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ルキスの剣  作者: 夜津
第一章 聖剣の喪失
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2 王都を出て

 真っ暗な地下通路をかなり走り、王都の真西にあたる場所まで来た。地下通路は俺が今いる場所で行き止まり。

この上にある扉を開ければ、東西南北の四方向に外への門を構えた王都の内、西門から出ることができる。


 …でも俺にとってはここからが難関だよな。

  

 確か、占い師はかなり力が強くないと特定の人間を探したり追跡することはできないらしいから、まだ騎士たちは俺がどこに潜んでるのか知らないはず。

でも王都から外に出るのは4つの門のうちどれかを通らないといけない。しっかり封鎖されてるだろう。


 …困った。どうすっかなー。


 ヨーウェンさんからもらった鞄をあさり、何か使えそうなものはないかを探してみる。うーむ、……お?

  

 「…ヅラ、だよなコレ」

  

 黒髪ロングのヅラが入っていた。ヨーウェンさん…用意がいい…!

これで変装してけってことだな。俺の服装は体がすっぽり隠れる冒険者用のローブ、さらにフード付き。

つまり見た目はだいぶ隠せる。言葉がしゃべれない風を装えば、ヅラだけでも十分難を逃れられる。まだ盗賊やってた時はよく使ってたなぁ、女装。


 …いや、先に言っておくと女装癖はないからな。 


 ちょっと目つきの悪い、しゃべれない女ってぐらいには変装できる。軽くヅラをかぶり、フードとローブをしっかり着込む。

さらに、しゃべれないことを装わなければならないので何か文字を書けるものを探さなきゃ。


 この手の変装は何度もやっているから、学のない俺でも文字ぐらいは書ける。ちょうどよくノートとペンが入っていた。ヨーウェンさんは神か。

さて、これでいけるわけだな。


 西門付近はスラム街が近く、あまり人が通らない。これもまた好機…!

上から聞こえる足音などが聞こえなくなった瞬間。


 ガチャ、スッ、パタン。


 「…誰もいないな」

 素早く扉を開け、地上に出て素早く閉じる。幸いにも辺りには誰もいない。遠くを見ると騎士たちが忙しそうに駆け回っているのが見える。

もっと騎士が増える前に逃げねーと。


 ノートとペンはちゃんと持ち、フードを深めにかぶって俺は西門へ歩く。やはり西門は騎士が2、3人体制で構えていた。

でもどこかやる気がない。まぁ平和ボケしちゃってるもんなぁー。


 あまり人も混んでいない。すぐになんとかして通れそうだ。


 さりげなく近づき、若く良心的そうな表情の新米らしき騎士君に、あらかじめ書いておいたノートを見せる。

  

 「お、いかがいたしましたか?…ん?あ、失礼しました、お話しできないんですね」

  

 こくこく、と頷く。わりと小柄な俺の体型だと、ちょっと騎士君を上目づかいに見ることになる。

 

 『すみません、私言葉を話せないんです。門を通りたいのですが』


 「ああ、わかりました。今ね、ちょっと人探しをしてるんですよー。なんでも、王家の宝を盗んだ奴がいるらしくて。

  まぁその盗んだ奴は男らしいんで、お嬢さんには捜査は関係ないっすよ!

  お嬢さん、独り身?門の外は盗賊も魔物もいるんで気を付けてくださいねー」

  

 俺、こくこくと頷き、にっこり微笑んでから感謝のジェスチャー。他の騎士もちらっと見るだけで気にしていない。

騎士君がバイバーイと笑顔で手を振って、通ってくださいのポーズをとる。すたこらとその前を通り、あっさりと俺は門をくぐった。


 ―――ザル警備にも程があるだろ…。

  

