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「では、わたくしは受付に戻りますね。野老澤さん、サリィさん、さっきは驚かしてしまってごめんなさい。また今度、ゆっくりお話ししましょうね」
ミーナさんは自身の首を小脇に抱えながら、首のない胴体でぺこりとお辞儀をした。
デュラハン。
アイルランド地方では、不吉を象徴する妖精と言い伝えられているそうだ。
その一番の特徴は首と体が分離していること。
現地ではデュラハン=死を予言する存在と認識されているらしく、「え、俺もしかして死ぬの?」と戦々恐々としてしまう。
いや、ミーナさん自身はめちゃくちゃ明るくて、この人が死とかそういうマイナスなものを象徴するとは信じられない。だから、たぶん大丈夫だろう。
とにかく、伝承や物語で語られる異形というのは、決して空想の産物などではなく実在している。松郷さんの言葉に嘘はなかったということだ。
しかし、だ。
今は一旦、ミーナさんのことは置いておきたい。
「……松郷さん、説明をお願いします」
それ以上に、どうしてもはっきりさせたいことがある。
現在、『会員制バー 集い』の店内にいるわけだが、この場所は想像していたような小洒落た会員制バーなんかではなかった。
照明が抑えられて、ジャズの軽快なリズムが空間を包み込み、かっちりとしたベストを着こなす渋いバーテンダーがいる――そんな高級バーの様相とは程遠い。どちらかと言えば、慣れ親しんだ下町の居酒屋といった雰囲気だった。
ただ、そんなことよりも、もっと重大な、特筆すべき点がある。
店内にいる客が全員、異形の存在だったということだ。
「あぁ、ごめんごめん。見てもらった通り、ここは異世界人同士が交流できるように、というコンセプトの元で作られた隠れ家的なお店なんだよ」
「中に入ったら分かる、ってのはこういう意味だったんですね……」
扉を一枚隔てた先では、多種多様な異世界人が楽しそうに酒盛りをしている。
そんな光景が広がっていた。
「今後、君たちと話をする時はここを利用しようと思うんだ。どうしても、普通のお店では出来ない話が多いからね」
この『集い』は入口正面にカウンター席とテーブル席、店内の左奥にある廊下を進んだ先に座敷席が用意されている。座敷席は各部屋が襖によって仕切られており、ミーナさんに案内されたのは大人数の宴会にも対応できそうな広い部屋だった。
大部屋を三人で独占するのは心苦しいが、内緒話をするにはもってこいの場所である。
「後はそうだね。サリィさんが異世界人と交流、野老澤くんが異世界人を理解するためにも、ぜひ贔屓にしてもらえるといいんじゃないかな」
「なるほどですね。色々とお気遣いありがとうございます。じゃあ、あれっすね。せっかくなんで、お酒とか頼んじゃってもいい感じですか?」
「こら、治!」
こんなにも居酒屋っぽさが全開だと、酒飲みたいスイッチが入っちゃうよね。とりあえず疑問が解決したので気が緩んだってのもあるし。
そんな俺を隣にちょこんと座っているサリィが窘める。
「あはは、それはもうちょっとだけ待ってくれると嬉しいな。先に真面目な話を済ませようじゃないか。――野老澤くんとサリィさんの今後について」
「……忘れてました。それが本題でしたね」
ここに呼ばれた理由を失念していた。
いやー、だってね? ここに来るまでに驚くことが多すぎたんですよ。そりゃ数時間前の記憶なんて吹っ飛んでもおかしくないと思います。
「おいおい、それを忘れてもらっちゃ困るよ。……よし、じゃあ回りくどいのは無しにして、単刀直入に。君たちには異世界人のサポートをお願いしたいと思っているんだ」
「異世界人のサポート、ですか」
――――松郷さんからの提案はこうだ。
野老澤探偵事務所に、松郷さん経由で異世界人に関わるトラブルの相談を依頼する。
内容はその時によってマチマチだが、俺のような異世界人への理解があって融通が利く人間、サリィのような異世界人とのコンビなら、大抵の問題は対処できるんじゃないかと。
そして、もちろん報酬も支払われる。
「サリィさんの身分もこちらで保証する。依頼も強制という訳ではなくて――」
「松郷さん、やります」
ここまでの好条件。断る理由がない、即決だ。
我ながら安直だとは思っている。
松郷さんとは知り合ってまだ一日しか経っていない。このこちらに有利に思えるような条件も、松郷さんにとって都合の良いものに過ぎないのかもしれない。
だけど、いいんだ。松郷さんを信じると決めたから。
俺は昔から勘がいい。今回もその勘が松郷さんを信じろ、と言っている。
「ほ、本当かい!?」
「むしろ、渡りに船です」
サリィを保護する上でネックとなるのは資金面だ。俺が安定した経営者だったならよかったのだが、うちの会社はいつ潰れてもおかしくない。
だからこそ、仕事の依頼を安定確保できるというのは有難い話でしかなかった。
「……サリィさんもそれで大丈夫かい?」
いけない、いけない。完全にサリィの意見を考慮していなかった。
勝手に話を進めてしまったが、サリィからNGが出てしまったら考え直さないとだ。これは俺一人だけで決めていい話ではない。俺たち二人の問題だから。
「わ、私はっ! 治と一緒に居られればそれだけでっ!」
「お、おい!」
