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ルキスの剣  作者: 夜津
第二章 トルメルの子
51/131

48 港町ロロターナ

 山道を下り、綺麗に整備されたレンガの道を馬車が進む。お天気はからからに晴れて雲一つ見えない快晴だ。うぅ、日光眩しすぎるぜ…。

山の中を進んでいたときに香った匂いも、どこか今まで嗅いだ森の匂いとは違う感じがする。よく見りゃ、木の高さや葉も違うな。落ち着いて自然を見渡す頃にはここがすっかり異国なのだと感じさせられた。


 「後少し、また小高い丘へ登り道が続いてるんだわ。そこを越えりゃ、もう港町ロロターナは眼下だぜ!心の準備はできてるだろうなァ、アンタら」

 

 ラグリマが腕をぐーっと伸ばしながら明るく言うのを聞き、俺は窓の方へ身を寄せた。うーん、まだ窓から見える景色は青々とした森。ときどきギャッギャ、と賑やかな鳥の声も聞こえてきた。

揺れる馬車の中、ニコラが地図を見てからぼそっとつぶやく。


 「そういえば、お前は海を見るのは初めてか」

 「俺?…そうだな、初めて。広いんだろ?絵でなら見たことあるぜ」

 「ステイト、このロロターナ育ちの俺様から言わせてもらうがなァ、海っつーのは実際に見て初めて本当の『海』を知ることができるってもんなんだわ!

  絵なんぞで海を知ったように言うのは甘っちょろいにも程があるぜ。あの広大さと雄々しさ、心を空っぽにさせるスゴさっつーのはその目で見て存分に語りなァ」


 あ、ハイ…。ご、ゴメンナサイ。さすが海の男、情熱が違うな…!前の座席から身を乗り出し、ご丁寧に身振り手振りをつけて勢いよくラグリマが語り始める。


 「あのなァ、コットリアのロロターナと言えばまずは海なんだわ!いや、もう海への愛情は大陸一!他にも海に面している国なんざたくさんあるがなァ、まず心意気が違う!

  コットリアの学校ではまず我が町ロロターナの伝説から教わり、海への感謝を真っ先に示す!ロロターナっつー名前も、かなり昔に町を魔物から救った人魚ロロターナの名からきててだなァ、」

 「おいステイト、あっちだ」

 「ふおおおおっ!あれが海かあーっ!!」

 「…き、聞いてくれよぉ…」


 ラグリマが延々と語り始めるのを遮りながらニコラが馬車の窓を指さす。慌てて窓から顔を突き出して見渡すと…!ぶわあっ、とさっきまでとは違う塩辛い匂いが体中に飛び込んできた!

突然森を抜けたレンガの道は、小高く白い土に覆われた丘に出て。その眼下には、言葉を失うぐらいデカい町が広がっていた!うわああっ、広い!これ、まだ一部しか見えてねーぞ!?


 ただその広がる町の外側に、真っ白な砂浜が続いていたのが見えた。そこからずーっと広がるのは…蒼。少しずつ色を変える、淡くも深いグラデーションの蒼の世界!あれが…海か!

町を眼下にする高い丘から見下ろしているからすっげぇ遠いはずなのに、その波が押し寄せる音は絶えず耳に響いてくる。ドパーン、ザパーン、とうるさいぐらいだ!

この丘から続く道は、丸く広がる町の外に沿うように外周を巡り、またゆっくりと下っていくみたいだ。独特の海の匂いを運ぶ風に乗って、鳥がビュオッと舞い上がるのが見えた。…うおお!


 「やっべぇ!すっげぇ!でっけぇ!うおおおーっ!」

 「確かにこれは感動を覚えるものだな。…海か」

 「…ま、まァ…ステイトたちが感激してくれたんだから、俺は何も言わねーぜ…」


 な、なんかラグリマがいじけてるような気がするけど…、それさえもちっぽけに見えてくる感動!騒ぐのは俺だけじゃなくて、馬車の中のあちこちから歓声が賑やかに上がった。だよな、これはため息が出ずにはいられねぇよ!

