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ある男の人生

情けない話が続きます…

(たしか俺はホームから電車に飛び込んだはず…… なぜこんな変な場所にいるんだ?)


目の前には派手な色彩のドレスを着た金髪碧眼の美女が佇んでいる。女の年齢は20歳かそのちょい手前くらいだろうか。その美貌は日本人離れしているが、それよりさらに人間離れしていると感じるのは、女の背中に生えた2組の翼の存在だ。女神か天使というものだろうか? コスプレにしては手が込んでいるし、妙に生命力に満ちている翼はとても作り物には見えない。


年齢38歳、性別男、日本人、顔も能力も身長も平々凡々の一般人であるマサキは、西洋風の建物の中であまりに美しすぎる女性に話し掛けられていた。白く透き通るような翼が生えたその美女は、よく見れば少し浮いている。最初は天使だと思ったが、本人が言うには妖精という存在らしい。翼が無ければ普通の人間と同じサイズなので、マサキは違和感を感じてしまう。マサキが勝手に思い描いたイメージでは、妖精は人間の手の平に乗るくらいの大きさだからだ。


そんな心情などまったく察することなく、美貌の妖精はマサキに説明を続ける。



妖精の名前はエミールといい、この世界に召喚されたマサキの案内役だという。この世界、名前をビハルダールというらしいが、そこはマサキがハマりにハマった弾幕シューティングゲームによく似た場所だという。


地球でマサキは電車に飛び込んで自殺した……が、転生によってこの世界に連れてこられて、目の前の妖精から魔王を倒す勇者になって欲しいと頼まれた。はぁ?と思ったものの、妖精の説明を聞くとそんなに悪くないんじゃないかと考えるようになっていた。


この世界はマサキが人生の大半を注ぎ込んだ弾幕シューティングゲームのような世界で、マサキ自身が勇者としてこの世界最強の力を使うことが出来るという。魔物を無に帰す破壊の光とすべての魔を滅する爆炎、そして大気を掴んで自由に空を翔ける飛行能力という、夢のような力が勇者に与えられる。マサキは弾幕シューティングゲームによく似た世界へと召喚され、主人公になっていたのだ。


──────────


弾幕シューティング、それは西暦2000年の足音が聞こえ始めたころに、ゲームセンターに現れた。それはあまりに新鮮で強烈だったため、シューティングゲームを愛するプレイヤーたちに熱狂をもって迎えられた。彼、望月マサキも弾幕シューティングにのめり込んだ一人だった。


弾幕シューティングゲームというのは、その名の通りに膨大な敵の弾が画面を覆うほど降りかかってくる。ただし敵弾が比較的ゆっくりなので、敵に撃たれたのを見てから余裕で回避行動に移れる。それまでのシューティングは敵の弾は早くて躱しにくい事が多く、攻略方法として敵が弾を撃つ前に倒すのが一般的だったのだが、それが根底から覆ったのだ。


そしてもう一つの特徴が、主人公も圧倒的に強い点にある。大量の敵弾に対抗するため、自分の攻撃も最強という、力と力のぶつかり合い。これが弾幕シューティングというゲームだ。あまりに鮮烈で衝撃的なこのシステムは革命であり、これ以降のシューティングゲームに強烈な影響を残すことになる。


弾幕に限らず、シューティングゲームの特徴として、自分1人に対して敵が大多数というあまりに理不尽な力関係にある。ロールプレイングゲームでも似たようなものだが、決定的に違うのは、シューティングゲームでは大多数の敵がプレイヤーの操る自機に向かって一斉に攻撃してくる点だろう。ロールプレイングゲームでは自分が一度に相手する敵の数はほんの少しで、1回ごとに仕切り直される戦闘を何度も繰り返す。自分が行動しなければゲーム内の時間は進まない。しかしシューティングゲームは、こちらが一に対して何十から何百という大多数相手の戦闘がずっと絶え間なく続けられる。


そして自機の防御力も決定的に違う。ロールプレイングゲームでは自分が強くなると、敵の攻撃をある程度受ける事ができる。さらに強さが増せば、雑魚の攻撃など何百回受けようが問題にならなくなる。ところがシューティングゲームではどれだけ自機が強くなっても防御力は成長せず、雑魚敵の攻撃が1発あたっただけでやられるのだ。バリアとかシールドとかの救済システムがあっても数発でそれらは消えてしまうし、とにかくシューティングゲームでは自機は羽虫のごとく脆い。シューティングゲームとロールプレイングゲームは似ている部分も多いが、決定的に違う部分もまた多いのだ。


