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ルキスの剣  作者: 夜津
第三章 魔と北の国へ
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79 帝都の大図書館



 帝都・ヴィーシニャが目と鼻の先、そんな山に野宿して朝を待つ。いよいよ見えてきた帝都は俺の想像とは違って、高い城壁もなければ堀もない。もっとこう…見た目からして閉鎖的な街だと思ったんだけどな。

ただ、広くでかくて幾つもの道がその大きな町へ続いている。辺りの草原にも旅人や狩人の姿がたくさん見えたから、あの近くにウィルと俺が降りたら目立つだろうってことで近くの山に身を隠したんだ。

俺一人で野宿して町へ行こうと思ってたんだけど、ウィルが朝が来るまで一緒に居てくれることになった。早く群れに帰った方が仲間も安心するだろうに、と心配した俺に、きゅるっとした黒目を瞬かせてウィルが一言!


 『オレ、すてーとト、一緒ニイタイ』


 聞きましたかこのワイバーンの一言!なんて可愛い奴なんだ…!けど俺も飛竜を町に連れ込むわけにもいかないし、何よりそんなことしたらまたウィルが人間に傷つけられるだけだ…。

捨てられた子犬みたいな目で見つめられるから俺の心もだいぶ揺れましたよ。いや、心を鬼にしろ俺!俺は何の目的でこんなきな臭い国の帝都に来たのか?そうだ、氷の城の情報を集めるためだ!

 ウィルには、また帝都を出るときに呼ぶからと約束して俺も朝が来たらウィルを見送った。空の果てへゆっくりと姿を消していったウィルを見送ってから、山を下りて徒歩で帝都を目指す。


 天候は曇り。ちょっとどんよりで、エルフ特製の防寒ローブを着てても寒さを感じる。おまけに、だんだん近づいてきた帝都の建物もどこか灰色っぽくて華やかさもない。…そう、きらびやかさとか活気を感じられない…。

帝都に入る前に草原で見かけた狩人たちが遠目に俺を見ていたんだけど、多分髪の色だな。やっぱり異国人は目立つみたいだ…。…フードかぶっとこ。髪を染める時間もないし、カツラも今は持ってねぇし…。


 町に入る前の関所には、黒の制服に身を包む兵士が立っていた。兵士たちが疲れた表情をぐっと押さえて淡々と旅人を町に入れる手続きをしてる様子は、見てるこっちもなんだか息苦しくなる光景だ。…うわ、あの兵士すごい目のクマ!

列に並ぶとやがて俺の番がくる。さっき見えた目のクマが酷い兵士が、俺の顔をちらっと見て小声でつぶやいた。


 「異国人か?この帝都に来た目的は?」

 「…氷の城の情報を集めに。ここの大図書館がいいって聞いたんだ」

  

 兵士の問いに、これは上手く都合のいいことを言った方がいいかと迷う。けど、素直に話したほうが後で面倒にならなさそうだと正直に目的を答えると、兵士は疲れた顔のまま頷いた。


 「異国人は出身国と名前を書いたカードをここで作ることになっている。そこの机の上のカードに書き込んで持って行け」

 「はぁい」


 愛想ねぇ兵士だぜ、とは口に出さずにへらっと手を振ってカードを作成する。出身国、シエゼ・ルキス、と。名前も偽名じゃなくて『ステイト』でいいか。どうせ宿と店と大図書館にしか行かないつもりだし!

正直、この帝都ヴィーシニャで集めたい情報はたくさんある。ネーディヤの詳しい情報や政治のこと、何故他国との繋がりを切っているのかってこと、アンルネーセの言っていたラッスなんちゃら計画とやらのことも気になる。

それでもあまり探らない方がよさそうだ。さっきの兵士の表情は「くれぐれも面倒事は起こしてくれるな」ってメッセージを無言で映してるようなもんだったしな…!


