表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/25

勇者、残機1

「ギガフレイム!」


俺がその呪文を唱えた瞬間、右の掌からレーザー光線が前方に放たれる。俺の姿を包み隠すほど大きい真紅の光が独特の音を響かせながら空間を穿つ。このド迫力のレーザーは見た目も俺の期待も裏切らない破壊力を秘めており、その光に触れた敵である蟻を次々に焼き尽くしていく。レーザーは右の手のひらに刻まれた文様から放出されるが、その文様の周囲にはレーザーに入り切らなかった光の余波が溢れ出ており、それがまるで羽のように俺の右腕に纏わりついている。なんと美しいのだ。


どんな理屈でこんな超威力のレーザー光線が出せるのかは分からないが、勇者として選ばれた俺はこの世界最強の武器を制限なく自由に放つことが出来るのだ。


俺の体よりもでかい殺人蟻の集団を、ギガフレイムと名付けたレーザーの横薙ぎで、一気に半数近くまで撃ち落とす。しかしレーザーが当たらなかった蟻は、口先に付いた牙をこちらに一斉に飛ばしてきた。百本をゆうに越える牙が俺を目掛けて迫りくる。牙の一本一本がドラム缶くらいに太いのに、それが同時に百本以上だ。正直、めちゃくちゃ怖い。本当は逃げ出したいところだが、もう一つ俺に与えられた武器を試すには絶好の機会だ。


大きく息を吸い、腹の奥に力を入れ、今の姿勢を保ったまま今度は左手を前に突き出して再び呪文を叫ぶ。


「ボルテックス!」


右手からは赤いレーザー光が照射された状態のまま、左の手の平を中心に赤い爆発が生まれ、自分の周辺も真っ赤に染まる。派手な音と爆発が同時に誕生し、炎の渦が俺を守るように巻き上がり、俺を狙っていた牙の束は一瞬で消失した。不思議なことにこれだけの爆炎が生じたのに、俺は微塵も熱さを感じない。


さらにその左手から発している炎は、右腕から発せられている光に混じり込んでいき、規則正しい螺旋を描いて前方を焼き尽くし始める。俺に向かってきた蟻の軍隊は、炎と光の螺旋に食い千切られ蒸発する。長い爆発が終われば、まったくの無傷で俺は立っていた。


右腕の武器と違って、左腕に宿る攻防一体の最終兵器ボルテックスは使用制限があるが、それだけに強力無比だ。たった1回の発動で、牙だけでなく、その牙を放ってきた蟻も消し炭にしていた。もはや周囲に敵は誰も居ない。ギガフレイムと名付けたレーザーと、さらに周囲を一掃するボルテックスというボンバー兵器によって、俺はたった一人で敵の大群を壊滅させた。まさにシューティングゲームである。


「ふうっ」


終わってみれば俺の一方的な蹂躪で、巨大な殺人蟻の軍団との戦闘が終わった。耳障りな蟻どもの足音が消え、あたりにようやく静寂が訪れる。自分の両腕に宿った破壊の力の、何と凄まじい事か。この世界に来る前に受けた説明では、右手から放たれるレーザー光線に制限はない。残量やクールタイムなど気にせずに、いつでもいくらでも放つ事ができるという。今は異世界にいるから試せないが、地球の最新の戦車や戦闘機も、このレーザーをほんの数秒照射するだけで破壊できるというから驚きである。


そして左手に備わったボルテックスは、いわばボムやボンバーと言われる回避兼必殺兵器であり、こちらは弾数に限りはあるものの、爆発によって周囲の敵や敵の弾を一掃する。さらに右腕からレーザーを照射している時に発動すれば、爆発がそのレーザー光に混じり合ってさっきのように前方に破壊の渦を巻き起こす。


何という超破壊力だ。俺は感激しながら、開いていた右手の指を閉じる。あれ程の破壊の光と炎を生み出したのに、掌には熱を感じない。呪文を唱え掌を突き出すだけで、俺は最強の破壊神となれる。さらに腕だけではなく、脚にも勇者としての特別な力が秘められている。俺は自分の意志で空を飛ぶことが出来るのだ。



