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ルキスの剣  作者: 夜津
第三章 魔と北の国へ
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69 広い庭の中で

 中庭へと続いているらしい石畳の廊下を歩き続けて…10分くらい。まだ中庭には辿り着けてない。

前を歩くシェンユゥをただ黙って追いかける簡単なお仕事です…って、退屈だ!遠い!中庭遠い!なんだよ、さっきからこの廊下の両脇も庭っぽいじゃん!花と木が植えてある芝生の小さなお庭!これで十分だ!


 けどまぁね、魔王の城だもんね。魔界ノイマーティアの最大級のお庭なんでしょうね。中庭とか言いながらほんとは結構規模があるんだろ?うんうん、それぐらいは察してるよ。

ただ遠い。いい加減シェンユゥに文句でも言おうかと口を開いたとき、シェンユゥがぴたりと立ち止まった。ん?


 シェンユゥの前には廊下の突き当たり。廊下の終わりだ。黒の石畳が続いていた廊下はとうとう壁で遮られ、行き止まりになってる。んで、廊下の両側には小さなお庭がやっぱりある。


 「んだよシェンユゥ、ここなのか?」

 「…」


 けどこれがあんなにもったいぶって連れてこられた庭なんてちょっとガッカリ…と思いながら辺りを見回すと。シェンユゥがスッとそのコートの中に手を忍ばせ、包丁とナイフを引き抜いて装備し始めた。…あれ?

なんだか戦闘モードに入ってる?こんなところで?誰もいないのに?右手に包丁をしっかり握り、左手にはナイフを。そして俺を一度だけ振り返ると、またじっと壁を見つめた。


 「シェンユゥ?」

 「…」


 こく、とシェンユゥが頷く。いや、何に対する頷きなんだよ…俺は疑問符でいっぱいだぞ!あーもう、やっぱりシェンユゥと話せたら楽なのに!不満げにシェンユゥを見守ると…。

 

 ――タタタッ!


 シェンユゥ、走る!壁に!壁に向かって!え!?何してんだよこいつ、…ま、まさか!


 ――ヒュオンッ!


 突如シェンユゥは勢いよく助走をつけて、壁に体当たり!したと思ったら…!


 「シェンユゥ…!?」


 壁に、吸い込まれた!重装備コートの余ったベルトが尾のように漂いながら、その体の主を追うように壁に吸い込まれていくのを俺は黙って見てるしかなかった…!


 「って待てよおい!俺どうすればいいんだよ!」

 

 残された俺の気持ちも考えてください!なんでお前壁に吸い込まれてんの!?マジ魔界!こんなの人間界では見たことないんだけど!何だよ俺も壁に向かって体当たりしろと!?つかこの先どうなってんだ!

ふらふら、と壁に近づいて手を伸ばすと確かにペタリと冷たく固い感覚。うん、壁だ。間違いなく壁だ。まさかシェンユゥって千里の目以外にも壁抜けとかできる魔族なのか?


 俺は一人でおろおろと辺りを見回す。けどシェンユゥが帰ってくる気配はない。ズモモン、と壁がただ俺の前に立ちはだかってる。…こうなればやっぱり…。


 「俺も…やってみろってことだよな…」


 壁。黒い壁よ。どうなってんのか知らないけど…俺のガチ体当たり食らえ!周りで誰も見てないことを確認した俺はそっと数歩退き、もうちょっと、うんあと一歩…。…よっしゃ!全力ダーッシュ!

えっ、何で確認したかって!?そりゃ壁に激突するところ見られて恥ずかしくないヤツなんてこの世にいるのか!?俺は恥ずかしい!けどどうせこの棟、人いないんだし!


 軽く石畳を蹴る。少しの距離しか空いてない短い廊下に足音がやたら響く。壁が迫った一瞬、ぶつかるショックが小さくなるように俺は壁に背を向け、背中からの体当たりを試みた!


 ―――ヒュオンッ!


 

 **


 ―――ドサッ!


 いてっ!落ちた!こけた!…あれ?


 俺は背中に感じた痛みに一瞬目を強く閉じた。それから…ゆっくり開くと。青空が見える。…青空?壁は?

