自前彼女 ⑦
「おーい、雄一、ニュースニュース!」
呼びかけられた俺は、机の上から顔を上げた。
ここは、朝の教室だ。すでにホームルーム開始まで、あと五分に迫っており、周囲は生徒たちの喧噪に満ちている。
「ああ、なに……」
「わり。もしかして、寝てた?」
眠たげな声をあげた俺に、片手を胸の前に立てて、謝罪する男子。
やや無造作なスタイリングの明るい茶髪。眉は丁寧に整えてあり、肌はニキビが見当たらないどころか、女性と見まがうほど、つるつると輝いている。
この絵に描いたようなイケメンは、寺園雄二という。
わりと美男美女揃いの我がクラスにおいてもトップクラスの容姿の持ち主で、そればかりか性格も明るく爽やか、誰とでも分け隔てなく接し、困り事には親身になって相談に乗ってくれるという、超ハイスペック男子である。
本来、俺とはカースト的に異なるはずだが、クラス替えの直後に「名前が似ている」という話題で盛り上がり、以降、かなり親しい付き合いをしている。
ちなみに、女性の方には残念なお知らせですが、彼女はちゃんといらっしゃいます。
「いや、いいよ。もう目ぇ覚めたから。それよりニュースって?」
「ああ、それがさ、なんか今日転校生がくるらしいよ! しかもうちのクラスにだって!」
「マジで!?」
途端に、がばりと上体を起こす俺。
「どんなヤツなんだろうな」
さも興味しんしんといった俺の様子に、雄二はいつもの清々しい口調でこたえる。
「それがさ、職員室に入るとこ見た人がいるらしいんだけど、すっごくかわいい女子らしいよ」
「ほんとかよ!」
端から見れば、思わぬネタに食いついているように見えるだろう。
だが、その実、俺は一ミクロンも驚いたりしていない。
当然である。その女子生徒を職員室に連れて行ったのは、他ならぬこの俺なのだから。
学校に到着すると、俺はまず、校舎裏の職員用通用口のあたりに乙子を待機させた。
そして、自分はなに食わぬ顔をして、教室へと向かった。
いかにも眠たげな顔をして席に着き、そのまま机に突っ伏すと、今度は乙子を操縦して、通用口にあるインターフォンを押させる。
やってきた教師とやりとりし、ともに職員室に向かったという次第だ。
「おいおい、朝からアガるな~」
しれっとそんなことを言う俺。
最も注意力を必要とする転入時の教員への挨拶等(おそろしいことに、転入手続きは、何日も前に親父の根回しで済んでいた)はすでに終わっていたので、今は寝たふりをして操縦に専念する必要はない。
とはいえ、例の守秘義務があるため、不自然にならないよう、慎重に会話する必要があった。まったく、我ながら自演乙である。
現在、『彼女』は、担任とともに廊下を歩いているところだが……ちょうど到着したな。
「はーい、みんな席に着いてー」
教室前方のドアが開き、二十代後半くらいの小柄な女性が入ってきた。俺たちの担任だ。
予鈴が鳴る前に彼女がきたことなどなかったので、皆なにごとかと注目する。
俺は、そんなクラスメイトたちの様子を、教室の入口からのぞいた。
「ちょっと早いけど、今日は、皆さんにご紹介したい人がいますので、今からホームルームを始めちゃいまーす」
担任は、明朗な声でそう宣告すると、今、自分の入ってきたドアの方を示す。
「はい、ちゅうもーく」
と言われるまでもなく、とっくに全員の視線はそちらの方へ向いていた。
さて、ここからが本番だ。
俺は一つ息を吸うと、乙子をゆっくり教室の中へ踏み込ませた。
左足を上げて一歩。右足を上げて二歩。
背筋をぴんとのばして、やや緊張しています感を全力で演出する。
――っていうか、マジで緊張してきたんだけど
大丈夫だ、落ち着け。
昨日の夜、幾度もシュミレーションしたじゃないか。
俺は自分にそう言い聞かせつつ、乙子を教壇の中央まで導く。
そして、ゆっくりとみんなの方へ振り向かせた。
乙子の目を通して、教室の様子が見える。当然ながら、すべての注目が、こちらに集まっていた。
さあ、覚悟だ。
下腹にぐっと力を入れる俺。覚悟完了、ミッションスタート!
