2-16 邪龍戦2
「黒無! 大丈夫なのかっ?」
生樹が駆け寄って来た。さっきまでの自信はどこに行ったといいたいほど、暗い顔をしている。
「……オレの異能は知っているだろ。問題ねえよ。それより、お前こそ大丈夫か。さっきまでの自信はどこにいった?」
邪龍の方に目をやると、ミーネが必死で戦っていた。だが、遊ばれている。剣は軽々と弾かれるのに対し、龍の攻撃をミーネはかろうじて避けていた。先ほど、黒無が受けた攻撃より遅い。壊れないように遊んでいるのだろう。加勢しに行きたいが、まずは生樹を立ち直らせるほうが先だ。
「忘れてくれよ……。さっきのは黒歴史だぜ。最近、なんか強くなった気がしてたから、勘違いしてたうよ……最強とかないわ……」
突っ立ったまま、生樹が剣の柄をきゅっと握る。剣先が振るえた。魔剣はそれなりに重たいが、まともに扱えるくらいの筋力はあるようだった。異世界で生き残るれるよう努力したのだろう。こんな時だが、黒無は少し羨ましかった。努力が成果に繋がる。
「そんなお前に朗報だ。活躍のチャンスはまだあるぞ」
「でも、俺の異能は龍には効かなかった……」
「いいから聞け! 原理は省くが、この世界の龍種には異世界人の干渉型の異能は通じない。仕方ないことなんだ、さっきのは。そういう仕様だから。異能は使えるだろう? この結界を調べてみろ」
「俺の異能は調べ物はできないぞ……?」
「出られるか、やってみろ。オレが成功する未来は見えるか?」
「……いや、無いな。道はあるけど、やっている間に殺される」
生樹の言葉に黒無は少し驚く。邪龍の結界から逃げる方法があるとは知らなかったからだ。逃走を禁じて、獲物で遊ぶための結界に逃げ道があるとは思ってもみなかった。
「ど、どこに結界の穴があるんだ? 教えてくれ!」
「地面の下の方だよ……この結界、どうやら金魚鉢を逆さまにしたような形をしているらしい」
「魔術は使えるか!」
「いや、俺は無理だ。お前は使えないのか?」
「使えたら、オレは今頃討伐者だ。くっそ、ミーネも魔術は使えないし、逃げるのは無理か……ああ、もうしゃーねぇーなぁっ!!」
「く、くろな?」
急に頭をかきむしった黒無に生樹が手を伸ばす。その手を黒無が掴んだ。
「よし。確立の魔剣をミーネに渡せ。そんでもって、お前がミーネを導け。成功する道筋に、龍をぶった切れる道筋に、ミーネを乗せろ」
「無理だって! 他人の道筋なんて決めたことがないんだ! タイミングだって合うはずがない!」
「それでもやれ! 生き残るためにな!」
ミーネが吹き飛ばされてくる。ごろごろと受け身を取って、黒無たちの横に立った。
「あーむかつくッあいつっ! 完全に遊んでるっ! あんた達、なんかいい案無いの! くっちゃべってるだけだったら蹴り飛ばすわよ!」
ミーネはまだまだ元気そうだった。革で補強された服はところどころ切り裂かれていて、下のインナーが見えている。直撃してないこともあるが、耐刃性のインナーがミーネを龍爪から守ってくれていた。
「お前は諦めないな」
「あったりまえでしょ! もう二度と奪わせはしない! 奪わせてたまるもんですか!」
「……そうだよな。わるい」
朱髪が吠える。黒無はその諦めない背中に、力をもらったのだ。一人だったら、絶対に諦めていた。
「という訳だ。生樹。諦めるって選択肢はない。
ミーネ。今、その案を考えた。オレが時間を稼ぐ。生樹から話を聞いてくれ」
「待てよ、おいっ黒無!」
「他に策があるのなら、聞くが手短にな。オレは軍師じゃないんで、悪いがそれしか思いつかなかった。ミーネあと頼む。お前が鍵だ」
「分かったわ。あんたも諦めるんじゃないわよ」
後手をあげて、黒無は邪龍のもとに歩いていく。律儀にも待っている(実際には、雑魚が足掻く姿を眺めているのだろうが)邪龍に笑いかけた。
「よう、クソトカゲさんよ。待たせて悪かったな」
「グルルルゥ……」
