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ルキスの剣  作者: 夜津
第一章 聖剣の喪失
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4 挑戦


 依頼条件をすべて終えた俺たちは、すっかり日が昇ったころに森を出た。

結局森ではニコラに再会せずに済んだけど、またフィリナに戻るんだし警戒しとかねーと。


 でも今朝通った関所の門番も、もう当番通りであろう別の騎士に変わっていた。ほんと、ニコラ…あいつ何だったんだ。

このままだと多分、シルの中でニコラは『筋トレお兄さん』で定着していくんだろうなぁ…と思うと複雑な気分になった。


 朝イチとは違い、やっぱり昼間は盛り上がってる。俺たちはまず、以来の達成報告をしに依頼者へ会いに行くことにした。


 まず、魔物討伐を頼んでいたのは魔物討伐協会なる人たち。建物を訪ねると、すぐに受付嬢みたいな人からお礼が貰えた。

ほかにも訪ねてくる人がたくさんいたから、協会はまとめてたくさん魔物討伐以来を出しているんだろうな。


 んで、次はこの町の薬草屋。採取した木の実と薬草はここに渡しに行く。

薬草屋を営業してるのはおじいさん、って感じの人だった。ちょっと厳しそうな感じ。

  

 「すいませーん。依頼、やってきました」

 「…ああ、助かった。ありがとう、これは礼金だ」


 アッサリ。すぐにお金と物を交換する。そのときに俺は、おじいさんに気になってることを聞いてみた。


 「あの。王都の薬草屋を知ってますか?」

 「…王都…ああ、知っている。腕利きの若い薬師だな、話したこともある。確か、名を…」

 

 おじいさんが首をかしげる。俺は目を見開いて思わず叫んでいた。  


 「ヨーウェンさん!ヨーウェン・アンダーソン!」

 「ああ、そうだ。あいつの知り合いか、お前は」 

 「俺、そこでバイトしてたんです!」 

 

 このおじいさん、ヨーウェンさんを知ってるんだ!ああ、ヨーウェンさん、アリシア。元気かな。まだ俺が王都を出て数日しか経ってないけど。

おじいさんが薬棚をゴソゴソと探り、俺に薬草を袋詰めしてくれた。


 「これも何かの縁だ。アンダーソンの知り合いならこれをやろう。アンダーソンによろしくな」

 「毒消しと傷治しの薬草!ありがとうございます、またヨーウェンさんに伝えときます!」


 やったぁ、けっこう薬草って高いから助かる!これもヨーウェンさんのおかげだな。ってか、広いな人脈。

にこにこして俺を見守っていたシルを連れて、ひとまず俺たちは宿に撤収した。 


  

 依頼金の総合、2万G。うーん、もうちょっと欲しいなー。でもこれぐらいなら、わざわざ森に行かなくても今日中に稼げるかもしれないな。

たとえば、町の中で稼げる仕事として、依頼掲示板の依頼をこなすことはもちろん、何かを売るとか大道芸とかもありだ。


 大道芸は楽しいけど、目立つと困るし。売るとすれば…うーん、売れそうなものが思い当たらない。


 宿に掲示してある張り紙を見ていたシルが、俺に話しかけた。


 「ステイト、これはどうかな。娯楽闘技場」

 「闘技場?あ、そっか。この町、午後から夕方まで闘技場やってんのか」


 王都にはないけど、大きな町には闘技場があったりする。昔はガチの殺し合いをやってたけど、今は競技。いろんなルールやカテゴリー別に対戦できる。

うっかり相手を殺しちゃった、ってのは罪になる。あくまで競技と娯楽として楽しむのが目的なんだと。


 そんな闘技場がこの町にもあったんだ。勝てば賞金がもらえるし、負けたら薬草がほんのちょっと貰える。


 でもどうだろう。シルは強いけど、…いいのかなぁ、シルばかり頼って。俺が出ても大して勝てないし。

ちなみに、闘技場に公的所属機関…たとえば神官や騎士が関わるのは原則として禁止だ。出るときは、ただの人間として出ないといけない。

だから例えば、お尋ね者扱いの俺が闘技場で戦ってるのをたまたま騎士団が見てても俺に手を出せない。俺が闘技場の外に出た途端一網打尽、ってのはあるけど。

 

 まぁ、騎士団はああ見えて結構忙しいから闘技場になんか来ないのが常だろうけど。


 参加料金は比較的安い。さぁ、どうしようか。


 「シルはどうする?」

 「僕は出ても大丈夫だよ。久しぶりに対人の実戦をするのもいいかもしれないし」

 「頼もしいなー。じゃ、俺も何か出てみるか」


 これは挑戦だ。いつまでもシルばかり頼ってられないし、俺も強くならなきゃな。俺がどこまでやれるか。

天才盗賊なんて持て囃されても、天才暗殺者ではないんだから戦闘なんて俺は強くない。


 でも追われてるのは俺だし、力を必要としてるのも俺。よっし、やるか!