 普通は身ぐるみ剥がしてでも調べるものだろ。まぁ、この騎士たちもあまり実感がないというか、サボリモードなのか…。

でも俺にとっては幸運。王都から外に出たことはないけど、気を引き締めていかなきゃな。

 ごつい石造りの巨大な門をすたすたと歩き去り、俺は王都を抜け出した。




 目の前にまず広がったのは草原。馬車が通ったりするために道は草が生えていないぐらいにはなっている。

地図によると、このまま道に沿って歩いたらいくつかの村にたどり着くらしい。


 つっても、このシエゼ・ルキス国は大陸一の規模を誇る大国だ。西へ行けばすぐに目的地である隣国・聖セレネ王国に着くわけじゃない。

順調に行っても、徒歩なら一週間はかかるだろう。馬車で五日ってとこか。

 もちろん馬車を借りる金はない。トボトボと歩くしかないんだよなぁ、…うーん、道のりが長い。


 さらに、道中魔物に出くわしたり、盗賊、また追っ手に騎士団と来られては予定も狂う。一週間以上は安心できなさそうだなー。

聖セレネに行けば騎士団は異国の奴だからデカい顔できねーし、盗賊も少なくなるし魔物も町にはいないはずだし。

 それまでの辛抱だな。


 ステイト君奮闘記、開幕ってか。


 ちなみに俺は魔物と出くわしても、正直勝つのは難しい。元・盗む専門の盗賊だ。しかも王都にひっそり住んでただけっていう。

魔物なんか、闇闘技場でしか見たことねーよ。俺なんかが魔物に出会ったら、いかに逃げるかが重要になる。

  

 逃げるのは十八番、つか逃げるの専門だから問題ないか。


 それでも一応武器は手に入れねぇと。今俺が持っている、武器になりえるものは服に隠した果物ナイフくらい。

盗賊、魔物、騎士団、どれを相手にしても真っ向勝負はできないなぁ。うん。


 武器が調達できそうな町は、今日一日…といってももう正午なんだけど、一日歩けば夜には着けそうだ。

さっさとデカい町に行って、そのたびに身を隠しつつ…って感じだな。

  

 俺は人目のない岩陰で変装を解き、動きやすい格好になってからまた道に沿って先を急ぐことにした。

うー…風が気持ちいいな、やっぱ。




 ことは俺が数時間ほど歩いた時に起きた。

まだ相変わらず景色はなだらかな丘の続く、新緑にあふれた生き生きとした草原。あまり人影は見られず、たまに荷馬車が走るのを見かけるだけ。

 

 俺は昼間のこの暑さに耐えかね、近くに水場がないかを道を少し外れて探しに来ていた。

 んで、やっと近くに森のある泉を見つけて飲もうとしたとき。


 …ことが起きた。



 「うぎゃああああ魔物ぉぉぉぉ怖ぁぁぁヒエェェェ」

  

 この情けない声は正真正銘俺です、はい。  

 だってだってだって。だってこれ…馬ですよ?俺より、つか普通の馬よりデカいし目なんか血走ってるし鼻息荒いし青いし湖からザバァって出てくるし!!

ドッキリか。湖覗き込んでザバァンはドッキリだ。そのザバァンのせいで俺びしょ濡れだし…。


 さて。こんなめちゃくちゃ強そうなのは正直戦うとかじゃない。逃げる。当然逃げる!


 青い馬はこっちにすぐとびかかってくるし、俺はさっきからゴロンゴロン転がってかわしてるだけ。でも逃げてもすぐ追いつかれそうだよなこんなの…くっそ、どうする。

ちょっとはおとなしくさせるしかねーか…!


 俺は服からナイフを取り出した。馬から素早く距離を取り、刃渡り10センチもない小さなナイフを構える。

  

 馬は相変わらず俺に突進を繰り返している。まぁ、これぐらいの速さなら避けれる。でもぶち当たったらやっぱ痛いじゃすまなさそうだなー…ヒエエ。

 こんなん相手に各地で頑張ってる騎士団を思うとちょっとあいつらを見直す気になるな。

 ニコラがいたら一撃だろうなー。…うん、あいつと真っ向から戦うのはナシだ。


 …と、いらない顔を思い浮かべていたら馬がギリギリのところに突っ込んできた。あぶね!


 さっさとしないとしんどくなるのはこっちだ。ナイフを握りしめ、俺は馬の動きを見つめる。

馬が動いた。地面を蹴り、また突進してくる!


 ―――ヒュン、


 「…右!」

 ザシュッ!


 馬が突っ込んでくるタイミングを見計らって、避ける寸前に足に一撃入れる。たいしたダメージにはならないが、馬をひるませるには十分だ!


 馬が体勢を立て直す一瞬前に、足元めがけて飛び込み、ナイフを振るう。キラ、とナイフが真昼の太陽を映した。


 「左、後ろ左、最後にこっち!せやぁっ!」

 ザシュ、ドゴッ!


 とりあえず全部の足に一撃ずつダメージを与える。馬がぐらついたとき、思い切り胴を蹴っ飛ばして後ろに跳ね飛ぶ。ひょー、空が回るぅ。

そして、泉のそばの荷物をひったくり、馬には目もくれず逃げる逃げる逃げるーーーっ!さよなら俺のオアシス…!

