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ルキスの剣  作者: 夜津
第二章 トルメルの子
40/131

37 渓谷の子供

 

 ビュオーウ、と風が唸りをあげて吹き抜けていく深い谷を、俺は崖ギリギリの場所で見下ろしていた。ひえーっ、たっけー!谷底までだいぶ距離がある!

面白がって身を乗り出していると、後ろからのんびりとした声が聞こえてきた。


 「スティ、落ちるよぅ」

 「大丈夫大丈夫!…ここからも下りられそうにないな」


 頃は昼。俺たち一行は魔物との戦いを交えながら赤い大地を駆け抜け、とうとうグラーバス渓谷を目前、というか眼下にしていた。けど、なかなかこの大地の裂け目みたいな谷に踏み入る足場を見つけられず、うろうろしてる。

もうバターになるぞってぐらい歩いて、なんとかなだらかなところを探してるんだけど…小石が多かったり、岩がギッザギザだったり、とにかく苦戦してる。


 遠くを見に行っていたニコラが、視界を遮るものもない荒野を谷に沿って歩いてきた。


 「こっちだ。ちょうどいい坂になっている場所がある。そこから下りられるだろう」

 「はーい、行こうかぁスティ!」


 振り返ったジャッテの片眼鏡のレンズが、吹き付ける砂交じりの風に襲われて砂だらけになっているのを見て、俺は苦い笑みを返していた。拭けよ!それか外せ!



 昨日の夜和解した俺たちは、もう引きずることなくこの先を目指す。何も俺に追及しない二人がとても頼もしくて、強くて…。俺はまだまだ追いつけないんだな。考えるたびに胸の奥がじゅうっとした。



 枯れ木が岩壁や乾いた足場から槍のように飛び出しているのを見ながら、俺は黙って足を動かす。二人もときどき、後ろを歩く俺を振り返ってくれるだけで静かに歩いた。ザクザクと地面を踏む音だけが谷に響く。

最初は細い下り坂だったけど、だんだん幅が広がってきて歩く余裕が出てくる。たまに丸い小石を踏んづけてツルッとこけそうになる以外は、魔物も出ないし順調だ。


 しばらく黙々と乾いたそっけない渓谷を下り、だいぶ崖のてっぺんが遠くなった頃。開けた場所で俺たちは砂の地面に腰を下ろした。


 「あーっ、疲れた!足場悪すぎだ!俺、何度こけそうになったか…」

 「ここでこけたら痛そうだなぁー」


 ジャッテと俺が水を飲みながら地面を見る。ぽた、と水筒から零れた水が乾いた赤いごつごつの地面に吸い込まれてあっという間に乾いてく…。乾燥地…。そりゃ植物も育たないな…。

けどこの渓谷、今は涸れてるけど元々谷底は川になってて水が流れてたみたいだし、枯れ木があるってことは木が育ってた時代もあったんだろうな。元々は豊かな土地だったのかも。

 

 あぁー、と言いながら消えていった水を見ていると、キューン!と高い大きな音が聞こえてきた!何の音だ!?慌てて上を見た瞬間、ゴワッと大きな影に日の光が遮られる!


 「う、うおおおっ!?」

 「…隠れろ!そこの岩場だ!」


 ニコラの緊迫した声に慌てて近くの岩場の陰へ飛び込んだ!すぐにニコラとジャッテも岩場にそれぞれ張り付き、身を隠してからそっと空を窺がう。


 ……、なんだ、あれは?


 大きな影は谷の上を飛んでいく。この谷の幅より少し小さいだろう、ってぐらいの大きさの影。つまり…規格外にデカい!ま、まさかあれが…!


 「ドラゴン…!?」

 「だろうな。あんなのが他にもいたらと思うと…」

 「だなぁ。…でっかいなぁー」


 ちら、と二人を見ると、ニコラは口元を僅かに歪ませて不敵に笑いながら見上げてる。反対に、ジャッテはおでこの手を当てて呑気に虹でも見てるような表情で見上げてるし…。

バサアッ、と音を立ててドラゴンが去っていく。影が動き、俺たちのいる岩場も光に再び照らされた…と思った瞬間!おっそろしい勢いの風が吹き抜けた!