 俺、スパイに来たわけじゃねぇから!作成したカードをもう一度兵士に確認してもらった後、やっと俺は帝都ヴィーシニャの中へ足を踏み入れることができた。


 どこからなのかガランガランとひび割れたような低い鐘の音が響いている町の中は、道行く人々の姿こそあるけど誰も立ち止まって談笑したりはしてない。足早にそれぞれの目的地を目指していくようだ。

黒っぽい石畳の道に灰色の建物、ぽつぽつと見える元気のない街路樹…やっぱり見渡すだけだと、『灰色の町』って感じだ。彩が無くてそっけなく、人々もどこかよそよそしい。シエゼ・ルキスや今まで見てきた町とはだいぶ違うな…。


 町のあちこちに案内の看板が立ってるから旅人が来てもきっと道に迷うことはないんだろう。迷った時にいちいち町の人に声をかけて聞いたりする手間が省けるのはいいけど、そんな町の人との会話が旅の楽しみだと俺は思う。

さて、立ち止まってもいられないよな。まだ朝だけど早朝ってわけでもねぇし、道案内の看板に従って話に聞いた『大図書館』を探してみるか!



 …と、歩き回ること10分。シエゼ・ルキスの王都シューティヒアや南国旅で行ったロロターナよりも恐らく広いこの帝都ヴィーシニャで大図書館に辿り着くまで、思ったよりも時間はかからなかった。

この町も居住区や店、公共施設、宗教的な神殿や軍事関係施設などが区画ごとにしっかり分けられているようで、特に依頼掲示板が設置してある広場や役所、そして大図書館などのある公共施設スペースは町の入り口の近くに位置していた。

日が昇って少し経ったかって時間なのに意外と人の姿は多い気がするな。この円形の広場から別の区画へ続く道を歩いてくる人、逆に広場から道へ歩き去る人の移動は結構激しい。


 俺もフードをしっかり被って足早に大図書館へ歩く。案内看板によると図書館はこの坂を上ったら、って地図にあったよな。緩やかだけど長い坂を上がるとドンと構えたデッカい黒の四角い建物が見えた。…こ、ここが大図書館か?


 大きなホテル程はあるだろうって感じの黒の建物には、飾りもなくただ文字が彫られたシンプルな石看板が掲げられてる。んーと…『国立ヴィーシニャ大図書館』…、ここだな!

それにしてもデケェな!何階建てなんだよ、3階以上はあるよな?横幅もあるから各フロアも広そうだ。シエゼ・ルキスの王城の書庫がちっちゃいリンゴなら、この大図書館はスイカみたいな…!と、とにかくでっかいんだって!

その大きさに驚いて道の真ん中で立ち尽くす俺には目もくれず、何人もの人が俺を追い越して図書館へ入っていく。あ、立ち止まってちゃ迷惑だよな…!


 図書館の入り口はガラス張りの扉になっている。扉といっても取っ手を引っ張るんじゃなくて、入り口のところに大きなボタンがあってそれを押したら勝手にガラスが動いて扉が開くっていう仕掛け扉だ。んなの取っ手で十分なのにな…。

こういうところで技術力を見せなくたって、と思いながら俺も図書館に入る。ガラスの扉の向こうに広がっていたロビーは静かで厳かだ。ソファや観葉植物が置いてあって、本を片手にくつろぐ人の姿も見える。


 でも本や棚はない。前を歩く何人かにそれとなく着いて行くと、ロビーの奥に階段があるのが分かった。2階へと続く階段のすぐ近くに立派な黒い石でできたカウンターがある。

けど、貸出カウンターとは違うみたいだ。前を歩いていた人は皆、カウンターに座る綺麗な女の人に何かのカードを見せている。受付嬢らしき女の人たちは揃って綺麗な水色の髪をきゅっと団子のようにまとめている美人さんばかりだ。

その水色の髪を見てふと南国の少女ミンミを思い出す。ミンミも同じ水色の髪だったよな、それにミンミの両親はネーディヤ帝国出身だって言ってた。……ミンミ、元気にしてるかなぁ…。


 ミンミを思い出してると、いつの間にか前に並んでいた人はいなくなっていた。俺は慌ててカウンターの女の人に質問しに行く。


 「あの、俺初めて来たんですけど…」

 「ヴィーシニャ大図書館にようこそ。ここの図書館ではまずこのカウンターで入館手続きをしていただくことになっております。身分証明カードを入館・退館時に私たちに提示していただければ結構です」


 流れるように説明してくれたお姉さんはにこりともしない。嫌そうな顔はしてないけど、愛想がいいとは正直言えない無表情…。ちょっと寒い気持ちになりながら、俺はさっき作ったばかりのカードを取り出した。


