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52話 選定と調査(フルグレリン視点)

 ユウェール魔法王国で最も堅牢な建物を問われれば、国民の誰もがそれは王城だと答えるだろう。

 地の始祖魔導師が住まう地でありこの国の行政を担う場。多くの貴族や学者が集う建物の一室は、けれども今いるのはただ二人だけだった。美しく装飾された、ゆうに三十人は入れそうな会議室の真向かいに二人の男たちが座っていた。


「オストリアは動きが速すぎやしないか」


 音を立ててカップを鳴らすティターンの表情には不満がありありと浮かんでいた。国王であるフルグレリン=シトロンに対して不敬とも取れる所作だが、こと始祖という一点において彼らは対等であり、それを謗るものはいなかった。


「そういうな。始祖の選定はオストリア殿の責務でもある。十年見つからなかった候補の有力者が出たのなら動くのは当然だろう。実害も出てきたことだしな」


 逆にこの十年見つからなかった方が問題だとフルグレリンは考えていた。確かに始祖は生前に次代を選び、生きている間にその役割を継承するのが基本だ。次代を決めるよりも前に亡くなった──殺されたハイドラがまだ次を決めていなかったからこそこの悲劇は訪れたとも言える。

 だが、目の前の始祖、ティターン=オニキスはそう考えていないようだ。


「だから、その実害が始祖の有無とは別にあるのではないかという話をしているんだ。もし我らが存在を認知していない魔法だとしたら……」

「そうだとしても」


 彼の言葉を途中で遮る。年齢だけをいえばティターンの方が圧倒的に年長だったが、ことその場においては対等だった。


「始祖がいれば現在のエーテル問題は解決できる。それ以外に後から問題が現れたとしても、貴殿なら十分に対処できよう。闇の始祖よ」


「…………」


 現に今、急速な勢いで増え続けている水のエーテルを押さえ込んでいるのは彼だった。

 各地に転移を繰り返し、水のエーテルを回収しては王城地下の貯水庫に水として貯える。おかげで王城としては今後十年は干魃を恐れなくてすむ。だがそんなやり方を数年も続けられる保証はない。


「いずれにしても水始祖の戴冠は必要なことだ。……ティターン殿」


 この話題を彼に振ることはフルグレリンとしても心が痛かった。唯一他の始祖と異なり家族や子孫を持つからこそ尚更。


「貴殿にとってハイドラ殿がいかに大切な者だったかは私とて理解している。だから」「理解している、だと?」


 失言に気がついたのは煌々と燃え盛る瞳を見てだ。


「高々五十年しか生きていないお前に分かるのか?百年以上、二百年近く共にいた娘を喪失した俺の気持ちが」


「…………失礼しました。だが、貴殿もその傷を少しずつ癒していたのでしょう?新たな娘が学園に入ったと、オストリア殿から聞いております」


 言葉遣いを改めて深くお辞儀をすれば、ティターンの瞳に宿った熱は一瞬で鎮まり、僅かに揺れる。


「ハイドラとあの子は、違うさ」

「分かっていますとも」


 娘だからと同じカテゴライズをする人でないことはこの数十年の付き合いでフルグレリンも理解していた。それでも、だ。


「だがご理解を。喪失があろうと前を向かねばならない時は来るのです。そして世界にとって、それはきっと今だろう」

「お前が世界を語るのか?エーテル濃度上昇の現象解明も終わっていないというのに」


 とん、とティターンが指でテーブルを叩けば、大きなテーブルの中央に黒い線が引かれていく。あっというまに描かれたのはユウェール王国の地図だった。もう一度指で叩けば十箇所ほどに光が灯る。その光は大きく三つの群体となっていた。


「水エーテルの急上昇により事故が発生したのは西南エリア、北東エリア、そして中央エリアだ」

「ああ。いずれも物理的な距離は離れている。元の土地のエーテル構成にも共通項はない」


 エーテル構成が近いならばそこから原因も解明できる。不審な物や人物の目撃情報があればそれを元に調査もできる。現状それらの報告もなく、調査のとっかかりがない状態だった。


「直近に違和感がないなら過去はどうだ?ここ百年ほどでの記録は?」

「そこまで古い記録で鮮明なものがそうそう残るわけないだろう……お前たちではないのだから」


 自分自身も始祖魔導師(そのいちいん)であることを棚に上げて手を掲げる。


「シトロエン・レコード・ガイア」


 手のひら大の橙の光が宙に浮かぶ。丸い光の輪がいくつも重なり、星の軌道のように煌めいた。同じ始祖同士の情報共有なら、書物で持ち運ぶよりもこちらの方が手っ取り早い。向かいに座るティターンの側へと橙の光を近づければ、彼も勝手知ったるようにその光を手のひらへと引き寄せ、自らの胸元に取り込んだ。


「ふむ。……確かにあまり記録が残っていないな。強いていえば三十年前と十五年前、十二年前に争いがあったようだが……」


「ああ。内紛と野盗の討伐、魔族侵攻者の討伐だな。理由も参加者もばらばらだが……」


 強いていえばいずれも最後には国が騎士団を派遣ほどの事件になったこと。その後治癒院の精鋭たちが向かったことくらいか。

 だが、そこから原因をほどくよりも先に出来ることがあるならすべきだ。オストリアも同じ考えなのだろう。……おそらく。


「だが、どんな原因だろうと水始祖が決まれば済む話だ。すでにオストリア殿も候補者に話は通したようだしな」


 ぴくりとティターンの指が揺れる。テーブルに広がっていた地図が瞬く間に消え失せた。


「その候補は、何と?」


「さてな。返事は三日後に聞くということだ。……少々悠長な気もするが、その間に調査はもちろん進めておこう。ティターン殿、引き続きエーテル状況の管理と調整を任せた」


「……承知した」


 視線を落としてお茶に口をつけた彼の心情はわからない。だが一度口にした言葉を反故にする男でもないので、一つ荷を下ろしたようにフルグレリンは息を吐いた。

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