瞬く閃光
「っ、言ったそばからぁっ!」
なるべく怪我しないように気を付けようと決めた瞬間これだ。
痛みに軋む脇腹に舌打ちしながら、東条は空中で体勢を整え、着地、地面を滑りながら減速する。
てか何だ今の?
反射的に出した漆黒が間に合ったとは言え、それが無ければもろに直撃していた。
敵の動きが、目で追えなかった。
「チィっ」
強化を解いていたとは言え、こんなこと始めてだ。
2人の身体を『阿修羅』が包む。
身体強化とは、五感を含む全ての身体機能を底上げする魔法。
『阿修羅』ともなれば、その向上値は計り知れない。
何10倍にも跳ね上がった2人の視覚と動体視力が、再び途轍もない速度で突っ込んでくる影をしっかりと捉えた。
「ッはっえ⁉︎」
「キュ⁉︎」
東条は『阿修羅』でようやく追い付いた敵のスピードに。
ディノニクスは自分の攻撃が初めて躱されたことに。
互いに驚きながらすれ違う。
東条はノエルを離し全身を武装。
「よぃ」
彼女が地面に触れた瞬間、ディノニクスの前後左右足元から荊棘の蔓が飛び出した。
毒液を撒き散らしながらうねる長大な植物の檻を、
「キュィ――」
しかし後脚を弛ませたディノは、針穴が如き隙間を通り一瞬で離脱。
即座に向きを変え、ディノへ向かって地を這う荊棘蔓。
加えてそれを囮に、ディノの動きを予測して次々と地面から荊棘蔓が生える。
瞬く間に増殖し暴れ狂う蔓の総数は50本、その光景はさながら絨毯爆撃である。
虫1匹通る隙間など無い筈の範囲攻撃が、しかし一向に止まないのは、潰すべき標的がまだ生きている証拠。
「キュキュ」
そしてディノにとっても、この程度の穴を縫うなど造作の無いことであった。
次の瞬間、銀色に輝く爪が閃き、暴れていた蔓が細切れになる。
ディノは脚爪を地面に食い込ませ、一気にノエルへ接近。凶爪を振り抜いた。
「キュ⁉︎」
しかし、割って入ってきた変な人間に攻撃を受け止められる。
またもや自分の速さに対応され驚いたディノは、腹に掌底を叩き込まれ地面を転がった。
「キュイキュイキュイ」
「っ(跳んで威力逃がしやがった⁉︎衝撃波だぞ⁉︎)ノエル!」
ノエルが掌を持ち上げると、地面が高速でうねりドームを形成、ディノを閉じ込める。
「ん」
小さな掌を閉じると同時に、ドームが超圧縮、掌サイズの泥団子と化した。
ノエルが拳を解き、口をへの字に曲げる。心底悔しそうに。
「……逃げられた」
「キュキュィ!」
遠くの地面からひょっこり頭を出すディノ。
土を頭の上に乗せこちらを見つめる顔は、何というか、どうにもおちょくっているように見えてならない。
ノエルがそこの地面に直で土棘を生やすも、ディノは一瞬で穴から抜け出し、出来上がったオブジェの横で身体をブルブルし土を払う。
「……」
青筋を浮かべるノエル。
実際のところ、ディノはおちょくるつもりなんて一切無いのだ。
ただ純粋に、自分の速さに対応した生物を観察していただけ。
原理は?能力は?弱点は?攻撃範囲は?種は?