 「じゃ、行くぞ闘技場!二人で一万稼ぐまで帰らねーぜ!」

 「頑張ろう!」


 そして、昼食をすごい速さで食べて俺たちは闘技場へ向かった。




 …闘技場って、いろんなルールがあるのな。  

 ややこしいから思い返さねぇけど、まず装備品はすべて闘技場から借りないとだめとか。

変装の類もアウトらしい。まぁ、いくら脳筋ニコラでも闘技場なんか来てないだろ。


 でも名前登録は自由。ふざけて変な名前を付けるのもあり、つまりはペンネームみたいなものだ。


 俺は名前にティスと書いた。ステイトがスティ、って愛称になったから、それを逆にいじった。ブナン。

一方、シルはブルーと書いた。お前な。自他ともに認める赤色少年がなんでブルー(青)なんだよ。


 「おもしろいでしょ?」

  

 そしてこの笑みである。もう眩しいよお前の全部が。赤い。俺が無難すぎて泣けてきた。天才盗賊様とでも入れときゃよかった。


 …さて。シルは初級魔法闘士部門に、俺は初級自由部門に登録した。初級は闘技場での戦闘歴10回以内の奴が入れる。

もちろん腕に自信があるなら先に中級から始めても構わない。けど、まずは初級だ。初級は2戦ある。


 2戦とも勝てば賞金がたくさんもらえる。一勝一敗なら一回分ずつの賞金と薬草。2敗すれば薬草セットだ。薬草もいいけど当然勝ちたい。


 この初級ってのはあくまで闘技場での戦闘回数の問題だ。強い新人もごまんといる。シルもその一人のはずだ。


 まずはシルの試合がある。俺は観客席から闘技場を見下ろし、シルの出番を待った。しばらくして鐘の音が鳴り、観客が沸き始めた。

うおっ、テンションあがる!アナウンスが鳴った。




 「それでは本日の初級魔法闘士部門です!4人の応募者、全4試合!期待の新人はいるのかっ!?さぁ、ご注目!」


 すげぇーっ!耳が割れそうなくらい観客が歓声を上げてる!俺も思わず片手をあげて歓声を上げた。


 「まず第一試合はぁ、コレだ!光がすべてを包み込む!光の剣士・シャウター!今回で3回目の挑戦だァ!悔しいぐらいのイケメンーッ!」


 出てきたのは、簡素鎧を身に着けた金髪の背の高いイケメン剣士。モデルとかで人気でてそうだなー。でも、かっこよさならあいつも負けてない。

ヒューヒューと冷やかし交じりの歓声と口笛が響く。そして、アナウンスが続けた。


 「対するのはァ、おっと、こっちも綺麗な坊ちゃんだ!華奢な赤の少年が紅蓮の焔を紡ぐ!火の格闘家・ブルー!赤毛に赤の目、名前はブルーだぁぁっ!」


 ドッ。観客、大ウケ。それに恥ずかしがることもなく、シルがにこにこと手を振っている。でも体格から見たらあの剣士のほうが強そうだぞ?

そんな余裕そうに笑ってて大丈夫なのか…?


 午前でもうシルの強さはよくわかってるけど、対人なら…どうなるだろう。観客が楽しそうに叫ぶ中、俺は思わず真剣に闘技場を見つめた。


 「それではっ、期待の初試合っ!はりきっていこう、レディーッ、…ファイッ!!」


 ―――オオオオオッ!!


 観客の歓声がこだまし、光の剣士は剣に光を、火の格闘家は杖に炎を纏わせてぶつかり合うように走り出した…―――――!





