プロローグ
後に世界樹と呼ばれる一粒の巨大な種が、この地に振り落ちて百二十余年。
世界の営みの変容は歴史と呼ぶにはあまりに劇的で騒々しく、目まぐるしかった。
かつて、この星は世界規模の戦乱によって多大に脅かされており、そして誰もがその末期の緊張を実感し始めていた中での種の衝突であり、その上で戦争を完全に終結させた最大の要因は、巨大な種が生み出した魔王によってもたらされた世界規模の破壊だった。
すべての環境と価値観が惑星規模で一変し、それでも生き残った人類は持って生まれた動物の性で辛抱強く、そしてしぶとく復興を目指した。
そんな不安定な人類の営みの隙間を縫う様に、世界樹は静かに、だが確実に根を伸ばし、確かな影響を与えていた。
【マナ】【亜人】【キメラ】
この星に無かったもの、それでいて世界樹単独では持ちえなかったもの。
二つの世界が接触した際の破壊と再生。
それを侵略と呼ぶ者、迎合と呼ぶ者、進化と呼ぶ者様々だった。
認める者、忌避する者もまた同様に。
ただ唯一時間だけはいつ如何なる時も変わらず平等に流れ続け、やがて世界が種の衝突後に生まれた人々が中心の世代となり、その新たな文化と価値観こそが不変のものと成り果てる。
それでも人々は決して過去を全て忘れたわけではなかった。
口伝、記憶、記録。様々な媒体に頼りながら、新しい技術体系を造り上げて行く中で、かつてのこの世界独自の伝統や文化もまた蘇らせようとしていた。
そんな二つの技術の流れが同時に存在するうちに、環境と同じくやがて一部が融合し、過去と今をつなぐ、本来とは別の方向へと人々を導いていた。
それは忘れがたき過去を想う郷愁や望郷の願いに、まだ見ぬ未来への願いを乗せて。破壊からの復興だけでなく、さらに一歩先の未知の領域へと。
一部の人々は忘れかけていた、滾る熱い想いに突き動かされ、それを求めた。
少しだけ前向きのそれは一言で言うのならば【浪漫】と呼ばれるものだった。
一本の線路があった。
平和な時も、戦時中も、それぞれの時期にそれぞれの役割をもって人々に運用されていたそれは魔王の破壊の後にも大地に、鉄と木そのままの形で残されていた。
人類が復興に励む作業の中、その線路は、始めは人力のトロッコで資材を運ぶだけに再利用されたに過ぎなかった。
やがてマナを使った新たな動力が発明され、より多くの物資や人員を機械の力で運送するようになる。そうすると、次は線路自体も新たに拡張され、連結される。その際には鉄だけでなく、世界樹の影響から生まれた新たな資材、かつてこの星にはなかった鋼鉄にも変わりうる資質を持った木材が使われた。
多数の技術者と作業員が知恵と努力を惜しみなく投入し、過去の記憶、現在の技術、未来への希望、それらの文化が合わさって、かつて大陸を横断していた在りし日の【列車】が再現された。
ただ目的のための運行ならばもっと効率のよいやり方、今現在のより最適な形があった。
それでも人々は、たとえ機構や動作が全く異なったものだとしても、かつての過去の姿の再建を懸命に目指した。
それは激変する世界の中での、自己を確立するための甘い感傷かもしれなかった。
ただ、単なる感傷にしては、それはひどく熱く轟き、まさに機関車のごとく生活の中を、火花を散らし、深緑の蒸気を吐きながら走り抜けた。
誰もが知らないが、誰もが求めた、かつての人々の願いをこめた大陸横断鉄道。
それは【テュポーン】と呼ばれた。
多種多様な人物が様々な用途で関りを持ったその鉄道は、それが生み出す利益に惹かれ、時としてその権利を強引に手にしようとする大小様々な勢力も現れたが、彼らがその理を独占することは一度としてなかった。
何故ならテュポーンはそのような身勝手な動機を持つものが、先人達の技術を受け継げるはずもなく短絡的に運営できるものではなかったからだ。
そしてどこかの勢力が突出して害をなそうとするものなら、普段は反目しあうだけの他勢力も平等な利益を名目に、一致団結して排除した。この不安定な情勢や環境の中で、人々が一番に手を取り合い、協力するために一番に最適なものは共通の敵だったのだ。
そうした人々の動きの中でテュポーンに関わる人々は全てをまとめ一つの組織を設立した。
【セントラル・ソサエティ】
彼らの第一に掲げる絶対の主義は【平等】だった。
どんな人種、階級、勢力であろうとありとあらゆる人々にテュポーンの利用を歓迎した。
それは決して博愛の精神から来ているのではない。
彼らはその平等を武器としたのだ。
どんな思想を持つものであろうと、手を組むことに一切のためらいを持たず、またそれをあえて大っぴらに公言することで特定の敵を作ることを未然に防ぎ、本音はどうであろうとも各勢力と親密な関係をもった味方としたのだ。
帝国であろうと、教団であろうと、世界樹を信奉していようと、していまいと。
そしてどこの勢力にも与していなくとも。善人でも悪人でも。
理があると判明すれば、昨日までの敵とも手を結び、害があると知れば、どんな味方も即座に裏切った。
その徹底した合理主義によって武力に訴え勢力争いをするほか陣営を尻目に、彼らの間を縫う様に絶えず移動する巨大列車をシンボルに掲げながら、対照的に確固たる地盤を築いていた。
やがてマナを機構に組み込んだ動力が一般化すると、その巨大な列車に追随し、ともに旅を続ける様々な乗り物たちが現れた。それは巨大な車体を動かすために膨大なマナを消費しながら、それでも全てのエネルギーを使い切るには至らず、大気中に排出されるマナの残滓を取り込み、より効率的に、最低限の労力で行動する独立した集団。まさに巨大なテュポーンの生み出す利益のおこぼれを目ざとくむさぼる貪欲かつ、したたかな者たち。
大海を回遊する巨大な鯨に追随する小魚たちの様に。
しかしより多数の地域、人々に利益を生む彼らもテュポーンはやはり平等に受け入れ、その列車の運行は独自の社会が形成され、深緑の蒸気が渦巻く一大キャラバン隊となっていた。
その日も大陸を走るテュポーン含む巨大なキャラバン隊には、いつもの様に多種多様の人々が平等の名のもとに存在していた。それぞれに同じく多種多様な思惑を抱きながら。
孤高の将校に率いられた帝国のとある独立遊撃部隊。
血と戦いのみを求む、破滅を待つだけの傭兵部隊の残党。
誇りと気品を取り戻すべく前を向く没落した貴族令嬢。
ただ自由と生存だけを願った悲運の恋人たち。
反乱軍初任務に臨む翼を持った美貌の若き亜人。
野心と臆病の狭間で揺れる逃亡兵。
自らに定めた目標に挑戦し続ける一匹の怪物。
そして、世界樹の巫女と呼ばれていた長身の少女。
彼女に付き従い、そして導く白髪の少年、最後の大樹の使徒。
分け隔てなく彼らの運命をのせて、熱い蒸気と火花を散らし、車輪は回り始める。




