四人の異世界生活-①
「おおー、すっげぇ。“ガンブレード”って奴かコレ」
感心した声を出すズリキチの手には。
砲身の下部分から、鋭い刃が砲身に沿うように伸びており、黄色く着色されているリボルバー式拳銃が握られていた。
見た目だけなら外連味が効いてる武器だけで済んだのだが、ハンマー部分から伸びている八本の触手がスマートなデザインを台無しにしていた。
渋い表情を浮かべながら、そえーんがズリキチに尋ねる。
「……俺、武器に詳しい訳じゃねえから、よくわかんねえんだけど。ガンブレードって、そんな気持ち悪い触手生えてるもんなの?」
「はぁ? 触手はエロ用品として最高の部分だろーが。それを気持ち悪いとか……」
何言ってんだお前? とでも言うように、ごく自然にズリキチがそえーんの常識を疑うような表情で返してきた。
余りにも堂々とした物言いに、そえーんは一瞬、“あれ? 何か間違ったか?”と錯覚しそうになるが、発言者がズリキチという事と、今も尚うねうね動く触手を見て即座におかしいのは奴と思い直す。
そんな内心錯乱しているそえーんを眺めたズリキチが何かに気付き、指を差す。
「俺の武器にツッコミ入れてるけどよ、お前もその“指”に嵌めてるの何だよ。DQNかよ」
「DQNとかまた懐かしい単語を……って、なんじゃこりゃあ」
ズリキチの指摘に、そえーんが己の手を見て、某刑事ドラマで殉職した独特なニックネームの刑事のような叫び声を上げた。
そえーんの手にはそれぞれの指に、青い指輪が嵌められていた。
「うわぁー……いやこれDQNというか成金じゃねえの…?」
「いや、魔術王じゃねえか? 指輪の色違うけど」
「あー……」
劇場版アニメまで制作された信者御用達の某大人気ソシャゲの第一部ラスボスもとい実はドクター……あれ? 逆? まあどっちでもいいか。のような格好に、そえーんは恐る恐る、AIREAL・ディーオーに訊ねる。
「あの、えあくん。俺の指に嵌ってるコレは一体……?」
〈お前ェ、今更そこにツッコむんかよ……最初に俺で武装顕現した時から付けてたぞ?〉
「ええ~……? そうなの? いや、でもなぁ……」
そえーんは頭を捻って記憶を探るが、あの時は辺獄と卿を止めるのにテンパり過ぎて、自分の指元など良く見ていないし、見たとしてもその後の事態のインパクトで、すっぽり認識から抜け落ちていた……と自己分析した。
唸っていたそえーんに、ズリキチが声を掛ける。
「おーい、とりあえず武器出して終わりなのか? それとも模擬戦みてーなことでもやんのかよ」
「……とりあえず、タケノコ出してやっから、それで試し切りなり、試し撃ちでもしてくれ」
「おう」
ズリキチの問いに一瞬考え込むと、そえーんは虚空から落ちてきたタケノコを掴み、そのままタケノコをズリキチの方へ放り投げる。
「よっ」
スポーツでもするような掛け声と共に、ズリキチはタケノコ目掛けて風禍銃刀を振り下ろす。
鋭い刃によって、タケノコが一刀両断され、真っ二つに分かれていた。
「……切れ味すげえな。切った感覚全く無かったわ」
「そっかー……ガチの刃物かー……」
「……何か残念そうだな?」
「いや別に……」
戦う時はガチの殺し合いになりそうだなぁ、と一人陰鬱な気分に陥っているそえーんにズリキチが不思議に思うが、ズリキチは意識を手に持っている風禍銃刀に向ける。
「ガンブレードだから、何かしら撃てるはずだよな……にしても弾とか無さそうだけど、そこんところどうなの。ケーアイ様」
{ケーアイ様て。主に様付けで呼ばれるのも奇妙だが……まあ、よかろう。何、弾込めは要らんよ。そのままトリガーを引けば良い}
