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勇者、初陣

「どうかこの世界をお救い下さい、勇者マサキ様」


勇者マサキ様、なんと心地よい響きなのか。そしてこんな美女に甘い声で囀られると、あまりに格別だ。さっきまで感じていた怒りはどこかに引っ込んでしまった。いいね、やってやろうじゃないの。どうせ地球ではうだつの上がらない人生だったんだ。この世界で一発逆転を狙ってやろうじゃないか。ただ気になる点がある。


「俺って別に特別な力なんて持ってないけど、大丈夫なんだよね?何かスキルとか武器とかもらえるんだよね?」


「確かにアタナには特別な力などありません。ただ弾幕シューティングゲームに費やした時間が他の人より格段に長い、それだけですね」


まただ、またこの妖精、心に刺さることを口走る。人のことをたくさん持ち上げておいて、いきなり心にナイフを刺してくる。


「せっかく乗り気になってるんだからそういうの止めてくれよ。俺は繊細なんだからさ」


「では言い方を変えますね。勇者として召喚している人間は、社会的生産性がほぼゼロで、ゲームという娯楽に時間と金銭を徹底的に使うだけに徹した、ゲームの提供側にとっては非常にありがたい誇り高き人間です。


妖精が何を言っているのかちょっとわからないけど、最後の『誇り高き人間』というところは合っている。俺は誇り高き人間だ。


「長々と説明しましたが、このビハルダールという名の世界も、創造神が弾幕シューティングに似たの過酷な環境を創ってしまいました。跋扈するモンスターが強すぎ硬すぎ暴れすぎで、この世界の人間はまったく太刀打ちできなくなってしまいました。もちろん創造神は人間にも武器を与えましたが、操作が難しいためにほんの一部の人間だけが使いこなす程度で。膨大な数のモンスター相手には焼け石に水の状態です」


「まさか、それで俺を勇者に?」


「はい、そのとおりです。この世界のモンスターと人間の武器が、ちょうど弾幕シューティングと似通ってるため、地球でそうしたゲームが得意でで、独身で、特に定職がなくて、社会的な寄与が皆無で、拉致しても影響が全然ない人間を召喚しているのです」


「ちょ、ちょっと待って。何その条件。俺って選ばれた者じゃないの?」


「選んでいますよ。働きもせず弾幕シューティングが得意ってくらいしか取り柄がない人間を。アナタもその一人ですよね?」


「いや、その、そうかもしれないけど、もっと言い方ってものがあるだろ?」


「高校時代から塾に行くと偽ってほぼ毎日ゲームセンターに通って、大学では親からの仕送りすら注ぎ込んで、父親から勘当されてもまだこっそり母親から小遣いを貰って、それでもゲーセンや家でゲームばかりしてたアナタに、この世界を管理するという大役を長年務めている私が気を遣う必要があるんですか?自ら命を絶ったアナタを救い上げて、唯一特技を活かせるかもしれない一発逆転のチャンスを与えてあげている私に感謝すべきだと思うのですが?」


あまりの正論にぐうの音も出ないとはこの事か。しかし。


「でも俺がやらないって言えば、妖精やこの世界の人間は困るんだよね。だったら頼み方ってものがあるんじゃない?」


「はぁ…… アナタはまだ自分に拒否権があるとお持ちのようですが、他にも同じような人間はたくさんいるんです。アナタが勇者になるのを断るのであれば、この世界から追い出して次の人間を連れてくるだけですよ?追い出されたアナタは改めて地球の地獄とやらに行くことになると思います。先程から説明していますが、シューティングゲームでいえばアナタは残機の一つであり、だめなら次の勇者を連れてくるだけなんですよ」


俺は残機の1つ……俺の代わりはいっぱいいる…… ははは。たしかにシューティングゲームの自機と一緒だ。


「やっと理解されましたか?アナタもゲームをクリアするのに、自機を何体も犠牲にしたりしますよね?この世界も一緒、魔王を倒すための勇者は一人である必要はないわけです。最初の勇者が敵の勢力を削って、やられたら次の勇者がそこから更に勢力を削ってを繰り返していけば、いつかは魔王を倒せる、そういう世界なんです。ただこの世界、アナタの世界のRPGじゃなくて弾幕シューティングに似過ぎてるっていうのが問題なんですけどね」


RPGじゃない?弾幕シューティング?


