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08 ワイルドキャットの刺繍


「なぁ店主、先日から国家反逆罪で指名手配されているフレイ・イン・フロージ家の事何か聞いてるか?」


 その日サラはエアルを一人根城である古びた協会に残し、セイン王国の街にある衣類店に来ていた。


「あぁフロージ家ね、王城区に貴族の服の仕立てに行った時も噂になってたよ。表面上は人柄も良かったらしくて皆驚いてる感じだったね」

「いったいフロージ家は何をやらかしたんだ?」


「詳しい話は一般には情報が出回ってないみたいだけど、あの貴族、セイン王国の機密情報を他国に流していたとか何とか。」

「それは貴族にしては大胆な事をしたな」

「賄賂でも貰ってたのかねぇ。でも指名手配されて、たった数日で一家もろとも捕縛して処刑したらしいからセイン王国の兵士も大したもんだ。国家を揺るがす犯罪者一家は処されて一件落着ってな。」

「そうだな。おっとじゃそろそろ行くよ」


 サラは店主から麻布の袋を受け取る。


「おいサラ、そういえば子供用の服なんて買い込んでどうすんだ?お前じゃピッチピチだろ。隠し子か?」

「なに、恵まれない子供たちに寄付するのさ」

「馬鹿言え、らしくねぇ」


 サラが衣類店を後にして街から出ようとした時だった。


「おいサラ!昨晩は俺たちのダチの腕を良くも切り落としてくれたな!」


 気が付くとサラは人気のない路地で複数人の悪漢に囲まれていた。昨晩腕を切り落とした山賊の相棒も一緒にいる。



「サラ、まさかお前が転生者だったとはなぁ!だがこの人数相手じゃどうしようもないだろ。転生者じゃない俺達でも仲間内で情報集めりゃお前の強さは測れんだよ!」


 サラの退路は総勢10人ほどの悪漢に隙間なく潰されているうえに、サラが全員のステータスを確認するとサラのスキルレベルと同格かそれ以上の奴が2、3人は居る。その上、他の男達もそれなりの強さだ。一通り確認しサラが口を開く。


「あれはあいつが悪いだろ、私は身を守っただけだ。それにお前らには関係ないだろ」

「悪いが奴から金もらっててな。あいつはお前の腕も切り落として、俺らの前でお前を辱めないと気が済まないそうだ。…テメーら、サラから目を離すなよ。隠密布を使われるぞ」


「私の手の内は知られてるって事か。だが馬鹿な奴らだ、私の隠密布やスキルのステータスだけ警戒してるみたいだが、お前らは転生者の一番の強みが分かってない…」


「こいつ何強がってんだ?」


 そう口にした悪漢の目の前にサラは疾走スキルで一気に間合いを詰め、その男が剣を携えている左の腰とは逆側に当たる右腕を愛刀のサーベルで切り落とした。


「うぎゃああぁ!」

「こっちがお前の利き手だろ!」



 サラはそう叫んだ後、すぐさまサーベルを持っていないもう一方の手に短剣を握り、その隣の男の左目に短剣を突き刺し蹴り飛ばした。二人の男たちの間に隙間ができ、サラはその隙間を抜け疾走スキルで逃走。その間3秒に満たない程だった。


「てめぇら何やってる!サラを追え!」


 男たちも疾走スキルを使い後を追ったが既に手遅れだった。サラは隠密布を被り人ごみにまぎれ街を出た。



――数時間後サラの根城にて昼食を食べながらエアルに対して、サラは街で絡んできた悪漢から逃げきった事を自慢げに話していた。


「セイン王国の街。危険な所だ…。サラ、よくその状態から逃げきれたね…」


「街というか、たまたま治安の悪い貧困街の近くを通っただけだけどな。街中はそんなに危険な場所じゃないよ。それにあんなのピンチでも何でもない。異世界転生者に仕掛けて来るなんて、とんだゴブリン頭ヤロー達だ!はっはっは!」



 エアルはサラが転生者というだけで、やたらと自信過剰なのが気になっていた。



「転生者ってそんなに特別なの?相手のステータスカード見れるってぐらいで、私たちは一般の街の人と同じコモンっていう最低レアリティーだよね?」


「何を言ってるんだエアル。それこそが俺たちの強みだろ」

「…強み?」

「ああ、元々この世界に住んでいた異世界人はステータスカードどころか、ステータスやスキルといった概念が無かったんだ、相手のステータスカードを見れるのは転生者の特権だ。知は力なりって言うだろ?」


「でもそんなに言うほどかな…」



 いまいち納得できず、眉間が梅干しのようにシワの寄ってしまったエアルに対しサラは説明を続ける。



「俺達転生者はステータスカードを見る事で相手の力量を一目で測れる。それが初見の相手でもだ。そこからすぐに逃げるか戦うかの判断ができるんだ」

「確かに…」


「俺は街で悪漢共に囲まれた時、全員のステータスを確認した。その中で一番ステータスが低かったのが目を潰した男、そしてその隣の先に腕を切り落とした男は、それなりに強かったが私程ではなかった。だからその一点に逃走経路を絞って、ステータスの高い順に二人を倒し突破した。」


