導師様の御考え
これは多分、私は最終容疑確認なのだ。
自白が取れれば良し、取れなければ見なしで罪状の認定。
目の前の性格の悪い職員は別として、その隣を構える二人は、少なくともそのつもりなのだ。
「現在の状態で、私の容疑が晴れる要素が見えてこないのですが。」
もういっそ腹を割って、要求を聞いた方がいい。
この場で私をどうしたいのか。
即日、投獄、そのまま何らかの刑に問うのか。それとも、新たな容疑者を探すつもりなのか。
「私に求められている事は何でしょう。与り知らぬ罪状を認める事でしょうか?」
この場にいる私を含めて全員の落としどころを探るには小さい話をしていても仕方がない。
外堀を埋めるような長期戦をされては、相手は良くても、実際の無罪の私はたまったものではないのだ。
「こちらのお二方は、追い詰められての自白、をお求めの様です。それで宜しいですね?」
さも自分は違うとばかりに言うのだから、きっとこの職員の性格の悪さは筋金入りなのだろう。
「貴方の落とし所はどこなのでしょう?」
「私ですか?そうですね。任期を全うしていただける事、できれば継続して引き受けていただける事。理想を言えば、この街に居住していただける事でしょうか。」
話にならない。真面目に取り合う気すらないのだ。
怒りが込み上げてくるのがわかる。
いっそ、司祭がしたように、ここに弊社職員を呼び寄せて、大騒動の末に逃げ出してやろうかとすら思う。
「ほら、お二方。撤回をしなければ昨晩と同じことが起こってしまいそうです。導師様は怒っておいでですよ。」
「そ、そうなのか?」
「ああ、お二方は認識阻害の影響を受けておいででしたね。それはもう、ここに使い魔を呼び寄せ、引っ掻き回してまるで昨晩の再現をしようかと思っておいでだと。」
よく解っている。ただそこには深い誤解がある。
怒っているのはこの、いい加減でポンコツで、その上に筋金入りに性格が悪いこの職員に対してだ。
「ですから言っているでしょう。導師様は全てを無関係とは言いませんが、この件に関しては非常に協力的です。また加害側には居ない。妙な勘繰りが、別の被害すら呼び兼ねません。」
「それは根拠のあっての事なのか?打算的な話ではなく?」
「勿論、根拠あっての話です。調査を担当した責任者として、明確な証言すら出せますよ。導師様については既に一連の事件以前にまで遡った調査を行っています。」
黙って聞いているうちに、いつの間にか雲行きが変わっている。
一体何が起こっているのだろうか。
「それに、導師様は警戒すべき事を事柄の前に置かれるのです。つまり、何かが起こる際に、そもそもそこに導師様がいらっしゃる事すら匂わせない。」
何それ。一体誰の話をしているのだろうか。また話が変な方向に走っている。
「それこそ、操る虫の一匹のごくわずかな痕跡を辿ってすら、存在が見えるか見えないかの様な、事前の準備が可能なのです。この事件には、導師様は姿を見せすぎなのです。関わっていない事が明確だからこそ、ここにおいでになり、最低限の事はお話しくださっているのですよ。」
どうも、この性格の悪い職員は私を超常的な存在か何かと勘違いしているのではないだろうか。
褒められているわけではないけれど、犯人扱いされるのと同じ、場合によってはそれよりも私にとっては聞こえが悪い。
事実も交じっているだけに、尚更質が悪い。
「むしろ、今伺うべきは導師様の潔白の証ではなく、街がこの先、どうするべきか、です。」
「やめてください。私にお話しできることはないと言っているはずです。」
ここはちゃんと言うべきだろう。
容疑を晴らしてくれるのは良いけれど、何かを背負わされるのはゴメンである。
このポンコツ職員は一体何を考えているのか、訳が分からなくなってきた。
「導師様。導師様はどうお考えなのですか?」
「一体何をです?」
「この事件の根底にある、事件を起こしたその理由ですよ。」
事件が起こされた理由、と言われても、そんなものを知るはずもない。
けれどそれは答えを求められているわけではなく、その答えに関しての考えを求められている。
場が妙な雰囲気になっていたのもあって、頭は冷えて落ち着いていた。
「簡単に考えれば、二つあるかと思います。」
「お聞かせ願えますか?」
「一つは、単純に殺人を楽しんでいる場合です。人が死んでいく。どういう手段で人を殺そうか、この手段ならどういう反応をするか、といった殺人そのものを知的好奇心の対象にしている場合です。」
そう、シリアルキラーはそういう意図で「殺人」そのものに対する罪悪感がそもそもないというのを聞いたことがある。
あの司祭は死んでしまったならその確認もしようがないけれど。ただそれならば。
「ただそれならば、司祭様が最終的に死に至ったのは納得できないですね。自分自身の死についてただならぬ興味があったというのなら話は別ですが、それをするなら、一番最期でしょう。」
「その場合は、『犯行を行った司祭様』がまだ死んでいない、という導師様の示唆された可能性も見えてきますね。『死者の顔を持つ何者か』の持つ意味合いが変わってきます。」
「もう一つは、目的が殺人ではない場合です。殺人、つまり人が死ぬことですが、その死によって何かが起こる事を目的としている場合です。こちらの方が一般的は多いのではないでしょうか、こうした場合。」
そう、そういった場合は何らかの目的をもって行う「社会に溶け込んだ存在」が犯人であるため、前者の様な狂人よりも犯人像が固定されにくい。
探すのが難しく、また探している間に障害物も多く、隠ぺいなども行われるはず。
「一人二人なら怨恨の線という形で見る構図ですね。しかし、今回は不特定多数、それも結構な犠牲者が出ています。隠すのにも限界が、いえむしろ司祭様は隠してすらいませんでしたね。」
「そうです。バレてもいいという事を考えると『殺人が目的ではないなら』という部分に、答えが見えてくると思います。単純に『混乱』が目的で、或いは『混乱の先』にあるものが目的の場合です。」
無差別テロ。そういう考えが、さっきも一度よぎった気がする。
犯人が消えれば尚更、そこに理由を求めて混乱が加速するのだ。
「だ、そうですよ。どこかからの『街に対する攻撃』、という線。私も同じ考えですね。」