 あんなのもう会いたくねーーーっっ!!



  

 「…ふぅ」

 そして今に至る。俺は道に沿ったすぐ傍の木の陰で座りこみ、休んでいた。

魔物ってあんなに怖いんだな。普通の馬なら湖からご登場とかないし、あんな殺気ダダ漏れで襲ってくることないし。


 あんなのが世界中に増えたらそりゃ困る…。俺のためにも世界のためにも、早く聖剣見つかればいいのに。


 ちなみに、聖剣はシエゼ・ルキス国の王城にあるといっても、あれで世界中全ての魔物や魔族の活発化を抑制できてるらしい。つまり問題はシエゼ・ルキス国にとどまらない。

きっと連絡がほかの国にももうすぐ回るころだろう。犯人が俺、と勝手に決めつけられる前に、できるだけ早く聖セレネにつかねーとな…。 

   


 あまり休憩しすぎて夕方になるのも困る。あと一時間ほど歩けば小さな村に着くから、そこで宿を探そう。

ほんとはもうちょっとデカい町まで行くつもりだったけど、馬の魔物のせいでめちゃくちゃだ畜生。

 

 涼しい木陰を名残惜しく思いながら、俺はしぶしぶ立ち上がり、行く先を見つめた。





 リーゲン村は家畜を育てている酪農家の多い農村だ。俺みたいに旅してる奴の姿もちらほら見える。

 藁と木を使った独特の建築がぽつぽつと並び、民家はどこも家畜を飼っているようだった。

  

 俺はひとまず村を歩き回り、親切なおばちゃんに宿の場所を聞いて、今夜を明かす宿に泊まることにした。


 宿での夕飯に、王都ではけっこう高価な牛乳をたっぷり使ったシチューをふるまってもらった。

熱々のミルクが濃厚なルゥ、王都で食べるのとはけた違いに美味い野菜、何だこれ美味…っ!

旅してるといいことあるもんだなぁ、と思いながら俺は何回もおかわりを頼んだ。…だって美味かったんだもん…!

 俺も料理勉強しようかなー。

 

 さっさと盗人誤解を解いて、改めてお金をためてから旅に出るのも悪くなさそうだな。


 さぁ、明日も早起きだ。明日の昼までにちょっと大きな町、フィリナに着きたい。

今日は早く寝よう。俺は星のよく見える窓からの眺めにカーテンを引き、部屋のベッドにダイブした。


  

 

 早朝。おお、さすがに空気が冷えてる。ちょっと肌寒いくらいだな。そろそろお日様の上るころかなー、というぐらいの時間だ。

でも窓の外を見たら、もう村の人たちが歩き回ってる。農村の朝は早いんだなぁ。

 俺も早起き癖がついているから別に早起きは苦じゃない。でも朝から肉体労働はちょっとしんどいかもしれねぇなぁ…。


 この調子だともうとっくに宿のおばちゃんは起きてるんだろう。昨日の夜にまとめておいた荷物を背負い、俺は部屋を飛び出した。



  

 村を出て、朝露に濡れる草原の道を歩く。昇ったばかりの太陽がずーっと向こうまで続いている草原をきらきら照らしてきれいだ。

王都から出たらこんな景色が見られるんだな。ますます冒険家に憧れてきた。

 もっと遠くに行けば、もっとすごい景色が見れるんだろ。いいなぁ、冒険家。俺ももっとまともな理由で旅に出たかったなー。


 まだ朝だし、道には誰もいない。近くにぽつーんと建っている小屋は、多分旅人のための休憩所だ。気遣ってくれちゃって。

でもさ、ああいうところにもし盗賊団とかが隠れてて、追剥とかやってたら怖くね?元盗賊が何言ってんだってやつだけど。

だってああいうところに拠点があれば、討伐されない限りは強盗に便利な場所だと思うし。

 

 「オイ兄ちゃん、旅人だろ?有り金全部置いてけよ」

 みたいな。そうそう、こんなドスの効いた声で……ん?


 「お前だガキ。背負ってる鞄置いてけ」

 「…!?」


 なんと。噂をすればってやつだな。気づいたら3人のごっついオニーサンたちが物騒な刃物を構えて俺を囲んでいる。

小屋を見れば、まだ何人か中で様子をうかがっているようだ。うわお、朝からご苦労様だぜ…。

 

 ここは敢えて下手に出よう。油断させる作戦だ。こいつら見た感じ、脅しだけでくってるみたいだし。

俺は相手に見えないように小さくため息をつき、うつむいた次の瞬間、思い切り弱弱しく涙目でオニーサンたちを見上げた。 


 「す、すみません!これは僕の大切な荷物なんです…!病気のおばあちゃんに差し入れで…」

 「病気のババアに?だったらさぞかしイイ物持ってきてんだろうなぁ」

  

 ずい、と二人がニヤニヤ近づいている。ヒッ、と俺は可愛げのある声を漏らしてみる。…まだだな。

 一人の盗賊の手が俺の背中に伸びたとき。


 ―――ザシュ、ガキン!


