6-5
治と一希ちゃんを待っている間に、パーカー姿の男が接触してきた。
この間、私たちを襲った刺客の中にいた獣人の一人。
「こちらの指示に従え。大人しく従えば、他の人間には危害を加えない」
「……どうすればいいのよ」
「この先に大きな公園がある。そこで話をしようじゃないか。先行するから後をついて来てもらえればいい」
おそらく、他の仲間たちがそこで待ち構えているのだろう。人目がつかないところで私を殺すのが目的というわけだ。
「分かったわ。それで他の人に手を出さないのならね」
「もちろん。こっちの人間など興味ない。知っての通り、俺たちの目的はあんただ。あんたを殺さないとファルマンには帰れないんでね」
「……ファルマンは、国は今どうなっているの」
「さてな。こっちから連絡する手段が皆無なんでね。そんなことより、あんたの連れが戻ってくる前に移動したほうがいいんじゃないか? 巻き込みたくないんだろう?」
「っ……! 早く先導して」
パーカー男は品のない顔で笑うと、身を翻してスタスタと歩き始める。
治、ごめんね。……でも、大丈夫だから。
私一人で問題を解決してみせる。だって、これは私自身の問題なのだから。
「……絶対に戻ってくるからね」
治と一希ちゃんがいる商業ビルを一瞥して覚悟を決める。パーカー男を追いかけて、ゆっくりと確かな足取りで歩き始めた。
それから、大きな道路沿いを真っ直ぐ歩くこと数十分。
上野恩賜公園と刻まれた丸石の銘板が置かれ、土地を囲むように樹々が生い茂っている、そんな都会のビル群から隔離されたエリアへと辿り着く。
「まだ、日が高い。日没まで待っていろ。俺たちもこんな時間にことを起こすわけにもいかないんでね」
それだけ言い残して、パーカー男はスーッといなくなってしまった。
近くのベンチに腰掛けて日没を待つ。その間に治から連絡が来ていたので返信をしておいた。心配をかけてしまっているのは本当に申し訳ない。
「大丈夫、勝算はあるから」
おそらく敵の数は三人。この間の襲撃は本気で仕留めに来たもので、あの場で人数を出し惜しみする理由がない。
こちらの世界に転移をするには膨大な魔力が必要であり、生きている確証がない私一人に対して、大量の戦力を投下するというのは考えづらい。
それに加えて、だ。
男が先程言っていた通り、現在のファルマンの技術では異世界間での意思疎通は不可能。私を発見して援軍を呼んだ、という可能性も限りなく低い。
――――相手が三人なら何とかなる。
王族というのは贅を尽くし、私腹を肥やしている、なんて風に思われているがそんなことはない。上に立つものとして文武を尊び、日々研鑽に励んでいた。
もちろん、相手が軍人や戦闘のプロとなれば万に一つにも勝ち目はないが、私たちを襲撃した獣人たちは戦闘に関しては素人レベルだ。
武に心得があれば、治の不意打ちに倒されるなんてまずあり得ない。
「素人相手なら、私一人でも対応できる」
剣術、弓術、武術、体術、幼少期から一通りを仕込まれてきた。この間は治に気を配っていて本領を発揮できなかったが、今日はその心配はない。
戦闘というのは高速で繰り出されるジャンケンのようなもので、相手の動きをいかに読み、自分は隙を作らないかを、絶え間なく繰り返すゲームだ。
だから、残りの時間は脳内シミュレーションに時間を使う。いかに相手の予想を上回る手を打つか、いかに相手の選択肢を潰すか。
ただ守られるだけのお姫様じゃないことを証明してみせる。
「ついてこい」
「……えぇ、分かったわ」
日が沈み当たりは薄暗くなった。公園の人通りも少なくなり空気は森閑としている。
私はパーカー男に誘導されるまま中心部へと進んでいく。
整理された遊歩道ではなく、木々の間を抜けるようになってからは、草陰などに伏兵がいないか最大限気を配りながら歩き進める。
「連れて来たぞ」
ちょうど周囲の遊歩道から死角になるような場所に辿り着くと、案内役の男が虚空に向かって声を掛ける。
しばらくして木の裏から獣人二人が顔を出す。
「うひょ、王女様一人かよ! あの男はどうした! ブルっちまったか!?」
「……クソが。これじゃあ、やられっぱなしじゃないかよ」