自分の身体に宿った新たな力に感動していると、はるか先の上空から、蟻の軍団が奏でていたものより大きな音が聞こえてくる。それは足音ではなく甲高い羽音で、音と一緒に風圧まで感じる。目を細めて音のする方角を睨むと、上空にはさっきの蟻の何倍も大きい一匹の超巨大な羽蟻が、ゆっくりとこちらに迫ってきていた。地球だと女王蟻は配下の蟻より一回り大きい程度らしいが、この世界の女王は十倍もでかく、しかも空を飛んでいる。ちょうどいい、さっきは試せなかった飛行能力を、今ここでテストしてやろう。


足に力を溜めて、地面を蹴って空中に飛び上がる。すると重力をまったく感じることなく、俺の体は宙に浮いた。だが。


「あれ?飛ぶって飛行機みたいな動きじゃないんだ?」


予想と違ったのでつい声が出てしまう。てっきり俺の意思で自由自在に空中を移動できると考えていたが、両足に宿った力は地面のように空気の上に立てるだけのようだ。軽やかに空中を舞うどころか、自分の足で空気の上歩いたり走ったりしなければ空中移動が出来ない。いろいろ試すうちに、空気中でもジャンプをするように大きく踏み込めば、10メートルくらい一気に空中を進む事ができる事は判明したが。


仕方がないので女王蟻が居る上空に向かって、両足を大きく踏み込みながらこちらも上昇していく。慣れてくると陸上の三段跳びのように、踏み込む足を左右交互に繰り返すことで、効率よく一気に距離を稼げる事がわかった。そして何回か飛翔を重ねると、女王蟻とほぼ同じ高さにまで到達した。少し疲れて息が上がる。ここ数年、運動不足だったことを実感する。


勇者に目覚めたとはいえ、最強の武器と空を翔ける足以外は、俺の身体能力や容姿はすべて転生前と変わっていない。選ばれし勇者というからには、てっきり若返った上で運動神経抜群の美少年に生まれ変われるかと思ったのに正直予想外だ。


額の汗を拭いながら、俺は100メートルほどの距離で女王蟻に向き合う。地上で見るより敵の体はデカイ。一軒家どころかちょっとしたビル並にデカイんじゃないか?あと蟻という割に、背中には大きく歪な翅を持ち、全身も毛虫のようにトゲだらけで地球のそれとは似ていない。その禍々しく凶暴な姿に、俺は内心でちょっとビビっている。ただ俺の持つ武器はどんな敵だろうと破壊する最強の光と炎だ。魔王の配下であるこいつを倒せば、この世界での俺の名声は上がり、街に住む女どもも俺に憧れを抱くだろう。よっしゃ、やる気が出てきた!


俺が夢を叶えるための踏み台でしかない敵ボスの女王蟻は、配下の蟻をすべて焼き殺された事にどうやらご立腹のようで、6つの目は血走るように赤い。ん?目が6つ?目が頭部だけでなく腹部にも4つある…… 気色悪いなぁオイ。まぁいい、ならその赤い目を俺のギガフレイムで更に赤く燃やし尽くしてやるぜ。


「燃え尽きな!ギガフレイム!」


再び俺は右手を前に突き出し、呪文を叫ぶ。右手から真紅のレーザーが女王蟻に向かって突進するが、しかし巨大な蟻は体に似ない軽快な動きでレーザーを躱す。


「はっ、さすが女王。やるじゃねぇか!そう来なくっちゃな!」



我ながら気取ったセリフを喋りながら、右手を動かし女王蟻の動きに合わせるようにレーザーの軌道を動かす。が、ぜんぜん女王蟻に当たらない。当たらないどころか焦るとレーザーの先が明後日の方向に動いてしまう。ターゲットが遠い場所にいてなおかつそいつに素早く動かれると、俺の体より太いレーザーであっても当てるのがこんなに難しいとは知らなかった。 女王蟻は巨大なのに、空中を不規則かつ緩急をつけて動くので、マジで全然当たらない。右腕の角度を微妙に変えるだけで遠くにあるレーザー先端は大きく動いてしまうので、蟻に追従できない。さらにマズイのが、右手を突き出すと俺の目線がレーザーと重なってしまい、出っぱなしのレーザーの赤い光で敵が見えにくくなってしまう。


『三次元シューティングだと、プレイヤーの撃つ弾はゲーム内部で誘導してるんだよ。そうしないと遠くの敵に弾が当たらないからね』


俺がハマった某シューティングゲームの開発者が、インタビューで語っていた開発秘話を思い出した。ホントだ、3次元視点で敵が遠いと全然当たらねぇ。なんだよこのレーザー、誘導機能がないのかよ。いくらレーザーが照射しっぱなしでも、当たらなければ意味がねぇじゃん!