 …早々に結果を言おう。俺の心配は杞憂だった。ほんと速かった。ダダダッ、バシュ、バーンッ、ドガガガガバキン、カーン。終わり。

これ全部、あの赤色王子様だ。やべぇよほんとに。


 シルとシャウターが互いの剣と杖をぶつからせた瞬間、それぞれから炎と光が競うように溢れ出た。眩しさに観客が目を覆った間。

もう何が起きたかわからないけど、突然鈍い音が響いて、炎と光が一瞬強く輝いたと思ったらまたシルが午前やってたように、踊るような打撃攻撃をシャウターにくらわせてた。

 そして最後に、みぞおちに深く一発バキン、と。次の瞬間、シャウターの体はくずおれて鐘が鳴り響いていた。


 あの炎と光がぶつかった後。シルはみんなの視界が奪われることをわかっていたんだろう、俺の勘では多分武器はぶつからせたままふいに相手に蹴りを入れたんだ。

相手はきっと魔法の威力で競って勝つつもりだったんだろうなぁ…。シルは一応、魔法を扱う格闘家に含まれる。足技も普通に使える。

 でも相手側としたら、細身でいかにも運動できなさそうな坊ちゃんから、素晴らしく強い蹴りが来るなんて思わなかっただろう。

 

 隙ができたらあとはシルのターンだ。…シル、今までどんな奴と戦ってきたんだろう。そんなに王族って訓練されるものなの…?俺、コワイ。


 観客一同ぽかーん。すっかりシャウターは倒れてしまってるし、シルは何事もなかったように立ち尽くしている。アナウンスが震え声で入った。


 「こ、これはすごいっ!!今まで2回の闘技場挑戦で優勝してきたシャウターを秒殺…っ!ブルー、これは奇跡の逸材だぁぁぁーーっ!!!」

 

 ―――――ウワァァアアアアアアッ!!


 そして観客大盛り上がり。シルはにこにこーっと手を振り、俺を観客席の中に見つけると杖を持った手を天に掲げてくるんと回して流麗な仕草でお辞儀した。

ぎゃああっ、かっこいいいっ!なんだそれなんだそれっっ!もう俺、シルのファンになろう。

 ブルー、ブルーと観客のコールが始まる。そして俺は思う。いや、やっぱネーミングなんとかしろよ、…と。



 …まぁ、シルの二戦目も言うことはない。アッサリだ。ほんとに。

  

 二戦目は水の魔法を使う斧使いだったけど、相手の大柄な体も、魔法の不利もなんのその。シルは魔法を使わずに勝ってしまった。

単純に近づいて、ババババッ、おしまい。どうやらシルの強さはやっぱり一般兵士レベルとかではないみたいだ。

 ていうか、魔法闘士部門で格闘メインに勝っちゃうシルもどうなんだろう、…とか言っちゃいけないか。


 別の部門に入り、まだ試合まで時間がある俺は観客席にやってきたシルと話をしていた。


 「シル、さっきのすごかったな!俺、やっぱシルを見くびってた」

 「すごくなんてないよ。でも、久しぶりに対人戦闘ができて楽しかった」

 「た、楽し……、お前…おとなしそうに見えてかなり好戦的だな…」

 「うん?」


 うわぁ、本気でかなり楽しかったみたいだ。僅かに首元に見える汗もいっそ健康的。んで相変わらずの穏やかで純粋な笑顔。逆にこえーよ。

シルが時計塔を見て、そっちを指さす。


 「ステイト、そろそろステイトの番じゃないかな」

 「あ、そうだな。もうすぐか…自由部門なんて登録しちゃったけどどうなるか…。まぁ、始まらないと分からねぇよな」

 「応援してるね」

 「あまり期待するなよー。お前みたいに綺麗は戦えねぇと思う」

 「期待してるねー、あはは」


 そう言って、俺はシルを背にひらひらと手を振って控室へ向かった。俺の背中に、のんきなシルの応援の声がかけられた。

シルはスイッチのオンとオフが激しいのか?あんなのほほん王子があのバキメシャドガァッ…うーん、世界は信じられないことで溢れてるな…!




 砂の匂いがする控室で、俺が呼ばれるのを待つ。控室は10部屋用意されてるけど、この部屋には俺しかいない。


 自由部門は、どんな戦闘方法でもいいまさに自由部門。剣士とも格闘家ともいえない俺はここに来るしかない。

つまり、相手の戦い方はほかの部門よりも察しづらいってわけだな。もちろん、それは相手にとっても同じだけど。


 外からウワァァーッて大きな歓声がガンガン聞こえてくる。さすがにビリビリくるな、これは…!

でも俺はどっちかというと戦うのは好きじゃない。だって戦えないもん。あっさり負けたらかっこ悪いなー。


 とか思ってたら外からアナウンスが聞こえてきた。


 「さぁ、本日の初級、最後の部門!自由部門だァァーッ!本日の参加者は7人、さぁ、どんな奴らが集まったのかッッ!?」


 うっひょー。緊張するな。俺、何試合目だ?


