80 孤独な学生の夢
4階まで階段を上り、広い閲覧室でちょうどいい席を探して歩く。人も多くないフロアの奥の方へザハーロが歩いていき、その後ろを俺はついて行く。棚や壁で仕切られることなく、ただ広いスペースに机が並べられただけの開放的なフロアだ。
やっぱり学生の姿もある。ちらちらとザハーロを見て目を逸らす学生も多かった。…あれ、こいつほんとに友達少ないのか?明らかに目が合ったって学生もザハーロに声をかけるやつはいない。
ただ近くの学生同士でひそひそと話をしてる。ザハーロの後ろを歩いていた俺にもときどき視線が向けられ、またその度に学生たちはひそひそと話す。ザハーロはぴんと背を伸ばして姿勢よく堂々と歩き、周りの様子を気にもしてないらしい。
『…おい見ろよ。ミェーチの称号の…』『あの変わり者の?サガーノフだっけ?』『歴史学科ってマニアしかいねぇよな』『特にあいつは変だよ。あのザミグラッツやドラゴンなんて調べてんだから』
…あら、周りの学生の声はけっこうザハーロに否定的だ。いや、男連中か。ちら、と可愛い制服に身を包む女の子たちを見るとキャッと黄色い声が上がっている。
『サガーノフ君よ!今日もクールでかっこいいーっ!』『頭いいのよね!私も勉強教えてほしいわぁ』『うるさいわね私なんてサガーノフ様ファンクラブ会員ナンバー1桁よ!』『やるわね』
…なんか…。俺は前を凛として歩く、同じくらいの身長の学生服を睨んだ。くそ、ちょっと同情したのにこんなに女子から騒がれるなんてずるい!男の敵だ!そんなにバリバリイッケメーンでもないくせに!
と俺が睨んでるのが分かったのか、ちらりとザハーロが俺を振り返り見た。短い金髪がしゃっと揺れて、細いキツい灰の目が俺の視線と合うと、またふいっと前を向いて歩を進める。
その振り返ったときの横顔を見て…俺は素直に負けたと思いました。うん。シルほど美少年でもないしニコラみたいに男前でもないけど、…ツンとした人を寄せ付けない表情は確かに別の魅力を持ってるかもしれない、と不覚にも思っちまって…。
『さっきちらって見たわ!ステキ!』『あの一匹狼ってところがまたいいのよね!』『クールプリンス!謎多き、って感じがもう!』『ところで後ろを歩いてるフードの人誰よ』『ほんとそれ』
「………」
「…あいつらはいつもあんな感じだから気にしなくていい。僕も気にしていない」
さくさくとザハーロは進み、一番奥の机の、これまた奥の席をキープした。俺も向かいに座って本を並べる。遠目から好奇の視線が飛んできて、俺はたまらず小声でザハーロに聞いた。
「ザハーロってモテんの?」
「…興味はないし、僕といても楽しくないと思う」
「多少ネガティブだけど勝ち組のセリフだな……じゃ友達いるの?」
「うるさいな。いなかったら悪いのか」
…。俺はまじまじと向かいのザハーロを見た。ザハーロは居心地悪そうに本に視線を落として顔を上げない。…友達、いないんだな…。俺やシルみたいに「友達を作る環境がなかった」じゃなくて、「マジでできなかった」パターンか。
急に俺は優しい気持ちになって、目の前で『気にしてません』アピールなのか黙って本を読み始めたザハーロにそっと言った。
「…まぁなんだ、その、大丈夫だよあまり気にすんなよ」
「急に偉そうに言うな!ぼ、僕だって…、……ちっ」
あっ舌打ちされた。けど俺もザハーロをいつまでもからかうわけにもいかないから、何冊かの本を開きながらすぐに本題に入る。
「ま、それは置いといて。俺、どうしても氷の城・ザミグラッツに行かなきゃダメなんだ。それで場所とかそのあたりの事情を知りたいんだけど」
「…その前に、どうして氷の城に行きたいかを聞かせてもらおうか」
さっきまで気まずそうにしていたザハーロは、俺の問いにピリッと表情を変えて真剣な目で俺を見つめた。ただでさえキツく見える顔がさらに鋭く輝き、驚いた俺は少し言葉を選びながらゆっくりと答える。
「…探し物があるんだ。それを取りに行きたい」
「探し物とは何だ?ただの宝物を求めているなら止めた方がいい」
「違うんだ、もっと大事なもので…どうしてもどうしても必要なものなんだよ。具体的には…言えねぇけど…」
まるで面接だ。ザハーロの周りだけ気温が下がってるんじゃないかって思うほど厳しい表情で、そんなに年も変わらないはずなのにベテランの専門家を相手に話してる気分になる。お、落ち着かない…!