この間の獣人二人が、下卑た笑いと共にこちらへ視線を向けてくる。
しかし、そんなのは歯牙にもかけない。
まずは第一関門を突破。ここにいるのはこの間のメンバー、三人だけだ。
「あなた達くらい、私一人で充分よ」
「カッケー! さすが、我らが王女様! でも、それなら良かったぜ。ここなら前回みたいに邪魔者が来る事もないしなぁ? 秩序とかいうクソめんどくせぇルールのせいで、こっちの人間には危害が加えられねーからよぉ!」
「無駄話をしている暇はないわ。私も早く家に帰りたいの。私を殺すっていうならかかって来なさい」
低く腰を落とす。常に不意打ちを警戒。
あの三人の一挙手一投足を見逃さないように目を凝らす。
「いやいや、待ってくださいよ、王女様。遥々遠くから王女様に謁見しようとやって来たわけですよ、我々は。ちょーっと褒美とかあってもいいんじゃないですかぁ?」
「……何が言いたいの」
「いえ、ですからね? 我々庶民のくだらない夢なんですけども、あの清廉潔白な王女様を我々みたいな下人が貶める。死ぬ前に最高の恥辱を与えるってのも、なかなかと唆られるテーマなんですよ、これがぁ!」
「そう。出来たらいいわね」
男の戯言など、脳で処理することなく聞き流している。
今はとにかく、あの三人の動きに集中することだけを考えなければ。
「連れないっすねー。つか、めっちゃ隙ないじゃないっすかー。――――どうする、三人で一気に突撃するか? 人海戦術ってやつ」
「じゃあ、お前が先行しろよ」
「おけーおけー。んじゃ、ヨーイ……ドン――――なんつってぇ!」
「……っ!? きゃああああ!!」
男達が今まさに駆け寄ってくる。私の意識は正面だけに集中していた。
だから、反応することができない。頭上……木の上から用心深くこちらを伺い続けていた伏兵の一撃に。
気が付いたら、頭を押さえ付けられ地面に組み倒されていた。
「いやっほぉー! やりぃ!」
「くっ……! なんで……!」
顔を地面に押し付けられながらも、男達を必死に睨め付ける。
「いやねー。王女様の予想通り、俺たちは三人しかこっちに来れなかったわけよ。けどさ、王女様がこっちで仲間作ってたのを見てさ、それ使えるって思って! こっちにいる同郷のやつに声かけてみたら、こうして協力してくれる奴がいたんだよぉ!」
男の嘲笑が耳の中にべっとりとへばりつく。
戦うまでもなく、地に伏せっている自分が恥ずかしい。あんなに意気込んでおいて、結局はいい様にされてしまっている自分の無力さ。
傲っていたのは自分の方だったことに気付かされる。目の前の男達は、私のことを過小評価せず念入りに準備をしていた。
その差がこうして結果として現れている。
「離しなさい!! 離して!!」
「暴れんな、このアマ!」
「ぐ、うっ!」
脇腹を思い切り蹴飛ばされる。一瞬、体が呼吸を忘れた。
「観念しなって王女様ぁー。最終的には殺すけどさ。大人しくしてれば、たっぷり楽しませてあげるからさー。……でも、このまま抵抗する様なら手足の骨折っちゃおうかなー」
腕を関節とは逆側に曲げられて、ゆっくりと圧を掛けられる。
「い、い、いたっ!」
「ふはは! なっさけねー顔!」
心とは関係なく、体の反応として涙が止まらない。
羽をむしられた蝶が為す術もなく蹂躙される、そんな有様だった。
「んじゃ、大人しくなったことだし? お楽しみの時間といきますかぁ!」
身につけている衣服を乱雑に剥ぎ取られる。暴れようにも関節を決められていて、痛みを恐れるあまり体を動かすことができない。
無力、無力、無力、嫌だ、嫌だ、怖い、怖い、逃げたい。
「助けて、お……」
――――ダメっ!
犯されるにしろ、殺されるにしろ、王女として勇ましくありたい。
自分の行動に責任を持て。治が来ないことは分かりきっている。
だから、それを口に出すのは駄目だ。それを口に出してしまったら、この後の仕打ちに耐えられなくなるから。
……ごめんね、治。約束守れそうにないわ。
「ぐはっ!」
「なんだ……ぐへっ!?」
不意に体を押さえつけていた力が弱まった。
「こういうピンチに登場できる俺って、やっぱ天才だわ」
もう二度と聞けないと思っていた声がすぐそばから聞こえてきた。




