第6話 皇女ユリア
「お待たせいたしました。私はトライア帝国近衛騎士団長のミゲル=イリーズと申します。このたびはクエストを受けていただきありがとうございます」
俺とエリーゼはグランから預かった紹介状を帝国の門兵に見せたところ、この客間に案内された。迎えに来たのは豪勢な近衛騎士の鎧と剣を装備した彼だ。
「カインです」
「エリーゼですわ」
「早速ですが、回復魔法がAクラスなのはカインさんでよろしいですか?」
「ええ、そうです」
「内密に行う必要があるため、ここから案内できるのはカインさんのみとなります。申し訳ありませんがエリーゼさんはここでお待ちください」
「悪いな、エリーゼ。行ってくるよ」
「仕方ありませんわね。いってらっしゃいですわ」
俺はミゲルの後をついていった。長く歩き続けると、扉の前でミゲルの足が止まった。どうやら目的地に着いたようだ。
「カインさん、ここです。申し訳ありませんが、剣は預からせてもらいます」
俺は扉の前にいた兵士に剣を預け、ミゲルの後に続いて部屋に入る。広い部屋の奥、大きなベッドの上で誰かが寝ているようだ。ベッドの近くまで誘導されると、苦しそうな呼吸音が聞こえてきた。
「こちらのお方は陛下のご息女、皇女ユリア=ヘルマン=トライア様です」
寝ているのは水色の長髪の美少女だった。その美しい顔が苦痛でゆがんでいる。
「おお、そちらの方がAクラスの回復魔法を使えるのですな。私は帝国の宮廷魔術師を任されているコンテ=インクスと申します」
ユリアの近くにいた老人が俺に話しかけてきた。
「カインです。冒険者をしています」
「冒険者ですか。Aクラスの魔法が使えるなら、貴族のお抱え魔術師としてどこでも引く手あまたでしょうに。おっと話が逸れましたな。私のBクラスの回復魔法ではユリア様を治療できませんでした。早速ですが腕前を見せていただけませんかな」
「わかりました。病には詳しくありませんが、俺が使える回復魔法で最大効果があるものを試してみます」
王国の近衛騎士だった頃、訓練で重傷を負った兵士を瞬時に回復させたことが何度もある。俺の魔法は欠損すら治せるので、王国では重宝されていた。風邪とかの病気も魔法で治せるが、ユリア皇女が侵されている病についてはやってみないことにはわからない。俺は集中し、最大効果の回復魔法を唱えた。
「おおっ!ユリア様の表情が!」
ユリアの苦痛の表情が消え、安らかに寝息を立て始めた。その様子を見てコンテが驚きの声を上げた。ごっそりと魔力を持っていかれた俺はかなりの疲労感があったものの、ユリアが回復したことを確認できて安心した。
「どうやら上手くいったみたいですね。ミゲルさん、これでクエスト達成でいいでしょうか」
「カインさん、陛下はユリア様のことをとても心配しておられました。完全に回復したことが確認できるまで何日か城内に留まってもらえないでしょうか」
ミゲルが懇願してきた。確かに回復はしたみたいだが、もう何日か様子を見た方が良いだろう。
「わかりました。それではエリーゼのもとに戻ってもいいでしょうか。何かあったらまた呼んでください」
「わかりました。ではご案内いたします」
「カイン殿、見事な回復魔法でした!ありがとうございました!」
俺は扉の前で剣を返してもらい、エリーゼのいる客間まで戻ってきた。
「おかえりなさいですわ、カイン。どうでしたの?」
「ミゲルさん、話してもいいんでしょうか」
「ええ、カインさん。ユリア様は回復傾向にありますし、もう話しても大丈夫です。考えたくはありませんが、亡くなられてしまった場合に備えて内密にことを進めるつもりでしたので」
「そうですか、わかりました。エリーゼ、俺はさっき皇女ユリア様に回復魔法をかけてきたところだ。回復したようだが、様子を見るために何日かこの城に留まることになった」
「そうなんですの?ずっと客間にいたら体がなまってしまいますの。カインに剣の訓練をしてもらいたいですわ」
「わかったよエリーゼ。ミゲルさん、訓練場を貸してはもらえないでしょうか。彼女を訓練したいので」
「カインさんは魔法だけでなく剣も得意とは多才なのですね。わかりました、ご案内します」
こうして俺は朝と夜にユリアに回復魔法をかけ、それ以外の時間はエリーゼの訓練に付き合った。こうして5日間が経った頃、ついにユリアが目を覚ました。
「私は…生きてるんでしょうか?」
「おおっ!ついにユリア様が目を覚ました!陛下に急いで伝えるのだ!」
コンテは扉の前にいた兵士に指示をする。兵士は走って報告に行った。
「コンテ…、あなたの魔法で回復してくれたのですか?」
「いいえ、ユリア様。私の回復魔法では治せませんでした。こちらにいるカイン殿が回復してくださったのです」
「はじめまして、ユリア様。冒険者のカインです。回復されたようで良かったです」
「カイン様…、ありがとうございました。私の命の恩人です」
ユリアは横になったまま俺の顔をじっと見つめている。
「素敵なお方…」
ユリアは顔を赤くしている。もう熱は下がっているはずだが?