地に伏していた体を慌てて跳ね起こすと、その地面に石畳はない。芝生だ。青々とした生命力に溢れる芝。柔らかくて、緑の匂い。すぅぅ、と思い切り空気を吸い込むと不思議と力が満ちてくる気がする。

それにしても…ここ、どこだ?俺、シェンユゥを追っかけて壁に体当たりしようとして…。


 見回すと。俺の後ろに壁が浮いていた。…浮いてる!黒い壁が浮いてる!どういうこと!?しかもその周りは…。


 一面、緑の世界だ。青空の下には芝生、そして俺の傍には綺麗な噴水とベンチ。この休憩所のような小さな噴水広場を円状にぐるっと囲む薔薇の棚。一カ所だけアーチになってて、その先に道が続いてる。


 「…庭だ」

 

 赤、ピンク、黄色、紫、色とりどりの薔薇が咲き誇り、チュンチュンと鳥の声がのどかに聞こえる。立ち上がって服に着いた砂を掃い、噴水の周りをぐるっと歩いた。…綺麗な噴水だ。白の装飾に透き通った水。

ベンチもどことなくレトロだけど汚れは見えない。誰かがここをちゃんと管理してるんだ。

 けどここには誰の姿もない。噴水、薔薇、ベンチ、俺、浮いてる壁だけ。…壁はまぁいいか。シェンユゥもこっちに来たんだろうか。恐らくあの壁はこっちの『庭』に繋がる隠しゲートのようになってるんだろう。

広さも計り知れないし、もしこの先に進んで魔物でも出たらどうしようって思いもある。じゃあここで大人しく待ってるか?いやいやいや!お散歩するべきだ!


 それにこんなにしっかり管理されてる庭なら魔物も出ないだろ。そう、庭だ。庭なんだから…。


 ―――『中庭に行くときは少し気を引き締めて行くか、シェンユゥを一緒に連れていけ』


 ふと、ゾイの言葉を思い出した。ここがその『中庭』なのかは分からない。けど、そういや危険かもしれないって念を押されてたんだっけ。

俺に武器はない。そろそろ護身用の短刀くらい返してくれてもいいのにゾイの馬鹿…。…じゃなくて!


 シェンユゥもいないんだ、勝手に歩き回るのは良くないかもしれない。けど懲りないのが俺のいいところです。庭ぐらい大丈夫大丈夫いけるいける!いざとなれば…あ、どうしよう…まぁなんとかなるだろ!


 俺は薔薇のアーチの先に続く道へ足を踏み出した。ずーっと続く薔薇のアーチの道は見てても綺麗だしいい匂いがする。大規模な庭園だな…こりゃ中庭なんて規模じゃない。つか城の中にある庭じゃなさそう。

ゲートでわざわざ別の場所に転送した先にあるんだし。…ちゃんとゾイに説明を求めておきゃ良かったか。


 アーチを抜けると、今度は花畑に辿り着いた。一本の道が奥の林に続いてる、その周りは一面花畑!いろんな花が所狭しと並んで風に揺れてる。道の近いところは背の低い花が並び、奥に行くほど植物の背が高くなってる。

季節感もなくいろんな花が咲いてるところを見ると、やっぱりここは魔界で間違いないみたいだ。シエゼ・ルキスの花屋でも見かける花を見つけると、ちょっとだけドキッとする。花屋のおばちゃん…元気かな。


 しばらく道を歩くと、一本道が5つの道に枝分かれしてた。…どこへ行けば…。きょろきょろと迷ってると、それぞれの道に目印らしい石が埋めてある。…精霊石かな。

赤、青、緑、金、黒紫の5つの精霊石がそれぞれの道に一つずつ埋めてある。そんな使い方アリかよ。人間界ではそこそこ珍しい物なのに贅沢だな!


 さて、どの道に行こうか。赤は…シルを思い出す。優しくて天然で、なのに強い不思議な王子様。元気にしてっかな、今頃弟たちの世話に手を焼いてるんだろう。

青はユハの町の人たちを思い出すなぁ。双子、仲良くやってるかな?俺があげた小物細工も大事にしてくれてるといいけど。

緑は植物を司る属性色。そう言われて思い出すのはロザ。はい割愛。

金といえば光。…光?そういや俺の知り合いの人で光の属性の人っていたっけ?光自体が『治癒』の属性を持つ人レベルで貴重だし…エリネヴィステさんは光だったかも。


 そして、黒紫。…今頃あいつ何してるんだろう。ちゃんとうまくやってるかな。俺がいなくたってあいつの日常が変わるわけじゃないだろうけど。…全く気にされてなかったらそれはそれで腹立つな。