けど俺もできるだけ目を逸らさないようにじっとしてたら、ようやくザハーロが目を閉じた。はぁ、とため息をつくと短い金の髪がシャ、と揺れる。
ご、合格か…?ゆっくりとザハーロが目を開けるのを俺は瞬きせず見つめ…、けどザハーロは首を横に振った。
「意思が固いのは分かった。が、ここからは現実的な話だ。知っているかもしれないが、この帝都からさらに北のドゥラーク氷雪大地では恐ろしい雪嵐が吹き荒れている。
そこは前へ歩けないほど風が強く、視界を雪に覆われ…つまり進むには条件が悪い。おまけにローブなど易く引き裂く氷の粒が吹雪に交じっているから普通の装備では大地に足を踏み入れることもできない。
今まで硬い鎧に身を包んだ調査隊が幾度となく氷雪大地に挑んだが、未だに帰ってくる者はいない。…さらに、だ」
「さらに…?」
そこでザハーロが言葉を止めた。俺は思わず身を乗り出す。…もったいをつけてるわけじゃないんだろうけど、まるで自分自身に改めて言い聞かせるように、噛みしめるようにザハーロは続きの言葉を紡ぐ。
「大昔の伝説、氷の城を守る『雪原の竜』が目を覚ましたという噂がある。あくまで噂だ、誰も見た者はいないだろう…けれど確かにこのドゥラーク氷雪大地にはドラゴンの伝説が残っている。
ネーディヤ国内でも魔物の動きが活発化し、今まで身をひそめていた飛竜…つまりワイバーンも時折姿を見せるようになった。ドラゴンが目覚めないという確証はない」
ザハーロはそう言ってまた自分の持つ本に一度目を落とした。好奇心なのか、俺たちの近くの席に座る学生服の少年少女がときどきこっちを見ていた。俺たちの会話を聞こうとしているのか?ま、俺は気にしないけど。
それにしても、吹雪の件についてはなんとか考えるとして…、問題はドラゴンだ。『雪原の竜』かぁー、まぁ目覚めてるんだろうな。噂になったってことは、ドラゴンが飛ぶ姿を誰かが見たってことかもしれないし。
火のないところに煙はたたぬってやつだな。もうエルピスの件でドラゴンへの恐怖をさんざん考えつくした俺は、ザハーロの言葉を聞いてもたいして驚かなかった。というか、多分そうだろうなとは思ってたし…。
そんな俺の反応の薄さに怪訝な顔をしたのはザハーロだった。
「驚かないのか?」
「まぁ、『やっぱりかー』ぐらいは思ってるぜ。吹雪の件はまた対策を考えるとして、ドラゴンか…。なんとかならねぇかな」
「…何故そうあっさりとドラゴンを受け入れる?ドラゴンとは伝説の存在で、大昔に深い眠りについたとしか記録にも残されていない。それがなぜ今目覚めるのか…いや、目覚めると言われても驚かないのは何故だ?
大抵の奴は、そんなのおとぎばなしの中だけだと言って笑うのに」
こつこつとペンを机に当てながらザハーロは険しい顔で俺を見た。俺はちらっと周りを確認する。ちょっと近い席で男子学生が数人、その近くのテーブルで女子学生が数人…こっちの話に耳をそばだててるのが分かった。
…別に周りに聞かれてもいいか、と思いながら俺はザハーロに向き直り、明日の夕食メニューでもつぶやくようにさらっと答える。
「だって、もう他の地域じゃ目覚めてるからな。南国のココム海でも『海竜』とかいうのがもうすぐ目覚めるって人魚たちが言ってたし、現に俺はグラーバス渓谷のドラゴンにもう会ってるから」
「はぁ!?」
―――ガタッ!
