1-6 案内
「おおおおおおおぉ! 異世界だーっ!」
城壁を抜け、広がる街の景観に生樹が声をあげる。
「なぁ! なぁなぁ!! 本物!? 本物だよな! 本物だろ!!」
「うるさい。黙れ」
「いて」
興奮のあまり、ボキャブラリーの貧困さを披露していた生樹の口をチョップで閉ざす。
道行く人がちらちらと黒無と生樹を見る。中にはくすくす笑っている者もいた。
歩きながら、生樹を注意する。
「騒ぐな、恥ずかしい。おとなしくしてろ」
「いや~。無理だろ、異世界だぜ? 異世界」
「だからどうした。これからはそれが日常だろうが」
異世界生活も慣れてしまえばただの日常だ。黒無の感覚としては海外に長く住んでいる程度の感覚でしかなかった。転生し、幼いころから十何年も暮らしていれば、それも当然だった。
「はぁ~、そうかよ。この感動を分かち合えないとは。んじゃ、まずはどこに行くんだ?」
「まずはギルドだ。日銭を稼ぐ必要があるからな」
「!? キタキタキター!」
異世界の定番。男のロマン。異世界に来て、ここに行かずにどこに行く。生樹の興奮は再び、爆発した。
「あれだろ!? 魔物狩ったり、薬草採取したり、中堅冒険者に絡まれたり、依頼受けれるところだよな!?」
「うるさい。あってるから静まれ」
「ばっかだなお前、ばっかだなぁ! これで黙ったら男じゃないぞ! クール系は程々にしとけ!」
「……クールぶっているつもりはない。周りの奴らが見ている。いいから落ち着け」
チラチラ視線も、クスクス笑いも先程より多く、大きくなっていた。注目されるのが嫌いな黒無は段々イライラしてくる。
「わぁーったよ、木人大明神。静かにするっつーの」
やれやれと肩をすくめる生樹。
「そうしとけ。面倒か、嫌なことしか起こらないからな。ああ、それと他の店も紹介しておいたほうがいいな。こっちだ」
門からだいぶ離れた辺りで、脇道にそれ一つ裏通りに入る。一つ裏の道では表通りの外向けの店と違い、肉屋や八百屋、靴屋など日常品を扱う店が立ち並んでいた。
その中の一つ、少し血の匂いがする出店の前で黒無たちは立ち止まった。店ではつるっぱげのムキムキ男が暇そうに壁を眺めていた。
「ここは?」
「肉屋だ。店主ちょっといいか」
「あん? おお、久しぶりだなクロナ。桜様は元気か?」
「ババアは心配するだけ無駄だ。それより、ちょっと紹介しておきたいやつが居る」
町の住人は黒無に会えば、桜の話をする。どんだけ好かれてんだよ、とうんざりしながら、しかしそれは表に出さず、目的を話しだす。
「その稀人のことか? 最近多いな。さっきも見たぜ」
「そうか。他にもいたか。まぁ、それはいい、こいつはサダノリ=オキっていう討伐者候補だ。将来性見込めるから紹介に来た。生樹、この暇そうな筋肉オヤジは肉屋の店主だ。狩りで得た肉を持ってくれば、買い取ってくれる。見た目怖いが、それなりに親切な奴だ。仲良くして、損はないやつだ」
「後半は余計だぞ。……まぁいい。よろしくなオキとやら。でけえ肉の持ち込みは裏口から頼むぜ」
「わかったぜ。よろしくな、店主」
「ああ、じゃあそれだけだ。またな」
「ああ、ちょっと待て、クロナ」
用は終わったとばかりに紹介だけして、去ろうとする黒無を店主が引き止める。
「相変わらず人付き合いが下手だな。お前。ほれ、これ持ってけ」
そう言って、手早く肉を包んで差し出した。手ぶらの黒無のためにご丁寧に布袋にまで入れてだ(大量生産の技術はまだこの世界には表向きないため、袋と言えど安価ではない。買い物時は袋を持つのが一般的だった)。
「熟成させたボアの塩漬けだ。けっこうよくできたからやるよ。桜様によろしく言っておいてくれ」
「……ああ。礼を言う」
「えっと、それでは」
「おう! また来いよ」
受け取って、店を離れる。店から離れた辺りで生樹が話しかけてきた。