しゃがみこんで、地面に半分埋まってる黒紫の精霊石を指でそっと撫でた。ふわ、と俺に反応するように石が淡く輝いたのを見て少し口元が綻んでしまう。

 

 幼いころの俺は闇にいたよな。薄暗い汚れた部屋の隅っこで、闇に溶けた毎日だった。冷たくて怖くて重圧感があって、静かに確実に俺を逃がさない闇が嫌いだった。

けど、あいつのおかげで最近分かったことがある。穏やかな闇は光よりも何よりも強く優しい。安らぎの眠りに導き、朝へと連れて行ってくれる。


 だから今は闇が嫌いじゃない。もう一度地面に埋まっている精霊石を撫でると、黒紫の光がふわっと飛び出した。…何だ?…飛び出した小さな光は俺の手にふわりと吸い込まれていった。


 …なんだろう。よく分からないけど、応援された気がする!こうなりゃ…選ぶ道はこの道だ!俺は立ち上がり、黒紫の精霊石が埋まる道の先へ歩き出した。

甘い匂いがふわふわと漂う花畑の先に続く林。シェンユゥもその先にいるのか?…何にしても、シェンユゥと合流して『庭師』を見つけねーと。


 一度だけ精霊石を振り返ると、ちゃんと目印としておとなしくそこに埋まっている。帰りもまたあの石にお参りしていこう、と俺は心に決めたのだった…って、お参りでいいのか?


 **


 花畑を抜けるまでは危険な目に遭うこともなかったんですけどね。そこはやっぱりゾイの言ってた通りで、ここはやっぱりただののどかなお庭じゃないみたいなんですよ。


 現にね、俺ね、今ね…。


 ―――ギシャアアァァッ!


 「んぎゃーっ、何で薔薇が歩くんだよ!」


 魔物に襲われてるんですよ!ほら見てみろよ俺の後ろ!全力で林の中を逃げ惑う俺、その後ろをザカザカと追いかけてくる薔薇頭!大きさはイノシシぐらい、二頭身のそいつは上が薔薇の花で下は茨の鞭をウゴウゴさせながら走る走る!

気持ち悪ぃっての!幾本もの太い根が足になって結構な速さで追っかけてくるし、2本の茨の鞭がのびたり縮んだりしながら攻撃してくるし!恐い!


 しかも一体じゃないんですよ。いや、ね。道を歩いて林に入って、そのまま道を歩いてたんですよ。そしたら林の中に不自然に切り開かれた場所があったんですよ。そこにね、あのデッケェ薔薇が埋まってたんですよ。

ビビるだろ、デカい花だけが地面からピョッと出てるんだぞ。色とりどりにいっぱい。それで俺が気付かず近づいちゃったら…奇声上げて地面から飛び出やがった!


 そっからずっとこんな調子!今確認できるだけでも、赤いバラの魔物が2体、青いバラが1体、黄色のが2体、緑のが3体、いや4体?そいつらが揃いも揃って、無能にも魔法もできず力も武器もない俺を追っかけてくるんですよ。


 ―――ンギシャアアアァァッ!


 「ゾイロス様お前の言うとおりだったよこの庭殺伐とし過ぎだ!管理者を呼べ馬鹿ぁぁぁ!!」


 林に俺の声がウワンウワンと情けなく響き、もっと悲しくなってきた。こいつら、完全に地形を理解してやがる。どこに逃げても最短ルートで追ってくる!手ごろな木に登るか?いや、そんなことしても登ってきそう…。

なんでシェンユゥどこにもいないんだよ…。…慌てて逃げてたからもう元の道に戻れるかも不安だし…。かと言って足を動かすのを止めることもできない!


 どうすれば…と思った俺の目の前に突如!フワンッと音を立てて現れたのは…!


 「赤の魔法陣!?おい止めろテメェら魔法が使えるなんて卑怯だ!」

 

 フワワワッと妙にくすぐったくなるような音が聞こえたかと思うと、俺を囲むように色とりどりの魔法陣が現れた!うわわわ魔物って魔法が使えるんでしたね忘れてた!間一髪、上にジャンプして背の低い木の枝に飛び乗る!

さっきまで俺がいた場所がもう酷いのなんの。赤の魔法陣からは火球が、青のからは水流が、緑のからは痛そうな茨がトゲトゲトゲッと出てきて、黄色のは目もくらむような小爆発!…うん、死んでたなアレ。魔法恐い。


 ギロッと地面のバラ魔物たちが低木に登った俺に上半身(?)の花を向ける。途端、また乱れ撃ちのように魔法陣がホワホワと現れる!勘弁してくれ!


