自前彼女 ⑧
放課後になった。
今日はもうどうしようもないから、とりあえず家に帰って、ゆっくり別の策を練ろう。
そう思って、俺が『彼女』を席から立ち上がらせようとしたときだった。
「字円さーん」
ふいにそんな声があがった。
俺はそちらへ顔を向ける。派手なメイクをした女子たちが、乙子の方へ近付いていくところだった。
我がクラス内の女子上位グループだ。
「え? なにか用?」
今まで、彼女たちに話しかけられたことがなかったので、当惑した声をあげてしまう。
女子連中が怪訝そうな顔で、俺の方へ目を向けてきた。
あ、いけね。
うっかり自分自身の口で応えてしまった。
彼女たちが見ているのは、『字円乙子』の方なのだった。
「はい、なにか?」
俺は乙子を操作して、そうこたえさせる。
女子たちはすぐに俺への関心を失い、彼女へと向き直った。
「今日さー、これから時間あるー? よかったら、ウチらとマック行かね?」
一際、化粧の濃い女子がそう尋ねてくる。菱沼という名のこのグループの中心人物だ。
「え?」
乙子を介して、素で驚いた声をあげてしまう俺。
これは、この自演ロボットを寄り道に誘っているということか? しかし、なぜ? なんのために?
「いやー、ウチらも色々しゃべりたいことあるし」
「いこいこ、ね?」
他の女子も口々に言う。
俺は判断に迷った。
本音を言えば、こんな厄介事はご遠慮したい。早く明日以降の方策を練らねばならないし、ロボ越しとはいえカースト頂点の女子たちとなんて、うまく喋れる自信がまるでない。
しかし、『ロボットであるということがばれてはならない』という例の決まりを忘れてはならない。
現在このロボットは悪い意味で目立ってしまっている。
ここは一か八か、彼女たちの誘いに乗り、うまく会話をこなして、『普通の女子高生』というポジションを獲得させた方がいいだろう。
今後どのような策をとるにしても、その方がやりやすくなるはずだ。
結論を下すと、後はもう悩まなかった。
「ありがとう、ぜひ一緒に行かせてもらうわ」
乙子にそうこたえさせると、菱沼は「おっけー」と言って、ぽんと乙子の背を叩いた。
さて、こうなったからには、どこか人気のない場所に移動したほうがいいだろう。
ここからは乙子の操縦に専念する必要がある。
そう思いつつ、俺が立ち上がりかけたときだった。
すっとなにかが目の前に差し出された。
黒くて飾り気のない長方形の物体。すぐに自分の筆箱であるとわかる。
「これ、落ちてましたよ」
おかっぱ頭の小柄な少女がそう告げた。
小日向さんだ。
「ああ、ありがとう」
俺は上の空で受け取る。
すでに乙子を含めた女子グループは教室の出口へ向っていた。今の所は仲間内で話しているが、いつ女子の一人がこちらへ話しかけてくるかわからない。
「この筆箱、駅の裏の小さな文房具屋でしか売っていないものですよね?」
「ん? ああ」
乙子に方に注意力の大半を注いでいる俺は、相変わらず生返事をする。
「彼女も同じ物を持っていました。それに筆箱の中身も、そっくり同じ…………」
瞬間、ぞくりと寒気がした。ちらりと隣へ目をやった俺は、小日向さんがじーっと乙子の背中を眺めていることに気付いた。
彼女は、ふいに目をそらすと、「しばらく様子を見ます」といって、いずこかへ去っていった。
なんだ今の? 気のせいか?
よくわからんが、とにかく乙子の操縦に集中することにする。
脳内映像は、すでに廊下へと切り替わっていた。ほどなく昇降口に達して、校外へと出なければならないだろう。
俺は、鞄をひっさげ、足早に教室を出た。男子トイレの個室あたりが、臨時の操縦室として妥当だろう。
「雄一!」
突如、ぐいっと腕を引かれた。
窓から差し込む夕日を浴びて、赤く輝くポニーテール。
美羽だった。
「なんだ、おまえか」
幼馴染みは手を腰に当てて、探るような目で覗き込んできた。
「あんた、どうしたの? いつもにも増してぼんやりした顔してるわよ。ただでさえ注意力散漫なんだから、気をつけなさい! 怪我するわよ」
「ああ、気をつけるよ」
美羽はふいに咳払いをすると、改まった口調でたずねてきた。
「ところでさ、雄一。今日、あんたのクラスに転校生が来たってきいたんだけど」
「ああ、来た」
こたえつつ、下駄箱から靴を取り出し、乙子に履かせる。
あ、この履き方だと、後ろからパンツが見えちまうかも。
「あの、それでその、なんかあんたがいきなり告白されたとかいう噂が……別にあたしはどうでもいいんだけど」
あ、菱沼がこっちを手招きしてるぞ。なに『西口のマックにいくから、とりまウチらのあとについてきて』だって?
