第一話 搭乗員たち ①
クラウス・バリーは荒涼とした大地に、不意に現した武骨で物々しい輸送機の姿に目を奪われ、その翼の下に古びたロッキングチェアにその身をだらしなく沈め、顔面を雑誌で覆っている人物の存在に気が付かなかった。
ややサイズの合っていない厚手の飛行服に身をつつんだその人物の不意に立てた大きく力強いイビキにようやくクラウスは求めていた相手を認めた。
台形のテーブル状に隆起した丘の上に、荒れ果てた一本だけの滑走路と粗末なプレハブ小屋からなるそのささやかな空港は、クラウスが初めて目にする光景だが、そこに主のごとく鎮座する飛行機を含めて、どこか時代に取り残されたような寂しさを誘う郷愁の想いをもたらした。
「失礼」
何度目かの、徐々に声量が大きくなるクラウスの呼びかけに古ぼけた雑誌を取り落としながらのっそりとこの場所の主である飛行士は身を起こした。遠慮のない大きな欠伸のあと、身体に吹きついていた砂を払い落とし、ようやくクラウスの姿を認めた。
「いらっしゃい。お客さんかな」
表情には出さなかったが、クラウスが意外に思ったことにその飛行士は女だった。
立ち上がったその姿は、上背はさほどなかったが肩幅の広い、だぶついた飛行服を考慮に入れてもがっしりとした体格の、この地と飛行機に完全に溶け込んだ僻地の飛行士として非常に説得力を持たされるものだった。
化粧などしているわけもなく、長年の風雨と太陽、そして労働に晒された肌からは年齢を推し量るのが難しかった。
「予約していたものなんだが。貴女がオハラ機長?」
「はいはい、そのオハラ機長ですよ。ジーナ・オハラ。あんたが、えーと名前なんてったっけ?傭兵さんが一人で来るってんでどんなムサいおじさんが来るのかと思っていたけど、随分と若いのがきたんだね」
遠慮なく値踏みするようにクラウスの全身を一通り観察し、機内からした物音に視線を外すとオハラは、その機内へとよく通る声を投げかける。
「おおーい、ウォルター。お客さんのお出ましだよ。相手をしてやんな」
開け放たれたままだった機体の乗り口から、キャップと分厚い眼鏡を掛けた丸い顔が様子を窺うように飛び出し、クラウスの姿を認めると、不安を掻き立てる金属音を響かせる粗末なタラップを、ずんぐりとした体系の男が、その身に似合わず軽やかに降り立った。
その男はクラウスの前に立つと逆さまにかぶったキャップと、眼鏡に見えた作業用ゴーグルを外す。そうして整った髪質と、丸い目、丸い鼻、丸い輪郭の、寂れた飛行場よりかはどこかの書庫などが似合いそうな素顔を晒すと、そのウォルターと呼ばれた男は意外と若いことに気が付いた。まだ十九歳のクラウスよりも若いかもしれない。
「どうも、ウォルター・スミスといいます。この飛行機の副操縦士兼整備士を務めています」
大人びた口調ながら、やや甲高いその声音は彼の年齢に対する認識に間違いはないようだ。
「おばさん、準備は俺に任せっきりなんだからお客の相手ぐらいしてくださいよ」
雑多に積み上げられた大小様々な貨物の山に向かいながら彼はひとり愚痴る。
「生意気いうんじゃないよ。それに機長と呼びなといつも言ってるだろう」
「空にいなきゃただのおばさんで間違いはないでしょうに」
軽口というにはやや辛辣なやり取りを繰り広げながら、荷物の中から古ぼけた革の背表紙の
冊子を取り出すとクラウスに差し出した。
「すいません、ここに名前ともろもろ書いてもらえますか。一応会社としてやっているので記録はとっているのですよ」
ペンとともに受け取り、サインをしながら、とある記入欄に気が付いた。
「この預かり品とは、何を書けばいい」
特別預けるものなどない軽装の身のクラウスが疑問を口にする。
その問いに答えるように、スミスは鍵のついた頑丈そうなケースを差し出した。
「ここに武器を預けてもらえますか」
クラウスの手が止まり、スミスの丸い顔を何の感情も表さずに見つめる。
「傭兵なのだから持っていますよね。空にいる間はそれを出すのは遠慮願います」
オハラは興味なさそうにその身をまたロッキングチェアに沈める。
クラウスは起票をやめ、背にある一対二振りのナイフを鞘ごとベルトから外し、スミスから視線を外さないままケースに収めると、腰につるされた木製のホルスターを、これは手に持ったままスミスへと差し出した。一瞬怪訝な表情を浮かべるも、スミスはそれを受け取った。
それは留め金が外してあり、滑るように木製のホルスターのみがスミスの手に渡ると、クラウスの手にその大型の自動拳銃が残る形となった。軽くグリップが握られ銃口がやや下を向いている。二人の間で沈黙が流れた。
「もしもそれをおれが断ったらどうなる」
淡々とした口調で、訪ねてみる。
「そうしたらこっちは搭乗を断るだけです」
「それは困るな」
「ならば、やはりこれは預かります」
落ち着いてケースを地面に置くと、スミスは空いた手で銃身を握った。大した力は込められていないがそこには断固とした意志を感じた。
「失礼、謝るよ。飛行機の乗せてもらう以上あんたらのやり方に逆らう気はない」
そうしてクラウスは手をはなす。
「できればそういう試すような行為は勘弁してもらえないでしょうかね。例えこれに今は弾が入ってないとしても」
内心感心しながらクラウスは銃弾の詰まった革製の袋を手渡す、無関心を装いながらもこちらに警戒を向けているオハラの視線を感じながら。
さすがにこのご時世にフリーの飛行機乗りなどをやっているだけあって、このスミスという少年は肝が据わっており、信頼できるようだと好感を覚えた。
正直初めての空の旅という無防備な状態に陥ることに傭兵として多少の忌避感がないでもなかったが、ロッキングチェアの陰に伸ばした手に何かしらの武器を取っているオハラ機長を含めどうやら信頼に値する骨のある人物たちのようだ。
スミスがケースを閉じ、そこに鍵をかけるのを見届けるとクラウスは務めて親しげに尋ねた。
「ちょっと伺いたいんだが、あなた方がこの辺で働くうちに変わった若い男女の二人組を見なかっただろうか。あるいは何かしらの噂などを聞いたりとか」
同じく少しだけ警戒を解いたウォルター・スミスは眉を寄せる。
「変わった若い男女。いったいどう変わってるんです?」
その返答にクラウスはあいまいに首を振る。そう聞くということは、この辺境の飛行士達はやはり何も知らないだろう。もしも彼らを知っていたならすぐにそれとわかるはずだ。
身長196センチの『元』【世界樹の巫女】ジア・アーベル。
白髪の少年ハルト・ヴェルナー。
彼らの行方を確認することが今のクラウスの傭兵として与えられた役目だった。
「何だい、若い男女?そいつらは駆け落ちでもしたのかい」
オハラが口をはさむ。
「まあ、似たようなものですかね」
何とも言いようがなくクラウスは苦笑する。
駆け落ちなどと分かりやすい状態ならば逆に苦労はしないのだが、クラウスには束の間の付き合いだったが、彼らがそう短絡的な人間とも思えなかった。
いったい奴らは今、どこで、なにをしているのやら。




