第8話 皇帝の野望
「風よ!」
ユリアの風魔法が牛頭人身の魔物であるミノタウロスを襲う。風の刃に切り刻まれたミノタウロスが膝をつく。
「はあっ!」
すかさずエリーゼが袈裟斬りにする。ミノタウロスにとどめを刺した。
「二人とも見事な連携だった。俺の出番は必要なかったな」
今回はBランクのクエストであるミノタウロスの討伐だ。俺は空間魔法でミノタウロスの死体を異空間送りにする。
「まあすごい。手品を見ているみたいです」
「こんなこともできますよ」
俺は異空間から机と椅子を出し、さらに出来立ての料理の皿を並べた。
「順調に討伐できましたね。そろそろお昼ご飯にしましょうか」
取り出したのはミゲルに頼んで用意してもらった机と椅子と料理だ。異空間に保存しておいたものは経年劣化しないため、出来立ての料理が食べられる。
「城下町の食堂の料理は嫌いではないですが、やはり城の料理の方が美味しいですわね」
エリーゼが料理に舌鼓を打つ。一方ユリアは上品に黙々と食べている。
「美味しかったですわ」
「ごちそう様でした」
皆食事を終えたため、空になった皿を異空間送りにした。そして食後のお茶を異空間から取り出し、皆に振る舞った。
「カイン様のことをもっと知りたいです。いつから冒険者をされているのですか?」
唐突にユリアが話をせがんできた。
「えーと、話していいかなエリーゼ」
「ふんっ、別に構いませんわ」
エリーゼは相変わらずユリアに関わると機嫌が悪くなる。先が思いやられるな。
「詳しくは話せませんが、俺とエリーゼは最近までマルディール王国にいました。諸事情で王国に戻ることができなくなったため、帝国で冒険者として生計を立てることにしたんです」
「色々とご事情があるのですね。話したくないなら無理に聞くつもりはありません。ところで…」
ユリアが真剣な眼差しで俺を見つめる。
「お二人はどういうご関係なのでしょうか?」
「恋人ですわ!」
俺が答える前に、エリーゼが即答する。
「おいおい、エリーゼ…」
俺はエリーゼをたしなめようとするが、エリーゼは止まらない。
「私とカインは王国では身分の違いで結ばれることが出来なかったのですわ。だから私が身分を捨て、カインと帝国まで駆け落ちしたのですわ!」
「事実と異なるぞ、エリーゼ」
「えっ、結局何が本当の理由なんですか?」
ユリアは俺とエリーゼの顔を交互に見て問いかける。
「俺は平民でありながら高貴な身分であるエリーゼに好かれてしまったことを罪とされて、国外追放されたんです。エリーゼは身分を捨て俺を追いかけて帝国まで来た。これが事実です」
俺はエリーゼがマルディール王国の王女であることをぼかして話した。
「平民と貴族の許されざる恋、物語ではよくある話ですね。憧れます」
ユリアはエリーゼのことを王族ではなく貴族だと受け取ったようだ。とりあえずここは公定も否定もしないでおこう。結局本当の事情をほとんど話すことになってしまったが。
「それではエリーゼさんが一方的にに思いを寄せているということで、カイン様はエリーゼさんのことを愛してるわけではないのですね」
「えっと、それは…」
俺は答えに窮してエリーゼの方を見た。エリーゼはそっぽを向いている。
「正直なところ、最近まで身分の差が大きすぎて恐れ多くて恋心など抱いたことはありませんでした。それでもエリーゼは身分を捨ててまで俺のところに来てくれた。そんなエリーゼの気持ちを無下にはできません。これから時間をかけて好きになっていくのかなと思ってます」
俺は再びエリーゼの方を見た。エリーゼは憮然としているが、さっきよりは表情は緩くなっていた。どうやら答えの方向は間違っていなかったらしい。
「そうですか、人を好きになるには時間が必要ですね。よくわかりました、ありがとうございますカイン様」
「そろそろ休憩は終わりにして狩りの続きに行きましょうか」
俺は机などを異空間送りにして片づけた。
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「えーと、ミノタウロスの討伐6匹にその素材だな。報酬は明日受け取りに来てくれ」
