癖字
きっと私は今後起こり得る幸せ全てを使ってしまったんだろうなーって。
早川俊を目の前にした時本気で思った。
だって、人生初めて好きになった推しだよ、いや、推しなんて軽い言葉じゃなくて、人生で初めて好きになった人、最早初恋!
しかもしかも、完全に手の届かないと思っていたあのスーパーアイドルがこんな何の変哲も無い一般区域。そして、私の目の前にいるなんて夢でもあり得ないんですが!!
私は眠るのが怖く…朝目覚めた時にあー、やっぱり夢だったんだと言う結末を恐れていたので一晩中起きていた。
あの日から1年、私は今でも夢の中にいるように幸せで、少しでも気を抜いたら現実に戻ってしまうのではないかと毎日毎日怯えながら暮らしている。
「西原さんの字って癖字で読みにくいよね…」
だから。ホームルーム前の教室で早川俊とこんな何気ない会話が普通にできるようになった今も夢なのではないかと思ってる、って今何て言った?
「はい?それがノート貸してあげてる恩人に対して言う言葉ー?」
早川俊が一番大切にしている時間は睡眠時間らしく…ああそう言えばアイドル時代のプロフィールにも趣味は睡眠って書いてあったな。
そんな事はどうでもいいけど、要するに彼は寝てる時間は必要不可欠であるが、宿題などは不必要極まりないと言う結論に達し一切何もしないと言う事を選び、こうして毎朝私のノートを写している。
「ちが…、読みにくいけど、好きだよって言いたかったの」
「え!」
今好きって言った?私の事好きって?
「西原さんの字、僕好きだよ。」
早川俊に出会ってからこう言う自分にとって自分にとってのいい解釈が増えた。
早川俊とのラインのやり取りでも、調子良く切り抜きをして保存している。
大抵こんな風に、『好きだよ』のメッセがあるとすぐに保存、(もちろんこの好きも私の事ではないので、正確には〇〇も好きだよである)、気が付くと保存フォルダがいっぱいになってた。
「特に『二』とか、線が並ぶ時ほぼ同じ長さにする癖あるよね?」
「あ…うん、でも、テストとかではちゃんと書くようにしてるよ!」
よく見てるなー、と感心していると早川俊はクスっと笑って続けた。
「僕の『川』もほぼ同じ長さ」
「あ…」
「だから、すぐに西原さんの字って分かる」
そうか、私、川までも、同じ長さにしていたのか…。
「すごくよく見てるね…さすが、毎日ノート写してるだけあるね!」
「うん、まぁ…、それだけ…じゃない…けど」
早川俊は聞き取れないほどの小声と共に何故か複雑な作り笑顔を見せた。
「何か言った?」
「ううん、何も!よし終わった、ありがとう!」
何だろう?
今とても大切な何かを聞き逃してしまった気がした。