 「このカードで合ってますか?」

 「はい。…申し訳ありませんが、異国からいらっしゃった方には貸し出しを許可できないので、資料閲覧は館内のみのご利用となります。よろしいですか?」

 「あ、そうなのか…。本の内容をメモして行くのは構いませんよね?」

 「大丈夫です。本館は4階建てとなっておりますが地下3階までございます。最上階の4階はフロア全体を閲覧スペースにしておりますので、机や椅子などご自由にお使いください。

  また地下2階までが一般利用者の方がご利用いただける範囲となっております。立ち入り禁止の看板を立てておりますが、許可なく地下3階には立ち入らないでください。危険書物を厳重保管しておりますので…。

  その他、分からないことがあればお気軽に係員にお尋ねください。全館禁煙・飲食禁止ですのでご注意ください」


 つらつらつらと説明が流れていくーっ!ひとまず聞き逃さないように必死で聞いてこくこくと頷き、渡していたカードと図書館内のパンフレット地図を受け取ってやっとこさ図書館内へ!…なんかもう疲れてきたんだけど!


 それでもさすがは『大図書館』と名乗るだけある、と俺は階段の先で実感させられた。…見回す限り、…本棚!細い通路、本棚、通路、本棚、ちょっと椅子、んで本棚、…本棚!なんつー規模だ!

棚の端に貼ってあるラベルを確認しながらちょっと近くの本棚を覗いてみると、…この辺りは小説を置いてるみたいだ。ネーディヤ帝国の小説作品か、難しそうな本が多そう。

えっと、俺は小説を読みに来たんじゃなくて。それに俺、あまり難しい本はよく分からないんだよなぁ…!


 さっき貰ったパンフレットでどのフロアのどこにどんな本があるのかを確認する。1階はエントランスロビーだろ、んでこのフロア…つまり2階は小説・文学系。もっと奥に行けば児童書や童話も置いてあるらしい。

上の3階はもうちょっと勉強になりそうな本がある。民俗学、数学、経済学、環境学、政治、芸術、研究、……専門書ってやつかな?俺には理解できそうにない…。んで、その上の4階が閲覧室。

地下1階も専門書が並べてあるらしい。んで地下2階には外国文学。つまり聖セレネやアルギーク、シエゼ・ルキスの本があるんだろう。


 じゃあ俺が探してる情報って何に含まれるんだろう?伝承、とか?地域に伝わる古いお話、とか…場所についても知りたいよな。ひとまず図書館のスタッフさんに聞いた方が早そうだ。

貸出カウンターになら館員もいるかな、とカウンターを探してるとちょうど近くの本棚を整理してる館員のおばさんを見つけた。忙しそうに本を整頓してるおばさんに小声で俺は声をかけてみる。


 「あの、すいません。探してる資料があるんですけどどこにあるかがよく分からなくて…」

 「あら、こんにちは。えぇ、ここの図書館広いですからねぇ…。どんな資料を探してるんですか?」

 「氷の城、ザミグラッツについてなんですけど」


 館員のおばさんは手を止めて俺をまじまじと見た。…そ、そんなに見なくても!やっぱりザミグラッツは地元の人には恐れられてるのか?…けど俺を見たおばさんは人の良さそうな笑みを浮かべて小声で言った。


 「学生さん?あの氷の城についてのレポートを纏めるのかしら?それならあまり難しい専門書はおすすめできないから3階はダメね…、えぇ、まずはこのフロア奥の児童書コーナーにあるおとぎばなしからですね。

  そうそう、地下1階は学生向けの比較的わかりやすい資料がありますよ。ネーディヤの歴史、地理、民俗学の棚を探してみてくださいな」

 「あ、ありがとうございます!じゃあ児童書から見てきます」


 おばさんは俺ににっこりして、また本を整頓する作業に戻る。さっきおばさんがじーっと見てたのはやっぱり『ザミグラッツ』って言葉に反応したんだろうな。俺を学生と間違えてるってことは異国人とも思われてないみたいだし。フード強い。

きゅ、とフードを引っ張ると再びおばさんと目が合った。…と、そこでおばさんが「あっ」って顔をする。


 「…?」

 「あ、いえ!…その、異国の子だったんですね。学生さんと間違えてごめんなさいね。えぇ、最近ずっとその氷の城について資料を探してる、多分あなたと同じ年頃の学生さんがいるから、その子のお友達かと思ったんです」

 「あぁ、そうだったんですか。いえ、こっちこそびっくりさせてごめんなさい!それじゃ俺、資料探してきます」


 そ、そういうことか。顔立ちで俺が異国人だと分かってもおばさんは気にしていないようだ…。むしろ俺も、その学生のことの方が気になった。俺と同じ年頃の学生が、氷の城についての資料を探してる…か。学校の研究か?