サリィが何を言うかと思えば、赤面したくなるような恥ずかしいことでした。
しかも、言った本人が顔を赤くしているんだから世話がない。
「野老澤くん……?」
「やめてください、その顔! 俺からはノーコメントで!」
松郷さんは冷やかすような顔でこちらの反応を待っていた。
まったく、サリィのやつめ。人がいるところでデレるんじゃないよ。いや、人がいないところでやられても困るんだけどさ。
「おじさんには君たちのやり取りでお腹いっぱいだよ」
「いや、松郷さんとセフィレムさんとのやり取りも大概でしたけどね!」
「ははは、これは一本取られたな。ということで、これからもよろしく頼むよ、治くん」
「……ええ、こちらこそ。よろしくお願いします、久さん」
倍くらい歳が離れている俺と久さんだけど、不思議な友情のようなものがあった。
まるで未来の自分と話しているようなそんな感覚。きっと久さんは久さんで、過去の自分と話しているような感覚があるんじゃないだろうか。
だから、すんなりと互いのことを名前で呼ぶことができたんだと思う。
「――――その同盟、ちょっと待ったァ!!」
あと少しで握手が交わされた……というタイミングで侵入者が現れた。
坊主頭に上半身裸の男。これがイレギュラーであることを瞬時に理解する。
「サリィ!」
即座に立ち上がって、サリィを庇うように不審者と対峙する。
どう見ても怪しい風貌。こいつをサリィに近づけさせるわけにはいかない。
「うむ、合格!!」
「……は?」
半裸の男は俺をしばらく凝視すると、「うんうん」と納得したように頷いて、正面に座る久さんの横にドスンとあぐらをかいて座った。
全く意味が分からない。
「どうした、野老澤治!! 突っ立てないで座れ!!」
しかも、半裸の男はなぜかこの場を仕切ろうとする。
「いや、そもそもアンタ誰だよ。つか、なんで俺の名前を――」
「まぁまぁ、治くん。私も突然で驚いたけど、彼は一応知り合いなんだ」
「久さん。知り合いは選んだほうがいいっすよ」
とりあえず、不審者ではないらしい。仕方ない、渋々その場に座ることにした。正面にヤバい奴がいる状況なので、いつでも臨戦態勢に持ち込めるようにはしておく。
「(~~~~!!)」
チラリとサリィを見ると、半裸の男を直視できないようで、頬を赤く染めながら視線を斜め下に向け続けていた。
本当にこいつってウブだよな。ま、その方が可愛げあるか。
「ははは、何だかんだ古い付き合いでね。それに、この仕事をする上でどうしても関わらないといけない人――――というか神様なんだよね、彼」
「は? か、神様?」
聞き間違いだろうか、久さんがとんでもないことを口走ったような。
「ガハハ!! そうだ、我こそは神!! 神・ファースト!! どうだ、恐れ入ったか!!」
「あれですか。ヤバめの新興宗教とかの教祖ですか、これ」
半裸の男を無視して、久さんとだけ会話をする。
「いや、本当に神様なんだ。ただ、神様といっても世界を創造した存在とかではなくて――簡単に言えば『システム』みたいなものだよ。すごく罰当たりな考えだけどね」
久さんは至極真面目な顔で、眼前の男について説明する。
本人が言う通り、神がシステムってのはかなり過激な見解だった。聞く人によっては激怒されそうだ。
「おお!! いいことを言うな、松郷久!! そうだな、我はシステム――いや、システムの守り手と表現するのが適切だろうな!!」
しかし、そんな言葉を受けても当の本人……じゃなくて本神は楽しそうに笑っている。
「にわかには信じ難いですが、とりあえず信じないことには話が進みませんよね。それで、この神はどういった役割を担った存在なんですか?」
「彼はこの世界と異世界の境界線を管理する存在だ」
「境界線を管理する?」
それから、久さんはファーストという神の役割を滔々と語ってくれた。
なぜ、こちらの世界にやってきた異世界人が犯罪行為などに手を染めないのか。
少なくとも俺が生きてきた二十三年間で、異世界人が事件を起こしたという話は一度も聞いたことがない。
異世界人は確かに実在しているのに、そういった話が全くないのも不思議な話だ。彼らには非凡な力がある。それを悪用する可能性だってゼロじゃない。
どうもそれが起こらないようにしているのが、このファーストという存在らしい。
こちらの世界の人間、異世界人の間でのトラブルを防止する。ファーストが展開している『秩序』という上位概念がそれを可能にしているのだとか。
「どうだ!! 恐れ入ったか、野老澤治!!」
久さんの解説が終わると、ファーストは得意げに胸を叩いた。
「まぁ、な。けど、そんな神様が今日は何の用だって言うんだよ?」
「フハハ!! 貴様が信頼に値する男か見極めさせてもらったのだ!! 獣人・サリィを庇う行動は完璧だったぞ!! 喜べ、認めてやろう!!」
「そりゃ、どうも」
それで合格とかどうとか言っていたのか。
「――――だが、大変なのはこれからだぞ、野老澤治!! 松郷久からも忠告があったと思うが、貴様にはもう『秩序』の概念が適応されない!! せいぜい覚悟しておくのだな!!」
ファーストは言いたいことだけ言って、個室から飛び出していってしまう。
残された三人の間でなんとも言えない空気が流れる。特にサリィは、申し訳なさそうに俺のことを見ていた。