あんまりにも身を乗り出しすぎて、ニコラがぐいぐいと馬車の中から俺の服を引っ張る。わ、分かってるって!


 馬車の隣を、あの飛び立った白い鳥たちが風に乗って追い越す。町へ近づくにつれてざわざわと町の人たちの暮らす生活の音が聞こえ始め、そこからは俺も何も言えずにただ馬車が止まるのを待ち続けていた。



 **


 「長旅ご苦労様でした!コットリア、ロロターナ直行便をご利用いただきありがとうございました」


 馬車が止まるのと同時に、義務的ながら明るい馬車の運転手のおじさんの声が聞こえてきた。我先に、とまでは行かなくても次々と馬車に乗ってたお客さんが出て行く。つ、着いたー!

とうとう来ちまった、来ちまった!コットリアの最大の都市、港町ロロターナ…!ラグリマとニコラが馬車を出て行くのに着いて行って、降車する!


 ざっ、と足を地面につけたとき、石畳の上に薄く積もっていた白い砂が音を立てる。踏みしめた瞬間、またぶわっと塩辛くて乾いた風が俺の周りを吹き抜けた。…ちょっと目が痛い!

思わず辺りを見回し、両手を天に突き出してぴょんっと俺は跳ねた。


 「着いたぜっ!南国!」


 ここは各地から訪れる馬車が停まる広場。いわば、町の入り口の広場みたいだな。あちこちからがやがやと楽しそうな声が聞こえ、訪れた旅人に宿を勧める客引きの声が響いてる。

建物のほとんどが、石造りでおよそ3階建てぐらいの大きさ。それがぎゅっと集まって、建物と建物の間には細い路地が広がってるらしい。ところどころには木造の建物もあるけど。

見渡すと、町の北側をぐるっと囲む崖みたいな山の壁。あそこに見える丘から降りて来たのかー。ここはロロターナの北の入り口だから、南に広がる海は建物とかに遮られてちょっと見えない。


 ニコラが、どうやら仕事の話をしてるらしいラグリマを少し離れたところで見てぼーっとしてる。そっか、ニコラもここの町に来るのは初めてなのか。


 「ニコラ、これからどうするんだ?もう午後だし、とりあえず宿の確保はしとかねぇと。それにこの町、…確かにすんげぇ広そうだから町の地図も貰わないとまずいぞ」

 

 どうだ、この俺の気配り!真っ先に海へ行きたーい!なんて言ったりせず、しっかりこの先を見据えた計画を提案!そう、町に着いたらまず宿をとらないと。…何日滞在するんだろうな、今回。

しかもこの入り口の広場だけで一周するのにちょっと時間がかかりそうな広さだ。丘から見えたこのロロターナの広さはこの広場とは比べ物にならない大きさ。…そりゃ迷子になる。ラグリマの言うとおりだ。

 俺の言葉にニコラが振り返り、少し目を見張った。


 「意外だ。お前がそこまで旅に慣れてきたなんてな」

 「俺だってもう王都を飛び出してから幾つの町を訪れたか分からねぇよ。こんだけ旅しといて、慣れてない方がマヌケだっつーの。んで?どうすんだよ」

 「そうだな…やはり宿か」


 ニコラと俺が、広場のいたるところで客引きをしている宿屋の宣伝係を見つめた。たいていが可愛い女の子やかっこいい男の人だ。そんな中、結構近くにいた女の子の一人が突然顔を赤くした。お?