「ユリア!」
突然大声とともに大柄な男が部屋に入ってきた。隣には近衛騎士団長のミゲルを伴っている。
大柄な男は俺のことを無視してユリアのもとへ一直線に走っていった。
「おお、ユリア!元気になったか!余は嬉しいぞ!」
「お父様…、ご心配をおかけして申し訳ありませんでした」
「カインさん、あちらのお方がコーネリアス=ヘルマン=トライア皇帝陛下です」
ミゲルが俺の耳元でささやいて教えてくれた。
「カインさん、ここは親子の感動の場面。我々は退場しましょう」
「そうですね」
俺とミゲルは部屋から出た。いつも通り扉前の兵士に預けた剣を返してもらう。
「これでクエスト達成ですね。俺はエリーゼとともに冒険者ギルドに報告してきます」
「ありがとうございました。客間にご案内します」
俺とミゲルは客間に戻ってきた。
「カイン、おかえりなさいですわ。今日も訓練しますわよ!」
「エリーゼ、もう訓練は終わりだ。ユリア様は完全に回復された。俺たちの役目はここまでだ」
「そうなんですの?それじゃあさっさと帰って狩りに行きますわよ!」
「カインさん、馬車を用意します。冒険者ギルドにクエスト完了を報告するため、兵士も同行させます。このたびは本当にありがとうございました」
ミゲルに見送られて俺たちは馬車で冒険者ギルドまで向かった。馬車移動のため、到着は早かった。
「先に報告してまいります」
同行していた兵士が冒険者ギルドの中に入っていった。それに続いて俺たちも入る。中に入ると、兵士がグランに報告していた。
「おお、カイン!よく戻ってきたな。Aランクのクエスト見事達成だな!」
グランは嬉しそうに話しかけてきた。俺は兵士に別れを告げ、グランに近づいた。
「クエストひとつに5日間もかかったんで効率は良くないですけどね」
「何言ってやがるんだ、帝国自らのクエストを達成したんだ。誉れ高いことだよ胸を張っていいんだぞ」
そういうとグランはカウンターの上に金の入った布袋を置いた。
「今回の報酬は金貨100枚だ。確認してくれ」
「そんなにもらえるんですか!そういえば報酬のこと事前によく見てなかったな…」
「すごいですわカイン!これで家が買えますわね!」
エリーゼが嬉しそうに俺に抱きつく。
「グランさん、俺たちは家を買うつもりです。家を売っている店を紹介してくれませんか」
「おお、いいぜ。でも焦らずにもっと稼いでからでっかい屋敷を買うことをお勧めするぞ」
「カイン、今日は訓練していないから体がなまってしまいますわ。さっさと狩りに行きたいのですわ!」
「わかったよ、エリーゼ。家は明日にして何か討伐のクエストをやりにいくか」
俺たちは今日も討伐クエストをこなす。マイホームを夢見ながら。