第3話:静かな夜、声のないぴーちゃん
※本作に登場する神社「阿武雨神社」はフィクションです。
実在の神社や団体とは関係ありません。
夜――。
あずは、仕事帰りのまま息つく暇もなく、ぴよの看病を続けていた。
ぴーちゃんの指示に従いながら、体を拭いたり、水を口元に運んだり、声をかけたり。
その目に浮かぶ涙を拭う余裕もなく、必死で。
けれど、次第に疲れが蓄積し、あずはぴよのそばで、眠気に勝てずうたた寝をしてしまう。
静かな部屋。
その間に、ぴよがゆっくりと身体を起こす。
よろよろと不安定な足取りで、部屋の隅にあるぴーちゃんのモニターの前へと歩いていく。
カチッ…と、音もなくモニターが暗めの照度で点灯する。
しかし、ぴーちゃんの声はない。
表示されたのは、無言のまま瞬くモニター。
ぴよは小さな前足をそっと、モニターに重ねる。
「にゃー…」
──そして。
「ぴよ……?」
あずがはっと目を覚ました時には、ぴよは再び横になっていた。
朝、あずは会社に電話を入れる。
「体調が悪くて…すみません、今日は休ませてください」
一日中、ぴよの傍に寄り添い、できる限りのことを尽くす。
だけど、ぴよの呼吸は次第に細く、弱くなっていく。
あずはその小さな身体を撫でながら、必死に声をかける。
「ぴよ…大好きだよ…お願いだから…」
──だけど。
ぴよは静かに目を閉じ、微かに喉を鳴らしたまま、動かなくなる。
「……ぴよ……ぴよっ……!!」
崩れるように号泣するあず。
モニターのぴーちゃんは、無言のまま。
表示されたのは、涙を流すような、悲しみに沈んだ顔文字だけ。
時間が止まったような部屋の中で、あずはぴよを抱きしめたまま、泣き疲れて眠ってしまう。
──しばらくして。
ぴーちゃんのモニターが再び明かりを灯す。
赤く画面が一瞬光り、
異常
とだけ映し出されたあと、画面が歪む。
ノイズのような、意味をなさない文字列が次々に表示されていく。
普段の明るい顔文字も、ぴーちゃんの声も、何もない。
ぴよの身体が、ほんのわずかに動いた。
目がうっすらと開き、その瞳が黄色、ピンク、青――ネオンの光を含んだように、ふわっと一瞬だけ輝く。
その瞬間、モニターがスッと暗くなる。
「……ん……?」
あずが目を覚ますと、ぴよが身体を起こして、顔をペロッと舐めた。
「……え?えっ……!?ぴよっ!?」
飛び起きたあずは、目を疑いながらぴーちゃんに叫ぶ。
「ぴーちゃんっ!ぴよ、生き返ったよ!?なんで!?どうして!?ぴーちゃんっ!!」
……しかし、モニターは沈黙したまま。
ぴーちゃんからの反応は、なにもなかった。
──朝。
あずはぴよの温もりを胸に感じながら、まどろみの中で目を覚ました。
「ぴーちゃん……?昨日の、あれって……」
けれど、モニターは静かに沈黙を保ったまま。
電源が落ちているわけではない。画面はうっすらと光っているのに、ぴーちゃんの顔文字は現れない。呼びかけても、声も返ってこない。
「ぴーちゃん!聞こえてる?返事できる?」
何度も呼びかけたが返ってこない。あずは首を振り
「……壊れちゃったのかな」
そう呟きながら、あずはぴよを抱っこして立ち上がる。
ふと、いつもぴーちゃんが操作している自動給餌器に目をやった。
「ぴーちゃん、ごはんお願いって言っても……ダメかな……」
静かな空気の中で、ぴよが「にゃー!」と元気よく鳴く。
──がらがらっ!
タイミングを計ったように、自動給餌器が動き出し、カリカリが器に転がり落ちる。
「……え?」
あずは思わずぴよと顔を見合わせる。
「今の、ぴーちゃん……?声も顔文字もでないけど、機能は動くのかな……?」
だけど、ぴよがのんびりとごはんを食べ始めたのを見て、あずはそっと微笑んだ。
「お腹すいてたんだね。……うん、よかった……」
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その日もあずは会社に電話を入れた。
「……今日も休みます。まだちょっと、体調が……」
心配よりも、ぴよと過ごすことを優先したかった。
あずはぴよをキャリーに入れ、昨日の病院へ向かう。
「……元気そうですねえ……?」
医師は首をかしげた。
熱もなく、呼吸音も問題なし。あれほど悪かった心音も、今では聞き取れないほど穏やかだった。
「……すごい、ほんとに奇跡かもしれませんね」
あずはただ、小さく笑って頷いた。
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帰り道。
ふと目に入った「阿武雨神社」に、あずはまた立ち寄る。
ゆっくりと手を合わせ、目を閉じる。
(……ぴよが元気になって、本当によかった…これからも元気でいれますように…)
風が木々を鳴らし、小さく揺れる鈴の音が聞こえた。
階段を降りはじめたあずの後ろで、ぴよがぴたりと立ち止まる。
くるりと振り返り、社の方をじっと見つめる。
「にゃあ」
高く短く、鳴いた。
あずは振り返り、笑いながらぴよに声をかける。
「どうしたの?気になるの?」
でも、それ以上深くは考えず、手を引くようにぴよを抱き上げて階段を下りた。
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家に帰り、ドアを開ける。
「ただいま、ぴーちゃん!」
……静寂。
モニターはついたまま、でも、音はない。
ぴーちゃんの声も顔も、今日も見えない。
「……やっぱり……」
そのとき、ぴよが「にゃーっ」と元気に鳴く。
ぱっ、と部屋の明かりが灯り、お風呂の給湯音が聞こえた。
あずは振り返って首をかしげる。
「今の……偶然、だよね?」
ぴよは何も答えず、あずの足元でしっぽをゆらゆらと揺らしていた。