 「まずはー、フィリナのギルド、『メルペンサー』の槍使い、ヤイハだぁぁッ!ギルドの中堅、静かな闘志に燃える期待の星!」

 

 コロシアムを挟んだ俺の真向いの場所から、三十路前くらいに見える男が出てきた。長めの槍を構え、それを天に掲げると観客から歓声が沸く。


 「そしてーっ、本日初参戦!気ままな旅の少年・ティス!!小さなナイフで魅せる彼の技に括目ッッ!!」


 括目せんでええわ。てか別にそんな技ないんだけど。…あ、俺か。行かなきゃ。


 扉のない控室を通り過ぎ、闘技場に出る。上の観客席から見るよりかなり広いし、もうワァワァと観客の声が聞こえる。

黄色い砂がひかれた闘技場で、別に俺は相手に注目せずに軽く空を仰いだ。あ、そういえばポーズとかとったほうがいいのか?

俺もパフォーマンスするの?うーん、どうしよう。とりあえずバク転しとくか。そいやっ。


 すると観客の嬉しそうな声が。うおぉぉーッ!俺もちょっと機嫌がよくなる。

アナウンスが続く。


 「さぁ、本日最後の部門の第一試合目だっ、いくぞーッ!レディーッ…ファイッ!!」



 ―――ワァァァアアアアーッ!!


  

 合図とともに観客たちの声がまたボリュームアップする。ビリビリと会場中の空気を揺らすその音を聞いていると、すぐに足音が迫ってきていた。

俺はほぼ反射で避ける。右からくる、んで次はこっち、今度は突きで、その次は多分振り上げだろ?んで、柄の長さを利用して回転したりするんだろ。


 と、相手の槍使いの男がいかにもしてきそうなルートを考えておく。ほぼ同時にそれをよけていき、俺の読みが最後まで狂わず当てはまったことにちょっとニヤつく。

 なっ、やっぱそうやって攻めてくるだろっ!


 で、俺の体をとらえ損ねた槍はまた俺を目指してまっすぐ伸びてくる!それを、俺は。


 ヒュンッ!

  

 「せやぁぁぁあーッ!」

  

 男の気合いのこもった声と同時に、槍が突き出される。その寸前、俺は軽く飛び上がって空へ逃げた。ひょっ、跳びすぎたかっ!

内心慌てたけど、それを顔に出さない。俺は相手を小ばかにしているクソガキだ。ニヤニヤを崩さず、そのまま落下する体を相手の槍の上に落とす。

相手といえば、俺の飛び上がりに驚いてるみたいだ。…まぁ、俺も俺以上に高く飛び跳ねるやつを見たことないけど。


 俺を突こうとして伸びたままの槍の上に、両足をストンとつける。軽業、棒渡りをしているように、俺は槍の上にまっすぐ立った。

 

 へ?と相手の槍使いの顔が一瞬、訳がわからないというように歪む。俺は最高の笑顔を見せて、軽く言ってやる。


 「どーもっ!」

 

 そのままカンカンと数歩槍の上を走り、相手の頭上へ飛ぶ!相手は反応しきれず止まったまま。よーっし、ほんとは逃げるための技だけどやってやるかっ!


 俺の体が空中を側転するように跳ねる。俺の体は相手の視界の真上に来ているから、突然飛び上がって消えたように思うだろう。

相手の頭上に体が来たとき、俺の頭は下に、足は天を向いている。僅か一瞬。くるんと体が回転して足が地面を向いた瞬間、その勢いで相手の背中に強く蹴りを入れる。


 ドシ、と鈍い音が響く。う、と男がうめき声をあげた瞬間、俺は隠しナイフを両手に一本ずつ取り出した。ちなみにこれは競技用だからあまり刃は鋭くなかったりする。


 男が痛みから態勢を整える前に、俺は着地から間を開けず男の背後に音を殺して忍び寄る。

そのまま男の首元に片手のナイフを、そして男が槍を持つ手の甲にももう一本のナイフを背後から突きつけた。

  

 プロならここでもう殺してる。けど俺の場合のコレは、完璧なハッタリ。闘技場でまず人殺しNGだし、俺は人殺しなんてしない。

ただ、相手を動揺させて恐怖を呼ぶのに十分。そして体勢的にもこれで王手!