視線が…こっちを向いている!?お、俺か!?俺と目が合ったのか!?…いや待てよ。俺の隣にいるのは誰だ?…そうだ、王都でも奥様方や若いセレブマダムに大人気…ニコラ・シフィルハイド様だぞ。

当然、女の子が走り寄ってきた先はニコラ様のところでした。ですよね。知ってたし。目なんか合ってないし。本当だし。

 

 俺と同じぐらいの年頃に見える女の子が、看板を持ちながらニコラを見上げて言った。


 「あ、あのっ!旅のお方ですかっ!?え、えっと…私の働いている宿で泊まりませんかっ!?そ、その、えっと、一晩につきお一人様三千Gですっ!」

 「ああ、こんにちは、宿のお嬢さん。ロロターナは宿が多いんだな」

 「はっ、はいぃ!その中でも私のところの宿は、そのっ!」


 きーもーちーわーるーっ!!うわあああっ、久しぶりに見たぞあの営業スマイル!ニコラてめぇ、なぁにがお嬢さんだ!さらっとした笑顔向けやがって!お前が目をつぶってまでにっこりするのとか見たくねぇ!恐っ!

けどこの哀れなお嬢さんは見事に騙されたらしく。頑張って彼女の宿の良さをニコラに説明し始めた。俺はいたたまれなくなって目を逸らし、どっか歩き回ろうかなとため息をつく。と。


 「おーいおい、嬢ちゃんよぉ!アンタんとこ、ちと宿代が高すぎると思うなァ」

 「…ラグリマ」

 

 ちょうどラグリマが馬車の運転手さんと話を終えたみたいで、宿の女の子とニコラの間にのそのそ入っていった。女の子の持ってる宿紹介のパンフレットを片手に取り、ふーむ、と唸ってる。


 「ほぉー、そうかァ。グライメロウか。ま、庶民から中級市民向けのおしゃれで料理の美味い宿だなァ、一回世話になった」

 「あ、あ、えっと」


 うわ、ちょっと女の子ビビってんじゃねーか。確かにラグリマの見た目はちょっと老け顔だし、顔に傷だし、ちょっと人相悪いししかも今は槍持ってるからな。俺でも恐いと思います。

ラグリマがふーむ、ともう一度目を瞑って眉間にしわを寄せた後、ニコラに向き直った。


 「にーさんよぉ、このロロターナには宿がそれはもう山のようにあるんだわ。金に困ってる奴のための宿場から貴族レベルの高級宿までなァ。にーさんたちの身の丈に合う宿を探せよ。

  ちなみに言っておくと、この町の宿代平均価格はだいたい一晩お一人様五百Gぐらいなんだわ。他の町に比べりゃ格段に安いんだよなァ」


 なんですと。黙って成り行きを聞いていた俺がグルンと勢いよく首を捻ってニコラを睨んだ。


 「ニコラ。俺たちの現在の所持金は?」

 「…気長に考えると、そう浪費していいものではない」 

 「そこから計算して、俺たちが一人で一晩使える宿代は高くても幾らだ?」 

 「そうだな…千Gぐらいだ」

 「はい」


 安すぎるのもアレだけど、あくまで高級感は求めてねぇはずだろ。お金は大事!すっげぇ大事!じーっとニコラを睨むと、ラグリマがハッハ、と苦笑いして女の子を見た。


 「そんなわけみたいなんだわ。にーさんは男前だが、諦めてくれや。お、そこのダンディな紳士なんか泊まってくれそうじゃねぇかァ!ほら、チャンスだぜ」


 にこにこしてラグリマが女の子の背を押すと、女の子は戸惑いながら押されるままに、通りがかった紳士に声をかけに言った。…ラグリマ、なんつーか慣れてんな。女の子を見送ってから、ラグリマが人差し指を出す。


 「一晩一人五百Gの宿ならこの俺がいいところを知ってるから、親切にも丁寧にも案内してやる!おら、着いてきな」

 「けど、ラグリマ。あんた、ギルドに戻らなきゃダメなんじゃ」

 「気にすんなァ、ステイト。どうせ俺のギルドの拠点のお隣の宿だからなァ。つか、俺のギルドのマスターの嫁さんが経営してるところだしよぉ」

 

 つまり知り合いが経営してる宿ってことか。なら変なところを掴まされる心配もないな。ニコラも納得したのか、広場から繋がる大きな道の一本を歩き出したラグリマについて行く。おっと、俺も行かねぇと。

