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3-4

「はぁー食った食った」

「治、ニンニク入れすぎ! 臭い!」

「ふっ、サリィもまだまだだな」

 家系ラーメンとライスの良さは分かったみたいだが、味変で使うニンニクの良さが分からないようでは、まだまだ家系ラーメンの真髄にはたどり着けない。

 家系ラーメンは卓上調味料との組み合わせで無限に進化する。そうやって自分好みの味を模索していくのも、家系ラーメンの楽しみの一つである。

「こんな臭くなるなら無理して入れようと思わないわ。普通に食べても美味しいし」

「チッチッチ」

「だからそれ、うざいからやめなさい!」

 やれやれ、新世界への扉は目の前にあるというのにな。

「まーまー二人とも、美味しかったんだからいいじゃないですかー。それと、そうだ!

治さん、ごちそうさまでした!」

「……そうね。ラーメン美味しかった。ありがとう、治。連れてきてくれて」

 二人はペコリと頭を下げた。そんな風に言ってもらえると奢った方も嬉しい。

 財布の中身は寂しいが、心の中は暖かかった(うまいこと言ったな)。

「俺も二人と一緒に食事ができて楽しか――」

「やっぱり、ニンニク臭いからあんまり喋らないで」

「うぉい!」

 素直な気持ちを言葉にしようとしたらこれかよ。

「あはは、よかったら口直しにデザートでも買っていきませんか? お世話になってますし、それくらいボクが出しますよ」

「後輩に金なんか出させるかよ。寿司焼肉に連れて行けなかった分、デザートくらい好きなだけ買っていいぞ。ホールケーキでもなんでもな。俺、社長だし」

 部活やサークルの先輩たちはクソ生意気な俺を可愛がってくれた。久しぶりに会って飲んだ時も一銭たりとも後輩には要求したりしない。

 決まって「この分は、治が自分の後輩に奢ってやれ」とカッコいいことを言う。

 俺の中の先輩像はまさにそれだ。多少無理をしてでもカッコいい先輩でありたい。

「ありがとうございます。それじゃ、コンビニで何か買いましょ!」

「お、おう……」

 なんて思っていても、こちらの財布事情は一希に筒抜けだった。一希にはいらん気を使わせてしまったな。うぅ、金を稼がないとなぁ。

 それから、少しでもカロリーを消費したいという一希の要望に応えて、俺たち三人は中野から東中野の事務所まで歩いて帰ることにした。

 サリィと出会ったのは、一昨日の金曜日。

 その日は一人で寂しく中野から事務所までの道を歩いていた。

 対して、今日は三人で談笑しながら楽しく歩いている。

 サリィと出会ってまだ二日しか経っていないというのに、すでにサリィの存在は俺にとって日常となりつつあった。

「あ、この公園」

「どうしたの、サリィちゃん?」

 計らずしも一昨日と同じようなルートを使ったこともあり、俺とサリィが出会った小さな公園・さくら公園の前にたどり着いていた。

「この公園でサリィと出会ったんだよ」

「ぐぬぬ! じゃあ、早くいきましょ! 二人揃って、出会いの場所で感傷に浸られても困りますから! ほらほら行きますよ!」

 一希はぐいぐいと俺の腕を引っ張って先に行こうとする。

 ――――そんな時、不意に視線を感じた。

『っ!?』

 それはサリィも同じだったようで、二人揃って同じ方角に顔を向ける。

 俺は天性の勘、サリィは獣人特有の危機感知なのか。

 振り返った先には、パーカーのフードを深く被った怪しげな男が立っていた。

 男は身動き一つ取らずにこちらをただじっと凝視している。

 パーカーにジーパンという普通の服装ではあるのだが、雰囲気がこう、なんかやばい。

 咄嗟にサリィと一希を背に隠してパーカー男と相対した。

「何か用か!?」

 意識的に大きな声でフードの人物を牽制する。

 大声を出すことで周囲にトラブルを伝えることが出来て、さらにはアドレナリンが分泌され、普段は奥底に眠っている闘争本能が呼び覚まされるのだ。

 そこそこ鍛えてはいるが、いざ格闘勝負になったら勝てるかどうか。

 身長と体重的では分がありそうだが、相手がナイフなどの武器を持っていたらそれもひっくり返る。とにかく相手の出方を伺うしかない。

「…………」

 男はニヤリと笑ったかと思うと、何も言わず路地裏に消えていってしまった。

「なんなんだ、あいつ。大丈夫か二人とも?」

 拍子抜けだった。深呼吸をして、過敏になっている神経を落ち着ける。

「お、治さんカッコいい……。ボク、キュンキュンしちゃいましたっ!」

「ふざけてる余裕があれば大丈夫だな。サリィは?」

 一希は「ふざけてないですよー!!」と苦情を言うが、いつものごとくスルーする。

「…………」

「サリィ、大丈夫か?」

 何か思うところがあるのか、サリィは押し黙っている。

「え、ええ……ありがとう、治。助かったわ」

 しかし、一秒もせずにこちらに焦点を合わせて言葉を発した。

 どうしてだろうか。

 俺には何故か、それが無理に表情を作っているように見えてしまった。


 ――――夜中にふと目が覚めてしまった。

 不審者と遭遇した後、俺たち三人は無理矢理にでもテンションを上げて、二次会であるコンビニ・スイーツパーティーを楽しんだ。