 「っクソガキィ!!」

 その手を隠しナイフで切り裂き、その隙にもう片手の男の刃物を奪い取る。

男が逆上してきたところに腹を思い切り蹴り上げ、俺は男の背後に回り込んだ。そして。


 バキッ


 とび蹴り。男のスキンヘッドにクリティカルヒット。そのあと男の首に手刀をかまし、男がうめいたのを確認してもう一人を睨む。


 「き、貴様ぁ!」

 もう一人が怯えながらもがむしゃらに刃物を振り回す。やっぱ、ろくに戦ったことねぇんじゃねーか。

   

 俺がいくら盗み専門でも、ガードマンくらいは倒す力あるぞ?…魔物は無理だけど。


 向かってきた男の刃物を俺のナイフで弾き飛ばし、男が悲鳴を上げたところで鳩尾チョップ!久しぶりに気持ちよく決まったな。

変な声を上げて二人目の男が地面に伏す。遠くで見守っていたもう一人は呆然としている。


 これはちょっとお手本を見せてみようか。 


 俺はできうる限りの速さで男との間合いを詰め、しゅ、と手を伸ばす。男はまだ反応しきれてない。盗賊のくせにいいカモじゃねーか。

ちょっと服を探るとすぐ札のたんまり入って膨れ上がった財布が見つかった。


 それを素早く奪い取り、また男と距離を取り、ひらひらと俺はドヤ顔で財布を見せびらかした。

 「オニーサン、これぐらいできねーとなぁ」

 ドヤッ。ドヤッ!

  

 でも相手はそれどころじゃないらしい。あわてふためき、自分の服を確認し、財布を掏られたとようやく気付いて悲鳴を上げた。

 「お、お前何モンだぁぁっ!?」

 「元盗賊。王都のアルバート盗賊団は知ってるか?」  

 「あ、アルバート盗賊団っ…!ひぃぃ、こいつホンモノだ!手ぇ出すな!その財布はやるから見逃してくれぇぇぇ」

 

 あら。アルバート盗賊団は有名らしい。あ、これは俺がもともと所属してた盗賊団で、俺を拾ったのがリーダーのアルバートっつぅオッサン。

今となってはあまり思い出したくないツラでもある。あいつら、俺が捕まったら途端にドロンだから腹立つ。いまだに行方知れずだ。


 それはどうでもいい。このサイフだな。貰って(=奪って)やろうか、とも思ったが、アリシアの言葉が頭によぎる。

 

 『スティ、もう悪いことしないって言ったもん』

  

 でもこいつらの金は善良な誰かから盗んだってんだもんなぁ。よし。


 「じゃ、サイフ貰ってくぞー。お元気でなっ」

 『ヒィィッ』


 俺は財布ごと貰っていくことにした。でも俺のためには使わない。次の町、フィリナで孤児院とかに寄付しよう。

縮み上がるエセ盗賊団へニコニコして手を振る。結構俺の腕も鈍ってるみたいだけど、まだこんな奴らには通用するんだな。


 ちなみに。一回、王都で町の人の平和のために巡回してたニコラに、勇敢にも無謀にも俺はスリをかましてみたことがある。

結果。あっけなく、ぶつかる瞬間に両手をがっしり掴まれ、

 『まだ懲りないみたいだな?』

 とニッコリ微笑まれた。あいつやっぱ腹立つ。あれは俺の腕が鈍ってたのもあるけど、やっぱりニコラのほうが一枚上手らしい。

くっそー。いつか絶対、あいつの隠し持ってる手帳ぐらいはスって盗み読みしてギャフンと言わせてやる。


 ニコラへの苛立ちがたまった俺は、小屋からビビってこっちを見てくる盗賊たちをギロッと睨んでやった。

あ、カーテンしめられた。…おう。

  

 まぁいいか。せいぜいあいつらが、これに懲りてまた弱そうな人とかを襲わなきゃいいけど。

 


  