俺は乙子に若干上目遣いをさせ、左から右にゆっくり視線を移動させた。
初めてきた教室で、どんな人がいるのか、そっとうかがう美少女。
よし、我ながらうまい演技だ。
ふと、彼女の視線がある一点でとまる。そして、その目が大きく見開かれる。
俺はそこでいったん乙子の操縦を切った。壇上で、文字通り凍り付く転校生。
数秒が経過する。
いったい何事が起こったのかと、クラス中が固唾を呑んで見守った。
「あのぉ…………どうしたのかな?」
担任が遠慮がちに尋ねる。今だ!
「好きいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっっっっっー!」
突如、大声で叫び始める自演ロボ。
「大好きいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっっっっ!」
彼女の視線の先は、窓際の列の後ろから二番目に、ぴたりと固定されている。
そこには、一人の男子生徒が着席していた。
俺である。
「ちょ……あなた、どうしたの?」
そう尋ねてきた担任を無視し、乙子は、壇上から降りると、教室を進み始める。
ずんずんと迷いのない足取りで、まっすぐ俺の方へと向かってくる。
ぽかんと口を開き、迫り来る彼女を見つめる俺。
だが、もちろん驚いているわけでもなければ、急な事態に頭が白くなっているわけでもない。
当然である。乙子の一連の行動は、すべては、俺の手によって行っているのだから。
俺は、自分の表情も含め、クレバーに、緻密な計算に基づいて、『あるシーン』の演出を図っているのである。
自席の前まで乙子をやってこさせると、そこで足を止めさせる。
至近距離から初めて会った男子を見下ろす転校生。そんな彼女を当惑した表情で見上げる男子。
完璧な構図だ。
「あなたのことを好きになりました。付き合って下さい」
静まりかえった教室に澄んだ声が響き渡る。俺は、動揺した声音を装い「え?」と呟く。
「一目で運命の相手だとわかりました! 愛してます! あなたの彼女にして下さい!」
俺は、席に座った自分自身に向かって、一言ずつ、はっきりとそう伝えた。
ボーイミーツガール
それが、一晩頭を悩ませた末に辿り着いた俺の作戦だった。
一週間以内に、リア充の頂点に到達せねばならない。
では、その目標に、もっとも確実に素早く辿り着く方法とは?
結論はシンプルだった。
――最初の一撃で決める
「……俺が運命の相手?」
俺はそう眼前の少女に尋ねる。
そして、次の瞬間、その少女を操って、自分自身の質問にこたえる。
「はい、間違いありません。初めてあったのに、こんなに胸が熱くなるんです。きっと生まれたときから、赤い糸で結ばれていたに違いありません!」
登校時に、こいつに前方を歩かせていたもう一つの理由が、これだ。
俺と乙子は、あくまで今この瞬間に出会ったことにしなければならない。その方が劇的な演出となるからだ。
実の所、操縦する上でもっとも楽なのは、俺の真横を乙子に歩かせることだったが、その場合、登校中のクラスの誰かに見られてしまう可能性がある。
だから、あえて少し距離を空けて操作していたのだ。
そう。俺の『自演』は、玄関を出た瞬間から始まっていたのである。
「お願いします。私を彼女にしてください……」
乙子にか細い声を出させて、机の上に置かれた自分の手をそっと握らせる。
わかっている。
言われなくても、これがどんなに痛い行為かは、わかっている。
あらかじめ覚悟していたが、耐えがたい虚無感が、俺の胸にこみ上げてくる。
バレンタインの日の朝、自分の机にこっそりチョコを忍ばせておいた経験のある人ならわかってもらえるだろう。
自分はこんなことをするために17年間生きてきたのか? 天国のお母さんが知ったら悲しむだろうな……。
そんな思いが次々に浮かんでくるが、すべてを心の隅に押し込めて、『ボーイミーツガール』を自演し続ける。
よし、もう十分だ。
あとは「わかったよ」と俺がこたえれば、周囲から祝福の拍手を送られつつ、俺たちはリア充の仲間入りを果たすだろう。
「わか――」
と言いかけ、俺は寸前で口をつぐんだ。
なにかがおかしい。クラスが……妙に静かすぎないか?