 「うおーっ!!なんだこの風!」

 「ドラゴンの飛んだ風圧か…!お前ら飛ばされるんじゃねえぞ!」

 「ごめーん自信ないなぁ」

 

 俺はちょうど風の当たりにくい場所にいたけど、ジャッテがのんびり言いながら今まさに風に吹き飛ばされそうになってる!ニコラと俺が慌てて手を伸ばしたとき、ジャッテが片手を挙げて叫ぶ。


 「壁を作れ!バリア!」


 ―――カキンッ!


 「これで大丈夫さぁ」

 「何が大丈夫だ!てめぇだけバリア張りやがって!」

 「ズルい!補助魔法使いズルい!」


 ジャッテの魔法が発動してジャッテの四方八方だけに見事に透明な壁ができた!ふぅー、って中でくつろいでんじゃねぇよ!俺とニコラ飛ばされそうだぞ!

俺はたいして無い筋肉を総動員してなんとか岩にしがみつき、やっとこさ止まった風に悪態をついた。


 「ったく!なんだよあの風!舐めやがって!」

 「舐めてないと思うよぅ」

 「一番舐めてるのはてめぇだジャッテ!全員保護しやがれ!」


 のほほーんとしながらバリアを解いたジャッテに俺が怒鳴ると、えー?みたいな顔でジャッテが口をとがらせた。


 「疲れるし…俺は信じてたんだぁ!きっとお前たちなら…自分の力で大丈夫だってなぁ!」

 「爽やかに言ってんじゃねぇーっ!!」


 キリッと言うな!ニコラがジャッテの頭をスパンと叩きながら岩陰から出る。うっ、いい音だ…。ニコラが呆れた顔で、荷物を背負い直しながら言った。


 「そろそろ行くぞ。今ならドラゴンが散歩に出ているというわけだ。さっさと谷底について洞窟とやらを探すぞ」

 

 へいへい。俺は頭を抱えて沈み込むジャッテの肩をポン、と叩きながら、再び渓谷の底へと足を踏み出した。はぁー…まだまだ長い道のりだ…。



 

 カツッと小石を蹴飛ばす。ころころと小石は荒れた岩だらけの地面を転がり、動きを止めた。

 俺たちは今、長い坂道を下り終えてとうとう谷底についていた。かつては大きな川が流れてたんだろうけど、もう今はごつごつしてる岩や砂が積もってるばかりの荒れた道だ。

はるか頭上に大地の裂け目の崖が見える。あんなところから降りて来たのか…!よ、よく歩いたよ俺…!

 

 「それで、谷底に着いたのはいいが。…右と左、どっちへ進むんだ?」

 

 ニコラの声に俺はうーん、と首をかしげる。そうなんだよ、こっからどっちに行くか…なんだよな。一本道で左右へ続く道の先のどっちに俺が目指す洞窟があるのか…分からない。

こういうのってトルメルの道具が教えてくれるんじゃねーの?と思って指輪を見ても、うんともすんとも言わなければ光ったりもしない。


 「…3人だしさ、多数決にしねぇか?」

 「お前がいいなら」

 「それ以外になさそうだもんなぁー。俺はどっちにしようかなぁ」


 岩壁を見つめながら、俺はどちらにしようかな~と指を左右に振り続けている。ジャッテもコイントスを始め、ニコラは両手で一人じゃんけんを…ってニコラ、絶対にあいつ馬鹿だろ!その発想はなかった!

ボケキャラに走り始めたんだな…と俺がぬるい視線をニコラに気づかれないように送りながら、指を振り続けてると。


 『ヤァッホーッ!』


 …うん?何か、このごっつごつしててところどころで魔物がチラチラみえるような渓谷には似つかわしくない高い声が聞こえた。…誰?


