エピローグ
「ん……」
パタンと扉が閉まる音に黒無は目を覚ました。
黒無が目を開けると、目の前で桜が、逆さ指立て伏せをしていた。しかも、空中で。
「おはよう。黒くん。気分はどう?」
「……最悪だよ」
重量に逆らっているエプロンを見ると、この世の理不尽が思い知らされるようだった。
「……邪龍は?」
「黒くん記憶残っているの!?」
「そりゃ、残って……そんなにぐちゃぐちゃだったのか?」
黒無の言葉に桜が大きく頷く。逆さまのまま。
「それはもう。人体の原型留めていなかったからね」
「……よく生きてるなオレ」
「ホントだよ。ほんとに記憶大丈夫なんだよね? ミーネちゃんとか生樹君とか覚えてる?」
「ん、まぁ。というか、あいつら大丈夫なのか?」
「ミーネちゃんは五体満足だよ。生樹君のほうは、ちょっと、私と邪竜の戦闘に巻き込まれちゃって怪我しちゃったけど、だいたい治ってるかな」
「……そうか」
生きているのなら、何でも良かった。桜が治療したことが予想できるから。何の心配も要らない。
「黒無! 起きたのね!」
ミーネが部屋に飛び込んで来た。その過剰な反応に驚きつつ、その鋭い目つきを見つめかえす。
「……まぁ、また死に損なったな」
「……あんたって、ほんとっ、悲観的よね……!」
「そうだよね~。黒くんは、もう、困ったちゃんだから」
「大丈夫です、師匠。私がこれから矯正しますので。黒無。覚悟しておきなさいよ」
「あ、ああ……」
明るい笑顔で、ミーネが笑った。何かが欠けたような感じがして、黒無は生返事を返した。
「……? どうしたの? 黒無」
「……いや、何でもない。……ところで、アリスは?」
それとなく、自室を見渡す黒無。いつもだらけていた白金ゆるふわヘアーはどこにも見当たらなかった。
「アリスちゃん? 黒くんが起きる前に、部屋を出ていっちゃったわよ? ミーネちゃん知らない?」
「あ、はい。部屋に来る前にすれ違いました。なんだか嬉しそうに、食堂の方に行きましたよ」
「……そうか」
「あら、黒くんどこ行くの?」
「ちょっと、話してくる」
ベッドから降りて、ガウンを羽織る。食堂に足を向ける黒無を、桜が呼び止めた。
「あ、黒くん。はい、これ。黒くんが寝ている間に鎌鎖さんが来て、その時渡すように頼まれていたものね」
「……今、渡すか? 普通……」
桜が差し出したものを見る。それは鎌鎖に、作成を依頼していたものだった。
「も~、何言ってんの黒くん。今使わなくていつ使うの~」
「……はぁ。分かってないわね。いいから持って行きなさい」
桜はニコニコと笑い、ミーネはため息をつく。
「……分かったよ」
扉前で桜たちを振り返る。桜たちは着いてこなかった。
大きな鏡がある食堂。
アリスは食卓に飾られている写真を見てながら、椅子に座って足をぶらつかせていた。黒無が入ってくると、パタンと写真立てを倒す。
「……隣、座るぞ」
「……好きにすれば」
アリスが淡々と言った。振り向きさえしない。ちょっとイラっときたので、黒無もアリスの顔を見ずに席に着いた。写真立てをめくる。見晴らしの崖に行った時の写真だった。背もたれあって眠る黒無とアリスの写真。
「…………」
「…………」
沈黙が流れる。横目で、仏頂面のアリスを見た。どこに嬉しそうな要素があったのか、とんとわからない。
しばらく、その横顔を見ていると、視線があった。なんとなく逸らしたら負けなような気がして、見つめ返し続ける。見つめ合っているとアリスが金の瞳を逸らして、つぶやいた。
「……なんか、用があったんじゃないの」
「……あるな。お前もありそうだけど」
「クロが先に言いなよ」
「お前が……いや、そうだな」
アリスの言葉に、椅子ごと身体を向ける。頭を思い切り下げた。
