47 研究室にて
天ヶ崎への帰還では、ほとんど問題は起こらなかった。
周囲の魔物討伐もしつつなので最高速度は出していないのだが、それでも直ぐに天ヶ崎へついてしまった。
* * *
ここはいつもの開発室。
無事、天ヶ崎に到着した後だ。
「これで、ちょっとお休みね」
「うん、ゆっくりしよう。二日後に呼ばれてるけど、それまでは休みでいいだろう」
菅野宮司から後で相談したいと言われているのだ。
「次の街への遠征の話かな?」
「どうだろう。菅野宮司の口ぶりからすると他の村の遠征は、まだしないと思う」
「星降りが始まるからね」
「そうだな。遠征どころではないだろう。二回の遠征で十分結果を出したしな」
魔動車も作れるようになって、異世界人だけでも遠征可能になっているから俺たちが毎回付き合う必要もない。
それに、星降りとなれば街道沿いのクレーターの数を見る限り今回修復したものも被害を受けるだろう。であれば、遠征するなら星降りの後のほうがいい。
菅野宮司としても、この先は俺たちの援助が必要な案件を絞ってくるだろうとは思う。鏡合わせの時間は限られているからな。
「もうすぐ星降りだから寝袋は置いとくね。あとで干しといて」おいっ。
「俺も俺も」
「何言ってんの? 自分でやれよ。てか、家にそんなスペースがあると思うか?」
二人はしぶしぶ自分の寝袋を持って帰った。当然だよな? 都内の一人住まいに余裕などないのだ!
こうして、ちょっと不穏な空気もあるが、俺たちは久しぶりの週末を楽しむのだった。
* * *
ひさしぶりの週末を楽しむ筈だった俺なのだが、何故だか翌日には椎名研の研究室にいた。
「お疲れのところ本当にすまない! どうしても君から詳しく聞きたかったんだよ」
どうも、あの異世界ゲートが何故できるかという話のようだ。近くにあるとか、重なるとかだ。
「あ、はい。ちょっとした思い付きなんで、大した話はできないと思うんですけど?」
「いや、そういうもんだけど、最初のインスピレーションは大事だよ君」
ちゃんとした仮説に至っていない「思い付き」なので、細かく説明を求められるとちょっと辛い。
ただ、二つの世界が風船のようにくっついたり離れたりしているモデルで説明してみた。くっ付いてるところは、もしかすると小さい穴が開いている可能性があると。そして、それは特別なことではなく日常的に起こっていることではないかという話をした。
ただ、その世界の境界にできた穴は普通はすぐに閉じてしまう。それを魔石の力で維持しているのが「鏡合わせ」なのではないかと。
「日常的にか!」
「はい。気づいてないだけかと」
「風船というのは世界の確率の雲だね?」
「そうです。近い世界とは、一部で重なるのではないかと」
「その二つの世界というのは、当然多重世界の中の二つの世界だね」
異世界と地球の世界が隣同士で存在するとしたら、多重世界と考えるのが一番近いだろうな。
「おそらく」
「なるほど。興味深い」
そういって、椎名教授は黙ったまま腕を組んで考察に入ってしまった。
それでも教授の中で考えがまとまったのか、小さく頷いた。
「そういえば、魔石の研究はどうなってるんですか?」
「うん? 実はね、見つけたんだよ! 生体超電導体を作る金属アミノ酸」
「おおお~っ」
「ずご~いっ」
「やりましたね!」
「はっはっは、君たちのおかげだよ。もっとも、魔石の謎を解けるのはまだまだ先の話だと思うがね」
いや、生体超電導体ってだけで世界的な大発見ですよ。常温超伝導体なんだから。
「ただ、とうぶん発表はできないだろうなぁ」
椎名教授は遠い目で残念そうに言った。
「魔石がらみは、まだ変に注目されるわけにはいかないと思うんだよ」
確かに、芋ずる式にいろいろヤバい情報が出てしまうからな。
「魔物を育成できないのが辛いわね」
もちろん、氷室助教授も来ている。金属アミノ酸は、彼女の研究成果かも?
