後、その子は目を覚まして言ったんだって。「変な夢を見た」って。夢の中でその子は夜の道をスケボーで走っていたんだって。後ろから車のライトを浴びて、追ってくる車から必死に逃げていた、そういう夢」
今帰は串を持ったまま、相槌も打たずに羽海の話に聞き入っていた。
「夢の中の恐怖とか疲れがいやにリアルで目覚めたすぐは後ろを気にしたり、まだ落ち着かない様子だったらしいよ」
羽海が無邪気に語り終えた後、今帰は何かを考え込んでいるようにぼんやりとした動きでみたらし団子を口に入れた。
喫茶店の扉が乾いた鈴の音を鳴らして開いた。薄暗い店内では黒いエプロン姿の男がテーブルを拭いている手を止め、顔を上げた。
「ありがとう。カウンターに置いといて」
今帰は三段に積まれた長方形の箱を、そうっとカウンターの上にのせ、そのまま席に腰かけ興奮気味に話し出した。
「聞いてよ伊東君。スケボーおじさんがとうとう出たらしいよ。しかも人の夢にリンクするらしい」
伊東はカウンターの中に入り、今帰の幼さの残る無邪気な笑顔を見ながら苦笑した。
「それ、お前が作った嘘だろ」
「人の夢にリンクするなんて、俺は言ってないよ」
そう言ってすぐに今帰は頬杖をついて少し考え込んだ表情になった。伊東は箱の蓋をあけて苺大福を一つとり、桃色の小皿に載せて今帰の前に置いた。
「自分の作った嘘が怖くなったか?」
伊東は悪戯っぽく笑った。
「いや、もしこの噂のせいで事故を起こす人が出てきたらどうしようって」
独り言でも口ごもるように言う今帰に、伊東は何気なさそうに言った。
「大丈夫だよ。そんなおじさんなんて実際いないんだから。お前が一番よくわかっているでしょ」