俺はそっと周りの様子をうかがってみた。
そして、絶句した。
まるで、お葬式のような空気が教室全体を覆っていたからだ。
ある者は気まずげに目を伏せ、またある者は隣の生徒と眉をひそめて目をそっと見交わし、またある者は露骨に痛々しそうな表情でこちらを眺めている。
一言で言うと、クラス中が引いていた。
……え?
動揺した俺はその場で固まってしまった。必然的に、俺が操作していた乙子も、文字通り停止してしまう。
もちろん、俺の手を握ったままでだ。
「えーと…………ホームルームを始めちゃってもいいかな?」
担任の遠慮がちな声が、静まりかえった教室に響いた。
◆◆◆◆◆◆◆
一時間後。
いつもより百倍くらい長く感じられた一限の授業がようやく終わりを告げた。
俺は、ノートと教科書をそそくさと鞄にしまい、そのまま、席で顔を伏せる。
内心頭を抱えていた。
授業中、ずっとなにがまずかったのか考えていたのに、さっぱりわからなかった。
「雄一」
顔を上げると、雄二が気遣わしげな目でこちらを眺めていた。
「さっきは大変だったな」
そういってちらりとある方向へ目をやる。
廊下側の列の一番後ろに、一人の女子生徒が座っていた。
転校生の初日は質問攻めにあうのが常だろうに、誰も彼女に話しかけていない。 それどころか、なんとなく周りの人たちが微妙に距離を取っているような気さえする。
いや、ぜんぜん気のせいじゃないな。あそこだけドーナツ化現象がおこってるぞ……
「ま、まあ大変だったかな……」
俺は引きつった笑みを浮かべ、こたえる。
俺にあわせてか、雄二は苦笑いを浮かべた。
「あれはだいぶ引いたよなぁ……」
「あ、ああ……」
俺は思いきって、少し尋ねてみることにした。
「な、なあ雄二。ぶっちゃけさ、おまえが同じように、告られたとしたらどーする?」
「え? そりゃー勘弁してって話になるよ」
「それって、今、彼女がいるからか?」
「いやいや、たとえフリーだったとしても、即お断りだって」
あまりにノータイムにレスポンスを返してくるので、俺はちょっと危険だと思いつつも、さらに踏み込んで聞いてみることにした。
「ま、まあそうだよな。ちなみに、どういった理由で、お断りする感じよ?」
「だってさー、あんな風に告白してくるって、100パーセント相手の外見でしか判断してないってことじゃん?」
予想だにしていなかった答えだった。
「雄一だって、今まで一度もあの子に会ったことがなかったんだろ?」
「あ、ああ」
「てことは、雄一の性格とか、内面をなに一つ知らずに告ってきたことになるじゃん。雄一だって、それが嫌だったから、OKしなかったんだろ?」
「ま、まあそうだけど……」
そこで、俺たちの会話を聞いていたのか、隣の席の男子が会話に加わってきた。
「あの子、けっこうかわいい見た目してるけど、俺も即お断りかなぁ。ほんとはちょっと考えさせてくださいとか言って、キープしときたいけど、怖えからなぁ…」
そうか……。俺がドラマチックだと思って演出した『ボーイミーツガール』は、周りから見ると、怖いものだったのか。
こうして、俺の最初の作戦は、さんざんな結果に終わってしまったのだった。