ディノはカチカチを爪を鳴らし瞳孔を細める。
自分の物だと思っていた武器を取り上げられたような、何とも言い難い悔しさ。
『人間は殺す』という使命感。
初めて出会った、明確な『敵』を前に、
「キュ」
閃竜はギアを1つ上げた。
「「――ッ」」
ガードに向けていた漆黒が全て弾け飛び、伸ばされた東条の腕が螺旋状に血を吹いた。
「な⁉︎」
東条は咄嗟にしゃがみ首筋に迫っていた影を躱し、スイッチ。
ノエルがcellをぶっ放し影ごと地面を抉り飛ばした。
しかし空振り。残像を残す閃竜のスピードに土煙が一瞬で晴れ、首を逸らしたノエルの耳元を風切り音が通過する。
間髪入れず、東条はマスクも外し両腕に全武装を凝縮、
真横からの爪撃を防ぐと同時に、解除、
天使の輪の様な形状で頭上に展開し、半径数mを衝撃波で押し潰した。
地盤がドーナツ型に凹むも、そこに生物の痕跡はなし。
背後からの咬撃を東条が防ぎ、続く連撃をノエルが荊棘蔓で牽制。
「ッ、マズいな」
一撃離脱を繰り返す凶刃に、東条とノエルは背中を合わせる。
攻撃が当たらない。完全に見切られている。反撃する前に敵の次弾が飛んでくる。
スピードにおいて、圧倒的に上をいかれている。
『阿修羅』で追いつくのがやっとって、どんな脚力してやがる!
「どうする⁉︎ジリ貧だぞ!」
叫ぶ東条の後ろで、
「……っ鬱陶しい!」
攻撃を躱され続けていたノエルが、遂にキレた。
彼女の瞳孔が縦に割れると同時に、魔力が爆発、一瞬にして周囲が満開の花畑に彩られる。
「キュ?」
警戒したディノは1度範囲外まで離脱するも、紫一色の花畑はその花弁を風に揺らすだけ。
追撃、なし、脅威、なし。
――突貫。
ディノは鍵爪で花を蹴散らし、一気にノエルとの距離を詰めようとする。
その時だった。
「――『ウルフズベイン』」
「キュェ⁉︎」「オェ⁉︎」
突如ディノが倒れ盛大に花を散らし転げ回り、東条もその場に崩れ、必死に吐き気を堪え始めた。
「っおま、何した⁉︎うっぷ」
瞳を潤ます東条の目に映るのは、怒りに笑うノエル。
と、空気中を漂う極微細な紫色の粒子。
何千、何万もの猛毒の花粉が、陽光を受けキラキラと輝いていた。
んあぁ殺す気か⁉︎
東条は急いでマスクを装着、肺の中の毒物を外へ追い出すべく、大きく深呼吸を繰り返す。
遠方で轟音と共にディノが吹っ飛んでいるが、もうそっちは任せる。うへぇ気持ち悪い。うへぇ。
「……ごめ」
「うへぇ」
ノエルはダウンしてしまった相棒にノールック謝罪をした後、尚も走り回るディノを荊棘蔓と滅茶苦茶に動く大地で追いかけ回す。
完璧なタイミングで毒を打ち込んだ。後は嬲り殺すだけ。
……だと思っていたのに。
「……」
ノエルは笑みを引っ込め、警戒の色を強める。
敵のスピードが一切衰えていないのだ。
いや、ダメージは確実に入っている。
単純に生物としての免疫が強いのか、毒に抗体を持つ近縁種がいたのか。恐らく両方。
マサがうへぇから治るまで待っても良いが、敵に回復の余地は与えたくない。ならば、
「仕留める」
手に土製の長剣、うねる数十の荊棘蔓を従え、ノエルは『阿修羅』を纏い地を跳ねた。
「――キュゥッ」
ディノは正直焦っていた。
敵の攻撃など食らったことのないディノにとって、苦痛という感覚自体が初めての経験だった。
全身が痛くて、苦しくて、辛い。ムカつく。嫌だ。嫌だ。恐い。イラつく。悔しい。逃げたい。殺す。何で?逃げよう。ダメだ。殺す。守る。殺す。殺す。殺す殺す殺す殺す。