 『お兄ちゃんたち、何してるのぉーっ!?』


 …だ、誰さ。このたっかいキンキンした声。どこからだこの声…と俺たちはきょろきょろ見回す。楽しそうでケラケラした声がどこか上の方から聞こえてくる。


 『上だよーっ、上ーっ!』

 

 上?と、俺が上を見上げたとき。おっ?何か降ってきて…って待てよオイオイオイちょっと待てちょっとぉおおおっ!?


 ―――ボフンッ!


 い、痛ぁぁぁぁぁっ!何か上から楽しそうな笑い声をあげながら降ってきたやつが、俺の体を下敷きにしやがった!俺の体は潰されて、熱を帯びてる上にゴツゴツしてる岩の地面に沈み込む。


 「お兄ちゃんナイスキャッチ!」

 「上から降ってくるとかてめぇ一言告げてから来いよ…!」

 「言ったよ、上だよーっ!って!」

 「言うのが遅い!」


 きゃははっ!と俺の上で笑うのを辞めろ。つか、誰だコイツ?地面に伏してる俺は上に乗ってる奴のお顔も拝見できない。退けよ!

しかしそんな怒鳴り声に怯むどころか更に面白がるそいつは、どうやら小さな子供らしい。ジャッテののんびりした優しい声が聞こえる。


 「君、どこから来たの?こんなところにいたら危ないと思うんだけどなぁ」

 「ボク、ここに住んでるんだもん!危なくなんかないよーっ、それよりお兄ちゃんの方が危ないと思うよーっ。…うわ、腰、細…」

 「…」


 ジャッテの沈黙、だと…。ニコラがぶふっと一瞬笑いをこらえられなかった様な声を上げた。心底呆れた、と言う感じで『腰、細…』と言ってのけたそいつが、まだ俺の体の上に乗って動かないまま続ける。


 「そっちのお兄ちゃんも…あっ、イケメンだった!キャーかっこいい!」


 ギリィッとジャッテの歯ぎしりが聞こえる。お前ら何やってんだよ。最後に、俺の腰がドズン!と勢いよくチョップされた!いてぇ!


 「あぁっ、お兄ちゃんごめんね!座り心地が良くって!ここ!この窪みっぷりがボクのお尻にジャストフィット……うわ、腰、細すぎ…」

 「…いいからそこをどけぇぇぇっ!」


 なんなんだこいつはぁぁぁ!!ブフッとジャッテとニコラが同時に吹き出すのが聞こえる。てめぇら後で覚えとけよ…!よいしょ、とのそのそ俺の上から退いたそいつを、俺は体を起こして思い切り睨みつけた!


 に、睨み…あ、あれ?女の子じゃんか。


 砂埃にまみれてるし、黒い髪の毛も伸ばしたままバッサバサ。あちこちがはねたり、からんだりしてるし…。けど、長い睫も大きなくるんとした目も、ボロボロの服から覗く細くてしなやかな足も…。これ、女の子だよな?

てっきりボクとか言うからクソガキンチョ坊主だと思ったら…。年齢はだいたいアリシアぐらい。って、こんなちっちゃい女の子が何故こんなとこに!


 「あーっ、お兄ちゃん可愛い顔!ほっぺすべすべー」


 突然その子が俺の傍に駆け寄って頬を両手でザラザラ撫でる。何すんだよ!可愛いってそんな評価いらねぇ!せめてカッコイイにしてくれ…って、この子。肌、ガサガサじゃねーか。…こんなとこにいたら、そりゃこうなるよな…。

俺がその手を取ってまじまじと見つめてると、そいつがキャッと声を上げる。


 「そんなにボクの手を見てくれるなんて…ひょっとしてボクに惚れた?」

 「俺の思いやりと憂いの心を返せ」


 もうやだ!なんだよこの子!さっきから笑いこらえてるんじゃねぇクソ騎士二人組!グルンッと俺が馬鹿騎士を振り返った時。


 ―――かぷっ!


 ……ん?