うっわビックリした!いきなり大声出して立ち上がるんじゃねぇよ!いきなり大声で叫んで立ち上がったザハーロに、近くにいた人全員から注目が集まる。伴って俺にも視線が向けられてフロアはしーんと静まり返った。
あちゃ、もっと声を潜めて言うべきだったか…?とりあえず落ち着け、とザハーロにジェスチャーを送るとようやくザハーロは我に返って、咳払いを一つしてからまた席に着いた。
お、落ち着いたか…?そんなにこいつ、ドラゴンのことに興味があるのかねぇ…?ちょっと戸惑いながら俺はザハーロを見る。ザハーロは…うわ!すごい真剣な顔で俺を睨むように見てる!恐ぇよ!
「な、なんだよ!?」
「さ、さっき言ったことは本当なのか…!?」
「嘘なんか言うかよ…。俺が知ってるのはグラーバス渓谷のドラゴン・エルピス。あと話に聞いたことがあるのは、『海竜』と…ココムの塔の地下に眠るドラゴンのことだけだ」
「…!」
俺が指を数え折りながら言うと、ザハーロはバババッと手持ちの鞄から本やノートを取り出し、すんごい速さで捲っていく。う、う、うわ…字がいっぱい…!ちょっと引くレベルで字がずらーっと並んでいらっしゃる…!
この勢いには周りの学生も驚いたのか、また好奇の視線が遠くから飛んでくる。あと、さっきの俺の発言が聞こえた奴の中には、俺が異国から来た人間だと察した人もいるらしく少しざわついている。
俺はそっちは気にしないことにして、ザハーロが開いたノートと本を見せてもらうことにする。
ん、表?なんかいっぱい箇条書きにしてあるな。上から…『深淵の竜』、『天空の竜』、『大海の竜』、『地底の竜』、……ナントカの竜シリーズがずらーっと書いてある。そのリストの下の方に『渓谷の竜』の文字を見つけ、俺は声を上げた。
「…これ、エルピスか…?」
「この表は遥か昔に確認されている竜を、古い竜から順にリストアップした表だ。かつては人とドラゴンも共存し、ドラゴンは人を助け、人はドラゴンを崇めていたという。
ドラゴンは一人の人間をパートナーとして選び、その人間を介してその地域に住む人を助けたらしい。その人間はドラゴンマスターとも呼ばれ、世界で最も祝福される人間たちだったとも記録に残されている」
ザハーロの説明を聞きながら、エルピスのことを思い出した。あいつも大切な友達がいたって言ってた。その人がきっとエルピスのパートナー…ドラゴンマスターだったんだろう。
エルピスが深い眠りについたときも、そのパートナーの人間が死んだときだって言ってたな…。ちょうど、ぽつりとザハーロが付け足すように言った。
「パートナーの人間を選ばないドラゴンもいる。ドラゴンは、一度パートナーを決めるとその人間が死んだときに深い眠りについて休まなければならなくなるからだ」
「…お前、ドラゴンに詳しいんだな」
ふと顔を上げると、ザハーロは灰色の目をじっと開いて一冊の古いノートを見つめていた。色あせて文字も掠れているノートを覗くと、こっちもドラゴンのことについてたくさん書いてある。
片手に持つペンをコト、と机に置いたザハーロは一度だけ息をついて、ぽつりと小さな声でつぶやいた。
「……僕の夢だ。大陸に眠るドラゴンの伝説を紐解くこと。歴史を辿り、かつて人を愛して人と共に生きたドラゴンの本当の姿を知ること。…僕がザミグラッツについて調べているのは、そこを守っていたドラゴンを知りたいからだ」
一瞬、周りでざわついていた他の学生が静かになった。ザハーロの声はすごく小さかったから、向かいにいる俺にはその声が聞こえても他の生徒たちは聞こえづらかったらしい。すっかり注目されてるじゃねーか、こいつ。
きっと学校とやらでもひたすら勉強一本で、自分の夢や目標、その根底を話したことなんてないんだろう。
