41 王都への帰還
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「…では、その子がドラゴン…というのじゃな?」
信じられない、という目でシエゼ・ルキスの王…ジギスムント王が玉座の間の隅っこを見る。その視線の先には、さっきからぴょんこぴょんこ跳ねまわってやたら視界に入ってくる小さな姿。
…おい、エルピス!王様がいるのにガン無視して遊びまわってんじゃねぇよ!
何とも言えない無表情でニコラが頷き、その隣にいたジャッテはエルピスが壁のタペストリーを引っぺがそうとしてるのを見て慌てて阻止にかかる。…お、おつかれ…。
ジャッテがエルピスに説教してるけど、そんなのどこ吹く風という感じで涼しい表情の少女…じゃなくて少年!黒の長い髪がふわんふわんと揺れてる。
苦い表情で王のそばに控えていた、第4隊の副隊長であり優秀な文官であるフェイさんなんて、もうそろそろ怒りのあまり泡を吹いて倒れそうだぞ!さっきからずっと睨んでるし!
俺はニコラの少し後ろで報告が終わるのを待っている。城の豪華な装飾が施された窓からは、朝の爽やかな日差しが流れ込んでいた。
この清々しく豪華絢爛で萎縮しちまいそうな城の中でも、エルピスにはまーったく関係ないらしい。俺の方へ走り寄ってきて服を引っ張ってきた。
「ねーぇ、ステイトお兄ちゃん!ボク飽きちゃったー」
「飽きちゃったー、じゃねえよ!だいたいな、王様だぞ目の前にいるのは!こんな装飾品ジャラジャラでチャラく見えたってジイさん口調だって王様なんだぞこの人!」
「おうさまぁ?ボク、そんなこと気にしないもんー。国とか王とか、ボクの知ってる時代じゃ関係なかったもーん」
こんの…!お前の馴染みの時代のことなんて大昔の化石なんだから俺が知るわけないだろうが!…って、国とか王とかが関係ないってことか…?ふーむ、昔の時代の政治はどうなってたんだろう。
って、今はそんな歴史探求してる場合じゃねえんだってば!
顔を上げると、別に何も気にしてなさそうなジギスさんと、もう視線で人を殺せそうなフェイさんが。とうとうフェイさんが叫んだ!
「さっきから不敬です!いくらトルメルやドラゴンといえど、王に対する不敬は許しがたい!」
「よいのじゃ、落ち着けフェイ。それで、今は状況を聞こうかの。エルピス殿、魔法は使えないのじゃな?」
「うーん?そう!なんだかおかしくなっちゃうんだー。だからジャッテお兄ちゃんと約束したの!もうボク、しばらく魔法禁止だって!」
ジギスさんがフェイさんをなだめてエルピスに問うと、ぽーんと軽い声が響く。ふむ、とジギスさんが頷いて笑った。
「では、普通の子供として王都で暮らしたい、というわけじゃな?」
「うん!ジャッテお兄ちゃんと一緒がいい!そうじゃなきゃ怒っちゃう!」
ひえーっ。なんちゅー説得だよエルピス!当然フェイさんの何か言いたげな表情を華麗にスルーして、ジギスさんがジャッテに言った。
「それではケイン、そちにこの子のことは一任する。騎士団の方にもハロルに話を通しておくからの」
「あ、ありがとうございます!」
あ、ケインってジャッテの名字か。誰かと思ったじゃねーか。ハロルってのはあの騎士団副団長だな。ジャッテの嬉しそうな表情にエルピスも話がうまく進んだことに気づいたらしく、やったー!と飛びあがった!
