姥の朽ち果てる山は姥捨て山なのか
のんびりとした朝。これで仕事がないというなら本当に言う事がない。
そんな風に思っているうちに、庁舎が見えてくる。
まだ二日目だというのに、あとどれくらい日数が残っているのかが目下、私の一番気になっている事。
「本日もよろしくお願いします。導師様。」
私は覚えている。昨日も一言一句全く変わらない対応であったことを。たまたまだけれど。
その足取りも重く、安置所の扉も重く、私の心も自然と重くなる。
仕事だ仕事だ、諦めろ、ウメコ。そんな聞こえない声が聞こえてくるようだ。これを声なき声というのだろうか。
「お仕事はいくつほどあるのでしてー?」
仕返しとばかりに、昨日とまったく同じセリフを吐いてやる。ささやかな就業への抵抗。
別に職員に対して思うところがある訳でも、不幸な遺体に忌み事を吐いたつもりもない。
強いて言うなら、このいい感じに晴れた空、それも早朝から、死臭漂うこの場にいる事への抵抗だ。きっとこれから、雨季になるに従って、遺体の状態も悪くなるに違いない。
「二件です。あまり言いたくはないですが、死者の発見記録を連日追記するのは残念な事です。」
一般開示に回される依頼に対応する職員と違って、慣れているのだろうか。
その言葉には悔しさと慣れの入り混じった雰囲気を感じる。私もいつか、依頼関係なしにこうやって仕事に向かい合う日が来るのだろうか。
遺体A
酷くやつれた女性。壮年は流石に過ぎただろうか。病死か、衰弱死。苦痛に歪める顔もなく、無力感を感じさせる。
対応 弊社職員の虫に食わせる。
「ご遺族がいらっしゃる方でした。最後まで墓地に入られるか悩まれていましたが、庁舎でお預かりすることに。遺言を残されていたそうです。」
「魔素の処置にもお金がかかりますからねー。ご家族にお金を残される道を選ばれたのでしょう。」
死後のゾンビ化を防ぎお墓に入るためには大きく二種類がある。
魔法の火であえて燃焼させ魔素を抜いてしまう処置と、燃料で燃やし遺骨、骨粉とする処置。
お墓に入るためには、どちらも遺族がそれを教会に出す必要がある。
後は、お墓の管理に多少の心づけ。貧困層ほど、遺族に明日を生きるお金を残す傾向が強くなる。
遺体B
老婆。外傷はない。ただ、裂傷跡がある。塞がってはいたようだ。病死とも衰弱死ともとれる。悲しそうな顔に見えなくもない。
対応 弊社職員の虫に食わせる。
「こちらは、木こりの皆さんに山中の木の影にご遺体で発見されました。朦朧とした意識で山に入られ、迷われたのかと。身元は類似する届け出もなく、規定の日数が過ぎたのでこちらに。」
後一日、もう一日待てば身内が、と思っているうちに、今日がやってきてしまったのかもしれない。遺体の安置は、必ずしもゾンビ化するとは言えなくても有限である。
ゾンビ化は事故であり、事故は未然に防げるのならば防がねばならない。
役場に届く遺体は、これが徹底する。ゾンビとなれば被害が出るかもしれない。遺族はその最有力候補。別れの惜しさに、というのが改めて調べる事無く、最も多いのだ。
「キノコ、ですね。」
そんな事もあるのじゃないか。昨日の夜、床の中で予感した事が目の前に起こっている。
縦に伸びた傘、そのしわがれた傘に差し込まれたかのような芯となる軸。虫たちの食べ残しは昨日よりも小さいながら三本。多分、ある程度大きいこの種類のキノコは食べないのだ。
「昨日の遺体より腐食状態はずっと低い。木の枝の様に、衰えて亡くなられたのと、場所もあるのでしょうが。」
「食害という線は調べられたのでー?」
毒キノコという線は大いに考えられるけれど、その場合は租借される。実体を残すのではなく残骸なり消化跡が残りそうな気がする。
このキノコは恐らく、体内で育ってるから違う。体内で胞子なり残滓が着床し、菌床を作ったのだと思う。
「昨晩、小動物に食べさせて、調べている所です。鳥、リス、ノネズミ。朝、特別な変化はなかったのですが。」
その場に根が張ったように残っていた虫たちを散らせて、私は安置所を後にした。
「むー。何なのでしょうねー。」
声も出さず悠々と歩いている猫を眺めながら、頭にモヤモヤを抱えながら昼前の食堂街へと足を向ける。
そういえば昔、私が小学生のころ、ナメコの栽培が流行していたことを思い出す。
ナメコはどれくらいで育つのだったろう。やっていないから解らない。どこかで聞いたような気もするのだけれど。
庁舎の行政での遺体安置所の収容期限は、この世界で地域差がないなら五日だったと思う。
これはちゃんと記憶があって、以前にネクロマンサーの事件に遭遇した時、ちょっと聞いたのだ。
五日前にはあの遺体の中で、もうキノコは育っていたのだ。
ひとつ、あのキノコはなぜ、食べずに残すのだろう。それが気になる点である。
ふたつ、この二日とそれ以前の遺体の違いでキノコの有無が分かれる。それも気になる点である。
過去の遺体にもキノコはあったのか無かったのか。
あったとしても、この二日のお残しの原因が実体の大きさだとするなら、ずっと小さかったはずだ。
みっつ、あのキノコが死因なのかどうか。
直接的な関係はあるのかどうかわからないけれど、弊社職員が減ったり、冬虫夏草になっていないあたり、多分、直接の関係はないんだと思う。でも不気味だ。
考えていても仕方ない。私の仕事は遺体の処理で、虫の主なのだから、私が考える事じゃない。
「おじさーん。肉の串焼きくださいなー。」
キノコは何となくしばらく食べたくないな。歩く猫を目で追いながら、串焼きを頬張りそう思った。