俺がトルメルで、その力とハニの残した手がかりを探してること。それと全く同じ…『自分を動かすもの』をまっすぐに相手にさらけ出すには確かな信頼が必要だと思うんだ。
例えばだけど、俺がどこぞの悪い学者に『俺がトルメルです!』なんて言っちゃったらアレだぞ、あっという間に研究室にぶち込まれる。ザハーロの場合は…その夢を誰かに否定され、笑われるだろう。
俺はもうエルピスの件やノイモントなどの知らなくていい事情をたくさん知ってるから慣れちまっただけで…。この閉鎖されて他国の情報すら与えられない小さな世界に住む学生たちに、ドラゴンなんて語ってもおとぎばなしだと笑われるだけだ。
けどもう、俺にはさっきからのザハーロの態度を見てると分かった。…こいつは本気だ。本気で、夢物語と笑われるドラゴンに近づこうとしている。
これが、研究者の卵か。学者の姿なのか。……これが、学生。自分の求めるものを死に物狂いで探し続けてる。
ハハ、と笑い声が思わず出てしまった。ザハーロがそんな俺を見て、ギリ、と歯を食いしばる。
「…お前も笑うのか」
「いや、違う。その逆。ザハーロはすげぇよ。ドラゴンのことが知りたいんだよな?で、ずっと勉強してるのか。他の国ならまだしも、このネーディヤでずっと勉強してるんだろ。
俺は勉強とか嫌いだけど、…お前の姿勢は好きだな。つか、共感するものがある。俺も他人に軽々しく言えない事情でザミグラッツを目指してるから、…あんたが今まで一人で頑張ってきたことが単純にすごいと思ってさ」
そう。俺は単純に感心しただけだ!ツンケンしててヤな奴、って思ってたけど…ちゃんと自分の目標、持ってるんだ。キツそうだし生真面目を絵に描いたような奴だけど、…あーあ!心意気は俺の負けだ!
目の前でぽかん、としてるザハーロに俺は椅子から立ち上がって手を伸ばした。その拍子にフードが外れて俺の茶髪が露わになるけど気にしない!周りがまたザワ、となるのを無視して俺はできるだけ笑ってみせた。
「改めて、俺に知識を貸してくれよ。俺もお前の夢がかなうように、ちょっとだけだけど助けてやる!」
「…お、お前…」
「…なんだよ助けてくれねーの?」
「……いや。…僕にできることなら…教えてやっても構わない」
「高圧的!せっかくいい感じだったのにそこでツンになるなよ!」
握手しながら、まだカタい様子のザハーロに笑う。ザハーロは居心地悪そうにしてたけど、多分ただ照れてただけだと思う。え?俺がポジティブに解釈してるだけだろって?いやいや!だってザハーロ、顔赤いし絶対照れたな!
よっしゃ、俺もザハーロのために手伝えることがあるなら手伝ってやろう。もちろんザミグラッツについては教えてもらうけど!……と、決意を新たにしていたときだった。
「おやおや、我らが学園の孤高のミェーチ様が、薄汚い異国人なんかと仲良くしてるようだねぇ?」
突然、割って入る声がした。一瞬顔を見合わせた俺とザハーロは同時に声がしたほうを振り向く。…そこには、ザハーロと同じ制服のニヤニヤ顔の青年がいた。体格もよく、顔も悪くない。おまけに周りには取り巻きの学生がいっぱいいる。
なぁんか、ヤな感じの奴だな。自信に満ち溢れた様子の青年は、ニッコリと笑顔を見せてザハーロの方に歩み寄っていく。
「やぁ、孤高の天才学生サガーノフ。今日も一人で寂しく氷の城なんてくだらないものを調べてるの?笑いに来てあげたよ、…と思ったら、だぁれコイツ?このネーディヤ帝国民にふさわしくないくすんだ茶髪のお子様は」
クスクスクス、とそいつの取り巻きたちが笑う。男の学生もいるし、女の学生もいる。その集団の登場に、今まで俺とザハーロを好奇の目で観察していた生徒たちはもう少し離れたところに逃げるように行っちまった。…やな予感がする。
これはもしかして、世間でいうところの『いじめっ子』ってやつじゃねーか?しかも俺も酷い言われようなんだけど?ん?