「はい、勇者の攻撃力はこの世界で比類なき最強の力。そういう意味ではRPGにも似てるかもしれません。でも敵の攻撃力も強いため、勇者であっても一発でも攻撃を受ければ即死、かすっても瀕死なのです。あと勇者も敵も武器は遠距離攻撃が基本です。しかも大量の弾が飛び交います。なのでRPGゲームじゃなくて、弾幕シューティングゲームに似ているのです」


「説明はわかった。あと質問なんだけど、俺が残機の1つってことは、俺の前にも勇者がいたって事だよな。そいつは魔王を倒せなかったって事か?」


「ええ、私だけでもう10人ほど案内しています。ちなみに勇者の使う武器は、それ以前の勇者が負けた時に、最期に反省点や意見を聞いて改良を積み重ねています。最初の頃よりだいぶ使いやすくなったと思うのですが、どうもまだ不足のようです。アナタももし敗北した際には意見をお聞きしたいので、考えをまとめておいて下さい」


「俺の前の勇者たちも弾幕シューティングの上手いプレイヤーだったんだよな?なのに何でやられたの?勇者の武器が弱かったとかじゃなくて?」


「勇者の武器はどんな敵でも当たりさえすれば倒せます。魔法や銃器と違って使用制限や弾切れもありません。それに加えて敵の攻撃をすべて消滅させる爆炎攻撃もあります。こちらには使用回数に制限がありますが。ですので雑魚モンスターなら今までの勇者も倒せるんですが、幹部級にはまだ勝てていません」


勇者の攻撃は強いし、いざとなったらボムもあるって事か……となるとボスが強い弾幕シューって感じか? ボスの初見殺しの攻撃にこれまでのプレイヤーがやられてきたって事になるか。確かに残機1で初めて見るボスを倒すってのは相当キツイからな。ならボムを上手く温存しながら様子見できれば何とかなりそうだ……


「わかった。やる、やらせてくれ。ただ条件がある。勇者の武器で改良を加えるって事は、武器に俺の意見が取り入れられるって事だよな?なら俺が敵と戦いながら、その途中で俺の意見を武器に取り入れてもらうのは無理なのか?」


妖精は少しの間、考え込む。そして手にした分厚い書物を開いて、ページをペラペラと捲る。それはこの世界のルールブックらしく、何かを探しているようだ。


「えー、お待ち下さい。今調べてますので……」


俺のことを無視して、妖精は本に書かれた内容を精査している。その間、暇なので壁に映っている過去の勇者?の戦闘を見る。ここが天上界のせいか、すべて天から見た視点の映像である。勇者が戦っている様子は、まさに怒●領蜂のような弾幕シューティングのようだった。


まず勇者らしき人間だが、空を飛んでいる。やっぱり何度見てもすげぇ。この世界だと人間が道具も何もなしに空を飛べるんだ。そしてその勇者が右手を突き出すと、そこから勇者より太いレーザーが前方に放出される。ゲームの何倍も迫力がある赤いレーザーが群がる敵を焼き尽くしていく。レーザーに当たった敵は爆発しないでただ消滅しているところがゲームと違うところだな。少しデカイ敵もレーザーが当たるとほんの数秒で消滅している。敵は柔らかいのか、レーザーが超威力なのか判断がつかない。


お!勇者が左手を突き出したと思ったら、周辺一帯に爆発が起こった!ボムだなこれ。爆発に触れた敵や敵弾が全部消滅した。すっげぇ威力。いいじゃん、自機、めっちゃ強いじゃん。


あれ?こんだけ武器が強いなら、なんで今まで誰もクリアできなかったんだ?この映像記録だと、勇者のやられる場面まで映ってるんだろうか?


「おまたせしました、先程の質問ですが、答えは可能です。ただし条件があります」


過去の勇者の戦闘記録に夢中になっていたので、どんな質問をしていたのかすぐに思い出せなかった。そうだ、勇者の使う武器に、戦っている途中で俺の意見を取り入れてもらえるかって訊いたんだ。


「条件は戦功点を一定以上集めること」


「戦功点?なんだそれ?」


「戦功点とはアナタの戦い方の評価値です。敵をたくさん倒したり、この世界の人間をたくさん救う事で加算されます。そして集めた戦功点が100を越えれば、それを使って武器を改良できます」


なるほど、ゲームで言えばアイテムじゃなくて点数が上がるとパワーアップするシステムってことか。いいね、スコアがあるなら高得点を狙うのがシューターってもんだ。


「アナタが地上に行く時には、私の分霊が案内人として着いていきます。戦功点もその都度お知らせします。おさらいになりますが、アナタの役目は地上にはびこるモンスターを倒し、最終的には魔王を倒すことになります。武器は右手を広げて呪文を唱えると発せられる破壊の光を、左手のすべてを消滅させる爆炎の2つです。右手の武器は無制限、左手の爆発は貯めたマナ分だけ使うことが出来ます」