『当たらなければどうということはない』


再放送で見た有名なロボットアニメのセリフが頭の中で再生される。うるせぇ!なんだよ、アニメだと簡単にビームが敵に当たってたじゃんかよ! ちくしょう、俺はニュー●イプじゃないのか。なんだよこの世界の勇者、欠点ばかりじゃねぇか!


待て待て、こちらの攻撃が当たらないという事は、向こうの攻撃もこちらに当たらないという事だ。なら焦る事はない……


女王蟻の攻撃も、配下の蟻と同じように牙を飛ばしてくるだけだろう。ちょっと疲れたので一旦攻撃をやめて様子を見る。ところが女王蟻が体を震わせると、その体に生えていたトゲが雲霞の如くその周囲に広がっていく。ん?俺に向かって攻撃するんじゃなくて、自分の周りにトゲを広げていくだけ?なんか変な攻撃だな。攻撃というより、俺が近くに寄れないようにするバリアなのか?


とりあえず動きが止まった蟻に向かってギガフレイムを放つが、やはり距離が離れすぎているのか簡単に女王蟻に避けられてしまう。そのまま蟻は体中のトゲをどうやらすべて分離したようで、体が一回り小さくなってしまった。遠目にはかなり大きく見えていた女王蟻の巨体は、体中に生えていたトゲがそう見せていただけで、今は半分以下にまで縮んでしまった。まずい、目標が小さくなってしまったので、更に狙いをつけるのが難しくなってしまった。


俺が困っていると、それを察したのか女王蟻がゆっくりとこちらに近付いてくる。なーんだ、しょせんは虫、自分から俺が狙いやすいように寄ってきてくれるとは。飛んで火に入る夏の虫だぜ。


そんなふうに考えていた時期はほんの数秒だった。女王蟻から分離したトゲが針を発射してきたのだ!トゲの数は最初に倒した配下の蟻よりたくさんだ。あのトゲ、バリアじゃなくてビットなのかよ!?


翅を唸らせながら俺に近付いてくる女王蟻に操られるように、トゲのビットから射出された針が一斉に俺へと迫ってくる。ただその大量の針は、思ったより速度は遅い。針と針との隙間も意外と大きいので最初はビビったけどこれなら躱せる。弾幕シューティングで鍛えた俺の動体視力を舐めるなよ!


覚悟を決め、息を止めて針の一斉射撃を見極める。足を細く動かして、針と針の間を縫うように自分の体を滑り込ませていく。電柱のような太さと長さを持つ巨大な針が、目の前や隣を何本も通過していく。ようやくすべての針が自分を通り過ぎるが、しかしトゲのビットはすでに次の針を撃っていた。


必死に次の針を躱しても、また次の針の弾幕が飛んでくる。おいちょっと待て、トゲのやつどれだけ針を持ってやがる?弾切れしないのかよ!まさか俺のギガフレイムと同じで、女王蟻のトゲにも残弾制限がないのか?


最初はビビった針の弾幕も、何回もそれを避けているうちにもう慣れてしまい恐怖はない。しかし躱しているだけでは敵は倒せない。俺は何百、何千という針を躱しながら右手で攻撃を放つが、しかし体小さくなって余計に敏捷性が増した女王蟻は、さっきより近いはずなのに俺のギガフレイムが掠りもしない。


さらにマズイことに、右手でレーザーを出すと、その赤い光で女王蟻だけでなく針も見えにくくなってしまう。ただでさえ狙いが定まらないのに、針を躱しながらレーザーを微調整するのは無理に近い。針もトゲも、レーザーに触れても焼かれる事なくこちらに向かってくる。敵弾はともかくビットは壊せるってのがゲームのお約束だろ?条約違反すんな!!