とりあえず、エルピスの今後については心配しなくても良さそうだ。…さて。
「それじゃあ、ラシマやサミラの町についても異常はないのじゃな。そのあたりの報告はまた書類を読むとするかの…。…さぁ、ステイト。そちの話も聞かねばのう?」
王の切れ長の目が光る。俺は一歩前に進み出て、足のアンクレットを見せた。
「これが今回見つけたトルメルの装備。『エスイル』っていう力が込められてて、エスイルは説明書曰く、『何かを目覚めさせたり、癒しの力として使うことができる。魔法で例えると、補助魔法』だってさ」
「ほう。…説明書?」
「あ、この本」
俺は荷物から、持って帰ってきたハニの本を取り出す。王に見せたところでトルメルの言葉は分からないんだし、と俺がいくつか読んで聞かせた。
「トルメルは4つの力、『エスイル』『ラエア』『ヤーヴァス』『リウ』があって、俺はそのうちの二つを使えるようになったってわけだ。残りの二つの力を込めた道具の在り処ももう分かってるぜ!
けど、聖剣を取り戻すのに有益、って感じの情報は残念ながら…」
「…なるほどのう。聖剣の方も、聖セレネや近隣諸国の者たちと話を進めているのじゃが、あまりいい方向には進んでおらんのでな…」
やっぱり残念そうに表情を曇らせるジギスさん。…やっぱり、トルメルの力でどうこうできる問題じゃないんだよな…。でも、可能性があるなら俺はまだ探したい。
俺はもう一歩片足を前に踏み出し、片手を強く握った。
「次は南のコットリア共和国にある『ココムの塔』を目指すつもりだ。もしそこで何か分かったら…絶対に力になる」
「あぁ、コットリアなら問題はないはずじゃ。あの辺りについてもまた調べていくといいぞ。具体的に出発する日が決まったらまた教えるのじゃ、いつでも待っておるぞ」
「ああ!じゃ、俺はさっそく書庫に…」
気前よく言って胸をどんと叩くジギスさんに俺は笑って返事した!そのまま書庫へ行こうとする俺に、ガシィッと強い力が!うおおっ、…え、エルピスてめぇ!服やぶれる!引っ張りすぎだ!
「さっきからお行儀よくしなさいって言ってるだろっ!?」
「ねぇねぇ、お話は終わりなんだよねっ?王都を案内してよ!ジャッテお兄ちゃんとニコラお兄ちゃんはまだお話しすることがあるんでしょー?」
キラキラした目で見上げるんじゃありませんっ!あざとい!確かに、細かい報告は騎士のにーさんたちに任せるから俺もエスケープしようと思うけど…、王都の案内、ねぇ。
ジャッテの方を見ると、目をにっこりと細めて両手を合わせられた。
「昼には報告も終わってると思うから、昼までエルピスに町を案内してやってくれないかぁ?なっ!昼に騎士の宿舎のところに来てくれたらいいからさぁ」
「うーん、…まぁいいか。じゃ、そうするぜ。行くか?エルピス」
他にやることも…うっ、調べ物があるけど…!けど、このタイクツ虫をほったらかしておくと大変なことになりそうだ。ここはジャッテの頼みを引き受けるしかねぇな…。俺がエルピスに手を出すと、すぐに勢いよく握られる。
「行くーっ!やったぁ、王都探検だねっ!」
「いい子にする、迷子にならないように俺と手をつなぐ、困ったことがあったらすぐ俺に聞く!いいな?」
「うんっ!じゃあニコラお兄ちゃん、ジャッテお兄ちゃん!ボク、行ってくるねーっ!」
手をつないだままぴょんこぴょんこ跳ねるのやめろ!手が痛い!けど、心の底から楽しそうにしてるエルピスを見て、俺もされるがままにしといた。フェイさんは険しい表情だけど、うるさいのがどこかへ行くのにほっとしてるみたいだ。
それか俺が居なくなるからか?あの人、やっぱり俺のこと嫌ってるみたいなんだよなぁ。謁見が始まった時もジロジロ睨まれたし…そんなに盗賊上がりが嫌って人いるんだな。
俺たちが外に出る直前、ジギスさんが声をかけてきた。