「へー、そういうもんなんだ。じゃ、狙いをタケノコに定めて……っと」
半分に切った内の一つのタケノコに銃口を向け、ズリキチはトリガーを引いた。
バスッという噴射音と共に、タケノコが派手に弾け飛ぶ。
「おおー、空気砲ってやつか。すげえスタイリッシュじゃん」
風禍銃刀の性能にはしゃぐズリキチを尻目に、そえーんは撃ち抜かれたタケノコを見る。
「威力的にはゴム弾とかそんな感じっぽいな…………って、何かデカくなってねえか、あのタケノコ」
弾き飛ばされたタケノコが、両断されているタケノコと並び、そえーんが気づく。その様子を見たズリキチがハッと閃く。
「……これを撃てばお手軽盛るペコバストアップ──!」
「はい、しゅーりょー」
「あたっ」
ズリキチが良からぬ事を画策した気配を、勘で察知したそえーんは、面倒な事態を回避するべく即座にタケノコハンマーをズリキチの脳天に叩き込む。
ズリキチの気の抜けた声と共に、彼の持っていた風禍銃刀が淡く発光すると、奇妙な物体へと変化した。
凄まじく不機嫌そうな表情を浮かべながら、ズリキチがそえーんに文句を言う。
「痛……くはねえな。って、俺の風禍銃刀がっ! テメェ何しやがんだそえーん」
「強制的にえあくんを元に戻しただけだ」
「何で──」
「俺の苦労が増えるから。解散ッ!!」
「バラバラに行動できねえのに解散とかアホかよ」
「うるせーよ、とっとと宿戻って今後の事を検討すんぞ」
そえーんは、大きさの違うタケノコを拾い、ズリキチもこれ以上はぐだぐだなノリになると思ったのか、舌打ちをしながらも宿に戻るそえーんの後をぐちぐちと、ぼやきながら付いていく。
「つーかよ、お前のそのふざけたハンマーチート臭くねえ? 強制解除とかナーフ確定だろ」
「俺はな、お前らと違って、私利私欲で、えあくん使えねーんだよ。妥当だろうが」
ズリキチの文句に、そえーんは語気を強めて言い返す……と。喋りながら二人は宿泊していた部屋の扉を開いた。
「おー、おかえりー」
「おかえりなさい…………」
「おう、ただいま………って、辺獄くんはまーだ拗ねてんのか」
間延びした声で出迎えた卿はベッドに寝そべり、辺獄は床に伏しながら力なく声を発する。卿はそんな辺獄に全く気にかける事なく、ズリキチに問いかける。
「ズリキチのエアくんってどんな武器だったんや?」
「触手付きのガンブレード。撃ったもんをデカくできるっぽい」
「ほーん、まともな武器やんけ。それに比べて、そえーんくんと辺獄くんは……」
卿はそえーんと辺獄を交互に見ると、見下すように鼻で笑っていた。
そんな卿に怒りが沸き上がってくるそえーんだったが、冷静を保ったまま、口角を上げて言い返す。
「いやあー、ゴツくて頑丈な鎧を着こんで? 馬鹿げた威力の武器も使っておきながら、“タケノコ”に負けた奴の言うことは違うなぁ~。生きてて恥ずかしく無いのかね」
煽り返したそえーんと卿の間の空気が、軋む。そえーんと卿が無表情で睨み合う一触即発の空気の中でも、辺獄は変わらず伏せっており、ズリキチは欠伸を一つこぼしてから、そえーんに話しかける。
「で。今後の事検討するって言ってたけど、具体的な案はあるのか?」
「……とりあえずは、ギルド的な所に行って、日雇いのバイトか何かで資金を稼ぐ。というわけで、街に出るぞ」
そえーんの発言で卿と辺獄も、のそりと立ち上がって身支度を始めた。
宿屋を出る際に、主人からギルドの場所を訊いた四人は、各々離れ過ぎないように観光しつつ、街外れへと辿り着く……が。
「てめえら、何っっで真っ直ぐ進めねえんだ! ふッざけんな馬鹿野郎共ォ!」
そえーんの絶叫に、三人はただただきょとんとしており、誰一人として罪悪感を持ち合わせている者は居なかった。