 魔法陣の出現と魔法の発生には少しのタイムラグがある。その僅かな一瞬で攻撃を察して避けなきゃいけない俺の苦労は分かるだろう。これでも常人よりは優れてる方なのに、回避はギリギリのスレスレ!

今も頬を茨の鞭に引っ叩かれ、ジリジリとした痛みを感じる。それでも振り向かずに逃げなきゃ!どこまで?…、こいつらが諦めてくれるまで!


 トルメルの力を奪われたとはいえ、俺の自然治癒能力は失われていない。それに感謝だ!けど疲れないわけじゃない!そう、疲労は溜まる一方だ。あとどれくらい持つだろう…。


 ところどころから木漏れ日が差し込む足場の悪い林を全力疾走!この逃走劇は盗賊時代のそれよりもはるかに高レベルで、おまけに疲れると断言できる!こいつらバカなの?諦めてくれる気配がない!

いくら走ってもシェンユゥは見当たらないし、魔物は追っかけてくるし、俺は疲れるし。…どうすればいい。倒せるか?武器もない俺が?これ以上逃げてもきっと同じだ。それなら…。


 俺はとうとう足を止めた。落ち葉と土ばかりの地面からショートソードくらいの大きさの木の枝を拾い上げ、魔物たちが俺に追いつくのを深呼吸しながら待つ。


 「…ここが死に場所なんて、冗談!」


 やがて薔薇の魔物が俺に追いついた。数は、さっきと変わらないな。2、1、2、4…合計9体か。こりゃ厳しそうだ。リウやラエアを使えたって楽には終わらせられないだろうなぁ。

他人事のように落ち着き払って魔物を見つめる。魔物たちはギシャアアァと何とも言えない奇声を上げて『待ってました!』とばかりに茨の鞭をウゴウゴさせてる。き、気持ち悪い。


 フゥ、と息を吐く。落ち着け。俺だって弱いわけじゃないだろ、何度だってこんなピンチを乗り越えたさ。だから…。


 枝を構え、先制攻撃!俺は一番端の赤いバラの魔物に向う見ずにも突っ込んだ!まさに突撃!何の捻りもない!対する魔物はその2本の茨の鞭を俺にシュバッと向けるけど、それぐらいならかわせるっての!


 「うるぁっ!」


 ゴインッ、と確かな手ごたえ!植物を叩いてるような感覚じゃない!枝を思い切り槍のように突き出すと、見事にバラ魔物の花の部分に刺さって魔物が暴れる!今度は枝にしがみつき、そのまま両足で跳びあがって魔物を蹴り飛ばす!

その勢いで枝を魔物から引き抜くと、他の魔物にも横殴りに枝を叩きつけた!スマーッシュ!なかなかいい手ごたえ!けど俺たいして力がないからこっちも反動で痛い…!


 これがニコラなら、なんて思っちゃだめだ!あいつは筋肉ゴリラ!俺は細マッチョを目指してるんだよ!


 怯んだ魔物たちに連続で枝をぶつける!思い出せ、シルのあの杖裁きを!あの格闘を!息をつかせない連続攻撃を、そして最後に確実に相手を鎮める一発を!


 「食らえ!渾身の……技名が思いつかねぇーーっ!!」


 ―――ゴインッ!

 

 俺の叫びと共に!最初に攻撃を仕掛けた赤薔薇魔物に全力で枝を振り下ろす!ギシャアッと奇声を上げた魔物は霧散!ゴロ、とコアが土に転がり…俺は額の汗をぬぐった。


 「まずは1体!あと…8体!」


 枝を魔物たちに向けながら睨みつける。ドヤッ、この決めポーズ!…けど悲しいかな、知性を持たない魔物さんに俺の威嚇は通じないのである。仲間がやられたことに怒ったのか、さらに奇声が激しくなる!

けど知るか!俺だって死にたくねぇんだよ!すぐに次の青い薔薇魔物に走り…っ!


 ―――フワンッ!


 「って、今のタイミングで魔法かよ!」


 俺と魔物の間に魔法陣が現れる!くそ、この!横に飛び退ると、今度はその先に魔法陣!うぎゃあ!後ろに退くと、あーっやっぱりまた!こうなりゃ上に跳んで…!

思いきりまた飛びあがる。人間の身長ぐらいなら飛び越せるぐらいのジャンプ!なのに、宙に浮いた俺の頭上に…!