「マナって何?」


「マナとはこの世界の生命を司る空気みたいなもので、モンスターの動力源にもなってます。モンスターを倒して放出したマナは自動的に左手に集まります。つまりモンスターをたくさん倒せば倒すほど、左手に備わっている爆炎をたくさん使えるようになるわけです」


なるほど、そういう点も弾幕シューっぽくていいな。自動で集まるボムアイテムってところか。あれ?やっぱりここまで弾幕シューに似たシステムなのに、なら今までの勇者はなんでこの世界をクリア出来なかったんだ?さっきの映像を見る限りだと、勇者の武器が強いから普通の弾幕シューよりクリアしやすそうにみえるんだけどな……



「じゃあ説明は終わります。準備が整い次第、地上に向かって下さい」


ちょうどその時、壁の映像では以前の勇者がバカでかい昆虫のような怪物と戦っていた。勇者は何度もレーザーを放つが、昆虫は動きが早いのか、なかなかそれが当たらない。ゲーム画面だとボスは基本的に画面内に収まるようにしか動かないが、壁の映像では昆虫は勇者の背後に回り込むように大きく動いている。そうか、この世界の敵はゲームのように一画面に収まらない動きをするから、過去のプレイヤーたちは虚を突かれたかもしれない。俺も気をつけなければ。


「準備できました、さあ地上に出発します」


妖精がそう言った途端に、俺が立っていた幾何学模様の床が抜けた。床からの抗力を失った俺の体は最初ゆっくりと、そして次第に加速しながら地上に向かって自由落下し始める。


「うわーーー!死ぬ、雲より高い位置から落ちたら確実に死ぬ! いやだ、こんな死に方は嫌だーー!」


「足に力を入れなさいよ。アンタ空を飛べるんだから」


落下速度によって相対的に生じる空気抵抗がうるさい中、俺の耳元から声がする。横を見るとさっきまで目の前にいた妖精が、ミニチュアサイズで半透明の体になって俺の肩に座っている。分霊が案内役に付いてくるってコイツの事か。さっきと言葉遣いが違うのはなぜだ?


「ほら、私の話を聞いてた?足に力を込めれば空に浮かべるわよ」


そうだ、俺の足は大気を捕らえて宙に浮く事ができるんだった。自由落下を続ける俺はすでに雲の層を突き抜けて、地上には河や海らしきものも見える。まぶたを開くのもツラくなるほどの空気抵抗で、服や髪の毛は上に吹き飛ばされている。着ていたパーカーが捲れ上がってチャックや紐が顔にぶつかって痛いし、ズボンの裾から空気が入って股間やお腹の辺りがムズムズする。


目を閉じて両足に力を入れる。ふくらはぎ辺りが熱くなり、足の裏になんだか大きな板がくっついたような感覚が生まれた。五月蝿いほどに感じていた空気抵抗や摩擦音が小さくなる。そのまま足を踏ん張るように力を込めると、とうとう俺の体は自由落下を止めてしまった。俺は空中に、足元に何もない空のど真ん中に普通に立っている。頑丈で透明なガラスの上に立っているような安心感すら生まれている。


「おお!すげぇ。ほんとに空に立ってる!」


落下の心配が無くなったので、ゆっくりと世界を見下ろすと、実際に感動である。俺は高所恐怖症じゃないので大丈夫だが、ものすごい上空に立っている事がわかる。俺の足元には広大な大地と海が広がり、前を向けば地平線が見える。あれ?地平線が真っ平らだけど、この世界って惑星じゃないのかな?