俺は怒りを抑えてニーッコリ笑顔を作りながら、ザハーロに囁いた。
「こいつ誰」
「…同学年の学生、アラム・メシャルキン。称号は僕の一つ上のシリブロー。魔法学科の最優秀生徒で…僕はコイツが世界で一番嫌いだ」
ザハーロも憎悪のこもった目で奴らに聞こえないように囁き返してくる。ほぉう…こいつが真のヤな奴か。どう対応してくれようか、と俺が拳を作ると、ザハーロは俺の拳の上にス、と手を出して首を振った。
「お前は黙っていてくれ。これは僕の問題だ…巻き込んで悪い」
「……」
正直黙ってられない自信の方が大きいんですけど。…ここはザハーロの意思を尊重しよう。なぁにがくすんだ茶髪のお子様だ、そっちこそくすんだカスカスの銀髪しやがって。あっかんべー!
すっくと立ち上がったザハーロはアラムとかいういけ好かない学生の前に堂々と立ち、ハッキリとした声で言った。
「メシャルキン。今日も暇を持て余してるようで何よりだ。僕なんかをからかいに来たってことは、よほどそっちの研究は進んでるみたいだな」
「あっはは、君には敵わないよサガーノフ。君こそ毎日図書館に籠って一人で氷の城だのドラゴンだの、まるで幼子だね。そんなにママの読んでくれた絵本が好きなのかい?」
「…いい加減僕に付きまとうのをやめてくれないか。邪魔だ。目障りだ。研究の邪魔だ。そんなに僕のことが好きなのか?」
「……あぁ大好きだね。僕は大好きで大好きでたまらないよ。君が明日の寝床に困らないように必死に勉強して足掻く姿が、ドラゴンだ何だとほざいて努力する姿がたまらなくダイスキだよ」
ダイスキ、とやたら強調してアラムが言うと、周りの取り巻きたちはギャハハ、と笑い転げる。俺から見えるザハーロは、表情を殺してただじっと立っていた。何も言い返さないザハーロにアラムが追撃する。
「わざわざ片田舎から一人で出てきて名高いチェトヴェルグ魔法学園で必死にお勉強!その懐のお金は家賃どころかお菓子の一つも買えない!特待生の権利で寮にタダ住み、食堂でタダ飯のために必死に努力する!
見ていて滑稽で仕方ないよ。それにそこまで熱意を燃やして求めるものがドラゴンだなんてお笑いにも程があるね!最近の帝都の幼児でもそんなロマンチックなことは言わないよ」
「その嘲り文句も聞き飽きた。それが僕だ。間違いない。だからなんだ。僕にかまうな」
ザハーロは机の上の荷物をまとめ始めた。俺をちらっと見たから、『場所を変える』ってことだと俺も察する。俺も荷物をまとめ始めると、アラムは今度は俺を見て笑った。
「そこの薄汚いコートの茶髪!どうやら学校にも通えないド貧民だと思えば不法侵入の異国人じゃないかい?ヤダなぁ、この帝都にこんな人間ふさわしくないね」
「…メシャルキン。僕に話があってきたんだろ。そいつは関係ない」
「アッハ!あの孤高のサガーノフが、こーんなどこの馬の骨とも知れない奴をかばうなんて!ねぇ、どんな関係?ねぇ?」
「…アラム・メシャルキン。怒るぞ」
「…アハハ、魔法学科最優秀者の僕に魔法で敵うと思ってんの、歴史学科のザハーロ・サガーノフ?」
その瞬間。バッと取り巻きたちがばらけて俺たちを囲った!壁の『館内での魔法の使用はお止めください』のポスターが目に付く間もなく、アラムが懐から杖を取り出して詠唱を始めた!お、おいマジかよバカか!?
まさか、取り巻きたちに囲ませることでアラムが魔法を使うのを館員の目から隠すつもりかよ!?
慌ててザハーロを見ると、チッと舌打ちして逃げ道を探してる!そう思った瞬間、アラムの杖から青の魔法陣が飛び出して……ああクソ、このっ!
俺はザハーロをかばうように青の魔法陣の前に躍り出た。魔法陣は俺が手を伸ばした瞬間、…霧散!そのまま俺はザハーロの手を引いて、アラムに体当たりしながら走り出す!
―――タタタタッ!