マサキはこの弾幕シューティングをこよなく愛するゲーマーで、これまで高級自動車が買えるほどの金を注ぎ込んできた。


そんなマサキだが、38年前に都に隣接する県の裕福な家に生まれた。彼はエスカレータ式の私立中学に入るとそのまま内部進学で高校へと進んだ。中学時代に地元の友人に誘われてゲームセンターの魅力を知り、高校時代は祖母や母から小遣いをせびってはほぼ毎日通うようになった。内部推薦で都内の大学に進学するが、そこでも当然、ゲーセン漬けの日々を送った。留年ギリギリの成績で大学を卒業するも、定職に就かずに適当にバイトをしながら、ゲーセンとアパートを往復する日々を過ごしていた。


マサキが大学生の頃、世間は就職氷河期と言われていた。ところがマサキの家は祖父が会社を立ち上げて今も順調に経営が続いており、彼の伯父が社長を、父親が専務を務めていた。マサキも当然、その祖父の会社で働くつもりであったが、それよりもっと遊びたかった彼はすぐに入社しなかった。修行という名目で地元には戻らず、都内のアパートで遊び呆ける毎日を続けたのである。


就職活動も適当だったために当然就職できずにフリーターになったが、怠惰で自堕落なマサキは何も気にしなかった。アルバイトと母親から仕送りを収入にして、マサキは都内のアパートで自堕落で快適な毎日を送っていた。昼間はゲームセンター、夜は家でゲーム。まさに毎日ゲーム三昧。そんな彼も30歳間近となり、こうした生活も終わるはずだった。


ところが30歳の誕生日直前に、突然父親から「お前を我が社に入れることはできん」と宣言されたのだ。


「はぁ?何で?ふざけんなよ!じゃあ俺はどこで働けばいいんだよ!」

「お前を会社に入れたら真面目に働いている他の従業員に示しがつかん!そもそも30歳になる男がいつまでも親に甘えようとするな!自分の人生くらい自分の足で歩け!」


マサキは父と口論になり、母親も自分に味方してくれたものの、結局状況は変わらなかった。


マサキは当て込んでいた就職先を失ったが、実際は悲観などしていなかった。そもそも労働意欲もない上に、彼には祖父から生前贈与という形で賃貸アパートというちょっとした財産が与えられていたのだ。アパート収入の大半は管理委託費や税金などで持って行かれるため、マサキが自由に使える金額は実際より多くはないが、それでも毎年自動車が1台買えるほどの無労働収入が手に入っていた。アパートの運営は管理会社に丸投げ状態のため、マサキは一度もそのアパートのために働いた事がない。しかしそのアパートのお蔭で、マサキは贅沢さえしなければ生きていくのに充分な収入を持っていたのだ。


こうした状況のため、実家から都内の下宿先に戻ったマサキはその後もまともに定職に就くこともなく、ゲームセンターに通い続けた。そしてふと気付いたとき、マサキは40歳が目前になっていた。周りの友人や同級生の多くが結婚して家庭を持っていた。もちろん独身者も居たが、彼らも会社である程度の地位を持っていた。マサキだけが大学卒業から全く変わらない生活を送っていた。


マサキが常連だったとあるゲームセンターに顔馴染みの大学生がいたが、その彼も就職すると姿を見なくなった。しかし先月、マサキはそのかつての大学生と久しぶりにゲームセンターで再会した。彼はマサキでも名前を知っている大企業に就職していた。


「出張で久しぶりに東京に来たので、懐かしくてこのゲームセンターに来ちゃいました。5年ぶりなのにマサキさんが居てびっくりしました。まだ常連なんですね。いいなー、俺も東京本社へ異動になれば前みたいに通えるのになー」と、彼はマサキを羨ましがった。新調したばかりであろう紺色のスーツを着た若者は、マサキにとってあまりに眩しかった。


(違う、俺はお前の方が羨ましい────) マサキがそう思ったとき、自覚してしまった。自分は人生の周回遅れをしているんだ─────と。


マサキのアパートには、寝具と食器と洗濯機以外に、家庭用ゲーム機と大型モニターしかない。家に帰っても寝るかゲームをするだけだからだ。貯金もない。生活費以外、ほとんどゲームに費やしているからだ。大学時代やフリーターになってから親しい女の子もできたことはあるが、ゲームを優先してすぐに別れてしまった。女のために金や時間を使うのは勿体無(もったいな)いと思ったからだ。


(……もしかして本当に勿体無かったのは、大学を卒業した後のこの16年間じゃなかったのか?)


