31 悪役令嬢はいなかった
ガンガンと突き刺さる冷たい視線から私をかばってくれたのはお兄様だった。
「入学した後…何か言われたりするかもしれないね。何かあればすぐに私に言うのだよ」
「はい…」
でもお兄様に告げ口した、なんてことになったら騒ぎが悪化しそうな気もするのよね。困ったものだと思っていると、セラとローズがやってきた。
「ルティア、久しぶり」
「ルティアちゃん、制服が似合うねぇ~。可愛い!」
ゲームが始まったことにドキドキしているのは私だけらしく、二人はいつもと変わらない笑顔で私の手を取った。右手をセラ、左手をローズ。
「ど、どうしたの?」
「大丈夫?」
ローズに聞かれて苦笑を返す。
「まだ先が長いもの。カーマイン様が卒業されても…、しばらくは大変かもしれないわね」
「私がそんなことは許さない。ルティアはグロッシュラー公爵家が認めた兄様の婚約者だ。ルティアを侮辱するということは、我が家を侮辱するのと同義だ」
「嫌がらせをされたらぁ、すぐに教えてね」
それには素直に頷く。
「世間的には男爵家の平凡な娘が公爵家の嫡男と婚約なんて反発があって当然だもの。覚悟はしているけど、もちろん度を越した時はすぐに報告するわ。お兄様とセラ、ローズにも…、もちろんカーマイン様にも」
学園内のことで親まで巻き込むのはどうかと思うが、上級生や同級生ならば問題ないだろう。
嫌味を言われる程度ならば我慢できるが、それ以上のことは一人で問題を解決できるだけの力がない。
学問はごく平均的な成績で、この学園内では最低ラインの魔力…より少し上な程度。土、火、風の三属性が使えなければ入学できたかどうかも怪しい。
貴族としての家格は男爵家。本来ならばセラとこんなふうに親しくできる立場にない。
見た目は…悪くはないが、華のある目立つ容姿ではない。スタイルもごく平均的。
ローズのピンク色の髪やセラの真っ赤な髪はちょっと嫌だけど、金髪や銀髪にはすこし憧れている。カーマイン様の横には派手な美女か小動物系美少女が似合う。
そう、セラとローズのような。
「ルティアの良いところは素直さだな。本当に…、困った時にはすぐに報告するのだよ。不快な相手は二度とルティアの前に姿を見せないように手を回すからね」
お兄様が美しい笑顔で言い、ローズもまた。
「どうしてもなら私がぁ、ちょっとそいつの脳をいじってあげるから」
思い切り物騒な事を笑顔で告げる二人に、セラが『武力行使でくる相手ならば私が切り捨ててやろう』などと言い、慌てて止めた。
入学式はローシェンナ殿下の挨拶だけでなく新入生代表であるローズの挨拶もあった。
スピーチはいつもとは異なりハキハキとした凛々しい喋り方だった。
入学式が始まる前にはローズを養子にしたサーペンティン伯爵夫妻も会場入りし、夫人から『屋敷のほうに是非遊びに来てね』とのお言葉もいただいた。
学園長の挨拶や教官、事務方からの説明なんかもあったが、思ったよりもサクサクと進み、一時間ほどで立食パーティとなった。
飲み物や軽食が運ばれてくる。
セラがあっという間に貴族令嬢たちに囲まれた。ローシェンナ殿下と婚約したと言っても女の子には大人気だ。ローズもまた『新入生代表であり、珍しい聖属性と顔見知りに』といった人達に囲まれている。
私も貴族学校時代の同級生と情報交換をしていると…、壁際にポツンと立っている女の子に気が付いた。
黒髪に黒い瞳で、顔立ちもどこか幼く日本人のように見える。背は私よりも低くおそらく150センチあるかないか。小柄で華奢な清楚系美少女だった。
手には何も持っていない。
給仕が配っていたオレンジとりんごのジュースのグラスを手に声をかけた。
「お飲み物はいかが?私はルティアというの」