「ステイト!?」
「逃げるぞ!まず図書館を出る!そこからはザハーロが案内しろ!今のままじゃ図書館に迷惑がかかるだけじゃすまねぇぞ!」
「いや、違う、さっき、魔法陣…!?」
「こまけぇことは後だ後!走れ!」
あーもう、これじゃ借りた本を元の棚に戻しにいけねーじゃんか!俺が持ってきた本、机の上に置きっぱなしにしちゃったし!アラムとその取り巻きから逃げて、落ち着ける場を探さないと!
つーかなんだよさっきのアラムとか言うヤツ!いきなり魔法打ち込んでくるとか!
館内は走るな、っていうのも無視して俺とザハーロは走った。ザハーロは借りてた本を返却ポストに投げ込み、俺たちはあっという間に入口へ出て外に飛び出す!すると今度はザハーロが前を走る。俺はそれに必死について行く!
頃はちょうど昼。これ、昼飯にありつけるのかな…と俺はかなり不安な気持ちで走り続けることになった…。
**
町はずれの小さなカフェで俺とザハーロはパンを昼食にしていた。どうやらアラムの言っていたザハーロの金欠は本当に深刻らしく、パンを買う金もギリギリって感じだった。…なんつー生活送ってんだ…!
黙って小さなテーブルに座ってパンをかじる。今回は俺のおごり。…だけど、まぁ…。俺は言葉を失っていた。あんな嫌な奴が、同じ学校にいるなんて…ザハーロは今までどんな目に遭って来たんだろう。
パンの最後の一口を口に放り込んだとき、ザハーロがぽつりとつぶやいた。
「…メシャルキンの言っていることはすべて本当だ。僕の両親は片田舎の痩せた土地で農業をしている。家はいつも貧しい。僕を帝都に送り出す金を8年前に使ってから、向こうの生活は更に苦しくなったはずだ。
僕は『称号』つまり『特待生の権利』を毎年手に入れないと、住む場所すらなくしてしまう状況だった。入学して8年、ずっと特待生の権利を貰ったのは無料でこの帝都で生きていくために他ならない。
それでも僕は学びたかったんだ…。…僕の遠い先祖はドラゴンマスターだったらしい。それを聞かされ、代々受け継がれてきた宝物を見るたびに、僕はドラゴンをどうしても知りたくなった」
ザハーロはカバンの中から本を一冊取り出した。黒い表紙のしっかりした本だ。いや…魔法書?ザハーロはその本の表紙をゆっくりと撫でて続ける。
「見た目だけじゃ、そんなに古い物には見えないだろう?これは僕の先祖のドラゴンマスターが、相棒だったドラゴンに友情の証として預けられた魔法書だ。ただ古代魔法だから僕は内容を習得できなかったが」
「…まさか、そのドラゴンが…?」
「あぁ。ザミグラッツを守るドラゴン、『雪原の竜』。当時の名はもう忘れられてしまった。けど、僕はそのドラゴンに会ってこの魔法書を返したい。…それが本当の夢だ」
…それで、ザハーロはザミグラッツに行きたいのか。先祖の友であるドラゴンに、証を返すため。…どうして返すんだろう?持ってりゃいいのに、とも思うけどザハーロはその先を語らなかった。
昼のカフェはがやがやとしている。こうして町の生活に入り込むと、静かで不気味だと思っていたネーディヤもそんなにひどいものじゃないらしい。ちゃんと普通の町の、普通の店の風景だ。
俺がぼんやりとしていると、『それで、』とザハーロが話を変えた。む、なんだなんだ?俺がハッとなってザハーロを見ると、…ありゃ。目がぎら、としてる。図書館内でドラゴンを語っていたときと同じ目だぞ…?
「さっき聞きそびれた。ステイト、さっきはどうやってメシャルキンの魔法を回避したんだ?ただの水鉄砲程度の魔法だったんだろうが、あれは明らかに当たっているはずだ。なのにお前は濡れていない。
まさか詠唱もなしに相手の魔法をキャンセルさせるような高度な魔法を使えるのか!?」
「ち、違うんだ!それは、その、えーっと…」
トルメルだからです!…とか言っちゃっていいのか!?ダメだろ!何か言い訳はないか…えーっと…。慌てる俺をザハーロはじっと見ている。え、ええいこうなったらどうにでもなれ!