しっかし、やっぱデカい町だな。シエゼ・ルキスにはこんな広い町ねぇぞ!絶えず海の音と人の声と生活の音、鳥の鳴き声…すべての方向から賑やかに町の音が聞こえる。

 石畳の街を迷わず進むラグリマの後ろをゆっくり歩きながら、俺はニコラにぷぷー、と笑った。


 「しっかしお前、相変わらず他人に対する笑顔が気持ち悪いったら仕方ねぇな!なんだよあの笑顔、気持ち悪すぎて目が痛くなるぜ」

 「俺は自然にしているつもりなんだが」

 「…ま、いいや。お前の外面がいいってのはもう知り尽くしちまった」


 はぁ、とため息をつく俺にニコラが不機嫌そうに首をかしげる。ラグリマが軽い笑い声を響かせながら、頭の後ろで手を組んで言った。

 

 「拗ねるなよぉ、ステイト!アンタといればニコラにーさんは壁を作らずに済むっつーことだろ?いいじゃねぇか!そっちの方がよっぽど特別だと思うなァ」

 「そ、それってどういうことだよ!別に俺は、…つか俺はこんなクソ野郎のあんなペラッペラの外面見せられたって嬉しくもねぇ!こいつはいつも通りしてる方が絶対…!」

 「絶対?」 

 「絶対…って、ニコラてめぇ!言うかバカ!」


 危ね!変なこと口走るところだった!ラグリマも何言ってんだよ、ニコラも聞き返すんじゃねぇ!あーくそ!腹立つ!ぷんすかと頭から煙が出そうな俺に、ラグリマがあくび交じりに小声で言った。


 「あー、アンタら本当に仲いいんだなァ」

 「違う!こいつは俺の倒すべき宿敵だ!」

 「はいはい。ふあーァ」


 二度目のあくびすんな!ったく。ニコラをちらっと見ると、少しだけ口元がニヤついていた。なんだよ気持ち悪ぃな。絶対てめぇは倒すからな。防具を洗って待っとけよ!


 しばらくは他愛もない話をしながら長い道をのんびり歩いていた。そのとき、向こうからこんなに暑いのにしっかり服を着こんでフードまでかぶってる奴が慌てたように走ってくるのが見えた。おぉ、こんな広い町だと走りたくなるよな。

と思いながら見送ろうとした瞬間。どんっ、と慌てたそいつと俺がぶつかった。悪い!とそいつが声をかけて走り去ろうとしたとき、俺の体が自然に動く。


 腕がひゅ、としなやかに、指がさっと細かに。足が軽く後ろに下がって間合いを詰め、俺はとっさにそいつの手首を無意識に掴んだ。


 「!?…っ、おい、謝っただろ!」

 「…あ、悪い。なんか掴んじまった。…あ!お前ー、アレだな!ほほう、俺の腕も鈍ってねぇとは…」


 一瞬やべっ、って思ったけど。俺はその掴んだ腕が少し震えてるのを感じて、すぐに懐かしい感覚がピンときた。これは…いつぶりだ。最近やってなかったからなー。俺の手がすっと動いて、慣れた手つきでそいつの袖の隠しポケットを探る。

…ほら、あった!俺はそのポケットから、あまり中身のない『俺の』財布を取り出して見せつけた。


 「俺にスリを挑むなんて舐めた真似してくれるじゃねーか」

 「うげっ、このガキ何者だ!離せ!」

 「ま、今まで出会ったスリ師の中で一番素早かったな。コットリアのスリはレベル高ぇ」

 

 当然返してもらうぜ。けど、俺はニヤッとしてフード野郎の手首を離す。


 「あんたも気をつけろよ、スリ師がスられねぇとは限らねぇぜ」


 途端、スリ師が慌てて自分の財布の安全を確かめた。数秒後、また俺の顔を怒りに染まった表情で見上げてきた。ぶふっ!焦ってやんの!


 「別に俺、あんたの財布をスったなんて言ってないんですけどぉ?おら、さっさと行けよ」

 「くそっ!」


 人目がちょっと集まりだしたのが気になったのか、悪態をついてスリ師が去っていく。スリ師撃退は久しぶりだな、シルが狙われて以来。けど俺が狙われるなんて…舐められたもんだな。

ニコラが呆れたように首を振り、ラグリマはびっくりしたように俺をぽかんと見つめてる。そんなに驚かなくても!