――ぶち殺す。
頭の中を犯すぐちゃぐちゃな思考が、1つの感情へと集約する。
世界がぼやけている。
世界がクリアに見える。
己より先を行く者など、絶対に許さない。
『超加速』――それは、彼が生まれながらに持つcell。
ディノという1匹の竜を、閃竜という王たらしめた能力。
速く、ひたすらに速く。暗闇の先にある自由の為に。
「キュィアアアッ」
そう、これは意志だ。己の意志だ。他の誰でもない、
己の出した結論だ。
――ドンッ‼︎ドドンッ‼︎
眼前で破れた空気の壁に、ノエルが目を見開く。
咄嗟に長剣を構え緊急回避した。
刹那、
「――ッく」
ギャリリリリッ、と長剣が火花を散らし、荊棘蔓が跡形も無く吹き飛んだ。
ノエルは牽制として土棘を乱雑に生やし、一旦その場を離脱する。
顔を顰めるノエルの頬には、横に引かれた朱色の一線。
「……」
初めての被弾。引き伸ばされる思考の中、ノエルは素直に驚いた。
――着地、
「――キュルッ」「――ッ」
と同時に振り下ろされた長剣が火花を散らす。
――右から襲う爪を剣で弾き、
左の爪をしゃがんで潜り抜けざま、
剣を振り抜くが既に敵はソニックブームを残し消えている。
「――キュシィッ」「――」
振り抜いたそのまま1回転、
剣を斜めにし背後からの一撃を防ぎ、
円を描く様に切り裂こうとするも、既にそこに敵はいない。
「キュルァァアアアッッ‼︎」「――っ」
背後右斜め下から爪、右から爪、左脚の蹴り、右から頭部への爪。左下から爪。いてっ。
――途轍もない速度で連続する金属音。
止むことのない火花の雨。
ソニックブームが地面を抉り飛ばし、爆音が空気を揺らす。
コンマの中で繰り広げられる数手の撃ち合いは、はたから見れば銀色の残像である。
吹き荒れる風圧の中、ノエルは足裏と土を磁石のように引っ付けながら戦っていた。
土棘も蔓も出した瞬間破壊される。
長剣1本じゃやはり手数が足りない。
風も鬱陶しい。
傷を知らない純白の肌にも、刻一刻と血が滲んでゆく。
ここまで苦戦を強いられたのは人生初かもしれない。
引き伸ばされる思考の中、ノエルはヤババ、と考える。
見た感じ同族でもない。これでただのモンスターなのだから尚更驚きだ。
恵まれた環境。恵まれた種族。恵まれた能力。さぞ気持ち良い竜生を送ってきたのだろう。
しかしまぁ、デカいツラ代表の自分から言わせて貰おう。
この世界で自惚れるには、まだ実力不足だ。
「……慣れた」「キュ、ルァ⁉︎」
ノエルは上半身を逸らし爪を躱すと同時に、宙に生成された歪な木刀をもう片方の手で掴む。
音速を超える竜の身体を完全に捉え、すれ違いざまその背に十字の傷を背負わせた。
飛び散る黒い羽毛、美しく光る鱗、それらを鮮やかに彩る鮮血。
何が起きたか分からないディノは、再び地を蹴りその身を音に変える。
「……」「キュッ‼︎、キュィッ‼︎キュァアア⁉︎」
右後爪右爪左脚右斜爪左下爪右脚左爪右爪前刺突左脚左爪――
紫の残光を靡かせる蛇眼が高速で左右に動き、流れる様に振るわれる2刀が攻撃の悉くを撃ち落としてゆく。
『白』とそれ以外の明確な違い。
常軌を逸した成長速度と、その応用力。
今のノエルの前では、ただ速いだけの竜など、舞踏の相手にすらなりはしない。
「もういい」
「キュ、カッはっ⁉︎」
上からの爪撃を長剣で受け止め、
右からの爪をしゃがんで躱す、
と同時に長剣をそのまま引き下ろし胸部を袈裟にぶった斬り、
長剣の刃を返し、
刀と並行に構える。