俺は学校なんて縁遠かったしどんなことしてるのか詳しいわけじゃないけど、やっぱり調べものとか勉強とか研究とかしてるんだろ、ぐらいの認識はある。それじゃ民俗学を勉強してる学生か?


 そいつを探してそいつに聞いた方がいいんじゃ、とも思うけどいきなり知らない奴にそんなこと聞かれても驚かせるだけだよな。やっぱり自分で調べるしかないよな…。


 さて。もう児童書って歳でもないけど分かりやすい資料があるならぜひ見てみるべきだろうってことで。こそこそ児童書コーナーに来てみると、やっぱり俺よりもずっとちっちゃな子供が静かに本を読んでいた。

…べ、別に恥ずかしくないからな。そ、そうだ、例えば風邪引いた弟のために児童書を借りに来るにーちゃんだっているはずだ!けど誰が聞いてくれるというのかそんな設定!そうですよ俺が俺のために児童書読みに来たんですよ!

逆に開き直ってちっちゃい子に混じって俺も本棚を探す。…おいそこのガキそんなに見るな!なんであのおにーちゃんずっと年上なのにここにいるの、みたいな目で見るんじゃねぇ!


 き、気にするな俺。本を探せ俺。氷の城、ザミグラッツのこの2ワードを探せ俺。えっと………うわ、この魔法使いモノおもしろそ…おっとぉ俺は読まねぇぞ娯楽児童書なんて!お、お、俺を何歳だと思ってんだ!

って、あった!棚の端に『こおりのおしろ・ザミグラッツ』の絵本が!シュッと素早く本を抜き取ると、また近くにいたガキンチョがまじまじと見てくる。あ、おにーちゃんそういうの好きなんだ、みたいな目やめろ!


 他には関係した絵本も児童書もないみたいだったし、その絵本を小脇に抱えて風の如く素早く児童書コーナーを去る!また戻しに来るときがすっげぇ気まずくなる気がするぞコレ!

それから足早に地下への階段を見つけてシュババババッと降りる!走ったつもりじゃなかったけど館員のオッサンに「走るなバカヤロウ!」と注意されちまった。いや走ってないです早歩きですごめんなさい!


 地下1階の本棚の中身も、3階と同じようにジャンル・カテゴリ分けされた専門書コーナーになっていた。ところどころに机や椅子もあって4階まで上がるのが億劫な人も勉強できるようになってるみたいだ。

えーっと、歴史とか地理とかっておばさんは言ってたから…。館内地図をもう一度確認して棚を探し、資料を見に行く。すこし暗い館内に響くのは遠慮がちな足音とページが捲られる音だけ。


 本棚と本棚の間の細い通路を抜けてようやく辿り着いた目的の棚の近くには誰もいない。これでゆっくり資料を探せるな、と絵本を抱えたまま俺は息をついた。


 まずは場所。ザミグラッツだけじゃなくてその周辺も把握しておく必要があるだろ?あとは言い伝えなどをまとめた本も。前の町で聞いたドラゴンのことも気になるし…。数冊の本を棚から引き抜いて近くの机に持っていく。

ちょうどフロアの隅っこだからか、デカい机なのにここで勉強している他の人はいなかった。椅子に座って机の上に本を広げ、まずは絵本から開いてみる。


 水彩画の結構綺麗な本は、まず氷の城のある氷雪地帯から始まった。ドゥラーク氷雪大地って呼ばれるそこは、この帝都からもっと北…つまり大陸の北の果てまでずーっと続いているようだ。

果てしなく続く白い世界に、風に巻き上げられた氷の妖精のようなものが描かれてる。


 『その大地は、するどい氷のつぶが混ざったきびしいふぶきが吹き荒れています。人間は、そのふぶきに阻まれて誰も氷のおしろへとたどり着けません』


 『しかし、わたしはどうしても氷のおしろに行きたかったのです。するとある日、まほうつかいが現れました。まほうつかいは私のはなしを聞くと、ふぶきよりもずっとつよい風をまほうで作りだしました。