邪龍の漏らした息から、悪臭が漂う。巨大な生物特有の獣臭さを感じた。
「あーもう、くせえくせえ。肉ばっか食ってやがるな。野菜食えや、せめて歯ぁ磨けやクソトカゲが。人に会う時のマナーがなっていないんだよ」
「グララララァアアアアッ!」
言葉は通じなくてもバカにしていることは通じた。龍爪が黒無を襲う。
黒無は半身で斬撃を受ける。
「グルゥ!?」
「ゲぽっ……き、効かねえよ」
黒無には踏ん張る力はない。だが、吹き飛ばされるわけにもいかない。龍の相手をするためにも。だから、半身で耐えた。邪龍が加減していることも大きいが、結果が同じであれば理由なんてどうでもいい。
「てめえごときの攻撃でやられるほど弱かねぇんだよおッ!」
「グルルルゥ!!」
二撃、三撃と黒無を斬撃が襲う。その全てを黒無は真っ向から受け止めた。
「……げぽっ、が、あ……ぺっ……クソッ、タレ……だな。もっと、強かったら、なぁ。こんなクソな役絶対逃げたのに」
「ガアァアアアア!!」
「おっと」
噛みつき攻撃は回避する。後ろに崩れ落ちるように転がって距離を取る。黒無は筋力がないので、大地を蹴って、逃げることはできないためだ。
「ああ、くそ。血に土がついた。傷口が汚れんだよぉ……ほんと、クソッタレだわ。クソトカゲが。汚えし、痛えし……がぁっ」
龍鱗の巨腕に弾き飛ばされる。近くの木に当たって、体中の骨が軋んだ。それでも腕を支柱にむりやり立ちあがる。
「……ゲホッゲホ、がァッ………ぺっっ。……口の中が、血で、やべえ、な。つーか、さっさと、しろよな」
ちらりとミーネたちの方に視線をやった。ミーネが剣を構えて、踏み込んでは生樹に止められていた。
「生樹のアホがっ……。帰ったら、罰ゲームだあいつ」
「グルゥ?」
邪龍の視線がミーネ達のほうに向く。
「まだ、そっちじゃねえよ!」
転がっていた拳大の石を口に投げ入れる。黒無がどんな速度で投げても邪龍の体表の結界は抜けられないが、嫌がらせにはなる。
「ガギッ、グルルゥ……」
「はっ、石でも噛み砕いて、歯磨き粉にしやがれっ。これはおまけだ!」
ついでに、土も放り込む。
「特製、土砂歯磨き粉だ! 腹でも壊しやがれ」
「グガァァアッ!!」
邪龍の怒りの視線が黒無を完全に捉える。鈍重そうな巨体を振り向かせた。
「今だ!」
生樹の声が響いた。邪龍が振り向こうとするが、もう遅い。
「いっっけぇえええーー!!」
キィーンと音がした。
甲高い、何かが弾かれる音。
ちょうど、金属が弾かれるような音だった。
「……グルル」
邪龍は未だ、健在だった。
「失敗、した……っ!?」
ずれてしまった。やはり、タイミングを完全に合わせるのは無理だったのだ。
「ぎゃぎゃぎゃ」
邪龍が嗤う。鉤爪を振り上げた。影が、黒無を襲う。
黒無は何かに飲まれ、落ちていく感覚に落とされた。絶望が飲み込もうとする。
だが、
「あああーーーぁッ!」
キィンキィンキィンキン
暗い世界に音が響く。ミーネが、輝いていた。
連撃が乱れ咲く。剣が痛むのも構わず、一心不乱に魔剣を打ち付ける。邪龍がそんなミーネをあざ笑うように口をあけた。食べられそうなミーネのもとへ黒無が駆ける。
「ああああああああああああああッ!」
叫ぶミーネに、ゆっくりと邪龍が腕をあげて、
「ミーネ避けろ!」
――振り下げる前に、真っ二つに切り裂かれた。
「危ないっ!」
落ちてくる巨爪の下から、ミーネを突き飛ばす。ミーネが突き飛ばされて、横にずれた。代わりに黒無が下敷きになる。
「はぁはぁはぁ、あり、がと、クロナ……」
「……気にすんな」
邪龍の下から、黒無が答える。今更この程度で、怪我するほど軟弱ではなかった。
ミーネが事切れた邪龍を見据える。
「はぁはぁはぁ、悪いわね。私、諦めが悪いの」
息を乱して、倒れそうな身体を剣で支えてそれでも、ミーネは勝ち誇って、笑った。
「私たちの勝ちよ。ざまーみなさい」




