聖女のお弁当
季節が秋へと移り変わる頃――とある昼休み。
契約以来、旧校舎の備品保管庫は、俺たちの定例会議の場となっていた。
ガタゴトと立て付けの悪い扉が開き、白雪零奈が入ってくる。
彼女は周囲を警戒するように素早く扉を閉めると、深くため息をついた。
「……はぁ、疲れた。こんなに笑顔を振りまいてるんだから、一時間につきダイヤ一万個くらい配布してほしいものだわ」
毒を吐きながら、彼女は持っていた風呂敷の包みを俺の前に置いた。
「はい。今日の分の『契約の報酬』よ。感謝しなさい」
「待ってました!」
俺が中身を取り出すと、そこには重厚な二段重ねのお弁当箱が入っていた。
蓋を開ければ、艶やかな白米の横に、彩り豊かな野菜の肉巻き、厚焼き玉子、ハンバーグといった料理がぎっしりと詰められている。
「いただきまーす」
俺は割り箸を割り、さっそく肉巻きを一口運んだ。
向かいに座る白雪がチラチラとこちらの様子を伺っている。
「……ど、どう?」
「うん。うまい!」
柔らかい肉と、野菜の甘みが口に広がる。
流石、上流家庭のお弁当だ。
我が家で食べている料理とは食材のレベルが違う。
「ふふん、当然よ。せいぜい味わって食べなさい」
白雪はホッとした様子で、自分の弁当を食べ始めた。
秘密を守るだけで、プロの作った料理を毎日食えるのはありがたい。
「……でもこの弁当、少し味が変わったような……?」
「え」
俺の言葉に白雪がピタリと箸を止めた。
この弁当も十分美味いのだが、契約の当初は、もっと味のクオリティが高かった気がする。
今日の玉子焼きは少し焦げているし、照り焼きチキンは妙に甘ったるい。
だが量だけはやたら多いときた。
それはプロの料理というより、素人が一生懸命に作ったような感じだった。
「これ、本当にお前の家のシェフが作ったのか?」
「…………そうよ」
彼女の声が少しうわずる。
「……じゃあ、その手はなんだよ?」
俺の視線の先、白雪の指には絆創膏が何枚も貼られていた。
「こ、これは……」
白雪は言葉を詰まらせるが、やがて観念したように白状する。
「……本当は……作り方を教わって、私が作ったわ……」
語尾が消え入りそうになる。
学園の聖女が早起きして、地味な男子のために弁当を自作する。
その事実がどれほど異常なことか、彼女自身が一番理解しているのだろう。
「ありがとな」
「っ……」
すると白雪は顔を逸らしながら食べかけの弁当をしまうと、さっさと自分のスマホを起動させる。
彼女の耳たぶが、急いで来たせいか、それとも別の理由か、少しだけ赤くなっていた。
「い、いいから早く食べなさいよ! 食べ終わったら昨日の対戦の続きをやるんだから!」
彼女は照れ隠しのように、ものすごい勢いでフリック入力を始めた。
画面の中のセイント・レイが、意味もなく激しく反復横跳びを繰り返している。
「なぁ、白雪。これ、俺が好きな海老フライが3本も入ってるな」
「っ、そ、それはたまたま余ってただけよ! あんたの好みなんて一ミリも興味ないから!」
そう言う彼女は、いつもゲームの合間に俺が漏らした他愛もない世間話を、驚くほど正確に記憶していた。
俺は黙って、彼女の『契約の報酬』を胃に収めた。
手作りの味は温かく、コンビニのパンでは得られない活力が体に満ちていく。
「……ご馳走さまでした。よし、じゃあ始めるかセイント・レイさん」
「やっとね。今日は容赦しないから、覚悟しなさいクソ無課金」
向かい合ってスマホを構える。
不敵に笑う白雪の顔は、すでに「煽りカス」へと変わっていた。
次の更新は7日の予定です。