最初に倒した蟻の軍隊は空も飛ばなかったしこちらにどんどん突撃してきたから、左手のボンバー兵器であるボルテックスで一層出来た。しかし女王蟻は空を自在に飛びながら、ボルテックスが届かない絶妙な距離、つまり俺にとっては最悪の距離を保ったまま、針による弾幕射撃を連発してくる。針の弾幕は絶え間なく繰り返され、俺は針を躱すのが精一杯で蟻に近付く余裕がない。ギガフレイムを使うと針が見えなくなるので、俺は回避しか出来ず反撃する事が出来ない。


気が付けば俺はさっきからほとんど同じ場所で針を躱す作業を続けていた。多分左手のボルテックスを使えば針も消せるだろうけど、蟻やトゲビットに爆炎が当たらないのでは意味がない。


俗に言う縦スクロールシューティングゲームでは、敵の動きは画面内に限られているし敵と自機の距離は近いので、レーザーを出せばまず敵に当たる。視点も上から俯瞰しているのでレーザーを撃ちながら敵弾を躱すの難しくはない。しかし実際の3次元空間で、自分の視点で遠くから弾幕を張られると、レーザーを当てるのも敵弾を躱すのもどちらも厳しい。


というか考えてみると、俺はFPSゲーム(※)で弾幕シューティングをやらされているんだよな。FPSゲームは地上を動くだけだが、この世界では空中を自由に移動し、さらに自分の身体能力で敵の弾幕を避ける必要がある。やってみて分かったけど、これ相当にアホだぞ。だれだこの世界を作ったのは。


道理でFPSや3Dシューティングに弾幕系が無いわけだ。プレイヤーがあまりに不利すぎる、やっと理解した。


しかしそんな事がわかったからといって、状況は好転しない。それどころか絶えず空中移動している足が疲れてきてしまった。そういえばここ数年、あんまり運動してなかったなぁ。あとレーザーを撃つために右手を上げ続けているが、右手の筋肉が痛くなってきた。腕を上げ続けるってこんなに疲れるのか…… 知らなかった。さらに何度も慣れない手先の微調整を繰り返しているせいか、右腕が攣りそうである。


(あれ?俺の今の状況ってマズイんじゃね?)


女王蟻の冷徹な戦略に、勇者である俺は防戦一方だ。おかしい、俺は最強の武器を持っているというのに、なぜこんな苦戦する?


……ああ、俺の前に居た勇者が失敗した理由はコレか…… 縦スクロールゲームじゃないと弾幕シューティングは無理だったんだ。ゲームのように上からの視点で自機を操作する形なら、練習すればどんな弾幕でも躱せる自信はある。でも自分の視点で自分に襲いかかってくる弾幕を、自分の足を使って避け続けるのは相当きつい。しかもこの視点と距離だとこっちの攻撃が当てられない。いくら最強の攻撃力だとしても敵に当たらないんじゃ意味がない。魔王がどんなやつかは知らんが、その手下である女王蟻にすら大苦戦するようではそいつに勝てるわけがない。やばい。対策しないと、俺も死ぬわ。



繰り返される女王蟻の弾幕針に打つ手が見つからず、戦術的撤退ということで俺はこの場を逃げ出すことにした。針と針の間を抜けながら、少しずつ地上に降りていく。女王蟻は離れていく俺を睨みつけているようだが追いかけてはこない。よし、これで逃げ切れる。地上は背の高い草原なので、身を低くすれば俺の姿を隠す事ができるはず。俺をこの場所に連れてきた妖精に合流して、一旦この場から脱出しよう。


そう考えた時だった。女王蟻の6つの目が光った。ん?と思った瞬間、その目から紫色のレーザーが放たれたのだ。その光は俺のギガフレイムよりは細いが、あっという間に俺に迫る。とても回避は間に合わない。左手をあげ「ボルテックス」と叫ぶが、それより早くその紫の光は俺を貫いた。ボンバー兵器であるボルテックスは発動せず、あとちょっとで地面という所で俺の両腕は吹き飛ばされ、右足は膝から下が無くなった。今まで味わったことのないあまりの激痛が脳天まで響く。目がチカチカし、体が痙攣し、俺は背中から思いっきり地面に落下した。


瀕死の状態になりながら、俺は走馬灯のようにこの世界に来たときのことを思い出していた。

※FPS:ファーストパーソン・シューティングゲーム,一人称視点のシューティングゲーム

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