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自前彼女  作者: 門前清一
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自前彼女 ⑤

 少し遅くなった琴弾家の夕食の席は、静まり返っていた。

 

 俺と麻耶は、いつもどおり向かい合わせに座り、黙々と箸を進めてゆく。

 かちゃかちゃと食器と箸がぶつかる音や吸い物をすする音が、静寂に満ちた室内に響く。

 普段の我が家の夕餉は、けしてこんなに静かではない。麻耶がたわいのないお喋りをぴーちくぱーちく言いまくるので、むしろ普通の家庭よりうるさいくらいだろう。

 

 だが、今日の妹は険しい顔で、機械的に箸を動かしているのみだった。ときおり、ちらちらとテーブルの端に座る人物に目を走らせながら。

 たん、と一際大きな音を立てて、麻耶が茶碗をテーブルに置いた。


「で、兄ぃはこー言いたいわけだよね?」


 どこか憮然とした態度で、妹は先ほどから横目で盗み見ていた彼女を示す。


「箱から出てきたカチューシャみたいのを付けたら、この人を思ったとおりに動かせるようになった。しかも、この人が見たり、聞いたりしたことが、頭の中にそのまんま浮かぶようになった」

「ああ」


 信じられないんだろうな。

 だが、俺には今もって、彼女の見た光景が、脳内映像として視えているのだ。


 あの後、俺は彼女を動かして、麻耶のトレーナーを着させ、食堂の椅子に着席させた。

 そして、彼女のことはいったん放っておいて、とりあえず夕食を作り始めたのだった。

 

 現在の俺は、自分の目で彼女のことを見ながら、同時に脳内映像で『彼女のことを見ている自分の姿』を見ているわけである。

 なんとも変な気分だ。


「ホントに麻耶をからかってるんじゃないよね?」

「ああ」


 麻耶は疑わしげな目で俺の頭を見た。まるでなにかを見つけようとするようなにじーっと見つめ続ける。


 そのとき、リビングから電話の着信を告げる音が響いてきた。この音は、携帯じゃなくて、家の電話の方だ。

 もしや、と思い、俺はすぐに電話を取りに行く。


「もしもし?」

『ああ、雄一か? 俺だ』


 予想通り、電話の向こうから聞こえてきたのは、親父の声だった。


『さっき電話してきたか? ちょっと手が離せなくて、出れなかったんだが』

「電話してきたか、じゃねーよ!」


 我ながら凄まじい剣幕で、まくしたてる俺。


「あの荷物は、いや、あの女の子は、っていうか、なんで動かせるんだよ!?」


 衝撃的な事実が多過ぎて、筋道立ててたずねることさえままならない。


『んー? もしかして、もうそっちに届いちまったのか?』


 間延びした親父の声。なにのんきな口調で語ってんだよ! と怒鳴りたくなったが、俺は自分を抑え、あえて冷静に問いかける。


「じゃあやっぱり、あの荷物は親父が送ってきたもんなんだな?」

『ああ』

「あ、あの人はいったい誰なんだよ?」

『人? なに言ってんだおまえ』


 愉快な冗談を聞いたとばかりに、親父は大声で笑う。


『人なんか宅配便で送れるわけないだろ』

「とぼけるなよ! 段ボールの中に人間の女の子が入ってたんだよ! 知ってるんだろ?」


 しばし沈黙する父。それから、なにかに思い当たった口調でこたえる。


『……ああ、そうか、おまえ、まだ気付いてないんだな?』

「なにが?」

『ありゃ人間じゃないぞ。ロボットだ。ほれ、ラベルに精密機器って書いといただろう』

「は?」


 ………………なに言ってんの、この人。

 俺は食堂を振り返る。テーブルに着いたまま、じーっとこっちのやりとりを見つめている麻耶。

 そして、彼女の左手の机の端に腰掛けている少女。

 

 俺は改めてその女の子を眺める。

 どこをどうみても、本物の人間にしか見えない。


「……親父、これマジでなんかの犯罪じゃないよな? もしそうなら、俺には正直に言ってくれよ?」


 すぐに警察に通報するから。


『馬鹿言うな! 実の父親のことが信じられんのか!』

「全力で信じらんねえよ。っていうか、どうせ付くなら、もうちょっとマシな嘘にしろよ」

『あのなあ……いや待てよ。おまえ、さっきなんで動かせるんだ、とか聞いてきたよな?』

「ああ」

『それだよ! いいか、よく考えてみろ、超能力者じゃあるまいし、普通の人間が他人を頭の中で思っただけで動かせるか?』

「……無理だな」

『だろう? なら、相手が人間じゃなくてロボットだったらどうだ? 例えば、もし頭に通信機を装着するだけで、そのロボットを自在にリモートコントロールできるとしたら?』


 俺は、しばしの間、黙考した。

 リモートコントロールだと?