 

 「お、おい…さっきの野郎、よく見りゃここいらじゃ有名なスリ師だぜ。ステイト、あんた何したんだァ?」

 「べっつにー。ちょっとスられたから取り返しただけだ」

 「…ますます分からねぇなァ…。…取り返すって、無理な話だと思うんだけどなァ。ま、こんな感じでスリに泥棒は日常茶飯事。ここはまだ町の中でも賑わってるが、スラム街なんか酷いもんだ。

  もし近寄る機会があってもなかったとしても、十分持ち物には気を付けてくれよぉ」

 

 とラグリマが刈り上げた短い金髪をぽりぽり掻きながら俺たちに言って、また道を歩き出す。物言いたげな顔でニコラが見てくるのは華麗にスルー!なんだよ、俺は別にスってないってば!

けど俺自身驚き。まだ対応できる能力が残ってたなんてさ。最近すっかり平和ボケしてたからな…、久しぶりにこの町で気合が入りそうだ。ときどき路地裏とかから物騒な気配を感じるしな。


 安全で治安が乱れることも滅多にないシエゼ・ルキスの王都とは違うんだ。ここはきっと、俺がもともといた世界に近い。心なしか町の人たちも自信に満ち溢れてるし、しっかりこの足で立ってないと流される町なんだな。よし、分かった。


 やがて道をあっち行き、こっち行きしていると、いくつかの広場を抜けた。それでもまだまだラグリマは前を歩き、かなり歩いたところでようやく立ち止まる。おお?ここは?

そこそこ広い道の片側にある、どっしりとした3階建ての宿。その隣に宿よりもちょっと大きい、豪華に装飾された石造りの建物がある!ラグリマが胸を張って、エヘンと咳払いした。


 「着いたぜ!こっちの豪華でデカイのが俺のギルド、『エルマノス』の本拠点!んでこっちの隣のがエルマノスのギルドメンバー行きつけの酒場兼宿の『エルエッジ』だァ!」

 「へぇーっ、ここがラグリマのギルドの拠点なのか!…あっ、入り口に誰かいる」


 突然扉が開いて、ギルドの拠点の建物から誰か出てきた。ギルドの人だろう、ラグリマを見て片手を挙げる。


 「よぉ、ラグリマ。帰ってきたのか、お疲れさん。…そいつらは旅の人か?依頼人か?」

 「よっ、ゼツイ。今回の馬車護衛クエストで知り合った旅人だァ。シエゼ・ルキスからだと。ところでおやっさん、今いるのかァ?」  

 「いるいる。今日も元気に武器の手入れだ」


 ラグリマと親しげに話す、ギルドのお兄さん。ラグリマと同じ年齢ぐらいで、麻布の鉢巻を巻いた橙の髪と細い目が特徴的な、体格は少し細身の男の人だ。片手に本ぐらいの大きさの弦楽器を抱えてる。