 「お兄ちゃんのほっぺ美味しそう!食べていい?」

 「お前お前お前ちょっと待てちょっと待ってオイちょっとお前お前お前様な、ななっなななな何をををををっっ!!?」


 ほ、ほほほほほっぺかじられてるんですけど!う、飢えてるコイツ飢えてる!そうじゃない、ほほ、ほ、ほ…ほっぺ!?ブッフッとジャッテが崩れ落ちた!お前後で絞めるからなぁぁぁっ!!


 「いっただっきまー」

 「やめろダメだストップ!!ストーップ!!は、離せ!」

 「うーん?聞こえなーい。やめてくださいエルピス様、で許してあげる!」

 「ふざけんなてめぇあいたたたた!歯いてぇよ分かった分かった!やめてください…えっと誰だっけ?」

 「エルピス!」


 怒ったようにその子が離れる。よ、よかったーって歯型ついてんじゃねぇか!

 

 エルピスと名乗るちびっ子が腰に手を当ててふんぞり返りながら言う。


 「ボクはエルピス!この渓谷で暮らしてるの!お客さんなんて久しぶりーっ!えっと、イケメンのお兄ちゃんと腰細いそばかすお兄ちゃんと、…かいわれだいこん…」

 「だぁれがカイワレダイコンじゃぁあああ!てめぇ見たことあるのか!こんなとこに住んでてカイワレダイコンなんぞ見たことあんのかぁぁぁ!!」

 「…あそこの草をボクはカイワレダイコンと呼んでるんだよ」

 「あそこの草って…ほ、細っ!つか枯れてるし!本家カイワレより細っ!」


 エルピスの小っちゃくて痩せた手がそっと岩陰を指さす。そこには枯草がしなびてた。…おいおいおい待てよあれを俺だと!?くっそ、女の子には優しく、という俺の独自ルールが壊れそうだ…!えっ?ユハのルマにもあまり俺は優しくなかったって?あれはルマが生意気だから仕方ない!


 「つか!お前、なんでこんなとこに住んでるんだよ!普通の人が住めるところじゃねーぞ!」

 「だよね。ボク、お腹空いたんだ。何かちょうだい!」

 

 …むぅ。そんな腹黒トークを見せられた後で可愛い無邪気な顔されても困る。俺はニコラとジャッテを振り返った。貴重な食料だけど…。ジャッテはまだ笑ってるし、ニコラはもう呆れてる。

いいや、あげちゃおう。それでエルピスがおとなしくなるならそれでいいか。


 パンを渡すと、すっごく美味しそうに食べた。は、速っ!この食べっぷりは盗賊時代の俺並みだな。


 「…ぷはー!美味しかったー!ありがとうカイワレお兄ちゃん!」

 「ちげぇよ!ステイト!」

 「ステイトお兄ちゃんって言うのかー。そっちのお兄ちゃんたちは?」

 

 変なあだ名付ける前に名前を聞けよ!ニコラとジャッテが軽く自己紹介したのを聞いて、満足げにエルピスは笑った。


 「うん!覚えた!…それで、お兄ちゃんたち何でこんなところに来たの?ボクぐらいだよ、こんなところに住んでるのって」

 「お前こそなんで町で暮らさないんだよ」

 「…町は嫌い。ボクのことはいいの!もしかして…ドラゴンを?」


 エルピスは少し声を潜めた。一瞬苦そうな顔をしたけど、俺が聞き返す間もなくエルピスが真面目な顔をした。けらけらと小ばかにしたような笑みをなくし、真剣な表情でエルピスが俺たちを見上げる。