 

 そっと片手をあげて、例のカチューシャに触れる。

 これか? こいつが、その通信機だっていうのか? 

 で、俺は自分で意識せずに、あの子を――いや、親父のいうことを信じるなら、あの『ロボット』を操縦してたっていうのか?


「……とりあえずもうちょい詳しく説明してくれ」


   ◆◆◆◆◆◆◆


 ――次世代型青少年メンタルケアロボット

 

 それが『彼女』の正式機種名ということだった。

 親父の研究部門が多大なる新技術を注ぎ込んで造った、究極の人型ロボット。

 現時点ではコストが天文学的なものになるため、試作品の二体しか製造されていない。

 そして、そのうちの一体が我が家に送られてきた、あの美少女型ロボットであるという。

 

 自律的な動きは一切できないが、その操作性たるや凄まじく、人間と区別が付かないほど、精密かつ繊細な動作を再現できる。

 操作方法は極めて単純。これまた技術の粋を極めて造られた、ワイヤレスコントローラーを頭部に装着し、ただ自分の手足を動かす感覚で、『動け』と念じるだけでいい。

 あとは、ワイヤレスコントローラーが自動で脳の運動野の電気信号を検出、即座にロボットへとその命令を伝える。

 タイムラグはほぼゼロなので、まさに操縦者は『本物の手足を動かしているように』動かすことができるというわけだ。

 

 極めつけは、このロボットとのやりとりが一方的なものに留まらないということである。

 操縦者から命令を発することができるのはもちろん、なんとロボットが視たり聞いたりした情報もワイヤレスコントローラーを介して、操縦者の脳に送られてくるという。

 

 図らずも麻耶が言ったように、究極の超高性能マシーンってわけだ。

 が。問題はである。

 なぜそんな秘密兵器みたいなもんが、我が家に送られてきたのかってことだ。


『あー、それはな、おまえに、そのロボ子ちゃんを、検証して欲しいからなんだ』

「はい?」


 親父は心なし声のトーンを抑えて、言を続ける。


『こいつはここだけの話なんだがな、実はうちの会社、最近、かなり経営状態がよくないみたいなんだよ。で、上の方から業界に革命を起こすような、これまでとはまったく着眼点の異なる製品を開発して欲しいって、指示があったんだ』

「それが、あのロボットってわけか」

『そうだ。俺たちは単に高性能なロボットを造ったんじゃないぞ。どういうニーズにこたえどういうサービスを提供するか、ちゃんと戦略を立てて、開発に着手したんだ。その結果、自在に操作できる美少女ロボットがいいという結論になったってわけだよ』

「なんでまた美少女なんだよ?」

『ふっ……それはな、ずばりおまえみたいな男子をターゲットに絞っているからだ!』


 得意げに告げる親父。


『正確には、おまえのように彼女のいないオタク男子だな』


 唐突に痛いところを突かれ、俺は不覚にも、一瞬、言葉に詰まってしまった。


「な、なに断言してんだよ。いっとくけど、親父には言ってないだけでなあ――」

『まあ、見栄を張らんでいいから、最後まで聞け。そのロボットはな、そういう悲しい青春を送っている若者を救済する目的で造られたのだ』


 親父はそこでいったん言葉を切り、妙にしかつめらしい口調で次のように言った。


『結論から言おう。今おまえの元にいるその美少女ロボットは今日からおまえの彼女だ!』



 間が空いた。



 ………………………なに言ってんの、このおっさん。

「えーと、悪りぃ、ちょっと意味わかんねえから、もういっぺん日本語使って言ってくれるか?」

『だから、その美少女ロボは、今日からおまえの彼女だと言っている。英語でガールフレンド、ゲーム用語で『嫁』だ』

「………………………」


 駄目だ。こいつ、仕事のし過ぎで頭おかしくなってる。早くなんとかしないと。


『おまえは、この瞬間より灰色の青春と決別し、美少女とのスイーツな学園生活を謳歌するのだ!』


 俺の当惑を他所に、一人盛り上がる親父。


『というわけで、明日からロボ子ちゃんを操縦して、一緒に学校に通ってくれ』

「いやいや、ぜんぜん意味わかんねーから」


 興奮状態の親父は、なおも一方的に喋り続けた。

 聞き続けるうちに、次第に俺にもある程度の状況がわかり始めてくる。

 