ゼツイ、と呼ばれた男の人が俺たちに親しげに笑った。


 「どうも。俺はラグリマのギルド仲間、ゼツイ・ナギリだ。こいつ、旅の中でうるさかったろ?ギルド一うるさい奴だからな」

 「こんちは。俺、ステイト」

 「…ニコラ・シフィルハイドだ。ラグリマには世話になった」


 気さくにゼツイさんが言うと、ラグリマがむすっとしてゼツイさんをつつく。


 「なんだよぉ、ムードメーカーって言ってくれよなァ。ほら、ニコラにーさんもこう言ってんだし!俺、できる男なんだわ!」

 「な、うるさいだろ?」

 「うん」「ああ」

 「…ひ、ひでぇなァ」


 ラグリマのつりあがった目がしゅーん、と下がるのを見てると思わず俺も吹き出した。ニコラも穏やかに表情を和らげ、ゼツイさんが爽やかに笑って見せる。


 「ま、悪い奴はエルマノスにはいないからな。ラグリマ、クエスト達成報告は?」

 「今からおやっさんに報告。んで、『エルエッジ』にステイトたちを泊められないか聞きに来たんだわ」

 「ああ、なら大丈夫だと思うぞ。ちょうど奥さんも今拠点に来ていた」

 「おっ、ツいてるなァ!じゃ、俺はこいつらと一緒に行くぜ。また一緒に塔の地下のダンジョン行こうなァ!」

 「了解。それじゃ俺は広場で演奏会に。旅人さんたち、ゆっくりしてってくれよ!」


 二人が片手を挙げ、パシッとハイタッチする。お、なんかいいな、こういうの!ゼツイさんが片手に抱えた楽器を爪弾きながら鼻歌交じりに去っていくのを見送り、ラグリマが俺たちに向き直った。


 「あのゼツイって奴は俺のダチで信頼できる仲間なんだわ。格闘家なんだが、楽器も得意でなァ。ときどき広場で演奏会に参加してるから見かけたら声をかけてやってくれよ。

  んじゃ、まずは拠点に行ってみるかなァ。宿のオーナーの奥さんも旦那のギルドマスター…おやっさんって呼んでるんだが、おやっさんに会いに来てるみたいだし。別に緊張することねぇぞ、着いてきてくれ」


 って、そう言われても!いきなり部外者がギルドの拠点に立ち入ることなんて許されんのか…!?…って思ったら、外の看板に堂々と『いらっしゃいませ!どんなクエストでも承ります』とか書いてあった。

つまり、何か依頼を持ち込みたい町の人とかが勝手に入ってもいいようにしてるのか。もっと閉鎖的なイメージ持ってた。なんかこう、部外者は入るんじゃねぇ!みたいな。 

 

 木の扉をギィッ、とラグリマが開く。おおー、ここが拠点!木目板の床を歩くと、そのたびにギシギシと音を立てた。床、抜け落ちたりしないよな?

テーブルがたくさん置いてあるロビーは、武器や防具を持ってる勇ましい戦士たちでいっぱいだ。けど、皆表情が明るくて雰囲気がいい。入ってきたラグリマに、早速どっかから声が飛んだ。


 「よーぉ、フーゴ!ちっとは腕を上げたかー!?」

 「よしてくれや、バンフィールドさん!アンタにゃ敵わねぇやァ」

 「ラグリマ!あなたのお友達が海でお待ちかねだよ!散歩してたら『あの金髪野郎いるのか?』だってさ!」

 「うげーっ、やめてくれマルチアねーさん!アレイシャの野郎、後で刺し身にしてくらァ!」

 「フーゴさんお疲れ様ー!マスターなら奥の部屋よ!」 

 「はいよぉ、ミンミちゃん。受付係ご苦労さん」


 う、うおおっ。ラグリマが大人気だ…!見た感じめっちゃくちゃ強そうなおじさんから、アネゴって感じのお姉さん、カウンターにいる可愛い女の子まで…なんか、家族みたいだな!

俺とニコラがちょっと所在なく突っ立ってると、受付カウンターにいる女の子がこっちを見てにっこりした。さっきミンミって呼ばれた子だ。


 「あっ、こんにちは!フーゴさん、この方たちは?」

 「おお、そうだ。俺が行ってたクエストで知り合ってなァ、宿を借りたいみてぇだからエルエッジを借りられねぇか奥さんを探しに来たんだわ。あと、クエスト達成報告をおやっさんになァ」

 「そうなのね、奥さんもマスターと奥の部屋にいるわ。そうだ、お水出すからお二人はその辺のテーブルに座って!汚くてごめんなさいね」


 ハキハキとミンミさんが言って、せかせかとカウンターの中を歩き回る。そのたびに、首のあたりで一つに結ってある空色の髪の三つ編みが揺れた。…空色の髪って珍しいな。

ラグリマに勧められて近くのテーブルに着くと、他のテーブルにいたギルドの人たちがわらわら集まってきた。わわ。めっちゃくちゃ見られてる!


