29 悪役令嬢の兄(隠し子)
『おぉ、来たか、息子たちよ』
山に入ると地竜がすぐに現れた、これ待ち伏せだ。ふもと近くまで降りてきているとか何事だろうか。
「どうなさいましたか?」
『どうしたもこうしたもあるか、ひどいではないか』
地竜は拗ねた口調で言った。
『火竜に名をつけたそうだな』
「あ………」
『従魔となれば人型になれる。人型になれれば人間が暮らす街に行ける。そんな面白いことを先に火竜にだけ許すとは…。まずはわしからではないか』
お兄様と顔を見合わせる。
「えーっと…、それは」
『どちらでも良いぞ。さぁ、わしらに名を授けるのだ』
そうきたか…、いや、地竜がそう思っても不思議はないか。竜種だということに不満はないだろうが……。
「地竜様、その前に」
お兄様にしては珍しく少し強張った声で聞く。
「わしら…というのは、どういった意味でしょうか?」
複数形だ。まさか他にも竜がいるの?いや、いくらなんでも三匹目は…。
地竜はあっさりと頷いた。
「実は知り合いの風竜に子の面倒をみてくれと頼まれてな」
地竜の影から体長一メートルくらいの小型竜が顔を覗かせた。
か、可愛い…。え、なに、ごつくない。大きな爬虫類…、きれいなワニというか、草食っぽい大トカゲというか。
背中に羽があるし顔立ちも竜だけど、随分と優しそうなくりんとした目だった。色合いも澄んだエメラルドグリーン。全体的に茶色っぽい地竜や赤味がかかっている強面の火竜に比べると幼い。
可愛い…と思うと同時にうっかり名前を考えてしまった。風竜ならフウマ、いやそれよりもモエギ、ワカタケ…、セイジ…青磁。色味が青磁って感じ。
日本語での色の表現ってきれいなものが多いんだよね。ほんと、きれいな子、このサイズなら家で飼えそう…。
ぶわっと風が巻き起こった。小さな竜巻が起きたと思ったらすぐに消えて。
風竜がいた場所には子供の頃のカーマイン様にそっくりな少年が立っていた。
髪の色は淡い緑色だが、どう見てもカーマイン様の隠し子です、ありがとうございます。
「ルティア……」
「………ごめんなさい、あまりにも可愛らしい竜だったので、つい」
言葉でしっかりと意思表示をしたわけではないが、風竜も従魔契約に興味津々で勢いのまま成立してしまった。
「いや、仕方ない。でも地竜様の名前はダメだよ。これ以上、カーマイン様の複製を増やすのはさすがに申し訳ない」
地竜の名はお兄様が考えることになり、その間に風竜に挨拶をする。
セイジはもじもじしながら。
「あるじ…どの…?」
「ううん。ルティアよ。よろしくね」
「ルティア…」
セイジは何度か私の名前を繰り返している。
「セイジ様はまだ子供なのかな?」
頷く。
「だから、いろんな勉強をしたほうがいいんだって」
「そっか」
セイジがにこっと笑い、その破壊力に倒れそうになった。そうだった、カーマイン様ってば出会った時はこんな感じだった。無理して無愛想にしている時もあったけど、あれは本人なりにかっこつけていたんだよね。
そして子供の頃からすでにかっこよかった。ってことを思い出した。
ドキドキする胸を押さえながらお爺様に説明をする。
「実はグロッシュラー公爵領で視察をしている時に火竜様とうっかり従魔契約をしてしまい…」
さらに地竜とはお兄様が、風竜とは私が従魔契約したことを告げる。
「なんと、従魔契約とは…。大丈夫なのか?」
「大丈夫よ。これでお爺様と地竜様もお話できるようになるわ」
説明している背後でぶわっと風が起こり、振り返ると、幼少期の私が立っていた。
「すまない、ルティア。なんとか回避しようとしたのだが…」
お兄様がものすごく落ち込んだ声で私に謝ってくれた。
「いえ…、仕方ありません。これ以上、カーマイン様を量産するわけにもいきませんし」
それにしてもお兄様、私なのか。ほんと、ガチなシスコンだな…。予想を上回る変態ではないと信じたい。
地竜は茶髪を揺らしながらくるくると回り。
「ふむ、幼女の姿は落ち着かぬな」
そう言いながら、自身の姿を変えていく。ちょこちょこと修正をしながら最終的なお兄様を成長させた姿で落ち着いた。
四十歳くらいのお兄様も素敵です。落ち着いた雰囲気で渋いから、お兄様…というより、親戚のおじ様みたいな?
お兄様が心底ホッとしたように息をつく。
「地竜様は…」
「アルクじゃ。お主がつけた名で呼べ」
苦笑しながら言い直す。
「アルク様は人の姿になることに慣れているようですね」
「ふむ。まぁ、そうじゃな。魔力の扱いには練度が必要でな」
火竜のホムラ、風竜のセイジよりアルクは長く生きている。その分、人の世界にも馴染んでいる。
「魔力に関してはお主らも同じじゃぞ。特にルティアは魔力量が少なく器用ではないのだから、日々、練習をしたほうが良いな」
「はい………」
少し落ち込みそうになったが。
風竜と従魔契約したってことは風属性の魔法も使えるということではないだろうか?アルクに尋ねると『使える』と言われた。
「そよ風を起こす程度ならできるな。火魔法と合わせると洗濯物が乾きやすいぞ」
うわぁい、嬉し…くなぁい……。いや、チートは嬉しいけど己の能力が低すぎて泣ける。
微妙な面持ちの私にお兄様が『研究対象になるかも』と言う。
「確かにひとつひとつのベルは低いが、三つの属性が使える者は恐らくいない。二つですら聞いたことがないのだから、これはかなりの希少性だよ。珍しさで言えば聖属性以上だ」
火竜との関係は既に王家に知られている。そして風竜のことも内緒にはしておけない。
「公にはできないから入学試験は受けることになるけど、きっとセラフィナ様達と同じ学園に行けるよ」
特待生とか推薦枠とか、そういった扱いになる可能性が高い。魔法学園は入学した後が大変でも、やはりゲームの舞台には行ってみたい。
これで試験勉強から解放されるのかと一瞬、喜んだけど。
「でも入学試験の結果が最低ラインにも達していないとか、とても恥ずかしいからね。勉強はしっかりしようね。実技も私がみてあげるから」
妥協は許しません。という圧を感じるお兄様の笑顔に、私はコクコクと頷いた。