 コンビニだからそこまで金額もいかないと思っていたのだが、というか一希もそれで提案してくれたはずなんだが、サリィという食い意地モンスターの存在を失念していた。

 ラーメン屋であんなに食べていたのに、甘いものは別腹だと気になるスイーツを片っ端からカゴの中にぶち込んだ。

 しかも、何の問題もなく大量のスイーツを平らげてしまう。

 全く、あいつの胃袋どうなってるんだ。

「で、何時だ」

 あくびをしながら時計を確認。……時刻は深夜三時。

 一希は終電前まで事務所にいたが、午前中に荷物の受け取りがあるらしく(コスプレらしい)、東中野駅から自宅最寄りの練馬駅まで帰宅した。

 それからシャワー浴びたりなどして眠ったのがつい一時間ほど前。

 普段であれば、こんな半端なタイミングで起きることはあり得ないのだけど、不審者との遭遇が入眠を妨げるストレスになっていたのかもしれない。

「寝酒でも飲むか」

 冷蔵庫にコンビニで買った酒が入っているはずだ。

 眠っているサリィを起こさないようにと、慎重にベッドを横切ろうとする――

「お父様……」

「なんだ起きて……あ……」

 サリィの声が聞こえたのでベッドの方に視線を向けると、涙を流しながらうなされるように寝言を繰り返すサリィの姿があった。

 その腕にはプレゼントした茶色いクマのぬいぐるみが抱き抱えられている。

 それは寂しさを紛らわすためなのか、ぎゅっと強く、強く。

「ルージェ……カトリーヌ……」

 サリィは俺が知らない誰かの名前をしきりに呼び続ける。

 なんで、こんな簡単なことに気が付かなかったんだろう。どんなに気丈に振る舞っていたって、こいつはまだ十八歳の子供じゃないか。

 家族や仲間の元から離れて、一人で見ず知らずなこの世界に来て、それで弱音を吐かずにやってきたのが無理をしてないわけがないだろ。

 母親が死んだ時、姉貴が行方不明になった時、最後の肉親である親父が死んだ時。自分がどれだけ泣いて喚いて、周囲に迷惑をかけたのかを忘れたとは言わせない。

 そう考えたら、こいつが今やっていることがどれだけ凄いか。

「お前はよくやってるよ」

 ベッドに腰掛け、寝ているサリィに優しく語りかける。

「俺にはもう家族いないし――って姉貴を死んだことにしたら姉貴に悪いか。まぁ、現状は天涯孤独な身の上だからさ。お前の気持ち、少しだけ分かるよ」

 一人になることがどれだけ怖いことか、そして寂しいことか。

「お前の事情は知らないけどさ。帰りたいってなったら、どんな手を使ってでも、俺が元の世界に帰してやるから。安心しろよ。俺、天才だし」

 って、寝ている相手にギャグを言っても仕方ないか。

 こいつが何でこちらの世界にやって来たのか、その理由は分からない。だけど、生まれ故郷ってのはそう簡単に捨てられるもんじゃないからな。

 もしこいつが帰りたい、そう思った時には必ず助けになろう。

「大丈夫だから、心配すんな」

 起こさないようにサリィの頭を静かに撫でる。サラサラとした髪の毛とモフモフとした耳のコントラストが楽しい。

 やばい、これはいくらでも撫でていられる。いや、そんな下心は捨て去ろう。

 今はこいつが悪夢にうなされないように、これ以上涙を流さないように、寂しいと感じないように、ただ無心で頭を撫で続ける。

「すぅ……すぅ……」

 気が付いたら、サリィの寝息は落ち着いたものになっていた。

 よかった、これで俺も安心して眠れ……る…………。


「あれ……って、やれやれ」

 気が付いたらなんか時間が経っていた。眼前にはスヤスヤと眠るサリィの姿が。

 天才的な頭脳を持つ俺は瞬時に理解する。おそらく、サリィの頭を撫でているうちに寝入ってしまったのだ。

 さて、こいつ寝顔だけは天使みたいに可愛いな、とか考えている場合じゃない。このままサリィが目を開けて「何してんのよ変態!」ってなるのが目に見える。

 分かりますよ。だって、俺天才ですから。

 しかし、そんなラブコメの定番は回避してみせる。

 ゆっくりと息を殺してベッドから離れればいい。簡単なことだ。

 そう、こんな時に突然くしゃみをしたくなったりしなければ――――くっ、何だと……言っている側からくしゃみが出そうなんだが。

 おいおい、ラブコメ神よ。落ち着け、落ち着くんだ。

 そんな定番展開が見たいのか。あ、無理……で、出ちゃう……。

「ハックション!!」

 くしゃみと共に飛沫が思い切りサリィの顔面にかかる。

 これはあれだ、新しい形の顔射だ。って、言ってる場合かい!

「え、なに……え!?」

「おはよう、起きた?」

 当然、サリィは目を覚ますよね。知っていました。

 とりあえずイケメンボイスで誤魔化せないかな、と精一杯の低い声を出します。

「え、おはよう……え、え!? 何で治が私のベッドに!?」

「ふふふ、何でだろう――うわ!?」

 イケボなセリフを言い切る前にベッドから押し出される。

 ……あはっ、それからはもう暴力の嵐だよね。

「信じらんない! この変態! バカ!」

 なんて定番のセリフまで聞けちゃいましたよ。満足ですか、ラブコメ神。

 まぁ、これくらい元気でいてもらった方が、こっちも安心かな?

「今度こそ殺す!」

「こ、殺さないで……お願い……」

 いや、でもちょーっとばかし元気すぎるかなー?

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