 「あんたら、どこから来たんだ?」「こいつ、男か?細すぎだろ」「ちょ、ちょっとこっちのダンナ、男前じゃないの!」「戦士?剣士?魔法使い?」

 「だァーっ、お前らうるせぇ!毎度客が来たらこんななんだからよぉ」

 

 一気に質問が!どどどーっと囲まれた俺たちを助けるべく、ラグリマが怒鳴る。けど全く相手にされてないぞ。ちらっと見ると、もうニコラは女の人やら強そうな男の人やらに囲まれてるし。


 「よーぉ、にいちゃん!アンタ、なかなか強そうだな。俺と戦ってみねぇか?」 

 「俺も戦うことは好きです。是非」

 「ちょっとぉ、男前のダンナ!ここに来たら皆家族なんだよ!敬語なんてカタいこと、やるだけ損ってもんだよ!それよりアタシと戦わないかい?」

 「あ、ああ。喜んで」

 「あのっ!お兄さんどこから来たんですかーっ?」

 「シエゼ・ルキスからだ」


 …打ち解けるの早すぎだろ!もうなんか、完全にギルドの人みたいになってんだけど!やっぱりコットリアの戦士って武を愛してるからな…強そうな奴、大好き!みたいな…。一方俺はカイワレダイコンだ。強くは見えない。くそぅ。

俺が固まってヒクヒクしてると、目の前にガタン、と氷の浮かぶ水の入ったジョッキが置かれた。空色の髪の女の子が、大きくて丸い青色の目を俺に向けていた。わっ、なんか同年代の女の子って初めてかも。


 「こんにちは!私ミンミ・リスキっていうの!エルマノスの受付係で見習い魔法使い!君は?」

 「あ、こんちは。俺、ステイト。シエゼ・ルキスから来たんだ。短剣使い。…ミンミさん、でいいか?」 

 「ミンミでいいよ!私、あまり同年代の男の子の友達居ないから新鮮。ステイトくん、よろしくね。フーゴさんったらうるさかったでしょ、でもいい人なのよ」

 

 ラグリマ、また『うるさい』って言われてんぞ。けどラグリマはニコラに集中しているギルドメンバーを引っぺがすのに必死で聞いてなかった。ミンミが綺麗な青色の目をぱしっと瞬かせて言う。


 「ここのギルドはね、いっつも明るくて賑やかで、それでいて個性派揃いなの!あそこの強そうなおじさまがいるでしょ?あの人はバンフィールドさん、数年前ではロロターナで最強の戦士だったのよ。

  ギルドマスターも元武器職人、奥さんも元防具職人だから壊れた装備も直してもらえるし、とても優しいの。身寄りがなくて困ってた私を引き取ってくれたし」

 「身寄りが…?親がいねぇの?」

 「数年前、死んじゃったの。お父さんとお母さんは北のネーディヤ帝国出身なのよ、そこをこっそり抜け出してここで暮らして私が生まれたんだけど…。数年前、私が学校から帰ったら…二人とも倒れてて。

  異国から移り住んで仲のいい人もいなかったから私は一人になっちゃって。けど、マスター…ギースヘイム夫婦が拾ってくれたの。…って、初対面なのに暗い話だよね!ごめんね」

 

 はっとしてミンミが困ったように笑い、持っていたお盆をぎゅっと握りしめる。そういえばミンミって、ここのコットリアの人たちとは顔つきとかがちょっと違うような気がするな。俺は慌てて首を横に振った。


 「いや、俺もなんだ。俺、捨て子でさ。…俺も優しい人に拾われたんだ。俺もその人が大切だから…ミンミがこのギルドを大切に思ってるのは分かるぜ」

 「…そっか。私たち、似てるね。そういえばコットリアにどれくらい滞在するの?」

 「うーん、よく分からねぇけど、とりあえずココムの塔に探し物があるんだ。あと観光もしたいから、しばらくはいると思う」

 「そっか!いつでもエルマノスを頼ってね、私もフーゴさんたちも力になるから」

 「ああ!ありがとな、ミンミ!……て、そっちは何やってんだ」

 

 俺とミンミが話しこんでる間、ニコラたちは何をしていたのか。俺とミンミがそっちに目をやると、…乱闘が起きていた。なんだアレ。バキスカボコッとあちこちから音が!埃が舞ってる!

