菌を結ぶ鎖
魔素。魔法という結果に対して消費される薪のようなもの。
これがこの菌とのなんらかの密接な関係を持っているとするのなら。
その考えに至ったのは、菌の毒について考えていたとき。
菌は何故、酒の中で強い毒性を放出したのか。その毒はどこからきたのか。
ミクロサイズの科学的な検証ができないこの世界では、その答えを正確に言い当てることは不可能だと思う。
ただ、これはあの軟膏という手法で菌を潜伏させる手法と、生肉・死肉への菌床の展開というすでにある結果から、いくつか見えてくることがある。
これは、一種の防衛反応や攻撃反応なのではないか。
まず、菌が保有する成分、または性質に毒があり、酒の浸透によってその入れ替わりが起こるのか、或いはそういった刺激を受けると毒を発するのだろう。そう考察する。
子実体という「キノコの形」になるまでの間、多くの水分・養分を貯めながら成長していく菌。
これに対して、あの菌の菌糸とも言える軟膏は、それほど強力な毒を有していない。
その水分と毒をどうやって、「生きている人間の体の免疫反応」と戦いながら育てていくのだろうか。
経過を経ていくに従って症状が重くなっていくという過程は、あのバグマスターの夫人が家族に見守られながら観測されている。順調に、確実に。
そこである出来事を思い出す。
初めてあの成熟した「キノコ」と出会った日。
燭台に魔法の火をつけようとした時、「結果」と「魔素の燃焼」に誤差が生じ、大きく燃え上がった。指を小さく火傷したのだ。
あの時、私は寝起きで、寝ぼけて加減を間違えたのだと思ったのだ。
けれどあれが「子実体から付着していた小さな菌」が起こしたことだったとするのなら。
「菌は魔素を何らかの形で昇華し、魔法という結果を作る」性質を持っているのではないか。
と言う可能性を考察してしまったのだ。
『燃焼。』
保管されていたキノコの一本を役人から譲り受け、魔法の火を点火してみる。
本来であれば「燃えずに残る」だろう。魔法は便利であるけれど、便利ではない。
例え、地生や大気中から魔素を取り込み、体内に堆積している植物であったとしても、まして人間であるならば、「燃え上がる」という結果を想像し、外から魔法として発動したところで「燃え上がらない」。
ある一定以上の「固体」とも「個体」ともいえる大きさにまで成ったものの「認識を変えてしまう」事はできないのだ。
例えば魔素を含む水に、導火線を浸し、魔法の火を灯す。
アルコールや粘性の化学薬品、或いはロウソクであれば、導火線ごと「燃焼」をしていく。
しかし魔法の火の場合は、魔法の火により「火として光源とすること」はできても、水も、導火線も燃焼しないし、気化もしない。
「魔素を失う」だけ。
燭台が机の上の紙を焼いてしまうこともないし、火の粉も飛ばない。触れて熱いとは思っても、火傷はしないだろう。
たぶんこれは「魔素が火を装っている」現象と認識していいと、私は考えている。
目の前で、火をつけられたキノコは、跡形も残らず、消えてしまった。
少なくとも「姿を認識できなくなってしまった」。
「こ、こんなことが。」
数人の役人とともに観察をしていた中で、驚いていないのは私だけ。
この世界の一般的な認識では起こり得ない現象なのだ。
予想が、運良く的を得ていたことに内心ほっとしていた。
具体的な観測や調査、理由付けは今ここで追う時間はないけれど、ここまでの考察と検証と分析で、色々な事ができ、考えられるようになる。
「菌は魔素と極めて密接な関係を持っていると言えるでしょうね。」
魔素の消費と結びつけて、菌を除去できる、といったような。
あの毒素は、菌由来のものか、菌の「魔素を使った毒という事象」なのか。
恐らく後者だろう。
だから酒の中の魔素を消費して大量の「毒」を作る。
毒という事象までは起こるが、その効果結果から先までは干渉できない。
キノコ本体は酒の中に残るのだ。
人間は魔法の火では燃えない。
だから余程なにかに要因がない限り人間が衰弱、そして死亡するのを待つ毒にしかならない。
これで六十人余の昏睡者は説明がつく。
次は死者である死者二十一名。これは毒が「次の状態」へと何らかの変化をしたと考えられる。
菌は人間を昏睡させることが出来たら、次はどうするか。
栄養の摂取として、人間を食べ大きくなるのだ。
動けなくなった獲物を、虫が襲うように。
神経的な麻痺か、毒か、激痛のようなショック、四肢の硬化、或いは血流を止める壁を魔素で作ってしまう。
命を奪う一撃が終わると、その場で死肉を食べて成長する。
いきなり命を奪わないのは、生育に最適な環境を、昏睡に至る事象で作るため。
眠るという行為、安静にして回復を図る行為。それらは環境を選ぶ。
外敵を避け、眠って動けなくなっても「襲われないように隠れる」。
暗所や家屋内に潜んで動かなくなる。水場が近くにあるなどの条件も含むかもしれない。
こういった「誘導」は寄生虫によく見られる行為。
菌といった属種の好む環境とも一致する。
それら工程を魔素を使って指示するのは、既に「菌床を作っているキノコ」だろうと思う。
恐らく、司祭がばらまいた軟膏が、塗布された患部などから進行していたのかもしれない。
それが摂取された酒などにも反応して更に強い毒性の発生と、症状の段階を早めたのだろう。
遺体に外傷痕に『燃焼』の反応実験を行い、考察の信憑性が増したのは、それから間もなくのことだった。