「そうじゃ、忘れておった!聖セレネに滞在しておるあのアルギークの王子から手紙がきておったぞ!ヨーウェンに渡しておるから、また見ておくのじゃ」
「シルが!?手紙…早く読みにいかねーと。ありがとな、ジギスさん!」
シルからの手紙…!ほんとにあいつ、気配りができるというか…。そうだ、アリシアにエルピスを会わせてみてもいいかもしれない。友達になってくれりゃいいけど…。
城を出て下町への階段を下りている間、ずっとエルピスは俺を質問攻めにしてきた。
「ねぇねぇ、ヨーウェンって誰?アルギークってなぁに?シルって誰?この町、オウトって言うの?変な名前!」
「あーもー、ちげぇよ!ヨーウェンさんは俺の家族同然の薬草屋で、俺が世話になってる人。アルギークってのは隣の国の名前で、シルはその国の王子様だ!俺の友達なんだぜ。
それからこの町はオウトじゃなくて、シエゼ・ルキス王国の王都・シューティヒアだ!分かったな?」
「うん、ヨーウェンがお兄ちゃんのお父さんでアルギークが隣の家の名前でシルがお兄ちゃんの恋人でオウトがシエゼ・ルキスっていうマダムの飼ってる犬でその弟がシュークリームで」
「全っ然違う!何一つ合ってねぇよ!マダムはどこからきたんだ!だいたいシュークリームじゃなくてシューティヒア!」
わけわからん!こいつの頭の中はどうなってんだ…とてもあの威厳あるドラゴンには見えねーよ…。
階段を下り、広場や住宅街を散歩してると町の人にけっこう冷やかされた。『可愛い女の子連れて!とうとう誘拐にまで手を出したか!』とか『アリシアちゃんから浮気してやがる!』とか!
これだから王都民は。俺を何だと思ってやがるんだよ!誰がこんな手間かかる腹黒男の娘なんぞ誘拐するんだよ、それにアリシアは浮気とかじゃなくて妹分!
しかも女の子に間違われてるのに、何故か得意げなエルピス。…この…。カワイイカワイイ言われるたびに、にっこり笑って見せたりして!騙されるな町の民よ…!
「ふふんっ、ボクの可愛さには王都のジェントルマンもマダムもニャンコもワンコもメロメロだよね!」
「お前な」
「あーっ、あっちからいい匂いーっ!ねぇねぇ、あそこは何ー?」
「あれはお菓子屋のカトニエさんのお店で…ってコラ!先に行くなーっ!」
ちょっと待ちやがれエルピス!これ以上お前が店の食いモンを食べ散らかすなら俺にも考えがあるぞ!俺がそんなにタダでお菓子をおごってやるイイ奴だと思うなよ…!
この町の有名なお菓子屋、カトニエさんのお店に猛ダッシュしていったエルピスを追う。ちなみにカトニエさんと争ってるもう一つのお菓子の名店が、この向かいにあるブライジェさんの店で…って、待てこらエルピス!
俺が扉を開けたときには、満足げに幸せそうな顔でクッキーをかじるエルピスの姿が!うおおおっ、行動早い!
「エールーピースー!悪いなカトニエさん、こいつ世間知らずで」
「いやいや、いいんだ!こんなに幸せそうに試食してくれる子、なかなかいないぞ。よぉーし、おじさんもう一つサービスしてあげよう!」
「やったぁー!おじちゃんだぁいすきーっ!」
もうだめだ。子供好きの店主・カトニエさんはエルピスの策の掌の上だ…。まぁ、無料で試食、なら良かった…。
「おいしーい!このカップケーキ最高ーっ!ねぇねぇお兄ちゃん、…買ってくれるよねっ?」
「……あーのーなぁ?お金と言うものを知っているか?」
「うんっ、知ってるよ!けどボク、持ってないから…ステイトお兄ちゃんだって、おじちゃんのカップケーキ…好きなんでしょ?」
うぐぐぐ…た、確かにこの店のカップケーキは最高に最上級に美味い…!お向かいのブライジェさんとこはクッキーがありえない美味さで…『ケーキはカトニエ、クッキーはブライジェ』なんて文句もあるぐらいだ…!