「この世界も地球と同じ惑星よ。ただ水平線が丸く曲がって見えるには、もっと高度が必要ね。今この位置の高さは地表から約5千メートル位。この倍の高さまで上がれば地平線が曲がって見えるかしらね」


なるほど、俺はよくわからんがこの妖精は博識らしい。ぐるりと周囲を見回すと、海は薄い黄色で大地は赤茶色だ。教科書で見た地球の天体写真だと、地球は青と緑の惑星って記憶しているが、この星は色がちょっと違う。そうか、やっぱり地球とは違う世界に来たんだな……


「あそこに見えるのがマドーガっていう森林都市ね。この辺で一番大きい都市。人間が10万人ほど住んでいるわ」


妖精が指さした方向を見ると、そこは大きな森だった。都市?森じゃなくて?と訝いぶかしむが、よく見ると緑色の木々の間に、ポツポツと灰色の建物っぽいものが見える。しかし周辺に広がる森と大差なく、この高度から見ると見分けがつかない。


「当たり前でしょ。建物が目立っちゃえば、空を飛ぶモンスターに見つかって襲撃されて終わりなんだから。この世界の人間は一部を除いて基本的にモンスターには勝てないわ。だからああしてこっそり隠れるように住んでるのよ」


ふーん、地球と違うんだな。と俺が感心した時だ。その森林の中に隠れている都市上空で、なにやら光る物を見つけた。俺が立っている場所からその都市まで遠いので、視力1.5を誇る俺の目でも良くわからん。


「マドーガ上空で戦闘が起きてるわね。敵は……はぐれクラゲ、魔界から迷い出てきたって感じかしら。ちょうどいいわ、アンタに武器のレクチャーをしたいから、あのはぐれクラゲと戦うわよ!」


お、いきなり予期せぬファーストバトルか。良いね。ゲームっぽい。空も飛べるって事は、この両腕にもあの映像で見たようなごっつい攻撃能力が備わっているのは間違いない。ゲーマーの、弾幕シュー好きの血が騒ぐ。どうせ夢みたいなもんだから、好き勝手に戦ってみたい。


「私の力で都市上空まで瞬間移動してあげるから、その腕の力を試してみなさい。何度も説明したように、右腕を突き出して掌を開き呪文を唱えれば赤い破壊の光を放つことが出来るわ。呪文は最初にアンタが登録したアレよ」


俺はここに連れてこられた時、この世界の管理者というこの妖精に自分の名前を名乗った。その際に、一緒に武器を顕現する呪文も問われたのだ。呪文は何でもよくて、ただ誤作動をしないように普段使わないような言葉を選べとのことだった。確かに「バルカ」とか登録しておいて、ふと「今日も一日頑張るか」なんて口走った途端に、右手から破壊レーザーを出したら大事故のもとだ。


日常で使うことがなく、そして最強の武器を発する呪文という存在、なるほどこれは中二病の夢が叶う瞬間である。俺は迷いに迷って、『ギガフレイム』という言葉を登録した。そして左手の武器名は『ボルテックス』だ。これは撹拌という意味らしいが、左手に宿る武器は一般的なシューティングやアクションゲームでのボムやボンバーと一緒なので、同じボが付いて格好いい言葉を選んだに過ぎない。



いよいよこの世界の初陣か……さっそく右腕を持ち上げ、指を開く。そして狙いは…… ってふと気付けば、さっきまで俺が立っていた上空ではなく、遠くに見えていた森がすぐ真下にあった。あれ?いつの間にこんな場所に着いたんだ?音も何もしなかったのに、ほんの少し考えに没頭していただけで、俺は目的地のすぐ上空に立っている。


「だから言ったでしょ。瞬間移動してあげるって。ほら、それより敵よ。敵の種類ははぐれクラゲ。この世界の人間なら脅威だけど、アンタの武器ならたいした相手じゃないわ、さっさとやっつけちゃって」


「お、おう」


妖精は俺の肩にケリを入れてくる。痛くはないが、チュートリアルキャラなんだからもう少し優しく指導してほしい。そんな事を思いながら、俺は周りを見回すが、敵がどこにも居ない。あれ?どこだ?


「上よ、もっと上。ちゃんと見なさい」


再び肩に蹴りを入れられ、慌てて上を見上げる。するとそこには俺を包み込む巨大なビニール傘があった。いや、よく見ると傘ではない。透明に広がる丸い膜のような物体だ。膜からは何本も下にツララのような突起が何本も、いや何百本も垂れ下がっている。たしかにクラゲみたいに見えるが、俺が通っていた小学校のグラウンドぐらいデカイし、何よりクラゲは空を飛ばない。こんな巨大なものが空中に浮いてるとは、凄い世界だ。


「なにボケっとしてるのよ!せっかく先制攻撃できるようにコッソリ敵の真下に移動したのに、アンタが何もしないから気付かれたじゃない!攻撃してくるわよ」


え?と驚き、急いで右手をクラゲに向ける。そして呪文を叫ぼうとするが、どうも小っ恥ずかしい。ギガフレイムと口に出すのに小さな声でも大丈夫かと俺が逡巡していると、クラゲの透明な体がゆらゆらと揺れながら、その下にぶら下がっていたたくさんの突起が無色からピンク色に変わる。何かいやらしいなぁと考えていると、それは敵の攻撃モーションだった。


百を越えるクラゲの突起から、水滴が俺に向かって降り掛かってきた。まるでスローモーションを見ているように、丸くてピンク色の球体が、一斉に俺に向かって津波のように襲いかかってくる。うわ、この状況はマズイだろ!