 すっかり太陽が昇り、だんだん熱くなってきた昼ごろ。もう少しで商業都市フィリナに着くはずだ。

 王都と同じく、フィリナの町の入り口も騎士団の守る門がある。でも古今東西から荷馬車や行商人の集まる町らしいし、あまり厳しいチェックはないはず。 

 といっても関所は関所。もしかしたらもう俺のことがこっちに回ってきてるかもしれないし、変装することにした。

  

 でもここでまたしゃべれない女の人の変装をするのもアレだ。もし『しゃべれない女の人』が怪しまれて情報が回ってたら困る。

だから俺は、黒髪ロングのかつらをかぶり、それを行商人風に一つにくくってまとめた。ローブは腰に巻き、ラフな服装に見せる。

 いろんな国を歩いてる少年行商人、ってとこか。


 石レンガ造りの関所が見えてきた。王都は4つの門が王都を囲む壁にぽっかりと用意されている感じだが、この町フィリナには壁がない。

ぶっちゃけどこからでも入れそうだけど、一応関所を通っておかないと。


 相変わらず2、3人の騎士が門をちょっとダラけながら守っている。俺は足取り軽く、一人の騎士にふらふらっと近づいた。

 

「こんちはっ、俺リーゲン村からの行商人なんスけど通っていいっすよね?」


 にへらっ、と愛想よく明るく笑ってみる。するとひげを生やしたオッサン騎士がおぅ、と片手を上げた。

 「いいぜ、好きに通ってくれや」

 「へーい」

  

 俺が片手を振って返すと、関所の隅っこで立ち話をしているもう二人の騎士の会話が聞こえてきた。


 『…でさ、なんか聖剣盗まれてヤバいらしいぜー』

 『あ、魔物だろ?なんか王都から使いの人来てたな、領主さんとこに』

 『若いのに小隊長とかすげーよなぁ。あの黒髪のあんちゃん』

  

 「…?(黒髪の、小隊長の若いにーさん?)」

  

 思い当たる人物がいるなー。やだなー。外れろー。

ちょっと足取りをゆっくりにして、できるだけその二人の騎士の会話を聞く。さぁ、俺の予想よ外れてくれ。


 『ああ、なんつったっけ?ニコラス?ニコライ?』

  

 「…」

  

 くそっ、神様!なんてこったい!これはニコラで確定だろうがぁぁぁぁぁ!!


 なんでこっちの方角に来てんだよ!?確かに使いの人がいるだろうさ!王都の門から考えて、四方向にそれぞれ使者が出てるんだろうよ!

でもなんでテメーこっちに来てんだぁぁぁっ、そんなに俺と運命の糸かぁぁぁっ引きちぎってやるテメェごと!


 それにしてもこれは困った。この町で変装はとけねーし、油断もできねぇ。

 あいつのことだから、俺の変装が見破られることもある。ちょっとでも見つかったら終わりかもしれねぇぞ。やべぇ。


 …待てよ。使者として来てるなら、ずっとこの町にあいつが留まってるわけじゃない。むしろ、ほかの町にも情報を伝えないとだめだから早々に立ち去るはず!

俺ってば頭の回転早すぎるぜ。


 とか言ってる場合じゃない。ひとまずどうする。まだ昼前だろ、宿の確保からするか。

俺は関所を離れて、人々がたくさんのものを抱えて歩き回るにぎわった街中に向かって歩き出した。



 白レンガを基調としたキレイな王都とは違い、ここはもうちょっと色があってにぎやかだ。商業の町だけあって、いたるところに宿や倉庫がある。

中央市場にはテントが張り巡らされ、王都の市場とは比べ物にならない巨大規模になっている。迷いそう。


 建物は赤レンガが特徴的で、地面は石畳。馬車なども行き来する町の道は幅があって広く、それでも人で溢れかえってる。

あちこちから客引きとか値引きとか、楽しそうな話し声が聞こえてくる。でもこういうところには、同じ匂いのやつもいるんだよなぁ。

 

 たとえば、そこ。

  