周りの客も微笑ましげに俺とエルピスを見てる。片方は盗賊上がりな子供に甘い平民少年、もう片方は(見た目だけは)すっごく可愛い小柄で細い幼い女の子…。…勝負は見えてる。
俺は泣く泣く財布を取り出してカップケーキ6つセットをお買い上げ。ニッコリ笑ったカトニエさんが陽気に『また来いよ!』なーんて言うから…。エルピスは早くもこの店をお気に入り登録したみたいだ。
その後、また匂いにつられてブライジェさんの店にダッシュしたエルピスに、クッキー10枚セットを買わされたのは言うまでもないよな…!ぐすん…。まぁ、ヨーウェンさんたちへのお土産ってことで…!
市場、学校、時計塔、エルピスの気になったところを次々と巡り、最後にヨーウェンさんのところへ。まだ帰ってきた挨拶はしてない。ちょうど10時の鐘が鳴り、それに重なるように入り口のベルが鳴り響いた。
―――カランカラーン…
「ヨーウェンさん、ただいまー!」
間抜けたベルの音を聞きながら、エルピスを連れて店に入る。カウンターで道具の手入れをしていたヨーウェンさんと目が合い、メガネの向こうでその目が優しく細められる。
「おかえり、スティ君。元気そうで安心した…あれ、その子は?」
「ああ、こいつは…」
紹介しようとつないだ手の先を見ると、ぱっとそれが離される。たたたっと素早くエルピスが走り、カウンターの前の椅子に飛び乗ってヨーウェンさんをまじまじと見つめた。
ヨーウェンさんは突然のエルピスの行動に驚きもせず、人のいい笑みを見せる。
「やぁ、こんにちは。初めまして、だね?」
「…この人、あの城にいた…ハデなのと同じ匂いがするよ?」
「うわー!エルピスお前!すみませんヨーウェンさんっ」
いきなり挨拶もせずに何を!俺は慌てて駆け寄り、エルピスを椅子から剥がして地面に下す。抗議の声を上げるエルピスを、きょとんとした顔でヨーウェンさんが見つめてる。
「…すごいね。ハデなの、ってジギスのことだろうし…兄弟だって分かるんだね。この子」
「えっと…。その。こいつ、ドラゴンなんです。訳あってこれから王都で暮らすことになって」
頭をかきながら説明すると、思わずため息が出る。ハラハラさせやがって…。けど、ヨーウェンさんは驚くことなくカウンターから出てきて、エルピスの目の前でしゃがみこんで目線を合わせた。
「そっか、じゃあ王都の住人になるんだね。僕はここで薬草を売ってるヨーウェン。よろしくね」
「ボク、エルピス!ステイトお兄ちゃんがお世話になってるんだよね!」
「エルピス、お前は俺の何なんだ…。…ま、そんなわけで仲良くしてやってください。アリシアいますか?」
こいつ、ほんとに態度でけぇんだから困る…。俺の問いにヨーウェンさんは階段の方をちらっと見てくすりと笑った。俺がつられてみると…あっ、アリシア。見た目年が近そうな子がいて、ちょっと恥ずかしくて出てこれないのか。
全く…アリシアってばこんなときに人見知りなんて…やっぱり天使か。俺はエルピスに小声でささやいた。
「なぁ、ここに女の子がいるんだ。いい子なんだけどちょっと人見知りでさ、お前と話したいんだろうけど恥ずかしがって出てこねぇみたいなんだ」
「なにそれ?どこどこ?」
「あまり驚かしちゃだめだぞ。ほら、階段のちょっと向こう」
そっと指をさすと、ぱっとエルピスの顔が明るくなった。うおおっ?反応分かりやすい!エルピスはアリシアを見つけられたみたいで、素早くたたたっと階段の下に駆け寄った!