 ―――フワン!フワワワン!


 頭上に黄の魔法陣!俺の宙に浮いた足元にも黄の魔法陣!左右にも現れた魔法陣は緑!…あっ、詰んだ。これ…囲まれたな。

魔法陣が俺を取り囲んだ。跳躍の限界点に達し、浮遊感を感じたとき。カッとそれぞれの魔法陣が強く輝いて…っ!俺は目を見開くことしかできず、


 ―――シュオンッ!


 突然、俺の手から黒紫の光が飛び出た。強く輝いたその光は俺を囲む魔法陣をかき消すように宙をぐるっと駆け巡り、…魔法をかき消した!そしてそのまま俺の元に…戻ってくる。

びっくりした俺は受け身をとることもできず、そのまま地面にあおむけに転がるように落ちた。いてっ!俺の体を追うように戻ってきた黒紫の光は…俺の胸のあたりに吸い込まれていった。…な、何だ!?

 すると、いきなり頭の中に微かな声が聞こえた。わ、何!?


 『…さっきは撫でてくれてありがとう。君の手は心地よかった。…我が同胞、闇の加護を受けし者の、君への強い想いを感じた。一度だけ、彼の代わりに君を守らせてもらったよ。あとは…導いてくれる』

 「それって、どういうこと!?彼って、そいつって、」

 『幸あれ、少年』


 パンッと胸の中で光が弾けた気がした。ほんのりと温かくなった指先をそっともう片手で押さえる。…精霊石だ。あの光が、俺を守ってくれたんだ。そして、精霊石を呼び起こしたのは…。

 

 「…どこにいてもお前は守ってくれるんだな」


 俺の中にある気持ちが精霊石を呼び起こし、俺を守ってくれた。…礼はもうちょっと待っててくれよ。絶対に…帰るから。シエゼ・ルキスに帰ってやるから。


 ゆっくりと体を起こすと、魔物が離れた場所でギシギシと音をあげながら身を寄せ合っていた。突然現れた謎の闇の攻撃に邪魔をされたことで怯んでるんだ!…やるなら今がチャンス!

俺が近くに転がってた棒きれを拾い上げたとき、ちょうどそのときだ。


 ―――ザシュッ!


 突然魔物の一体の花の部分がザックリと斬られた。呆気なくその花の部分が落ち、地面に転がり霧散する。俺もぽかんとそれを見つめるしかなかった…って、何が起きた!?

残された茎や根を、いきなりあらわれた影がザクザクと目にも留まらない速さで切り刻んでいく!…俺が本調子を取り戻しても、あの速さには勝てないかもしれない…!


 あっという間にすべての魔物がコナゴナのパラパラに切り刻まれ、ワンテンポ遅れて霧散する。ゴトゴトとコアが転がり、さっきまでの俺の苦労は何だったの…とも思わせた。

そんなわけで呆気にとられた俺は情けなく枝を構えたまま動けない。と、思ってたら!目にも留まらない影は止まることなく俺の方に向かってきて…って俺も敵認定かよミンチは嫌だぁぁぁ!!


 ―――ボスッ!


 突然タックルを食らった俺はまた木の葉と土のふかふか地面に転がった。俺にタックルをかました勢いで俺に抱きついたのは…あっ!


 「シェンユゥ!お前、どこ行ってたんだよ!つかさっきのシェンユゥが…!?」

  

 深緑の髪、大きな黒い目と右目の下にあるほくろ。いつも一文字の口が…少し開いていた。声はないけど、呼吸の音は聞こえる。…急いできてくれたんだ。安心したようにシェンユゥが俺から体を離し、地面にへたりと座る。

近くにナイフと包丁が落ちていて、あれで魔物を切り刻んだんだと分かった。…魔族にして、恐ろしい近接戦闘能力だ。ゾイが一目置いていたのはこういうことだったのか。


 「ありがとうシェンユゥ、助けてくれて。探してくれたんだよな」

 

 こくり、と大きな頷き。それから俺の足にそっと触れ、じっと目を凝らす。フワッとその手元が輝くと…足が軽くなった。サポートの魔法、つまり身体強化魔法か。さっきのシェンユゥのあのすんごい戦闘は…そっか、そういうことか。

シェンユゥの得意魔法は身体強化。だから普通の魔族みたいな戦闘スタイルじゃないんだ。そりゃ説明もしづらいよな、武器をあんなに持ってたのにも納得。食堂で大鍋を使える怪力も、身体強化魔法の力なのかも。