マサキが20代の頃、通っていたゲームセンターの店長から「マサキ、そんなにゲームが好きなら、ゲーム会社で働けばいいじゃん」と何度もしつこく言われた事がある。その時は余計なお世話だと無視したが、あれは親身になってくれた店長がちゃんと働けと忠告してくれていたのだ。その店長も、今はもう何も言わない。マサキは大事なものをほとんど無くしてしまっていた。それにようやく気付いたが、後悔するにはあまりに遅すぎた。そして幼すぎた。無駄にした16年を取り戻すため、マサキはさらに間違った選択をしてしまった。


ある日、ゲームの情報雑誌に挟まれていたインチキ投資広告が目に入った。普段のマサキであれば見向きもしなかったはずだが、内容が民泊やアパートに関するものだったため、つい読んでしまったのだ。書類の上ではマサキはアパートの経営者だ。実情は管理会社に丸投げしているだけだが、なぜかその時だけ「俺はアパート経営の実績を持っている」と思い込んでしまった。


世の中は数年後に迫った東京オリンピックやカジノの話題で盛り上がっており、それに付随(ふずい)してアパート経営やシェアハウスへの投資がテレビのニュースでも取り上げられていた。「実績と才能を活かす絶好のチャンス」と勘違いしたマサキは広告に記載されていた宛先に連絡し、都内の立派なビルの一室で担当者と面会した。マサキが所有するアパートを担保に、その会社がこれから建てるアパートやマンションの出資者になれば利回り8%に30年の家賃保証が得られる……という胡散臭い話に疑問を持つことなくマサキは飛び乗った。


そしてすべてを失った。


投資会社と専属専任媒介契約を結んだ不動産屋に、マサキはなけなしの貯金だけでなく所有していたアパートの権利まで奪われた。それでも財産を取り戻そうと必死に足掻いたが、資産情報だけでなく実印まで渡してしまっていたマサキは、逆に何百万円もの借金まで負わされてしまった。


自分が住んでいた下宿先の家賃も払えなくなり、どうしようもなくなったマサキは仕方なく実家に戻って親に相談したが、すでに手遅れだった。父親は真っ赤な顔で激怒し、母親はずっとテーブルに顔を臥せて泣いていた。父親に殴られたマサキは、何もかもが嫌になって実家を飛び出して、特急電車に飛び込んだ。電車に乗ったのではない。特急が停まらない駅のホームから、駅を通過する特急電車に向かって、世の中を恨みながら飛び込んだのだ。


(俺が何をした?俺を騙した方が悪いんだろ?俺は悪くない。何で俺だけこんな目に……) 


「正しい努力をしないで周回遅れになった人間が、有りもしない一発逆転を狙って情弱狙いのサギ投資にすがるからです」


グサリと刺さるセリフが耳に入り、ぼやけていた意識がはっきりする。目覚めた部屋は薄暗いが、住んでいたアパートの何倍も広い。天井が淡く光っているが、そこには電灯や照明といったものはなく、描かれた模様そのものが光を放っていた。電車に飛び込んだはずのマサキは、なぜか訳のわからない室内に立っていたのだ。


「親や管理会社から、実印だけは人に預けてはダメだと忠告されていたでしょうに……」


図星を突かれたマサキは発言者を睨みつける…… が、それがとんでもなく美しい女だったために怒りは一瞬で吹き飛んでしまう。透き通るような白い肌、天女の羽衣のようなローブに包まれたグラマラスな体つき。手入れが行き届いた光輝く長い金髪に、見た人間すべてが魅入ってしまうであろう人形のように美しい顔。人間にあるはずのない白い翼が背中に生えているが、それさえ不自然なくその女の美しさに溶け込んでいる。天使だろうか?女神だろうか?まさに完成された美を持った女性は、マサキの心をたった一目で掌握してしまった。


さらにマサキはその女の着ているローブにも驚愕する。彼の母親が持っている16匁絹製の最高級スカーフすら霞んでしまうほどの滑らかな布地だったからだ。ネックレスも凄い。見たこともない大きな宝石に豪奢な装飾と渾身の細工が施されたそれは、百万円以上───いや、もう一桁上の価値があるかもしれない。


「そういう鑑定眼があるなら、それを活かした職業に就けば良かったのに。才能を無駄にし、サギにケツの毛まで毟られて、親より早く自殺するなんて親不孝の人間失格ですよね」


見た目だけでなく、その女の声もまた透き通るような美声だ。内容は辛辣だが。普段のマサキなら怒り心頭となるところだが、目の前の女があまりに美しすぎて毒気を抜かれてしまった。反論する気力も失い、状況の理解もまったくできないマサキは混乱に陥る。


(何なんだココは?そして俺に説教するこの女は何者なんだ?)


「ええ、もちろん説明します。アナタを召喚したのは、この世界を管理する妖精エミールなのですから」


マサキの心を読んだのか、見た目は楚々可憐なのに中身は毒々しい妖精が説明を始めた。


もう一人の主人公マサキですが、私の中学時代の同級生がモデルです。……いたんですよ。

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