「ねーえ!ボク、エルピスっていうの!キミ、こっちにおいでよ!」
「えっ?え、えっと…」
もじもじとアリシアが大きなウサギのぬいぐるみを抱き寄せる。金髪が揺れて、ちょっとためらってるのが見えた。けど、次の瞬間にはとてとてと階段を下りてきた。
「お、おかえりっ、スティ!」
「おう!こいつな、エルピスっていうちょーっとワガママな世間知らずなんだ。アリシア、仲良くしてやってくれよ?」
「むぅっ、世間知らずとは失礼な!ねぇねぇアリシア!ボクと友達になろうよ!」
俺に、ぬいぐるみを抱えたまま嬉しそうに挨拶してくれるアリシア。うぅーっ、可愛い…!けど、正直エルピスも見た目じゃアリシアとさほど年齢は変わらないご様子…、まぁ、本当はエルピスは誰よりも年上だけどな。
そんな(見た目だけは)小さな女の子組、という感じで…見る分には癒しだ。エルピスが本当は男で、しかも超絶ワガママ世間知らず、ということを除けば、だけど。
エルピスの言葉にアリシアの表情が一気に明るくなった。ぱぁっと目を開き、にっこりほほ笑む。うぎゃっ、天使が…天使が見えるぞ…!
「うんっ!アリシアね、お友達欲しかったの!お友達、なかなかつくれなくて…」
「そうなの?ボクもだよ!この王都で、アリシアが初めての友達!よろしくねっ!」
「よろしく、エルちゃん!」
二人が手を取りあって、お友達の印ー、とか言いながら指切りしてるのがもう可愛くて仕方ない…。隣を見ると、ヨーウェンさんも穏やかな表情でにこにこしてる。
「良かったなぁ、アリシアのお友達が増えたなんて」
「俺…結局お土産買ってこれなかったんですけど、エルピスってことでいいでしょうか?」
「十分すぎるよ。アリシアにとっては何よりの嬉しい出来事だよ」
すっかり仲良くなってしまったらしい二人はきゃっきゃとはしゃいでる。こうして見てるとエルピスがあの腹黒だとは思えないんだよな。アリシアが浄化してるのか?
客用のテーブルの方に行って何やら遊び始めた二人を見ながら、俺はヨーウェンさんに聞いた。
「あの、俺の友達から手紙きてませんか?」
「あ、そうだった!ちょっと待ってて」
カウンターに戻ったヨーウェンさんが、引出しから綺麗な封筒を取り出す。なかなかいい紙でできた封筒に、小さな気品あるシールが張られてる。よく見るとそれは炎をモチーフにしてるみたいだ。
「はい、どうぞ。綺麗な封筒だね」
「こんなところにも気を使うなんて…シルらしいなぁ…」
そっと中身を取り出すと、やっぱり小奇麗な便箋が出てきた。うわぁ、きれいな字!俺の字とは大違いだ!シルからの手紙か…。さっそく読んでみよう。
『親愛なるステイト
さっそく手紙書いちゃった。まだ別れて少ししか経ってないけど、元気かな?僕の方は思ったよりものんびりした毎日だよ。
ルカがいつも口癖みたいに、スティを倒す!って言ってるよ。修行にも付き合ってるんだけど、僕と互角みたいだ。今度ルカに会ったら油断しちゃだめだよ!
それに、僕との勝負の約束も忘れないでね。
僕とルカがずっとステイトの話ばかりしてるから、もう一人の弟フェリーチェやあの使用人のテシアノも、ステイトに会いたいって言ってるんだ。
いつでも遊びに来てね。エリネヴィステ様やアストックさんもいつでも待ってるって!
それと、アストックさんが言ってたんだけど…。どうやら魔族が『魔法の効かない茶髪の少年』を探してるみたいなんだって。ステイトのことだと思うから…気をつけてね。
僕はしばらく聖セレネから外へは行けないから直接力になれないけれど、ずっとステイトが無事にいられるように祈ってるよ。
また手紙を書くね!どうかお元気で。』
最後に、綺麗すぎて読めない流れるような文字がある。うーんと、…シルヴェスタ・ネフィア・アルギーク、か!こいつサインも美しい…!
手紙を読んでると、シルの声で頭の中に再生される。のーんびりしてて、それなのにしっかりしてて安心する優しい声だ。例えるなら、暖炉の火のような温かさがある。
その内容もまた内容だな。つか、ルカさん…まだてめぇは俺を倒すなどとぬかしておられるのですね…。よし、返り討ちにしてくれる。けどシルと同等の強さなら…おっと!これ以上は考えるのをよそう。
けど。俺は手紙の最後の方にもう一度目を通した。
『魔族が、』
俺を探してる?…でも、魔法の効かない体質はトルメル以外にないし、俺は立派な茶髪。条件に当てはまる。魔族が俺を探してるとすれば…どうするべきだ?
