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58 近くて遠い世界(完)

 その後、異世界との接続は切れてしまった。

 ぷっつりと。


 突然、Webカメラから水道水が吹き出したのだ。それで異世界との接続が切れたことに気が付いた。いよいよ来たか。そう思った。

 俺たちがいる時だったので事なきを得たが、それでも机の上は水浸しだし数日間はWebカメラは使えない状態になってしまった。そして、ようやく乾燥して起動したWebカメラだったが、そのウィンドウには俺たちの映像しか映らなかった。


 ただ、もしかすると何かのハプニングでつながっていないだけかもしれないので、俺たちはしばらくの間、アプリを起動したまま開発室で待機していた。星降りが終わった後で、また巫女たちが神楽舞を踊るかもしれないとも思った。

 だが、その後異世界とつながることはなかった。


 俺たちは1カ月ほど様子を見てから椎名研に報告に行くことにした。

 結局、俺のWebカメラで異世界が見えたのは3カ月間だけだった。


  *  *  *


「どうして、異世界とつながらなくなったんでしょう?」

「それを私に聞くの? 君が一番分かってるんじゃないの?」


 氷室助教授は呆れたような顔で言った。

 俺はこのところずっと、椎名研で報告書をまとめている。今回の出来事については、俺が主体でまとめるしかないからな。

 もちろん荻野と乙羽も協力してくれている。でも、ただまとめるだけじゃなくて色々と考察も加えなくちゃいけない。論文にできるかどうかは、かなり微妙。

 そんなわけで煮詰まった俺は、ちょうど来ていた氷室助教授に声をかけのだ。


「もともと異世界ゲートが開くのは短期間なんでしょ?」


 もちろん、それは言われていたことだ。


「はい。期限に近いことは知っていました。ただ、どういうメカニズムになってるのかなと思って」


 期限と言っても、最後のアクションを調べれば異世界ゲートの原理がわかるかもしれない。少なくとも異世界ゲート解明の糸口になるだろうとは思っているのだが、うまく考えがまとまらない。


 氷室助教授は、向かいにいる椎名教授をちらと見た。椎名教授は軽く頷いた。どうも、俺に付き合ってくれるようだ。


「世界がくっついたり離れたりしてるんだっけ?」


 氷室助教授はゆったりとソファに座って俺のほうを向いた。


「そう思ったんですけど、そのモデルだと上手く説明できないんです」


「どのあたりが?」

「そうですね。『鏡合わせ』は二千年間続いていると聞きました」


「そうね」

「でも、風船モデルじゃ遠くへ離れたら終わってしまうと思うんです」


「ああ、なるほど。世界の間に引力がないってことね」


 さすがに氷室助教授だ。的確に指摘してきた。


「はい。二つの風船をつなぐ糸がないとダメなんです」

「あら、二つをつなぐ糸なんてちょっとロマンチックね」


 えっ? ああ、「赤い糸」の話か? まぁ、もっと強力そうだけど。


「どうやっても、引力になりそうなものが見当たらないんです」


「一番強力なもので愛情なのよね?」


 荻野がおかしなことを言った。いや、そんな話はしてないぞ。


「お前、それどっから持ってきた?」

「さぁ? どこからかしら?」


 なんだ? その謎めいた顔は?


「魔石に引力はないの?」


 首をかしげながら言う氷室助教授。


「魔石にそんな力はなかったと思います」


「確率をちょっと集束させるのよね?」

「そうですね。魔物が狩りに使う程度です」


 氷室助教授は頷いた。


「とすると、もともと世界は離れなかったんだと思います」


「つまり、風船モデルは否定するのね?」


「そこなんですけど、風船は移動せずに離れたんじゃないかと」


「どうやって?」

「そこが不明なんです」


「小さくなった?」


 荻野が横から思わず言った。


「小さく?」

「うん、風船がほっとくと小さくなるでしょ? あんな感じ」


 確かに、お祭りで買ってきた風船はいつの間にか小さくなってる。あれは空気が抜けるからだけど。あれ? そう言えば?


「もしかして、集束が原因か? 魔石で確率分布が集束したからか?」


「それよ~っ!」

「ああ、そうか。確率雲が小さくなったのか!」


「でも、魔石を使うと、必ずそうなるんだけど?」


「きっと、魔石を使いすぎたのよ!」


 なるほど。その可能性はある。もともと異世界ゲートが確率的な揺らぎで生まれるものだとしたら、確率操作を繰り返したら影響が出そうだ。


「小さな個人レベルの確率集束なら大丈夫だけど、街レベルの確率の集束が起こったから異世界ゲートが消えた……とかか?」


「そうね。ってことは、街レベルの接触が『鏡合わせ』の正体ってことになるわね?」

「た、確かに」

「そういうことか!」


 これは仮説だが、異世界ゲートの元になる世界の接触は自然現象として頻繁に発生していると考えている。それは、個人レベルの小さいものから、街レベル、国レベル、それこそ星レベルもあるはずだ。