 要するに、このロボットは彼女のいない男子のために、彼女の代わりを務めることを目的として開発されたらしい。

 操縦者は、ロボットを操り、あたかも自分の恋人であるかのように振る舞わせることで、『彼女のいる生活』を擬似的に送ることができる。自分で操縦して一緒に学校へ行き、一緒にご飯を食べ、一緒に映画を見て、リア充な毎日を過ごす。


「自演じゃん」


 俺の感想はその一言で事足りた。


『そうだ。そして、実際にそういう生活を、今日から一週間、おまえに送ってもらう』

「へえ、なるほど、それでうちにロボットを送ってきたんだ――って、ふざけんなよ! なんで俺がそんなことしなきゃいけねえんだよ!」

『さっき、そのロボットは試作品だと教えただろう? 要するに、テストしなければならんのだよ。モテない男子が充実した学園生活を送れるようになった。そういう結果が出て、

初めて実用性有りという判断がくだされ、商品としての生産が可能になるんだ』

「じゃあ、俺じゃなくて、別の奴をテスターにしろよ」

『いや、そのロボは極秘に開発した、我が社の切り札だ。存在自体が企業秘密だから、うちの社内でもほとんどの連中が知らない。となると必然的に、一部の役員か、開発に携わった者――つまり我々開発部の身内からテスターを選ぶ必要が生じてくる。そこで白羽の矢が立ったのが、おまえだ』

「な、なんでだよ?」

『いやー、それがな、話し合いになった瞬間、『琴弾主任の息子さんなら、絶対彼女がいないよね? はい決定』と満場一致で決まってしまったのだ。どうもおまえ、うちの部署で日頃からモテないと思われてたみたいだぞ?』


 いや、それはあんたがモテないヤツだと思われてるんだって。気付けよ。


「とにかく、俺はそんな生け贄みたいな役割、死んでもごめんだからな!」

『しかし、おまえはもうユーザー登録してしまったじゃないか。あのロボットはいったんユーザー登録したら、他の人間には操作できなくなってしまうんだぞ』

「はあ? ふざけんなよ! しらねーよそんなこと!」

『というわけで、ほら、おまえの学校でたまたま一週間後に、校内ベストカップルコンテストってやつがあるだろ? あれに出て優勝してくれ。それで有用性の証明になるから』


 なにがたまたまだ。完璧に計算し尽くされた騙し討ちじゃねーか!

 

 俺は断固としてつっぱねることにした。

 まあ俺だって、なんのかんのいっても男手一つで育ててくれてる親父には、感謝してるよ? 仕事で困ってたら、可能なかぎり助けてあげたいとは思うよ?

 でも、限度ってもんがあるだろ? なに? ロボット使って、自作自演のリア充生活を送れって? 

 そんなの羞恥プレイとかいうレベルじゃないから。無理だから。

 

 ということを一通りまくしたてると、親父は、しばしの間、沈黙した。

 それから、いやに神妙な声をあげる。


『そうか……まあ個人の意思をねじ曲げるわけにはいかんからな。無理強いはすまい』

「わかってくれたか」

『社命を賭けた一大プロジェクトだったんだが、残念だ。息子に断られて、それが潰えてしまうとは』

「お、おい、ちょっと待てよ。まさか、会社が倒産するとかはないよな?」

『倒産どころか、俺たち開発部の連中は、明日にも船に乗せられて限定じゃんけんをやらされるだろうさ』

「う、嘘だろ?」


 親父はふいに穏やかな声になった。


『安心しろ。こういうときに備えて、事前の準備はしている』

「そ、そうなのか」

『万一のときは、そのロボットを使って、部内全員の頭をスイカみたいにたたき割ることになっている。ロボットの暴走ってことにするから、ちゃんとおまえたちの学費ぶんくらいの労災はでるぞ』

「ぜんぜん安心できねえし!」


 …………………くそ。嫌すぎるが仕方ない。

 この馬鹿親はともかく、部署の他の人の人生が潰れるのを、指を咥えてみていられるだけの冷淡には、俺はなれない。


「わかったよ……やればいいんだろ」


 俺は力なく、そう言った。

 相変わらず台所に鎮座している、俺のできたての『彼女』を見ながら。

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