「…うーむ、めんどくせ」
「ダメだよスティ君、返事はちゃんと書かないと」
「あっ、それはもちろん喜んで書きますよ!」
俺のつぶやきにヨーウェンさんが返してくれるけど、そうじゃないんだ。当然シルへ返事は送る!今日中に俺の近況とかを書いちまおう。
まだ俺の出生、そのほかゴチャゴチャした事情はヨーウェンさんには伏せている。いつか話そうとは思うけど、どうしてかそんな気が起きない。
だからヨーウェンさんに、俺が魔族に追われてる、なんて言ったら心配されるだけだ。下手したら、ヨーウェンさんに被害が及ぶこともある。
…うむむむ、やっぱりめんどくせ。それにしても、俺がトルメルだって知ってる魔族は少ないのに…誰が情報を広めたんだろうか。俺はカウンターの前の椅子に座り直して頬杖をついた。
ちょっと考えよう。まずアストックはないな。魔族との情報網があったとしても、あいつは魔族側というより聖セレネ側。見てた限り、エリネヴィステさんに絶対の忠誠を誓ってるみたいだし。
それから砂漠から来た風の魔法使い、シャハン。前に渓谷の近くで会った時、俺がトルメルだって話したけど…秘密にするって約束してくれた。シャハンは約束を破る奴には見えなかったし…。
じゃあ、あのオネエ魔族ロザクオレしかいない!あいつは俺の魔法が効かない体質を知ってるし、けっこうペラペラ周りの奴に喋りそうだ。…ロザ…まさかお前か…!
他に魔族の知り合いもいないし、多分ロザだ…そう思うとあの薄紫のウェーブロング髪がもやーっと頭の中に浮かんできてイラッとする。そういや、あの魔玉を議員の屋敷から盗み出す手伝いをしたとき、俺は忘れ物をした。
あのとき、魔玉奪還に成功したらロザは『魔族のコイン』をくれるって言ってたけど、忙しかったし俺も受け取るのを忘れてた。貰っとけばよかったな…それがあれば、別の魔族と出会っても逃げられるかもしれないのに。
魔族のコインは人間が持っていることのないはずの物。それを持つ人間は、なにかしら魔族に関わりがあるから、下手に低級魔族はコインを持つ人間には手出しをしないはず、というのがロザの見解だったけど…。
結局俺がロザからもらったものは、変装の服だけ。あの服は俺の家というか部屋の棚にしまいこんでるし、これから役に立ちそうもない…。くそっ、後で売り払っとこう。
がた、と立ち上がるとちょうどヨーウェンさんがティーカップを持ってにっこりしていた。
「考え事は終わったのかな?じゃあ、皆でおやつにしようか。スティ君の持ってきてくれたお菓子、皆で食べよう」
「おやつ!やったぁーっ!アリシア、行こう!」
「うんっ、エルちゃん!」
ヨーウェンさんの言葉にちびっこが猛ダッシュでカウンターの中に走り寄って跳ねる。にこにこする3人を見てると、小難しいことを考えるのが馬鹿らしくなってきた。そうだぞ、今の俺にはお菓子が大事だ!
「よし!まずはおやつだ!アリシア、エルピス、はしゃいでティーカップ落とすなよ!」
「はぁい!」「分かってるよぅ!」
うんうん、考えるのは後だ!久しぶりの王都名物な『ケーキはカトニエ、クッキーはブライジェ』を満喫することにした俺は、元気なアリシアたちの返事を聞いてティーカップに手を伸ばした。
…うおおっ、やっぱ美味いーっ!どこの菓子屋もカトニエさん、ブライジェさんには勝てるまい!思わず緩む頬を引き締めることもできない…!やっぱり王都は最高だな。
俺と同じく、おいしーい!と歓声をあげるエルピスを見ながら、こいつがもっと王都を好きになってくれたらいいなぁと俺は頭の隅っこで考えていた。