「大丈夫よ、あのクラゲの弾はアンタのレーザーで壊せるわ。ほら、弾が落ちてくる前にさっさと打ち壊しなさいな」


耳のそばで妖精がアドバイスをしてくれる。慌てていた俺は、その綺麗な声を聞いただけで落ち着きを取り戻した。そうだよな、まだゲーム開始の状況で、いきなりラスボス級の敵が来るわけがない。もしそうだったらどんなクソゲーって事だよな。コイツは最初の敵、弱いはず。じゃあ、俺の右手に宿った破壊の力を開放するか!


「ギガフレイム!」


クラゲの中心を目掛けて右腕を突き出し、自分で決めたちょっと恥ずかしい呪文を叫ぶ。一瞬、腹の奥から何か持っていかれたような感覚に襲われるが、右の手のひらから、赤色のレーザーが真っ直ぐに天に向かって発射された。


「うおおお!すげぇ、本当に出た!」


俺の体よりもデカイレーザーが落下してくるピンク色の粒に触れると、それは次々と蒸発して消えていく。天上界の映像で見たあの巨大なレーザーが、今こうして俺の右手から出ているのだ。まるでアイ●ンマンのリパ●サーレイだが、映画でみたあのビーム兵器よりも圧倒的に俺のレーザーの方がデカイ。デカイは正義、パワーこそパワーがシューティングゲームの掟通り、俺のギガフレイムはクラゲの胴体に到達する。


「GYAAAAAAAA!」


耳を塞ぎたくなるほどの悲鳴が響き渡る。クラゲのくせに口がどこに有るんだ? そんな事を思いながら、甲高くて気持ちの悪いクラゲの悲鳴に耐えながらレーザーを当て続ける。クラゲの巨大な膜のあちこちからレーザーと同じ赤い色の炎が吹き上がり始め、それに伴ってクラゲがウニョウニョと形態を変化させ、どんどん縮んでいく。よっしゃ、効いてるな。


津波のごとく俺に襲いかかってきた大量のピンクの玉は、そのほとんどがギガフレイムが焼き尽くしてしまったし、クラゲのボディはグラウンドサイズから教室サイズくらいまで縮んだ。へっへっへ、こりゃ勝ち確定かな。


「油断しない。多分、あのクラゲは最後の攻撃を仕掛けてくる。体当たりが来るわ。指先を縮めてレーザーの太さを絞って、攻撃力を集中させなさい」


妖精に指導されたように、じゃんけんのパーの形をしている右手の指をゆっくり閉じると、掌から出ているギガフレイムも太さが絞られ、赤色が濃くなる。これでレーザーの密度が高まって出力が上がるのだろう。不思議なのが掌にはレーザーの温度が全く感じられない。クラゲはどんどん赤い炎を上げて燃え上がっているのに、右手は少し温かくなった程度だ。すっげぇ。


そして妖精が言ったように、今や畳四畳半くらいまで小さくなったクラゲが、悲鳴を上げながらも俺に向かって落下してきた。最後のあがきってやつか。往生際が悪いぜ。


俺はレーザーを極小に絞ろうと、レーザー自体を押しつぶすように右手の指を縮める。最初は俺より太かったレーザー径は、今や掌と同じ位に絞られ、右手から伝わってくるレーザーの反動がとてつもなく高まる。クラゲは燃えながらこちらに向かってくるが、俺は一歩も動かずにただレーザーを当て続ける。2秒ほど経つと、うるさかったクラゲの悲鳴が消え、同時にクラゲの体が完全に火に包まれ燃え尽きた。あれほどデカかったクラゲは、跡形もなくあっさり消滅してしまった。俺の右腕に宿るギガフレイムが、あんなデカイ怪物を燃えカスすら残さずに焼き尽くしたのだ。


「はい、ご苦労さま。言った通り楽勝だったわね。もうレーザーは止めていいわよ。指を閉じなさい」


言われた通り、指を握りしめてじゃんけんのグーの形にするとレーザーが消える。敵を焼き尽くした光を握り込んだのに、俺の右手には熱も痛みも何も感じない。あれ?何もしなかった左の掌に、薄緑色の霧がどこからともなく集まってきた。