  まほうつかいがあやつる風は、ふぶきの流れを変えて私のまわりだけふぶきが吹き付けないようにしてくれました。わたしはまほうつかいと一緒に、氷のおしろをめざします』


 『やがて、まほうつかいとわたしは氷のおしろにやってきました。そこにはとても大きなドラゴンがいました。ドラゴンはおしろを守っていたのです。

  まほうつかいはドラゴンを見事にやっつけて、私が氷のおしろへ入れるようにしてくれました』


 『わたしは氷のようせいさんに連れ去られたともだちを、氷のおしろで見つけることができました。まほうつかいとわたし、ともだちは3人でなかよく町へと帰りました』


 …おしまい。…ってツッコミどころがあり過ぎるんだけどおとぎばなしってこんなもんだよな…!?いや気になるじゃねぇか!この『まほうつかい』は結局何の目的で『私』を助けたんだ?しかも友達誘拐されてたのかよ!妖精さん恐い!

おまけにドラゴン出てきたけどあっという間に退治されてる…!いいのか、いいのかおとぎばなしってこんなので!ウオオォォ、と一人で苦しい気持ちになりながら絵本を閉じると、ふいに背後から声が聞こえた。


 「それは子供向けのおとぎばなしだからな。訳が分からなくて当然だ」

 「へ?」


 図書館内だから声はそんなに大きくない。けど、いつの間にか俺のすぐ後ろに立って、俺が机の上に広げてる絵本を眺めてる学生服の青年がいた。…いや、青年?俺と同じくらいの年頃か?

ちょっとツリ目気味の、見た感じキツそうな印象を受ける顔立ちの学生。さっくりと短い金髪にシャープな灰色の目がなんとも不思議で、俺はまじまじとその学生らしき青年を見つめた。


 「……?」

 「…お前、異国人か」


 ふ、と学生の手が伸びて俺のフードを剥がす。…ってめくるな馬鹿野郎!ここが図書館じゃなかったら怒鳴ってたぞ!やっと俺は我に返って声の大きさに注意しながらそいつを睨んだ。


 「いきなりなんだってんだ、異国人なら悪いのか?」

 「この国が鎖国してることは知らないのか?」

 「知ってて来たら悪いのか?」

 「………別に詮索はしないが。この国は異国人は歓迎されないし、異国人の血が混じっていてもいい顔はされない。そんなこの国に、学生にも見えない少年がいたら気になるだろ」

 「…氷の城、ザミグラッツに行きたいんだよ」


 やっぱりキッツイ感じの学生は、俺の言葉に少し細い目を開いた。学生も本を何冊か抱えてたけど、俺の向かいの席に座って机に本を広げる。って、てめぇもここに座るのかよ。なーんか愛想なくてツンケンしててやだな。

俺が居心地悪く絵本に目を落とすと、向かいの席の学生が持ってきていた本を一冊開いて俺に向けた。


 「ザミグラッツのことならこの本が分かりやすい。まさか文字も読めない馬鹿じゃないだろ?」

 「馬鹿ってなんだ馬鹿って!そりゃてめぇみたいにいかにも学生さまから見たら頭悪いだろうけど……………………、よ、読めません…」


 そいつが開いてきたページを体を前のめりにしながら覗き込む。5秒後、閉口。……なんだよこれ、え?何書いてあるの?いや文字すら読めない。あれ?俺の知ってる文字じゃないぞ?

悔しいことも忘れてぽかんと本を見つめる俺。俺の知ってる文字とは似ても似つかない線と線の塊がモチャモチャと並んでて、文字というより落書きにも見えてきて俺はムムムと唸る。


 「……なんだこの文字…、世界って共通語じゃなかったっけ…」

 「この文字は古代のこの地域に伝わるドゥラーク文字だ。ここ数百年は氷の城についての情報は更新されていない。これもずっと昔の石版に彫られていた文字を紙に写したものだからな」

 「んなのシエゼ・ルキスから来た俺に分かる訳ないだろ」

 「シエゼ・ルキスから?随分平和な国から来たんだな」


 俺は本をそっと学生に返してため息をついた。俺が持ってきた本を開くと、そこにはちゃんと俺の知ってる文字が並んでいてちょっと安心する。ちょっと文章は難しいけど、俺でも読める程度の内容だ。