左斜め下から一気に振り抜き、腹部に綺麗な2本線を描いた。
「キュハっ、キュハっ」
血を撒き散らし吹っ飛んだディノは、トレントに衝突し急いで顔を上げる。
何だあれは⁉︎何だあの生物は⁉︎
身体に見合わない得物を肩に担ぎ、悠々と歩いてくる人間。自分が与えた傷など疾うに塞がってしまっている。
あれが人間だと⁉︎ふざけるな‼︎
ガチガチと歯を鳴らすディノは、信念も、矜持も、覚悟も投げ捨て、敵に背を向け全速力で駆け出した。
もうやだ。もうやだもうやだっ。
民家を飛び越え、トレントを縫い、ただひたすらに走り、森を抜け、
――ようとした瞬間、
「ヒィャッハーーッ‼︎‼︎」「ギュォエッ⁉︎」
真横から途轍もない衝撃に襲われ、軌道を直角に曲げぶっ飛んだ。
「ふっふっふっふっ、っジャストミートォオッ!」
直線上のデカトレントがメキメキと倒れる光景を見ながら、東条は雄叫びを上げる。
『雷装 建御雷神』
その身を荒ぶる電雷に包み、バリバリと空気を弾けさせながら。
「おいおいおいぃ⁉︎上がるぜオイィイ⁉︎」
テンションのぶっ壊れた東条は足場を吹き飛ばし、一気に加速する。右脚を大きく引き、
「おぉはようございまぁあすッ‼︎」
「ギュゴエぇえ⁉︎」
血を吐き起き上がろうとしていたディノの横っ腹を、思いっきり蹴り飛ばした。
雷撃が辺りに飛び散り、火災が発生する。
きりもみするディノはしかし、何とか体勢を立て直し、超加速。このまま逃げに徹しようとする。
も、
「あ、こんにちは」「ィ⁉︎ギャぎゃぎゃぎゃ⁉︎」
一瞬で横に並んだ東条がディノの顔面を掴み、地面に叩きつけ、音速を超えたまま引きずり回し始めた。
「なんかよぉ!気分ヤベェんだよ!絶対あの毒、なんかヤバいもん入ってたろ⁉︎なぁ⁉︎なぁノエルよぉ‼︎合法だろうなコレェ⁉︎」
「ギュぎゃっぎゃぎゃがぎゃアぎゃぎゃぎゃ⁉︎――」
「お前もそう思うだろ⁉︎」
「あギャギャギャぎゃ――」
「……なんか言よォ‼︎」
ムカついた東条は顔面が半分削れたディノを海にぶん投げ、盛大に水煙を立てた。
そこで気づく。
「ん?ここ俺らが落ちたとこやん‼︎だっは!」
いつの間に沖縄本島を縦断していたことに気づき、爆笑する。もうなんか全部が面白い。何これウケる。
「おっ」
直後海面が爆発し、ディノが水上を走り元来た道を引き返して行くのが目に入った。
東条も稲妻を残し超加速。
一瞬で追いつき、回し蹴り、吹っ飛ばした先に回り込み、ラリアット、回り込み、尻尾を掴んでぶん投げる。
場所は最初に恐竜達に襲われたデカトレントの森。
東条は白目を剥きながら宙を舞うディノを無視して、空気を足場に地上数100mの高さまで上昇した。
「アヒャハハハっ!」
眼下には米粒みたいな恐竜の群れ。襲ってくるプテラノドンをミンチにしながら、大きく息を吸う。
「スぅぅぅ――シィィィサァアアアアアアッッッ‼︎‼︎‼︎」
彼の合図に合わせ、スタンバっていたシーサー達が一斉に結界を発動した。
東条の纏っていた雷装が剥がれ落ち、現れた1本の漆黒の直刀へと吸い込まれてゆく。
剥き出しの刀身からは雷撃が迸り、周囲に飛んでいるモンスターを炎上させる。
――傷だらけのシーサー達。
――閉じ込められる竜。
――座って空を見るノエル。
――目を覚まし立ち上がるディノニクスは最後、美しき天の怒りをその目に映した。
「『――布都御魂――』」
轟音。そして閃光。
雷鳴と共に地面に到達した直刀は、刹那、森の1/3を消し飛ばした。