いつも通りにグランに討伐した魔物の死体を引き渡して、冒険所ギルドから立ち去った。その後俺たちは帝国城内の客間で晩御飯をご馳走になり、眠ることにした。俺とエリーゼはそれぞれ個室を与えられている。宿屋ではいつもエリーゼと一緒だから気が休まらなかった。久々の自由な時間を満喫できるなと思った時、ドアをノックする音が聞こえた。
「どうぞ」
「失礼します」
エリーゼかなと思ったが、入ってきたのはユリアだった。ユリアは薄い寝間着を着ており、体の線が透けて見えたので俺は思わず目を逸らした。
「どうしましたユリア様、こんな時間に」
「ごめんなさい、二人でカイン様とお話がしたくて」
「構いませんよ、どうぞおかけになってください」
俺とユリアはベッドに腰かけた。
「それで、話とは?」
「カイン様、あなたがマルディール王国にいた時のことをもっと知りたいのです。あなたは王国にいた時平民だとおっしゃってましたが、どんな仕事をされていたのですか?」
「それは…」
「話したく無さそうなことは重々承知の上ですが、それでもあなたのことが知りたいのです。このことは他人には絶対に話しません」
俺は正直に話すことにした。孤児院で育ち、幼い頃から剣や魔法の訓練をしていたこと。将来は王国の騎士となり出世することを目指していたこと。リシャール近衛騎士団長の目にとまり、貴族にしかなれない近衛騎士に抜てきされたこと。エリーゼ王女にベタ惚れされてしまい、王様の怒りを買って国外追放されてこと、全てを話した。
「そうだったんですか…、エリーゼさんは王女だったんですね」
「このことは他言無用です。ユリア様を信頼して本当のことを話しました。エリーゼの正体がばれたら帝国に捕まってしまうかもしれません」
「わかりました、他人には絶対に話しませんから安心してください。それにしてもカイン様の出自を知れて嬉しかったです。とても苦労なさったんですね」
ユリアは俺を真剣な眼差しで見つめてきた。
「私からもお話ししなければならないことがあります。これは秘密なんですが、お父様は王国との戦争を再開するつもりのようです」
「なんですって!」
そういう噂はグランから聞いていたが、ユリア自ら話すと言うことは本当のことなんだろう。
「どういう方法をとったのかはわかりませんが、魔王と接触し魔物を従えて王国を攻めるつもりのようです。近頃魔物の数が増えているのもその関係だと思われます」
この大陸は大雑把に区切ると西がマルディール王国、東がトライア帝国、南が未開の地、北が魔物の住む森で、さらに北には魔王が住む土地があるという。
「数百年前、魔王が人間を攻めてきたことがあったそうです。当時の人間たちは力を合わせて魔王軍を追い払ったのだとか。私も聞き伝えにしか知らないので詳しいことはわかりませんが」
「皇帝がなんらかの方法で魔王と接触し、協力して王国を攻めようとしているのか。それが本当なら大変なことになりますね」
「お父様は、王国を滅ぼして大陸中のすべての国を帝国の傘下に置きたいとおっしゃっていました。私は魔物の力を使うのは反対したのですが聞き受けられなくて」
「戦争を再開させるために強者を集めていたのか、納得いきました」
「私がカイン様に護衛を頼んだのは自らを鍛えるのが目的と言いましたが、本当はお父様を止めたくてあなたに頼んだのです」
「俺が皇帝の野望を止める?そんなことが俺一人でできることなのか…」
「お父様が魔王と接触しているのは事実です。なんとか魔王の存在を暴き、お父様から離したいのです」
「しかし、どうすればそんなことができるのか…」
「今はクエストをこなして私を鍛えてください。私が強くなれば、カイン様の存在がお父様の目に留まると思います」
「いずれ皇帝の下につき、魔王の存在を暴くか…。難しいクエストですね。俺は冒険者です、当然報酬が無いと動かないですよ」
「報酬は私自身です。私の全てをカイン様に差し上げます」
そう言うと、突然ユリアは俺に抱きつき、唇にキスをしてきた。
「これは前払いです。今日はありがとうございました。また明日の魔物討伐のクエスト楽しみにしています」
ユリアは部屋を出て行った。キスされて呆然としている俺を部屋に残したまま。