「うん、OK」
「お、OK!? それって、付き合うことを了承したってこと?」
あ、まずい。
また俺自身の口で喋っちゃった。乙子に言わせなきゃ。……よし、うまく言えた。
「と、とにかく、明日はそっちに行く日だから! 彼女ができて浮かれるのは勝手だけど、寝坊は許さないんだからねっ! …………ううっ」
勢いよく身を翻して、去って行く美羽。
なんか涙目になっていたような気がするが、適当に相手をしてたせいで、きっと見間違えたんだろう。
とにもかくにも、俺は便所に引きこもった。
これから、ギャルなる人種と、未知との遭遇をせにゃならんのか……。考えてみればギャルゲーって、ギャルがほとんど出てこないんだよな。
◆◆◆◆◆◆◆
「ぶっちゃけあれっしょ、あれってネタだったんしょ?」
菱沼がつけ爪にネイルアートをしながら、言った。
「え?」
「だーかーらー、『一目であなたを好きになんちゃらぁ~』って、やつ。とりま目立っとけみたいな、そんなのりだった?」
俺はようやく、それが朝の一件に対する質問なのだと理解した。
ここは駅の西口にあるファーストフード店の二階。俺たちは、その一角に陣取り、だべりながら食べ物をつまんでいた。
もっとも、今の俺は体の構造上、食事を摂取する必要がないのでソフトドリンクだけ頼んだのだが。
「あー、なんとなくわかるかなー」
どこか眠たげな声がそう告げた。
この中では一番の美人だが、どこかふわふわした雰囲気の女子だ。考えてみれば、俺はこの高砂という女子を間近で見るのは初めてだった。
「わたしも中学のとき、こっちに転校してきたんだけど、結局、卒業まで友達できなかったもんー。最初に無茶してでも、きっかけ作っとけばよかったーって、思うしー」
「ま、転校してきたら、ちょっとでも早く周囲に溶け込まねーと、やべーもんな~。でも、あんたのあれはやりすぎ。どん引きするって」
再び菱沼。それを受けて、高砂も頷く。
「男子だったら一発芸みたいなノリで済むかもしれないよー。でも、かわいい女の子がやったら、まずいよー。しかも相手が地味オタ君だし」
なるほど。
どうやら、この二人は、初日早々やらかしてしまった転校生の身を案じて、放課後女子トーク(でいいのかな?)に呼んでくれたらしい。
……って、地味オタ君? 誰それ?
「あの……地味オタ君って?」
と俺はたずねる。
「そりゃあ、あんたが話しかけた、あの――」
「琴弾って男子だよー」
菱沼のあとを継いで、高砂がこたえる。
やっぱりか。
ていうか、いま菱沼が口ごもったのって、俺の名前が出てこなかったからだよね? 同じクラスなのに。
しかし、そんなことよりも、問題は、俺が『地味オタ』なる名称で呼ばれたことである。
まあ自分が決してイケメンじゃないってことぐらいは自覚してるから、地味の方はいい。
だが、後半の『オタ』は見過ごすことができない。
再三言ってきたように、俺は高校に入ってから徹底的に自分がオタクであることを隠してきたからだ。
はっきり言って、完璧に隠蔽してるって自信があった。
なのに、なぜだ? なんで一度も話したことがないこいつらが、俺をオタクと呼ぶ?
「オレ――じゃなくて、あの男の子って、オタクなの?」
俺は、そうたずねた。
ちなみに今の俺は、ほんとに乙子に憑依しているんじゃないかってくらい、彼女の操縦に没入している。
昨日、初めて乙子を操縦したときもそうだったが、今、生身の俺の体が別の場所にあるっていう意識が、半ば消失しているくらいだ。
「んー? まあたぶんそうじゃないー」
高砂が気だるげな声でこたえる。
「たぶんって?」
「たぶんは、たぶんっしょ。なんかそんなオーラが出てるってゆーか」
なんだそりゃ。そんなんで決められたら、いったいどうすりゃいいんだよ?
そのとき、俺はふと、女子たちがじーっとこちらを見ていることに気付いた。
「な、なに?」
「もしかして、あれ? 字円さんって、琴弾のことを、マジで気に入っちゃった感じ?」
菱沼がそんなことをたずねてくる。
「え? ちが――」
と否定しかけて、俺は口を噤んだ。
まてよ。これはチャンスなんじゃないか。
俺は、この乙子とリア充にならなきゃいけない。今朝は失敗したが、ここでイエスとこたえておけば、少なくともフラグを立てることだけは、できるのではないか?
「う、うん」
一か八か、俺はこくりと頷いた。
「へー」
「やっぱそーなんだー」
女子たちは、口々に言う。
なんかこの人たち、恋愛の話になった途端、急に目がきらきらしだしたような気が……。
半分、『オタクのことを好きになるなんて、キモい』と言われるのを覚悟していたのだが、どうやらフラグを立てるのは、成功したようである。
「まー、頑張ってねー。彼、あれでけっこうモテるからー。あたしの知ってるだけで、彼を好きな人、二人もいるしー」
「え?」
「あ、そういえばさ、2組の山田君なんだけど、最近彼女と別れたらしくて――」
話題が、唐突に別の男子の恋愛話に変わる。
しかし、俺の耳にはすでに彼女たちの会話は届かなかった。
脳内で、最後に聞いた言葉がリフレインしている。
俺を好きな女子がいる? それも二人も?
まったく心当たりがなかったが、ここで彼女たちが嘘をつく必要は、なにもないだろう。
俺は、少しの間、トイレの個室に座る自分自身へと意識を戻した。
本来なら、心ときめくところである。
だが、俺の胸のうちには、暗澹とした黒い雲が湧き上がってきただけだった。
ふと、中学のときのあの子の顔が思い浮かぶ。涙を浮かべたあの表情が。
いったい、誰なのか気になったが、俺はその後もどうしても彼女らにその質問をすることができなかった。