最初からこっち読めばよかった、と思ってるとまた学生がいちいち棘のある言葉を差し込んでくる。


 「それはこの本を訳したものだが、僕はその訳者の訳があまり好きじゃない」

 「誰がてめぇの意見を求めてるっつーんだよ。俺は読めたら十分なの。情報があれば十分!……つか、今更だけど」


 俺は椅子から足を投げ出しながら目の前の学生を見た。ツン、口を少し尖らせた愛想ない表情は生真面目に俺の目をしっかり見てくる。


 「…あんた、誰?」

 

 そうだよ。なんか普通に会話に入っちゃってるし向かいに座られてるけどあんた誰なんだよ。ずび、と指をさすと学生が目を閉じてふいっと顔を俺から背けた。


 「人を指さすな。行儀が悪い。それに人に名を聞くときは自分から名乗れ」

 「こ、こ、この……えぇはいはい分かりましたよツンケン学生!俺はステイト。んであなた様は?」

 

 キーッ!こいつ絶対性格悪い!絶対友達少ないぞ!プライドの塊か貴族かてめぇ!心の中でべーっと舌を出しながら吐き捨てるように言うと、真面目そうなツンケン学生が目を開いた。


 「僕はザハーロ・サガーノフ。国立チェトヴェルグ魔法学園の第231期生第8学年Aクラス歴史学科所属、称号はミェーチ」


 …。……えっと。俺は投げ出してた足をそっと整え、姿勢を改めて椅子に座り直す。目の前の学生はそんな俺の様子を怪訝そうに見ていた。…ふぅ。俺は一度息をつき、学生の顔をじっと見る。


 「…もう一回どうぞ」

 「…ザハーロ・サガーノフ。国立チェトヴェルグ魔法学園の第231期生第8学年Aクラス歴史学科所属、称号はミェーチ」

 「ごめん俺にはよく分かんない。あんたはザハ…ロ?んでナントカ魔法学園ナントカ規制Aクラス?Aクラスの規制とか何かやばいもん規制してんの?歴史?ミンチ?」

 「…学生のザハーロ。魔法と歴史を研究している18歳。一応学園内では3番目に優秀だという称号を貰っている」

 「うんとっても分かりやすい」


 俺は決して悪気があって聞き返したんじゃないぞ。単純に聞き取れなかったんだよ。なのに学生…ザハーロはちょっとだけしょんぼり、とほんとに僅かに少しだけ眉をへの字にした。

俺との会話に脱力したのか、ザハーロがため息をつく。


 「大抵こう言えば、この町に住んでいる奴ならどんなに馬鹿でも僕のことを悪くは扱わない。けど、お前みたいにこの町の事情を詳しく知らない上に馬鹿だとそんな反応になるのか。勉強になった」

 「あんたそんなに偉いの?」

 「ネーディヤ帝国には優秀な魔法学校がいくつもある。どれも勉学のレベルが高い聖セレネにも劣らないレベルだが、中でも僕の所属している学園は国内最上級の魔法学園だ。

  毎年の審査で全学生から5人の優秀なものを選出し、称号を預けるのがこの学園の特待生ルールで…僕はその3番目のミェーチ、意味は『銅』の称号を貰った」

 「結局自慢じゃねーか」


 すっげぇ頭がいいってことが言いたいのねハイハイ、と俺が呆れてると、ザハーロは複雑な表情で俺を見ていた。少し得意気だった表情が俺の反応を見て曇ってる。


 「…1番の称号ゾーラト、2番の称号シリブロー、3番のミェーチ、4番のジリェーゾ、5番のスヴィニェーツ。この5人は様々な特典を受けることができる。僕は毎年これを取らないと困ったことになる。

  けど僕はもう8学年つまりこの学園では最上級生だから、今年はもう成績争いに巻き込まれずに自由に一年間研究ができる。…それで僕は今、氷の城ザミグラッツの研究をしてる」