「い、いやぁ、俺も当たる!って思ったんだけど急に消えたって言うか、あ、アレじゃね?アラムだっけ?そいつがやっぱり攻撃やーめた、とか」
「そんなはずはない。メシャルキンは…酷い時は、僕を全身ずぶ濡れにさせたあと雷魔法で気を失わせるまで魔法攻撃を続けたことがあるくらい陰湿な奴だ。攻撃をやめるなんてありえない」
「んぐっ…ってかお前そんな酷いことされたのかよ!?うわぁ…俺、お前が心底心配だ…」
「僕のことはいい。お前は何者なんだ、ステイト。僕は自分が何故ザミグラッツを目指すのかを全て話した。お前は僕には話せないのか」
なんでザハーロは今までアラムの陰湿な行為をスルーして生きてこれたのか、俺にはそっちの方が気になって仕方ねぇよ…。相談するったって、きっとザハーロには相談相手もいなかったんだろう。
愛想のないザハーロより、どうやら家柄も良く仲間も多い秀才のアラムの方が教師たちにとっても可愛かったに違いない。…胸糞わりぃ…。
そんなザハーロが俺を信頼してくれて、俺に自分の夢を話してくれたんだ。こいつは悪い奴じゃない、それはもうよく分かった。…生真面目で意地っ張りで人との接し方が分かってないけど、こいつは根は健気でいい奴なんだ。
俺たちの席の近くに客はいない。俺は十分周りに注意してから、ザハーロに小声で言った。
「…信じられないなら信じなくていいんだぜ。…俺は魔法を受け付けない民族なんだ。…う、嘘じゃないからな」
「何…!?まさかトルメルだとか言うなよ」
「知ってんのかよ…その通りでございます」
俺のひどくアッサリした告白に、ザハーロは片眉をぴくっと動かして灰色の目を大きく見開いた。さすが歴史学科所属なだけある!すぐに民族名をあてた…!エヘヘ、と半笑いで俺が白状したとき。
ビシ、とザハーロが俺に片手を突き出していた。…ん?このパターンは…。
「絡め、茨。ラザリスト」
「へっ!?」
ブォン、と音がしてザハーロの片手から緑色に輝く魔法陣が飛び出した!そこから痛そうな茨が伸びて…うわわわわわわ!?
―――シュオン…
「……消えた…」
「だ、だ、だから嘘じゃないって言っただろ!」
まーたこのパターンか!いっそ懐かしいわ!俺は椅子から転げ落ちそうになりながら胸のあたりを押さえて、声を抑えながらザハーロに言った!ザハーロは自分の手と俺を見比べながらふぅむ、と唸っている。あぁもう恐かったびっくりした!
これ確かニコラのクソ野郎にも同じことされた記憶があるんだけど間違いじゃねーよな?なんで自分で確かめないと気が済まない連中ばっかりなんだよ!?
ぜぇぜぇと息をつく俺に、ザハーロはぽつりと呟く。
「…滅びたって話じゃなかったのか?僕の持っている教科書にはそうだと…」
「俺が最後だから滅びてるようなもんだろ。…けど、俺がトルメルだってことがザミグラッツに行きたいことに関係してるんだ。納得してくれたか?」
「…あぁ。目の前にいるならそう信じるしかない。だが…」
ザハーロは値踏みするようにしーっかり俺を上から下まで見て、ふぅと息をついてから水を一気に飲んだ。…な、なんだよ!?
「…もっと神々しい民族かと思っていたから…いや、悪い」
「……泣くぞ!泣いてもいいのかぁーっ!」
分かってるよ俺だって『らしくない』ってことはよぉく分かってるんだよ!けど酷いぞ歴史学科の学生野郎!勝手に幻想的なイメージ作ってんじゃねぇよ!好きでイメージぶち壊してるんじゃないんだからなこっちも!
キィィーッと叫ぶ俺にザハーロがようやく声を上げて笑ったのを、俺はその場のテンションで全然気付けなかったんだけどな。
さぁ、これからどうしよう?カフェの隅っこで二人、俺たちは改めて顔を見合わせたのだった。