 じぃ、とシェンユゥが俺を見つめる。悲しそうに目が伏せられ、俺はシェンユゥが伝えようとした意思を感じた。そっと深緑の髪を撫で、明るく笑ってみせる。


 「ごめん、って?何でだよ、ちゃんと助けてくれたじゃんか!シェンユゥ、強いんだな。頼りになるし、掃除も手伝ってくれるし、もっと強気になってもいいんだぜ」

 「…」


 シェンユゥは目を伏せたまま、そっと自分の喉に手を当てた。それから俺の方をまた見上げる。まっすぐな黒い目に、たくさんの思いが絡まってるのが見える。


 「…」

 「話せたらいいのに、って?そうだな、俺もシェンユゥと話してみたい。けど、目は口ほどに物を言うって聞いたことあるぜ。俺もだんだんシェンユゥの考えが分かってきたし!」

 「…」

 「ありがと、本当に。あのままじゃ俺、死んでた。くっそー、ここが中庭だってのか?『庭師』のヤローに文句の一つでも言わねぇと気が済まねぇな!」


 さりげなく、ごろごろ転がってるコアを確認しに行く。…まぁ、そこそこの強さの魔物だったんだな。拾い上げて思いっきりコアを木の陰にぽーいっと投げると、ゴチッと何かに当たる音がした。…うん?


 「いってぇー!人様にコアを投げるやつがあるか!」

 「え、誰?」


 男の声。若い人かな、と思って木陰を見つめてると。ちょうど死角だったそこから現れたのは、肩よりは少し長そうな金髪を首元で結い、緑のバンダナを頭に巻いた青年だ。

すっごく整ってる顔立ちと言うにはちょっと違うけど、かっこよく見せることには慣れてそうな雰囲気の…そうだ、『雰囲気イケメン』みたいな。


 その手には土の付いたでかいシャベルがある。服は汚れた作業服。……まさか、こいつが?シェンユゥを振り返ると、シェンユゥが一瞬死んだ目をした。あ、こいつか。

ぷんすかと怒ってる青年をまじまじと見てから、俺は首を傾げた。


 「あんたが…庭師?」

 「あ?そうだぜ!この俺が!この中庭を守り、美しい花たちを愛し、いつか美しいお嬢様が訪れたときに抜かりなくおもてなしできるように着々と準備を進めるこの俺が!」

 「シェンユゥ…こいつイタい」

 「んあ!?おいガキふざけんな聞け!愛と花と世のお嬢様方のために生きる庭師、セヴァダとはこの俺のことだ!!」

 「…なんかガッカリ。帰ろうぜシェンユゥ」

 「待てよオイ!」


 こりゃシェンユゥが死んだ目をしたのも分かる。なんつーか…めんどくさそうな…。ぷいっとセヴァダとか名乗った青年に背を向けると、焦ったように青年が俺の前に回り込んできた。


 「な、な!美味しいハーブティーも入れるから!もうちょーっと俺の話、聞いていかね?せっかく来たんだろ?俺に会いに来たんだろ?生憎男にゃ興味はねーけど!」

 「あっそう俺も興味ないから帰るわ。シェンユゥー、部屋でカードゲームしようぜー」

 「待て待て待て!そこにおわすのはシェンユゥくんではないか!ね!俺の退屈を紛らわせると思って!前にクソ魔王が来て庭の一部焼かれてから俺傷心なんだよ!ね!」

 「…」

 「あー!もう!」


 雰囲気イケメンが崩れてんぞ。…しゃーない。シェンユゥと呆れたような視線を交わしあった後、俺はシャベルを振り回してる庭師に向き直った。


 「しゃーねぇな。ちょっとだけ付き合ってやるよ」

 「やった!…じゃなくて!しょーがねぇなぁそこまで言うならこの俺が最上級のハーブティーを」

 「やっぱ帰る」

 「待ってー!」


 シェンユゥがその大きな目を珍しく閉じた。俺もハァ、と息をつかざるを得ない。…なーんか無駄な時間過ごしそうだけど、有益な情報とか…手に入るのか?

こっちこっち、と大股に林の中を歩き出したセヴァダを追う。前で元気よく動く作業服を見ながら、俺とシェンユゥは同時に顔を伏せた。


 …足取りが重くなったのは疲れのせいだけじゃないな…!

 

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