 「…あぁ!さっき館員のおばさんが言ってたの、あんたのことだったのか」


 ぽん、と俺が手をつくとザハーロは少し俺を見て頷いた。短い金の髪は薄暗い図書館の中でもハッキリと明るく、発光してるようにも見えた。


 「その館員の女性とは少し仲がいい。さっき会って、同じ年頃の少年がザミグラッツについて調べていると聞いて…気になったから見に来た。誰もあの城には興味を持たないから…珍しいと思って」

 「そうだったのか。……こんなツンケン野郎とは俺も思ってなかったけど」

 「何か言ったか?」

 「別にぃ」


 と、ちょうど会話が途切れたときに別の利用者が近くの棚を探し始めた。俺とザハーロは同時にそっちを見てからまた顔を見合わせる。ツン、とした貴族に飼われてるネコみたいなキツい顔立ちが少し柔らかくなる。


 「…ここで話していたら他の利用者の迷惑になる。4階に行かないか?あそこなら会話しても怒られない。…異国から来て氷の城を調べてるお前と話してみたい」

 「分かった。俺も本で調べるより、詳しそうなあんたに聞いた方が早いと思うし。……そいじゃ、とりあえずよろしくな。普通にザハーロって呼んでもいいか?」


 す、と俺が手を差し出すとザハーロは困ったように俺の手と顔を交互に見た。ん、そこで戸惑うか?そういや18歳って俺よりちょっと年上だよな。ザハーロさん、とかのがいいのか?

けど俺がじっとしてると、ザハーロは遠慮がちに俺の手を握り返した。ネーディヤにも握手文化はあるんだな、と手をひっこめてから思い直し、本を抱えて立ち上がる。


 行こうぜ、と目で示すとザハーロが少しまだ困ったように立ち尽くしていた。なんだよ、と呆れ顔をしてみせると、ザハーロは俺に手を伸ばして脱げてしまった俺のフードをまた着せてくれた。


 「あ、さんきゅ…って脱がしたのザハーロじゃんか。直してくれて当たり前だな、うん」

 「……お前、名字は?」

 「ないぜ。ただのステイト」


 ザハーロは俺のアッサリした答えを聞いて少し黙った。んだよ、そんなに問題になることじゃないだろ。そう思って待ってると、ちょっとだけザハーロがキツかった表情を…困った表情に変えて小声で呟いた。


 「僕は…この町に住んでから、誰かに名前を呼ばれるときはいつも名字で呼ばれる。僕も他人を名前ではなく名字で呼ぶから…」

 「だから何だよ?頭いいやつって変なところにこだわるんだな。じゃ、俺も名字で呼んだ方がいいか?」

 「いや、別にいい。ただ改めて他人に名前を呼ばれるのが久しぶりだったから…べ、別に照れたとかじゃないからな!誤解するなよ」

 「照れてるじゃん」


 ザハーロが本を抱え直しながら慌てたように言うのを、俺は笑いながらつっこんだ。ちょうどそのとき近くにいた図書館員が『ウルセェ』と言わんばかりの表情で睨んできたからそそくさと二人でその場を離れる。


 壁にかかった時計は9時を指していた。まだ昼まで十分時間はあるしここらでゆっくりと話を聞いていってもいいよな?ザハーロはザミグラッツやそれに関する書物にかなり詳しいみたいだし。

だけど、さっきのザハーロの言葉が少し俺の中で引っかかっている。


 『異国から来て氷の城を調べてるお前と話してみたい』

 

 この言葉、どういうことなんだろう。前の町で聞いたように、この辺りの人は『氷の城』を何か特別視してるみたいだけど深入りはしたくないようにも見えた。さわらぬ神にたたりなし、ってことなのか?

俺は何と言われてもそこに行くことが目的なんだから、行くのは無理だと言われても行く方法を探さなきゃいけない。今からこいつが必死に俺に『あの場所には行くな』って説得を始めたって関係ない。


 だけど、さっきの表情と声色からして…きっとザハーロは周りの人とは違う。


 「…」


 俺の前を歩き、慣れた様子で館内を進んでいくツンとしてキツい印象の学生の背を追う。その冷静で気の強そうな表情の中に、何か並々ならない氷の城への情熱が見えた、というか…。

…まぁいいか。まずはこいつに任せてみよう。


 俺は考え事をしてゆっくりになっていた足を、またさくさくと動かして足早なザハーロを追いかけた。図書館内の時間は思ったよりもゆっくりと過ぎていくようだった。


 

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