 人波に紛れ、何かを値踏みして探すようにうろちょろしてる痩せこけた男がいる。あれはスリ師だ。

当然こんなに人が多ければスリも起きる。絶好の場所ともいえる。こういう奴らは、小奇麗でお金を持ってそうな子供とか女の人を狙いやすい。


 ちょうど男の視線の先をたどると、人ごみの中をどこかへ向かって歩いている綺麗な少年がいた。

特徴的なのは、その少年の髪の色。さらさらの肩まで伸びている髪は見事な赤毛。トマトみたいに眩しい赤が、茶髪や黒髪の多い人ごみの中でもよく目立つ。

少年は俺より背は高そうだけど、ちょっと華奢。服も平民よりもちょっと上級な感じで、あれはどこかのボンボンだろうなぁと思わせる。


 でも、このシエゼ・ルキス国の民の中にあんなに綺麗な赤毛をもつ人はあまりいないはず。

シエゼ・ルキス国の東側の国には赤毛が多いらしいけど。そこから来たんだとしたら、遠路はるばるだな。


 多分あの少年、カモにされる。ちょっと少年の前に回り込んでこっそり観察してみることにする。

 

 人のよさそうで穏やかな表情を浮かべ、ぶつかってしまった人に頭を下げている。育ちもよさそうだ。

あっ、やっぱり男が動き出した。ちょろちょろとうまく人波をかき分け、さりげなく少年に後ろから近づいていく。


 少年は怪しい男に気づいていない。これをほっとくと良心がとがめそう。てか、俺の心の中のアリシアに軽蔑されそう。

 

 俺もさりげなく男に近づく。だんだん男と少年の距離が縮まり、男が少年を後ろから追い越すのを装ってスリを仕掛けようとしていた。

  

 俺も男に後ろから追い越すのを装って、男と少年が接触する直前にドシンと派手に男にぶつかった。男は突然の衝撃によろめき、男の目前にいた少年にぶち当たった。

少年も驚いて後ろを振り返る。髪と同じ色の目が、男と俺を驚いたように見つめている。

 

 俺はにへらーっとして男に謝った。

  

 「あーっ、すんませーん!ちょっと急いでて、ヘヘ」

 「この…クソガキが!」


 男がギロッと俺を睨み、顔を近づけてきた。そこで俺は声を落として、男にだけ聞こえるように囁く。


 「オッサン、スリならもうちょっと巧くやれよ。俺でももうあんたから財布スってるぜ」

 「んだと…!?……っ!てめ、何者だ、サイフ返しやがれっ!」

 

 男がぽんぽんと尻ポケットを確認し、自分の財布をスられたことに気づく。俺は、小声で返してきた男から顔を話し、少年にも聞こえるぐらいの声でにこにこして言った。


 「あっ、おじさん財布落としましたよっ!ハイ」

 「…てめっ、覚えてろ!」


 男に財布を投げると、男はそれをすごい勢いで掴み取り、捨て台詞を吐きながら人ごみに消えていった。ざまぁ。


 ぽかんとしている少年に、俺は軽く忠告しておくことにする。

  

 「なぁ、あんた。さっきのオッサンにスられそうになってたぞ」

 「…えっ、本当に?じゃあ、君は」

 「怪しそうだったからつけてたら、やっぱりあのオッサン、あんたのこと狙ってたみたいだったし」

 「そうだったのか…ありがとう。僕、この町に来たのは初めてで」

  

 赤毛少年が頭を下げ、恥ずかしそうに頭をかく。


 「じゃ、気をつけろよ。この町賑わってるから、スリも多いと思うぞ」

 「あ、待ってくれないかな。お礼がしたいんだ」

  

 さっさと行こうとした俺の腕をひしっ、と掴み、赤毛少年が真面目な顔をして俺に言う。なんだこのボンボン。


 「別にいいって。そんな、お礼されることでもないしさ」

 「…実を言うと、話し相手が欲しいんだ。そこの料理屋でお昼ご飯奢るから」


 お、お昼ご飯。そういえばそんな時間だな。俺も持ってるお金少ないし、ここはありがたく頷いとこうかな。


 「じゃ、悪いけど奢ってもらう。俺はステイト、王都出身だ」

 「僕はシルヴェスタ。アルギーク出身。シルって呼んで」

 「アルギークっつったらシエゼ・ルキス国の東側の隣国か。それにしてもかっこいい名前だな。王子様みたいじゃん」

 「…大げさな名前だよ」

  

 握手しながらシルヴェスタ…シルが苦笑いする。そういえば、俺の予想は当たったことになる。

やっぱり赤毛の多い東の国、アルギークか。アルギークは工業の盛んな国で、軍が発展してる。王国だけど、王族は隅っこに追いやられて軍部が指揮を執ってるとか。

でも貧しい国じゃない。なるほど、アルギーク国からやってきた商人の息子って感じだな。


 俺とシルは、ひとまずすぐそこにある料理屋で昼飯をすませることにした。



 あー、腹減った。朝から動きっぱなしだもんなぁ、そういえば。




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