 その中で、『鏡合わせ』で魔石が維持しているのは街レベルの接触なんだとしたら、いろいろと腑に落ちる。例えば、『鏡合わせ』で使う魔石は3個だ。それは個人レベルではないことを意味する。そして、3個の魔石で可能な情報交換に必要な最低サイズが手鏡だったのかも知れない。それはWebカメラの大きさでもある。

 体格のいいWebカメラがちょうどぴったりだったんだ。


「そういう意味では、思いっきり街レベルで魔石を使ったわね」


 確かにそうだ。異世界ゲートを通じて情報交換しただけなら、未来は変わっても確率の集束は起こらない。たぶんそれは問題ないんだ。

 だが、俺たちは魔石を直接弄って未来を手繰り寄せた。


「街の運命を変えたんだもんな!」


 確かに、百個の一鈴を一気に使ったしな!


「むしろ、よく三カ月も持ったわよね?」

「ホントだな~っ。やりたい放題だったもんなぁ」


 荻野と乙羽は、この三カ月を懐かしむように言った。

 確かに、魔石を使いたい放題だったかも。それ以外もいろいろやってたし、物質を交換したりもしたしな。『鏡合わせの巫女』が三人だし。あっ。


「それ、お前らがいたからじゃないか? 『鏡合わせ』を三人もやってたんだから」

「あ、ほんとだ」

「それで、あれだけやって三カ月も持ったのか!」


「でも、そうなると今までとは違うかもな。また軽く百年くらいは『鏡合わせ』が途絶えそうだ!」


 乙羽が、キツイことをいう。


「そ、そうよね~っ」

「ううっ」


 街レベルの集束を越えてた気もするしな!


「美琴可愛かったのにね~っ?」

「なにそれ?」

「朝霧も可愛かったぞっ」

「紫雲も可愛いわよ」

「何の話だよ!」


 たぶん、今回の『鏡合わせ』では、過去に例のないほど魔石を使ったんじゃないかと思う。もちろん、異世界ゲート自体が魔石の力で維持されるものなので、使ってる内に街の確率が集束してゲートが閉じるのは当然なんだけど、今回は今までになかったほどに勢いよくゲートが閉じた気がする。

 もう二度とつながらない、なんてこともあるかも知れない。


「でも、近くにはいるのよね!」


 そう。その筈だ。


「そ、そうだな。なら、きっとまた会えるよな?」

「そうよ!」

「今度は、朝霧が俺を呼んでくれる気がする!」

「おい」

「はいはい」


 でも、どこかちょっとほっとした。


「あんたたち、何言ってるの? まったく、これだから最近の若者は!」


 氷室助教授に叱られてしまった。


「ほらな。うちの研究生は楽観的だろう?」


 後ろにいて、俺のコーヒーを飲んでいた椎名教授が面白そうに言う。


「ホントね~っ。あなたと同じね」

「そ、それは!」

「「「え~っ?」」」


「ともかく! あなたたち、自分で探そうとは思わないの?」


「探す? でも、どうやって?」


「それを巫女たちがやってたんじゃないの?」


 あっ。


「あ~、そういうことか! 確かに、相手を探してた!」


 くそぉ~、何でこんな大事なことを見落とすかな俺!

 そういえば、そう言ってたじゃないか!

 『鏡合わせ』の神楽舞、ちゃんと見てないぞ!


「あ~っ、何やってんだ俺!」


 思わず頭を抱える俺。目の前で、巫女たちがやってくれていたじゃないか! 何で詳しく聞かなかったんだ?


「俺は大馬鹿だ」

「それは、私も一緒よ」

「俺も同罪だ」


 目の前のことに精一杯で大事なことを見落としてしまうことは良くあることだが、ちょっと今回は酷すぎないか?


「でも、ちょっとは映像、残ってるんでしょ?」

「ああ、まぁ、確かに最初の時の神楽舞は映っていたような」

「三鈴の構造も分かってるんだし、そんなに捨てたもんじゃないわよ」

「そうかな」

「そうよ!」


 思わず、荻野の巫女姿を連想してしまった。


「なに?」


 荻野が何故か鋭い。


「いや、楽しみだな」

「そうね!」

「魔石もあることだしな!」


 確かに、それは大きいと思う。魔石があるとないとでは全然違う。『鏡合わせ』のキーとなるものだからな!


「そ、そうだよな!」

「そうよね!」

「俺もやるぜ!」


 ただし、あの異世界が強く集束してしまったのであれば、直ぐにはつながらないだろう。直ぐにつなぐ為には、新たな方法を考える必要があるかも知れない。

 近くて遠い世界との『鏡合わせ』を直ぐにでもやってみたくて、俺たちは熱い議論を始めるのだった。


 椎名教授と氷室助教授はただ笑って俺たちを見ていた。


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