女の子はビックリした顔をした後、おどおどと『ケイト…です』と答えた。
「緊張しているのね。こういった場は初めて?」
素直に頷く。
「私…、平民で………」
「この学園では階級は関係がないと聞くわ。そんなに怖がらなくても大丈夫。もしも不当な扱いを受けた時は生徒会や先生に報告するといいわ」
オレンジとりんご、どちらのジュースが良いかと聞けば、おずおずと『オレンジ』と答えた。
ジュースを渡してテーブルへと誘う。そこには彩り鮮やかなサンドイッチやスイーツが並んでいた。
「せっかくですもの。いただきましょう」
ケイトはそわそわした様子で私を見た。
「あの…、ルティア様はカーマイン様の婚約者、なのですよね?」
笑って頷く。
「そ、それに新入生代表のローズ様とご一緒なのをお見掛けしました」
「公爵家のセラフィナ様とローズ様とは幼馴染みたいなものなの」
「そう…ですか……」
ケイトが食べ物をつまみ始めると、新入生らしき他の生徒が声をかけてきた。どうやら同じ平民ですでに寮で顔を合わせた相手だったようだ。
「ケイト、もうお友達を作ったの?」
「ルティア様が声をかけてくださったの」
「同級生ですもの。堅苦しい言葉は使わないで」
私は軽く言葉を交わしてその場を離れた。
入学式の後はお兄様と一緒にまっすぐ家に帰った。セラはローシェンナ殿下とともに王城に向かうというし、ローズは伯爵夫妻と一緒だ。
焦らずとも明日から四年間、同じ学園に通う。成績優秀な二人と同じクラスは無理だろうが、ランチで学食を使えば会える。
不安もあるが、やれることを頑張るしかない。
翌日からクラス毎の授業が始まり、セラとローズは成績優秀者が集められたAクラスだった。B、C、Dクラスは優劣がない。私はDクラスで貴族階級の女生徒のみで構成されている。
AとBは男女混合でBは寮生のみ、Cは貴族階級の男子のみ。
一クラスの人数がまちまちになるが、これは仕方ない。貴族階級は既に婚約者がいる者も多く、男女混合は嫌がる家も多い。一年、二年はこの編成で、三年になると改めてクラス分けされる。
女生徒の何人かは結婚を理由に、勉強や校風についていけない者も何人か脱落する。
女生徒しかいない私のクラスだが…、何故か男子の制服を着た女性がいた。セラよりも背が高くそして凛々しい顔立ちだった。
周囲の女子もそわそわとその子を見ているが、誰も話しかけようとはしなかった。逆にぐるりと取り囲まれているのはワタクシ、そう平凡な男爵令嬢であるワタクシだ。
取り囲んでいる皆様は憧れの金髪、銀髪に赤毛、栗毛…、そしてお顔も大変可愛らしい。
「貴女がルティア嬢ね。カーマイン様の婚約者と聞いたけど?」
中でも一番派手で美しい令嬢にそう問われた。
「本当に貴女があのカーマイン様の婚約者なの?」
「とてもそうは思えないわ」
ですよね。と、素直に頷いた。
「私もまだ信じられません…。私は本当にカーマイン様の婚約者なのでしょうか?」
「貴女…、何を言っているの?」
「だって、あのカーマイン様ですよ?公爵家の嫡男で見目麗しくローシェンナ殿下の側近…、どう考えても釣り合いが取れていません」
「ま、まぁ、そうね…」
「こんな地味で平凡な女、何が良くて選んだのかいまだにわかりません」
「平凡って……」
育ちが良いのか『でも貴女のまっすぐな髪は素敵よ』とか『お兄様はあのウィスタリア様でしょ?』と慰めてくれる。
「皆様…、お優しいのですね」
「え?」
「良かった…。皆様のように優しい方々に囲まれていれば、なんとかこの学園でもやっていけそうです」
にっこり笑うとひきつったような笑みを浮かべているがこれ以上、難癖をつけられることはなかった。




