ジュリアの王子様3
「ジュリ、出来上がってきてるよ」
出勤すると、机の上には頼んであった大量生産用のつけ爪のサンプルが置かれていた。
そうそう、私が工場に回す前にチェックしたいって言ったんだった。
昨日はいろいろあって、仕事休んじゃったんだよね。
「セシル、昨日はゴメンねー、突然休んじゃって! うん! いいじゃん! すっごく可愛い!」
可愛いモノはやっぱりいいわね~。
色とりどりにデコレーションされたつけ爪を眺めていると、ささくれてた気持ちが和む。
ウフフ、この軽くて薄い新素材のつけ爪なら絶対にヒット間違いなし。
やーん、ジュリちゃんったら、また稼いじゃう~。
やっぱ、”カワイイ”とお金は正義だワ。
ここは私が親友のセシルの力を借りて卒業と同時に立ち上げた工房で、主に若い女の子向けのドレスや小物、カジュアルなアクセサリーなどの商品開発を手掛けている。
デザインの意匠だけでなく、多種多様な便利機能が付いているのがうちのウリだ。
ドレスなら形状記憶、防汚消臭、ヒート、クール、特別注文で痩身幻影や美人補正なんてのも請け負う。
学校に通ってる頃から、私は魔法の勉強よりも自分を可愛く見せる事に興味があって、着飾る事に命をかけてた。
だって、そうでもして目立たなきゃ、長身の兄姉に埋もれて誰にも注目してもらえないんだもん。
魔力が少なくてチビで存在感がないから。
私だって、黒竜なのに。
でもまぁ、そういうコンプレックスがあったからこそ、反骨精神っていうのかな、今の成功があると思ってる。
なんたって、私がプロデュースする"カワイイ"は、業界の一つのジャンルになるまで成長を遂げているんだから!
モア大陸進出! モア外貨獲得! モア雇用の創出!
竜王国もこれからは魔力より経済力よ!
「花びらなど集めて、そなたは花を好むのか?」
昨日の欠勤原因となったじじいが私の後ろからひょっこり顔を出し、カラフルなつけ爪たちを覗き込んで言った。
そして、サンプルの一つに手を伸ばしかけたので、私は無言でその手をぺしっと叩く。
この色ぼけエロじじい、結局私の後を追って来てしまった。
洞窟に迎えに来てくれた兄さまは、勘違いじゃないかとじじいに手を尽くして説得してくれたけど、この耄碌じじいは私の言い分を頑として聞き入れなかった。
私がそんな事を言うのは、ハゲワシに襲われたショックで混乱してるせいだとかなんとか言い張って。
「花なら受け取ってくれるのかのう」
じじいが恨めしげに呟く。
そんなもの、私が受け取るわけないじゃない。
昨日はマジヤバかった。
私は竜だけど、偏食が過ぎて主食はシリアルとポテチだったりする。
だから、このじじいが狩りで捕まえてきた獣を私に差し出した時も、食べないからいらないと断った。
ところが、はっきり断ったにもかかわらず、なんのかんの言ってしつこく押し付けてくるので、直感的にピンときたのよね。
あ、コレ受け取ったら絶対アカンやつだって。
あまりのしつこさに根負けしてうっかり一口でも食べていたら、きっと処女喪失の憂き目にあってたと思う。
これまで家族にずっと怒られ続けてきたけど、ほんと偏食やめなくて良かった。
じじいは無視して、スケッチブックを広げる。
「じゃあ、そっちは工場の方に回すとして、新しいアクセのデザインなんだけど、こんなのどうかなと思って」
「ねぇ、ジュリ。その方は? ジュリのお知り合い?」
私はじじいを居ないものとして仕事をするつもりでいたけど、セシルは我慢できなかったみたい。
さっきからずっと鋭い眼差しをじじいに向けている。
お針子の女の子達もチラチラとこちらを気にして、聞き耳を立ててるようだった。
まっ、この若者の街にじじいがいるってだけでも珍しいもんね。
毛むくじゃらで、めっちゃ不審者だし。
「あー、まぁね。成り行きで私が面倒をみる事になっちゃって。でも、気にしなくていいよ。勝手について来てるだけだから」
困った事にこのじじい、昨日からずっとこの調子で私にぴったり張り付いて離れない。
部屋に閉じ込めても蹴破って出てくるし、私の姿が見えないと半狂乱になって暴れるので、城を壊されないためには一緒に連れて出るしかなかった。
そんなに嫌なら追い払えばいいと思うだろう。
ところがそういうわけにはいかない事情がある。
一応命を救ってくれた恩人であるし、それに何より悲しいかな竜族の性が邪魔をする。
私もハーフとはいえ竜族の端くれ、本能的に魔力の強い竜には逆らえないのだ。
おまけにこのじじい、とんだ食わせ者だった。
父上と揉めた例の竜族至上主義の古老、竜族国から人間を追い出し、父上の不在をついて城を乗っ取った張本人だったのだ。
当時城には純血種の竜族が何人もいたはずなのに、どの竜族もこのじじいを止められなかった。
つまり、このじじいの魔力は父上に匹敵するくらい強いってコト。
私なんて追い払えなくて当然。
頼みの綱の父上と母上は傍観を決め込んで助けてくれないし。
どのくらいで諦めてくれるだろう。
「一昨日、数百年ぶりに目覚めたみたいでね、たまたま上流にパトロールに行ってた私についてきちゃったのよ。しばらくしたら飽きて帰ると思」
「「「「「キャーッ!!」」」」」
黄色い声が怒号のように工房中に渦巻き、思わず耳を塞ぐ。
「え、な、な、なに? 何なの?!!」