 「さて、こんな感じか」

 「ひ、ひぃっ…!お前、どっかの殺し屋か…っ!?」

   

 槍使いのギルドの人、完璧に怯えちゃってる。中堅といってもあまり強くないのかもな、この人。

ハッタリだらけの俺でも渡り合えるんだから。俺は相手に敬意をもって、苦笑いにとどめた。


 「俺はただの旅の少年だって」


 小声で言っていると、アナウンスが鳴り響いた。


 「こ、これは一瞬だーッ!相手に深いダメージを与えず、ものすごい速さでポイントをとった!

  そして人間離れしている身軽さはまるで幻でも見ていたようだったっっ!ティス、こいつも期待の新人だーッ!!」


 ―――――ワァァアアアァッッ!!


 ここの観客の喉が心配になってくる。それぐらい、天にいても聞こえそうなほどの歓声が会場にこだました。

なんか、くすぐったい気持ちになる。俺、別に圧倒的な力技を見せたわけでもないのに。

  

 でも、勝てたんだしまぁいいか!次の一戦も、気を抜かねぇようにしないとなぁーっ。




 

 ……結構休憩時間は短い。あれよあれよという間に試合が続き、また俺の番が巡ってきた。

俺以外の出場者は、ただ一人以外はもう全員見た。というのは、今回は7人出場者がいて、くじ引きで運が良かった一人がシードで入ってくる。

 

 そのシードが次の俺の試合相手に当たるらしい。油断できねーな。


 ちなみに、俺以外で勝ち進んだ奴を見ててもけっこう強そうだった。一戦目俺が勝てたのは運が良かったかもしれない…はぁ。


 ま、そんなこと言ってられねぇな。次だ次!誰でも来いーーっ!!


 二度目のアナウンスでのそのそと俺は再び土埃の舞う会場へ出向き、渦巻く歓声に飛び込んだ。うおぉぉっ、うるさっ!


 もうガンガンと響くアナウンスも何を言ってるかわからない。とりあえず俺の紹介をやっているようだ。

で、いよいよ相手が呼ばれる。俺は向かい側の、相手が出てくる控室をじっと見つめる。


 『運よくシード枠を手に入れた、初出場の剣士の登場だァァーーーッ!!鎧の戦士・ラスターッッ!!

  重苦しい甲冑、熱そうな兜にその表情はすべて隠されているッ!!

  その手にある剣はまさに大剣!身長の半分はあるぞっ!!?さぁ、重戦士と身軽戦士の戦いだーーーッッ!!』


 おおっ。すげっ!


 がきん、がきんと金属のぶつかる音を響かせて現れたのは、全身を甲冑に、頭もがっちりでかい兜に埋め込んだ戦士。

けっこう身長もあるみたいだ。防御力はバッチシ、ってとこだけどあんな重そうなのに動けるのか…?


 かといってもこれは俺が不利だ。俺のナイフは鎧に傷をつけられるかどうか…。小さい子供よりも大きいぐらいのあんな大剣の攻撃、くらったら一発で終わりだぞ。

そうかー…。逃げるしかないな。逃げながら、相手が疲れたところを鎧と鎧の隙間を狙って武装解除させる!この作戦だっ!


 俺の頭で作戦がまとまったとき。相手の鎧戦士が馬鹿でかい大剣をぐるんと振り回して会場を沸かせた。ギャー!怖い怖い!物騒!!

しかも意外と速く振り回してる!さすが筋力はあるんだな。どうせ中身はムキムキのオッサンだろうけど…!


 正直あまり勝てる気はしない。けど、あんまりかっこ悪いところ見せられねぇしな。


 『さぁ、軽さと重さ、どっちが勝つ!?これは見どころだぁぁーッッ!!レディー……ファイッッ!!』


  

 ―――ワァァァアアアアーッ!!



 きたあああっ!戦士ラスターがガッションガッション音を立てて近づいてくるっ!あの重装備の割には速い!

俺が思っていたよりもはるかに俊敏に動くその戦士から、俺は後ろっ跳びに避ける。油断してると、鼻先を大剣にかすめられそうだ。


 ブォン、と鈍く風を切る音がすぐ近くで聞こえてくる。そのたびにメシッと地面にその剣がぶち当たる音がして迫力満点!

正直に告白しよう!俺はかなりビビってる!!


 今まではこんな重戦士とやりあうなんてなかった。俺の今までの戦いは、いかに戦わないかに尽きる。

こういうタイプの戦士に俺の攻撃は多分効かない…!


 できれば素早く近づいて、一撃でも入れて感触をつかみたい、けど…。装備の割には驚くべき速さであのラスターは動いてる。

どんだけムキムキに鍛えてるんだよオッサン…!