「それがマナよ。クラゲを倒したから、その体を構成していたマナが左手に吸い込まれるの。マナを集めた分、左手の爆発攻撃が使えるようになるわ」


妖精が説明をしている間も、俺の左手の表面はどんどん緑がかった霧を吸い込む。掌に穴などないのに、どこに緑の霧……マナとやらが吸い込まれるのか分からないが、まあ痛くも熱くもないので、気にしなくていいか。と、その時にようやく気付いたが、俺の掌には円を基調とした複雑な文様が描かれていた。どうやらマナはその文様自体が吸い込んでいるみたいだ。


「右手にも文様があるわよ。それがレーザーの発射口になってるわ。見てご覧なさい」


言われた通りに右の掌には三角形を基調とした文様がある。これが勇者の武器、つまり俺が勇者である証なのか……


「なんでニヤニヤしているのかわからないけど、マナは集め終わったみたいね。戦闘方法はわかったかしら?じゃあせっかくだからマドーガの街に降り立ちましょう。足の力を緩めて、ゆっくり落下しなさい」


息を吐き出しながら足の踏ん張りを弱めると、高度が少しずつ下がっていく。すると木の陰に隠れていた灰色の建物がだんだん明確になってきた。さっきまで俺の靴の面積より小さかった街の広場らしき空き地が、下りていくに従って意外と大きかったんだと気付く。結構な広さの空き地には、多くの人がこちらを見上げている。お、こりゃ街を救ったってことで歓迎される展開かな?



ところがである。ようやく空き地まであとちょっとの距離になると、少なくとも百人近く集まっていた人たちが逃げるように俺の周囲から離れて行ってしまった。あれ?てっきり歓迎されるのかと思ってたのに…… なんか予想と違うな……


「あのクラゲを倒したアンタも警戒されてんのよ。アンタは勇者だけど、この世界の人間が束になっても敵わないモンスターを一人で倒せるって意味で警戒対象なの」


「はあ?何で?俺、モンスターを倒したじゃん!なら味方だって分かるよね?」


「アンタの世界で、銃器で完全武装した見知らぬ警察官が歩いていたら、周囲の人間がその警察官にフレンドリーに近付く?気軽に話しかけられる?無理でしょ。特にその警察官が、その直前まで凶悪犯と銃でドンパチしてたら、まともな住民なら近寄らないわよね」


うぐっ、確かにそうだ。あまりに的確すぎて反論できないし納得してしまう。なんだよ、せっかく世界最強の力を手に入れたってのに、この世界の人間から畏怖されたら意味ねぇじゃん。



「あともう一つ忠告するけど、アンタは確かにこの世界の人間の中で最強の攻撃力を持っているわ。でも肉体は普通の人間と同じなの。毒や病気は普通に掛かるし、一般の人間が使う刃物で斬られても最悪アンタは死ぬわよ。天上界でも説明したけど、魔王を倒すための力をアンタに授けたけど、それはすべて攻撃にまわしてるから、防御に何も使ってないわ。だからモンスターの攻撃を含めて、普通の人間が死ぬような目に遭えばアンタもお陀仏だからね」


聞けば聞くほど、気が滅入る。俺は勇者として選ばれて最強の力を手にした、はずなのにどうも想像と違う。弾幕シューティングの世界がこんなに過酷とは思わなかった。でも考えると、今までプレイしてきたシューティングゲームって、自機が最後に爆発たり、地球が破壊したり、乗っていた自分が暴走したりと、クリアしても碌な目に遭わない事が多いんだよな。いやだ、そんなバッドエンドやアンハッピーエンドは絶対に嫌だ。俺はこの世界で成り上がりたいんだ!



(努力もしたくないし責任も取りたくないれど一発逆転して他人を見下したい。この世界にくる勇者ってそんな奴らばっかりなのよね……)


妖精はマサキを冷めた目で見つめる。マサキには熱意だけは確かにある。しかし熱意だけでは物事が成功しないしギャンブルで勝てるわけもない。そもそもこの世界に来る前の前のマサキは、努力も労働も何もしていない。過去に連れてきた勇者も、みなマサキと同じ考えの人間ばかりであり、やはりこの世界でも芳しい結果を残せなかった。さて、今度の勇者はどこまでやれるのかしらと、妖精はまったく期待せずにマサキを地上に降りるように促した。

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