「あ、確かに。逃げるって決めているなら弱い所だけ対応してさっさと抜けてしまえばいいのか。」

「そうゆう事だ。それが転生者の強みって事だ、それよりエアル、お前を街に連れて行かなくて正解だったと思う」

「街でフロージ家の事聞けたの?」

「ああ、エアル、お前は一家ともども他国にセイン王国の国家機密情報を流したスパイとして捕縛後、処刑された事になってるようだ。死体すら回収せずにだ。やっぱり何か引っかかるな」


「そうなのか…でも私が死んだ事になってるなら気楽かもしれない!両親をちゃんと埋葬できないのは残念だけど川のほとりにお墓を作ってあげよう!」

「前向きだな、転生者とはいえレアリティーコモンの子供が親無しで生きぬくのは、この世界ではかなりきついぞ…」


「それじゃ私もサラみたいにバンディットになればいい!」

「簡単に言うな…私も苦労したんだぞ」

「そういえばサラのこの世界での家族は今はどうしてるの?」



 淡々と続いていた二人の会話はその質問で一時的に止まる事になった。まだ昼過ぎだというのにサラは立ち上がり、ウイスキーの瓶を開けコップ一杯分だけ注ぎ、俯いたままテーブルに着いた。



「私の家族は、この世界に私が転生して五歳になった時、同じ転生者に殺されたよ。」

「サラの家族も…しかも転生者が、何で…」


 エアルは昼食を食べ終えて気が付いた、サラがなぜ食事をくれるのか、昨晩街で山賊達と揉め事があったにも関わらず危険を冒してまで街に情報収集に行ってくれた理由。どうして一人で住んでいた根城に自分を匿い、良くしてくれるのか。


 サラは先ほど「レアリティーコモンの子供が親無しで生きぬくのは、この世界ではかなりきつい」と言っていた、それはサラにとっては経験談だった。そしてサラ自身と生い立ちが似ていた転生者のエアルを放って置けなかったのだ。

 エアルはそれに気が付くと今まで以上にサラに感謝した。



「私の家族を殺した転生者の男は、ただの体当たりで家族を一人ずつ潰して殺していった。高レアリティーのチート転生者でもなければそんな事できるはずがない。そいつは動きが早く、私は相手のステータスカードすらまともに確認できず、ただ隠れてその男が私の家から立ち去るのを待つ事しかできなかった。」



 サラがコップに注いだウイスキーはとっくに空になっていた。


「異世界での親とは言え五年も育ててもらった大事な家族だった。今でもこう思うよ、ワームホールであの黒い影にスーパーレアの転生石を奪われず転生できていれば、俺は家族を守れただろうか。ってね」


 サラは今まで見せた中で一番弱弱しい表情を見せた。

しかしその時エアルにとってサラは尊敬に値する人物となった。サラは家族を失っても自身の生活をここまで立て直し、今では他人を助け、悪漢を薙ぎ払う知恵と力を持っている。

 何より人の心を持った立派な人間に見えた。


 サラは自分をバンディットだと言うが、本当の悪党、鬼畜外道の転生者もいるという事を知り、生きる為、何かを守るためには力が必要なのだと思った。



 サラの話に区切りがつき、黙って話を聞いていたエアルが話しかける。



「私やっぱりサラみたいなバンディットになりたい!」

「エアルが?無理だよハハハ!」


 突然のエアルの意識表明に、数秒前まで沈んでいたサラの表情は少し明るくなった。


「私だってきっとなれるよ!サラが師匠になってくれるなら!」

「こいつ、いきなり厚かましくなったな、まったく…フッ」


 サラは暗い過去の話をしたつもりだったが、その話を聞き、なにやら勝手にたぎっているエアルのテンションに押し負け思わず鼻で笑ってしまった。



「まぁもしエアルがそれなりのバンディットになれたら、数年前から計画しているアレに取り掛かれそうだな…まぁその話はまた後日でいい。それよりエアルに渡された金貨で頼まれてた物、街で買ってきたぞ」



 サラは先ほど衣類店で購入してきた、子供用の服が入った麻布の袋をエアルに渡す。



「お、どうもどうも悪いねサラちゃん!」


 急に現金な態度を取り始めたエアルだが、袋の中の衣類を漁っているうちに表情が曇っていった。


「・・・」

「どうしたエアル?そんなに眉間にシワ寄せて」


 エアルは黙ったまま袋の中から一枚の布を取り出した。子供用ショーツでお尻のところに猫の刺繍がしてある。

 ほかのショーツも白生地に小さなピンクのひらひらが付いていたり、控えめに言って幼稚なデザインだ。



 先ほどエアルはサラに心から感謝したが、ソレとコレとは話が別だった。幼稚なデザインの子供用ショーツ越しに、エアルはサラを睨んでいる。



「…仕方ないだろ!下町じゃ八歳の子供の下着なんて、そんなの(・・・・)しか無いし!せめてイエローベアーの刺繍じゃなく、エアルの家系と同じワイルドキャットの刺繍がされてるパンツを選んだんだ!」



 元、高校生のエアルにとってワイルドキャットの刺繍の下着は屈辱の極みだった。

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