「悪かった。つまらないことで意地を張った。また、一緒に居てくれるか?」
言葉にすると、ずいぶんスッキリした。なんで、たったこれだけのことを言えなかったのだろう。
ポンポンと頭を叩かれた。柔らかい手の平で。段々、強く。
「アリスも……」
顔をあげるとアリスが目を潤ませていた。泣きそうな、でも、嬉しそうな顔。
「アリスもぉ……わるかったよぉっ」
アリスが飛び込んできた。その勢いに椅子ごと倒れそうになる。ガタンと、音が響いた。
「っ~~」
後頭部を思い切り打ち付けた黒無は頭を抑えた。涙目で見ると元凶であるアリスは、黒無の胸に顔を押し付けており、全くの無事なようだった。
「お前なぁ……」
アリスに文句を言おうとした黒無は、口を閉じた。代わりにアリスの背中に手を回す。ぽんぽんと背中を叩いた。
アリスが震えていたから。
「……色々、悪かったよ」
「~~っ、ホントだよぉ! 無茶して、カッコつけてぇ!」
ガバッとアリスが顔をあげた。椅子が消えて、仰向けになる。アリスは馬乗りになって、ポカポカと黒無の胸を叩いた。
「クロは弱いんだよぉ!? へなへなの、なよなよなんだからねぇ!? 戦っちゃ、たたかっちゃ、だめなんだよぉぉ……」
「……ごめん」
俯いて、嗚咽を漏らすアリスの頭に手を伸ばす。その金髪をくしゃりと乱した。
「クロは……ずっとアリスと一緒に、引きこもっていれば、いいんだよぉ……」
「……望むなら、そうするよ。約束する」
口に出してから、少しだけ後悔する。ずっと引きこもるって。それはない。
だが、一度口に出した言葉は、戻せない。
半ば諦めの気持ちでいると、アリスは顔をあげて、
「ほんと!? じゃあ、クロは今日から、アリスの下僕ね!」
金の瞳を輝かせた。涙は消えていた。
騙された。
「何でそうなる!?」
「何をしようかな~。とりあえず、クロのものは全部もらうからね」
「断わる。ええい、どけ」
「あっ!」
反動をつけて、起き上がる。そのまま、アリスをこてんと後ろに倒した。アリスの下から、さっさと抜け出す。
「なにすんの! 下僕は親分に逆らっちゃだめなんだからね!」
「そんなの了承した覚えはねえよ」
窓を眺める。アリスが眉を吊り上げるが、無視する。
そしてポカポカと弱い力で叩いてくるアリスに、思い出した風にポケットからあるものを取り出して、差し出した。恥ずかしいから窓の外の青空を眺めたまま。
「……全部はやれないけど、これはやるよ」
「これ……髪留め? 猫ちゃんだ」
「そ。お前前髪長いし、ご飯にかかるだろ。これで留めとけ」
改めて見ても、アリスの髪は乱れ放題だった。
「ふーん」
それだけ言ってアリスはそっぽを向いた。髪留めを付ける。
「しょうがないなぁ~、今回はこれで許してあげるよ」
「何だよ。許すんだったら人の目を見て言えよ。と言うか、見せろ。似合っているかわからないだろ」
「え~。どうしよっかなぁ~」
アリスはそっぽを向いたまま、そっけない声で答える。ふるふると首を振った。
アリスはひねくれ者だから、決してこちらは見ないだろう。
だから、黒無は壁にかかっている鏡をチラリを見て、目を閉じた。床に寝転がる。疲れがやって来たから。なんだか疲れがやって来たから。
アリスが覗き込む気配を感じながらも寝転がる。
「あれ~? クロ見なくていいのぉ? ここにかわいい美少女がいるけどぉ~?」
「別に、見なくたって分かるからな」
まぶたに宿る姿を思い浮かべる。
鏡に映る真珠色の少女は嬉しそうに笑っていた。
拙作にお付き合いいただきありがとうございます。諸事情より本作は一先ずここで終わりになります。物語はまだまだ続きますが、おそらく1年以上更新ができないこと、区切りがよいこと等から一旦幕を閉じようと思います。拙作にお付き合いいただきありがとうございました。