「超電導神経系を解析するのは大変な話になるでしょうね」
「そう。今のコンピュータチップを真空管時代に渡されたら途方に暮れるだろう? そんな状態なんだよ」
それでも、椎名教授と氷室助教授がタッグを組んでるから、なんとか進められる案件なんじゃないかと思う。生体部品のようなものを回路図に置き換えるのは難しい話だ。
ただし、解明された時の成果がでかすぎる。研究者としては到達する高みが見えていて登らない訳にはいかないだろうけど特別な覚悟も必要になるかも知れない。少なくとも小出しに成果を発表出来たりしない。
「それとだね。一つ興味深い発見があったんだよ」
椎名教授が、ちょっと小さい声で言った。
「魔石のある部分を削るとだね、影響する確率に変化があったんだ」
「地獄の針落としのポワソン分布に変化が?」
「うん? 地獄の?」
「あ、それは、こっちの話です」
あれは学生が勝手にそう呼んでるだけだからな。
「そうか。とにかく、魔石の表面は同じようなパターンで埋め尽くされているんだが、この一部を削るとだね、ポワソン分布が変形するんだよ」
「変形ですか」
「そうだ。つまり集束する形が変わるんだ。分布の一部が集束しなくなった」
そう言ってから、椎名教授はにやりと笑って俺を見た。
「何故だと思う?」
また謎掛けですか。今度は椎名教授が。さすがに、分かりません。
「な、なぜでしょう?」
「僕はね、見えなくなったんだと思うんだ」
「見えなくなった?」
俺はちょっと言ってる意味が分からなかった。
「それは、魔石が外を見ているってことですか?」
荻野が鋭いことを言った。
「うん、正にその通り。荻野君の言う通り魔石は外界を見ていると思う」
「それは、視覚的にでしょうか? それとも」
乙羽も思いついたようだ。
「視覚的以外にだ。削った部分で見えなくなった方向と集束しない方向は一致した」
そもそも、魔石を使うときは周りは障害物だらけの筈だよな? 視覚的な筈はない。
「そうなると。それは3Dスキャナーってことですか?」
「鋭いね君! 僕はそうだと思っているよ」
目で見るのは二次元だ。目は外界を二次元の網膜に写し取っている。そうではなくて魔石は三次元で外界を映している可能性がある。恐らく魔石内部に立体映像として写し取られているのではないか?
これだけでも凄い話だ。つまり、CTとかMRIの技術に並ぶものだ。いや、それを超えている可能性もある。
「魔石は正確にシミュレーションを実行するって言ってたろ?」
「ええ、それで確率が変動するということでしたね」
「そう。正確なシミュレーションには正確な情報が必要になる。つまり、3Dスキャナーが必須というわけだ」
魔石は、自分の周囲を3Dスキャンしたデータを使って未来をシミュレーションしているってことか!
「すると、魔石は全世界をスキャンしているんですか?」
「さすがに、それはないと思うわよ」
これは、氷室助教授だ。
「魔石と言えども、生物の一機関として出来た以上、不必要な能力は持っていない筈」
ああ、なるほど。人間の目も周りの危険を見たり得物を探すためにある。それ以上を知る必要がないから、それ以上の能力はないのだ。
「そうですね。そうなると、魔物の身の回りをスキャンしているってことですね?」
「そうね。恐らく『狩り』に必要な情報を集めているんだと思う」
「あっ、それが半径10mってことでしょうか?」
思わず思いついて言った。
「なんのことかね?」
「あ、ええと、三鈴のエフェクトが届く範囲が大体半径10mの範囲なんです」
「なるほど。それは、確率操作可能な有効範囲という話だね。ただ、スキャンそのものはもっと広い可能性がある」
確かに手の届く範囲と目で見ている範囲は違う。半径10mは、言わば手の届く範囲だ。
「情報の境界ギリギリだと正確なシミュレーションはでませんしね」
「そういうことだね」
椎名教授は満足そうに言った。
「ただ、スケール感としては合ってるんじゃないかな?」
氷室助教授は、椅子に深く座って腕を組んだまま天を仰いで言った。
「魔石の確率操作は半径10mの球内で、それを大きく包む範囲を3Dスキャンしている?」
「おそらくな」
「でしょうね」
「うん、非常に有益な情報だった。この調子でなるべく多くの情報を集めてくれたまえ」
「頼むわね」
「わかりました。異世界との接続もあと少しでしょうから、頑張ります」
「私も頑張ります」
「俺もがんばる」
「頼もしい、研究生ね」
あ、俺、違います。研究生じゃありません。