ビュオ、と風が吹いてエルピスの髪をばさばさ巻き上げた。…渓谷のことはこの子の方が詳しそうだ。俺は事実を話すことにした。


 「俺たちはドラゴン目的で来たんじゃなくて。この渓谷の最奥に洞窟があるはずなんだけど、そこに俺の探し物があるんだ。それでどうしても見つけなきゃいけないから来た」

 「へーぇ。ボク、知ってるよその洞窟。けど、ドラゴンが住んでるよ」

 「知ってるぞ。しかも、ドラゴンって最近、人間をよこせって町に怒鳴りに行ってたんだろ?けど、俺はどうしてもその探し物を見つけないとダメなんだ」


 エルピスがハッ、と顔を上げた。けど、すぐにうつむく。ぼそ、と小声で言った。


 「そっか…ドラゴンに、会いに来たんじゃないんだ…」

 「へっ!?…だ、だってさ。ドラゴンは…人を食うために渓谷へ人間を呼んだって聞いたぞ。誰も来ないなら攫う、とか」

 

 あんなに元気だったエルピスがすっかりしょぼくれてしまった。けど、俺の慌てた言葉に、キッと力強い顔で言い返す。


 「そんなんじゃないもん!ドラゴンって、そんなんじゃない…!」

 「…え…?…お前、ドラゴンのこと…知ってるのか…?」


 突然激しく言い放ったエルピスに、俺はびっくりした。ちょっと振り返ると、ニコラたちも黙って話の先を待っている。少しの沈黙の後、エルピスが言った。


 「…よく知ってるよ。いっつも一人ぼっちなんだよ。遊び相手もいなくて…、皆怖がって逃げちゃうんだ。だから、寂しいんだよ」

 「でも、人を食うんだろ…?」

 「違う!そんなこと、しないのに…」


 涙目でうつむいてしまったエルピスに、俺は慌てた。な、なんだよ!町で聞いた恐ろしい感じとは全然違うぞ!エルピスの話だと、なんか寂しそうな感じみたいじゃねーか!

やっぱり渓谷に一人で住んでる者同士、エルピスはドラゴンにシンパシーでも感じてるんだろうか。もしかしたら、友達なのかもしれない。


 「ご、ごめんな。…俺も、会ったことない奴のこと、勝手に悪く言っちまったな。ごめんな、お前…そのドラゴンが大切なんだな」

 「……。別に、そうじゃないけど…。ま、いいや!…洞窟に、行きたいんでしょ?ボク、案内してあげてもいいよ!」


 エルピスが、くるっと背を向けて後ろ手を組む。その向かう先には、谷の荒れ道が続いている。俺はニコラたちに目で聞く。これ、ついてってもいいのか?

ニコラとジャッテは察してくれたみたいで、一度顔を見合わせたけど頷いた。…よし。


 「じゃ、頼むぜエルピス!ありがとうな」

 「ううん!お礼はガッツリ貰うよ!」

 「強かだなお前!」


 またエルピスが振り向く。そのときにはもう、あの人を小馬鹿にしたようなケラケラしてる笑顔に戻ってる。と、そのとき。谷に突風が吹いた!おっと、ってうわわ、目に砂入った!

目をこする俺は、砂が取れて目を開けた。まだ風は吹き、ばさばさと俺たちのローブやマントを揺らす。


 そして、俺は見てしまった。前を意気揚々と歩き出したエルピスのぼろぼろのローブが勢いよくはためくのを。その上半身が、ローブの下は裸だったことを!う、うわあああっ!!?

 

 「おっおおぉぉおっ!?だ、大丈夫!セーフだ!俺は何も見てない!」 

 「な、何を言ってるんだステイト…」

 「お、俺も何も見てないからなぁ!セーフだぁ!だ、大丈夫!」

 「ジャッテ、お前まで……一体何を、ってうおっ!?おっ、おい、いや、だ、大丈夫だ!俺も何も見ていない!」


 慌てふためく男三人。い、いや、だってさ!いくらまだ小っちゃくても発育途中でもこ、こ、ここここの子、女の子だろ!は、ハダカなんて見てねぇぞ!誓う!あ、やっぱ誓えない!み、見なかったことに、


 「何慌ててるの、お兄ちゃんたちってば!…ボク、男だよ?」


 「……おファッ!?」

 「……やばいなぁ、俺、耳の中に砂が入ったかも。ニコ、ちょっと俺の頭叩いてくれない?」

 「……悪い、俺の耳に石が入ったらしい。ジャッテ、同時に叩くぞ。いいか?」


 バシッバシッと叩きあっている馬鹿騎士は放っておこう。俺は突然の爆弾発言のエルピスを凝視した。エルピスが振り返って、バッ!とローブを全部たくし上げた!うわあああ!!


