79.神様と言う存在
ーー初音。起きて、初音。
その声に、初音はそっとその瞳を開けた。
闇。闇。真っ暗な、闇。その闇に浮かぶ、白い影。
いつだったか、前にもこんなことがあったと、ぼんやり思い出してーー初音はガバリと飛び起きた。
「皆んなは!? ジーク!? 蘇芳くんは!?」
真っ青な顔で、何もない周りを見回す初音に、その声は場違いに冷静な声で笑った。
ーー安心して、初音の大切なものは、私があらかた守れたはずだ。まぁ、そもそも、彼もあえて傷つけようとは、思っていなかったみたいだけれど。
「……あなたは、誰なの」
白い影は発光してその形しかわからず、声も表情もわからない。
ーーこの方が話しやすいかな。
そう言って、その影が不意に揺らいで、1人の男性とも女性とも似つかない中性的な1人の人型に変わる。
全体的に白いイメージのその人物は、淡く発光したままにその造りもののような美しい顔に微笑みを乗せた。
「私は、言うなればこの世界を作った者。創世者。つまりは、神。と呼ばれる類の存在だ」
そう言って笑う神と名乗る者に、初音は言葉を失ったーー。
事の始まりは、神の友人に《《こういうこと》》が得意な者がいた。
その友人が作り上げた美しい世界が神は大層気に入って、神自身も《《それ》》を作ることに決めた。
惑星を作り、大気を作り、海を作り、陸地を作った。
長い時間をかけて変化していく世界で、恐竜が生まれ、滅び、滅びから新たな世界が生まれていく。
神は心から楽しかった。その地に時折り足をつけて、自身の創造したその世界で遊んだ。
そのうち、世界は哺乳類と爬虫類、魚類や鳥類などその様相を変えていく。
そんなある時、1匹の猿が神に話しかける。
神様のような、美しい姿になりたい。
周りが止める中、恐れ多くも神の姿になりたいという猿に、神は子どもが懐いてくれたようで嬉しくなり、その願いを聞き届けた。
人間が生まれた。
人間は見る見る内に知能と力をつけて、他の生き物を圧倒しながら世界を支配していく。
そんな人間に困った生き物たちは種族を問わず、皆で神に頭を下げる。どうか、私たちにも人間に対抗できる力を与えて欲しいと。
そう言われて、神は魔力と言う妙案を思いついた。
その試みは成功したように思われたが、今度は人間が窮地に立たされる。身体能力が圧倒的に敵わない人間に、他の生物たちの力を跳ね返すことは難しかった。
神は、今度は人間にも魔力による魔法を与えた。それにより、一時は平和が訪れたように見えて、神は安心した。
けれど人間の欲は神の予想を凌駕した。
神は、争い合い、傷つけ合い、誰かの欲のためだけに消費されていく世界にだんだんと飽き飽きして、その醜さに興味を失っていった。
またはじめからはじめようか? 《《今度は失敗しないように》》。
とは言え、目の前のものにいくらかの愛着もあったから、当初神にこの世界の片鱗を見せてくれた友人に相談をした。この争いばかりの世界をどうすればいいだろうかと。
友人は言った。両者をよく知る者を、両者の架け橋役として、仲裁を任せてみてはどうか、とーー。
「そうして、何人目かの仲裁役として選ばれたのが、初音。キミだ」
神は、感情の見えぬ微笑みを携えてそう言ったーー。
元より、この世界に関わる事項に知識をもつ者を呼び寄せる形で、さ迷う魂に肉体を与えてこの世界に人を送り込んだと、神は言う。
「あの鬼とか言う男は失敗だった。彼は早々にその身の保身に走り、他を虐げ出して、それ以降の仲裁役全てを追い詰めにかかったんだ」
神は苦々し気に、けれど人事のように話す。
「理恵と言うのも逃げ回るばかりで、蘇芳に至っては奴隷に堕ちて逃げられない。他にも何人かいたけど、どれもこれも、鬼の魔の手から逃れることは出来なかった。それに対して初音、キミはどうだ! 素晴らしかった!!」
そう言って、目をキラキラさせて初音の両手を取って身を乗り出す神に、初音は眉をひそめる。
「最初、初音も早々に奴隷に捕まり終了だと思ってた! 正直、こんな鬱々とした世界見るのもいやになっていてね、初音が失敗したら、もう《《リセット》》でもしようと思ってたんだ。もうどうしようもないなって」
「リセット……?」
その言葉を繰り返す初音の様子にも気づかず、神は尚も喋り続ける。
「ところがどうしたことか、初音はあれよあれよと、まるで物語の主人公みたいに、あんなに分厚く立ちはだかる壁を次々と壊していった。いやぁ、あれには震えたね。実に爽快だった。あ、たまには、ちょっとだけ手を貸したりもしたんだよ? 気づいていたかい? 奴隷の国を獲った夜のことさ。魔法ってのは、所詮は思いの強さなんだよ。初音の想いに寄り添う感情が強ければ強いほど、多ければ多いほど、それが初音の力になる」
もう寝る間も惜しんで見ていたよ。
そう言って笑う神に、初音は返す言葉を見つけられず、その拭い去れない違和感を抱えてその話しを聞いた。
「本当に素晴らしかった。だから、初音がこれまで大事にしてきたものを、特別に守ってあげた。だから、安心して帰るといい」
そう言って、神は誇らしげに笑う。
「初音は見事にやり切ったんだ。この世界の架け橋になると言う役割りを。ドラマを、見せてくれて本当にありがとう」
そう言って満足そうに笑う神の襟首を、初音は無言でわし掴む。
「え?」
目を点にする神を、ギリと睨み上げた初音は、その襟首を力任せに引き寄せた。
「ふざけんな……っ!!」
「え? え? え!?」
怒髪天な初音に、神はその目を丸く白黒させて、その顔を見るーー。