「なぁ、稀人って転生者のことか?」
「ああそうだ。異世界人の総称だな」
そう言って、ポイと袋を生樹に放って渡す。
「うわっ。なんだよ。自分の荷物は自分で持てよな」
「やるよ。オレはいらん」
そのまますたすたと先を行く。受け取った生樹は少し戸惑って立ち止まった後、慌てて追いかけた。
「おいおい。これって、お前がもらったものだろ。その、桜さんとかいうお婆ちゃんに渡さなくていいのか?」
「ババアに渡す必要はねえよ。名目はそうだが、実際はお前宛だ。お前、着の身着のままで明日の飯にも困りそうだからくれたんだろ。袋ごとな。貰っとけ」
嘘だ。店主にそのような意図はない。ただ、日頃お世話になっている桜に感謝しただけだ。それを持っていくのが癪になったから、生樹にあげただけだ。
「いやまぁ、ありがたいけどよ。……んじゃもらうからな」
「ああ、野垂れ死しないようにな」
「だれが野垂れ死ぬかっての!」
「どうだか。平和ボケの日本人にこの世界は厳しいぞ。――おっと」
横を向いて歩いていた黒無は通行人とぶつかってしまう。
舌打ちしながら、相手を見て
「気をつけ――」
思わず呼吸を忘れる。そして、息を呑んだ。
「ちょっと、気をつけなさい」
朱い少女がそこに居た。伸ばしっぱなしの印象を受ける肩くらいまでの朱い髪。強気な長いまつげとその下の銅色の目つき。頬の大きな切り傷。ところどころ革で補強した丈夫そうな服を着ている。腰には剣が下げられていた。
どこか、懐かしいような親近感に黒無は襲われていた。
「ちょっと聞いてんの?」
「まぁまぁまぁ、すみません。こいつうっかり屋さんなんです」
少女から目を離せず、黙りこくる黒無を野性味溢れる印象の朱い少女が睨む。
それを見て、生樹が間に割って入った。
朱い少女が眉を吊り上げて言う。
「すみませんで済んだら、神様は廃業よ。誠意を見せなさい」
ただでさえ鋭い目つきをさらに鋭くして、赤い少女が腰の剣に手を当てた。生樹は後ずさりして動かない黒無に小声で尋ねる。
「おいおいこれってカツアゲか? おい、黒無、異世界ってこんなのが日常なのかよ」
「…………え? あ、いや、そんなわけないぞ。こんな女の子初めて見る」
「コソコソ喋ってんじゃないわよ! いい? 質問に答えなさい!」
「お、おう。わかったから、剣から手を離せ」
突然始まった物騒な雰囲気に野次馬ができつつあった。そして、誰かが黒無の姿を認め、匿名の声が囁かれ始めた。
「ねえ、あれって。あの放蕩息子じゃない。今度は何かしら」
「なんだなんだ。……ああ、なんだ。あの穀潰しか」
「な、なんだ?」
どうして人間というのは、こういう時に限って目ざといのだろうか。黒無が普段どこを歩いていても気にしないくせに。注目されれば、すぐに噂になる。悪評ばかり広がるっていく。
「今度は親の七光りに頼って女に手を出したらしいぜ。それで話が拗れてあの様らしい」
「そうなの? 引っかかった女の子が可哀想ね」
「そうかしら? 市長様の家族になれると考えれば、それだけで儲けものじゃない?」
「いや待って、彼も、そんなに悪いわけじゃ……いや、なんでもないよ」
だが、黒無は心ここにあらずといった様子でどこかを眺めていた。
「…………」
「まぁまぁまぁ、話をするなら端に行こうぜ。通行のじゃまになる」
「……わかったわ」
さすがにおかしいと気づいた生樹が場所を変えることを提案する。
周りはうるさいがもう手遅れだった。だが、カツアゲではなさそうなので、生樹は黒無と朱い少女を引き連れ、その場を離れた。
「このへんでいいだろ。で何のようなんだ?」
さらに道を一本大通りから外れたところに移動すると生樹が切り出した。
朱い少女が答える。
「単刀直入に聞くわ。リヴァイアって人の屋敷の場所を教えなさい」