だらぁ!とかどりゃあ!とか、ドガンバキンボコォッ!って!ギルドの人たちは当然、ニコラやラグリマも何故か大乱闘状態!何があったんだ!?

 ど、どうする。つか、どうしてこうなった!俺が何をすべきかおろおろしてると、ミンミが長い三つ編みに触れながら、はぁーっとため息をついた。


 「もー、またこれなんだから!元気すぎるのも問題よね。…あ、ステイトくん、これいつものことだから気にしないでね。皆興奮すると戦いだすのよ」

 「いや、意味分からねぇよ!なんで殴りあってんだ、蹴りあってんだ!?こらニコラっ、参加するな!」

 「大丈夫よ、もう少ししたらマスターが出てくる頃だから…」

 「え…?」


 ミンミは呆れた顔でお盆をくるくる回している。いつものことって…毎回こんなに暴れられたらさすがに嫌だな。けど、マスターが出てくるってどういう…、と、俺はその先を考えずに済んだ。なぜなら。


 「こぉーらぁー、てめぇらあっ!!また喧嘩か!喧嘩はー…外でやるか、俺とタイマンで勝ってからにしやがれぃ!!」


 ドガシャアーンッ!と突然雷が落ちた!本当に雷が落ちたんだってば!ほら、落雷したそこの椅子、真っ黒に焦げてんぞ!ひええっ、これはビビる!一歩跳び退った俺と比べ、ミンミはあくまで冷静に立ってるし…!

声のした方を向くと、ニコラよりも背が高いまさに『大男!』な感じのオッサンが、俺の体よりもデカい大剣をドンッと床に着けながら吼えた!


 「一番手は誰だぁー…?…そうか!フーゴか!おら、こっちに来やがれ!3秒で終わらせてやらあ!!」

 「や、ちょ、ま、待てよおやっさん!!俺じゃない!今回の原因は俺じゃねぇって…って、2秒もかからねぇくせによぉぉーっ!!」

 「問答無用!覚悟しやがれ!」

 「本当に本当に本当に俺じゃ…うううぅぅわぁああああーっ!!?」


 ―――ドガンッ!バシュッ!ズバコーンッ!ヒューン……キラリンッ!


 …おい。解説は必要なのか?まず、大剣持った大男のオッサンが、ドガンッとラグリマの防御姿勢も物ともせず大剣を打ち付ける。バシュッとラグリマの体が吹っ飛ぶ。ズバコーンッと入り口の扉を突き破ってヒューンと飛んで。

そして、多分キラリンッと星になった。多分。更に、ミンミが静まり返るロビーの中でぽつりとつぶやいた。


 「…1秒かからなかったね」

 「…ああ、そうだな…」

 「…これもいつものことなのよ」

 「…ああ、そうなのか…」


 ホームラン。しかも見事なサヨナラ弾。スマッシュというかクリティカルヒットというか。唖然。…言葉も出ねぇ…。静寂の中、再びドンッと剣を床に刺してオッサンが低い声で言った。


 「次はどいつだ?この俺、エルマノスのギルドマスター、デイゼン・ギースヘイムの愛剣のサンドバッグになりてぇ奴は…」


 オッサン…、否、デイゼン・ギースヘイムさんが、その威厳と圧迫感を余すところなくキツい視線に混ぜ込んで辺りをジロリと見回すと。


 ―――ギルド一同は素早く…土下座していた。速い…!…その間わずか…、


 「やっぱり1秒かからないのよね」

 「そう…だな…」


 ミンミのため息だけが、音を失った拠点のロビーに響いたのだった…。…『おやっさん』、ヤバ過ぎるだろ…!

 

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