 逃げ回るばかりの俺にだんだん観客からブーイングが上がる。うっせぇなっ!こんなん当たったらガチで数日戦闘不能になる!


 ええい、なんとかしないと。戦士は疲れを一向に見せない。あの鎧、実は布なんじゃねーの…!?


 でもガッションガションと音が響く。なんとか隙はないか、と俺が窺がった瞬間、会場の小石に戦士が躓いて少しよろめいた!今だ!


 俺はほとんど無心だった。気づいたら戦士のすぐ目前に移動してて、ナイフを胸の鎧の隙間にねじ込んでいた。

確実にある鎧と鎧のつなぎ目の紐、それをぶった切ってまずは武装解除だ!


 確かに手ごたえがあった。でも、俺が腹と胸の鎧のつなぎ目の紐を切ったのと、相手が反応して俺を大剣で弾き飛ばしたのが同時だった。


 ―――ガキン、ギャオッッ!!…ドガッ


  「…つっ!!」

 背中と頭に激痛が走る。戦士は剣で俺を打撃攻撃で弾き飛ばしたらしい。砂の地面に俺は、少し血の味を感じながら投げ飛ばされていた。

くっそ、結構痛い。ぐらんぐらんする頭を強制的に覚醒させ、俺は目を開いた。

   

 すぐに立ち上がり、俺が地面に叩きつけられたときに舞い上がった砂埃に素早く身を隠す。


 それから距離をとり、ラスターを見ると…よかった!胸の鎧が肩から情けなくぶら下がり、腹の覆っていた鎧が地面に落ちてる!

ラスターは胸の鎧もむしり取った。動きにくいのか、肩パットのような鎧も取った。


 自分から武装解除してくれるなんて、いいサービスしてくれるじゃねぇか!


 と思ってた俺に、ラスターはもっと俺を驚かせる。


 なんと、戦士は中途半端に残った腰の鎧、そして籠手や足の防具、揚句は金属製の防御力の高い靴まで脱ぎ始めた!

  

 「…っ、脱ぎすぎだろ」


 そこまで身軽になられると逆に怖くなってくる。バリバリと吹っ切れたように鎧が剥がされ、やがて相手の頭に兜のみが残った。

周りには脱がれた鎧の山ができてる…。あんなのを身にまとってたのか…ゴーレムみたいだな。


 ラスターは鎧の下に、ふつうの動きやすい服を着ている。でもあんなのだと俺の借りてるボロナイフでも軽く切り裂けそうだ。

しかも、太ってると思ってたら意外と細い。


 汗で服が体に張り付き、その体の線を浮き上がらせてる。やっぱりすっごい筋肉!ボディービルダーか何かか?これで初出場て…やばいな。

 

 とうとうラスターは、その手を頭の兜にかけた。顔全てをすっぽりと覆っている兜を、ずるずると引き抜く。さぁ、顔見せだな…!

どんなツラだ、と観客も息をのんでラスターの動きを見守る。



 そして、俺は凍りついた。さっきのどんな攻撃よりも、俺を凍らせる『ソレ』があった。



 にや、と意地悪な笑みを浮かべて、挑戦的に、好戦的に笑う青年。兜に蒸れて汗が顔に流れ落ち、世界の闇を集めたような黒の髪が張り付いてる。

言うところの男前が、兜を投げ捨てながら俺をまっすぐ見て言葉を紡いだ。


 「武装解除に目を付けたのは良かったな。及第点だ」


  

  

 会場は、むさくるしい兜から現れたイケメンフェイスに大盛り上がりだ。割れんばかりの歓声が、ラスター、ラスターとこだまする。

 

 一方、俺は盛り上がる観客たちとは逆に、冷たく流れ落ちる冷や汗を止めることができなかった。…なんでここにいるんだ、


 「…ニコラ…お前か…!」



 ラスター……ニコラ・シフィルハイドは俺に満面の笑みを浮かべた。俺は思わず目を見開き、呆然と立ち尽くす。

…なんで、こんなとこにお前が出てるんだ…!?


 「ステイトっ!!」

  

 歓声に交じってシルの声が聞こえた。シルに返事を返すこともできない。笑んで細められたニコラの目が開く。


 その瞬間。俺はニコラの動きも見えなかった。ただ、突然体中に強く痛みが走って、目の前が真っ暗になって、音が聞こえなくなって…。


 俺の意識は突然闇に沈んでいった。

    

  


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