 「ね?男でしょ?あ、上じゃ分からないか。下も脱ごうか?」

 「おやめくださいエルピス様!まじでやめてください!よぉく分かりましたからご自重を!」


 め、目の毒だ!平然と、腰にスカートのように巻きつけている布まで脱ごうとするエルピスに俺はしがみついて懇願した!こ、こんなの詐欺だ!ど、どう見ても女の子ですほんとうにありがとうございました…ええええ。

紛らわしいことこの上ねぇぞ!やたら高い声、体のラインを隠す服、長い黒髪、まつ毛の長い大きなクリクリの目、荒れてるけど細くてしなやかで綺麗な手足…。騙された!


 「…じゃあ何か?俺は男に頬をかじられたのか?いいのか?俺はそれでいいのか?」

 「何ぶつぶつ言ってるの!ステイトお兄ちゃんって独り言多いとかよく言われないの?」

 

 そしてこの毒舌っぷりである。


 こ、こ、この…!ニヤニヤしながらこっち見るな!つか後ろでバシバシうるせぇんだよ馬鹿騎士共!いい加減現実を見やがれ!ジャッテがふらふらしながらエルピスを見た。


 「お、男…?」 

 「うん。正真正銘」

 「…これは騙される。釣られた」

 「…」


 一方。ニコラはもう無表情だ。なるほど、こいつは自分の不測の事態が起きると無表情になるんだな。


 「別にボク、性別にこだわらないよーっ。可愛いものは可愛い!かっこいいものはかっこいい!それでいい!」

 「じゃあ仮に俺がナイスバディの女の人だったとして、お前は俺の裸を見たいと思うか?」

 「ボクあまり…ないすぼでーさんは趣味じゃなくて…えへへ」

 「そうですか…」


 もういいよ別にエルピスが男でも女でも…。とりあえず、俺は見てはいけないものを見たわけではなかったと証明されただけで十分だ…。

再びローブをしっかり着こんでエルピスが歩き出した。俺たちは顔を見合わせて、脱力したようにげっそりと息を大きく吐いてからその後に続く。


 「あと数時間歩けば着くと思うよ!夜はボクの寝床に泊まっていったらいいからね!」


 険しい足場をぴょんぴょん跳ねるように、身軽に進むエルピスを俺たちは追いかけた。谷底にいると日の位置も見えなくて、時間の感覚も狂ってくる。今、何時くらいなんだろうか…。


 そしてその道中、俺が驚いたのは魔物が一匹も襲ってこなかったということだ。坂道を下っていたときは魔物にとっても足場が悪すぎたんだろうと思うけど、今は比較的平坦な道だ。

その上、十分に岩や障害物があって、俺たちを襲うのにはちょうど良さそうなもんなのに。


 ときどきチラチラと、岩陰や岩壁の窪みから魔物や獰猛そうな動物が顔を出しては、すぐに俺たちを見て怯えたように戻っていく。俺たちの何倍もの大きさがありそうな魔物でさえ、だ。

なんかおかしいよな…。普通に戦えば俺たちもかなり苦戦しそうな魔物ばっかりなのに。


 そんなもの見えてないように元気に進み続けるエルピス。もしかしたらだけど、エルピスがドラゴンの友達だとするならエルピスを襲うとドラゴンが逆襲したりするのかも。

俺は複雑な気持ちで歩き続けた。ときどき休憩したり、雑談を交わす以外はドラゴンのことも追及できずじまいだ。


 ―――ドラゴンって、どんなやつなんだろう?


 俺は、その気持ちが不安や恐怖から純粋な興味へと変わっていくのに、まだ自分では気付けなかった。



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