卿曰く。
「猥の救済を求める人を探そうとするのは当然やんけ」
と宣い、ズリキチは。
「爆乳美女が居たら口説くのが常識だろうが」
と断言し、辺獄は。
「妹が居たら保護しようとするのは当たり前の事じゃないですか」
不思議そうに首を傾げて、そえーんを見ていた。
卿の言う救済は(当人は断固否定するが)殺害だし、ズリキチの常識は異世界だろうがセクハラでしかないし、辺獄に至っては先の双子と別れたショックなのか、道中で見かけた髪型ツインテールの少女に爽やかな笑顔で話しかけていた。そして、その都度そえーんが三人をどついて引き摺っていた。
「はぁ……何はともあれ、目的地には着いたな……」
疲労から来る溜め息を吐きながら前方の建物を見据える。
様々な人々が往来し、中にはゲーム等で見るようなモンスターの死骸を担いでいる人も居り、ファンタジー感に溢れていた。
そえーんは視線を建物から三人に向けて怒気を滲ませながら告げる。
「いいか、お前ら。これ以上ふざけた真似するなら、えあくん使ってでもボコって止めるからな」
その通達に、三人は顔を寄せてひそひそと話をしつつ、引いていた。
「ナチュラルに脅迫しよったで、そえーんくん。人としてヤバいわー」
「あれがキレやすい若者ってやつかねー。おー、こわ」
「私らに八つ当たりとかホント酷いですよね」
平常運転の三人に対し、そえーんは据わった目で睨みつつ、おもむろにズボンのポケットからAIREAL・ディーオーを取り出して、構える。
「武装、顕現──」
そえーんの本気っぷりに、三人は慌てて止めに掛かる。
「わかった! わかったから! とっとと行こうや!」
「当初の目的忘れんなって!」
「だからエアさん仕舞ってくださいよそえーんさん!」
その後、そえーんを何とか宥めた三人は建物の中になだれ込むように入って行った。
建物内のギルドにて、諸々の手続きを済ませた四人は街の郊外にある森林へと来ていた。
「成り立ての冒険者って事で、簡単な依頼回して貰ったが……」
「こーいうのって、普通スライムとかそんなんから始めんのかと思たんやけどな」
「まさか巨大ネズミ退治からとは」
「でも良いんじゃないですか? いきなりデカい蜘蛛とかよりは倒しやすそうですし」
四人は森の中を纏まって行動しながら、異世界特有のノリについて雑談していた。
ギルドの受付で受注した依頼……もといクエストは“巨大ネズミの駆除”。
危険性は高く無いが、とにかく数が多い為、街への侵入予防兼冒険者へのチュートリアル的なクエストとして用意されている。
難易度の低さに比例して貰える報酬も微々たるものだが、選り好みをしている余裕は四人には無かった。
雑談もそこそこに、そえーんが真面目に話を切り出す。
「えー、クエスト受ける際に色々言われたから確認するぞ。まず、ターゲットはデカいネズミ。そんで、森に過度な被害は出さない。制限時間は日が沈むまで。ここまではいいな?」
その問いにそえーん以外の三人は頷いて反応を示す。
そして、そえーんは続きを話す。
「ネズミ退治だけど……卿はえあくん使用禁止な」
「えー」
「全く可愛くねーけど、可愛らしく言ってもダメなもんはダメ」
ここまでの雑談で“卿を戦力として数えるか?”という議題で、卿との戦闘経験があるそえーんと辺獄が「火力が高すぎる」と断固拒否した為、卿には御輿の役割を与えるという事に落ち着いた。
「じゃあ、君ら猥の指示には絶対服従ということでね。ま、頑張ってくれや」
卿の戯言を聞き流し、巨大ネズミの群れを見つけた三人は各々AIREALを構え──武装を、顕現させる。
「じゃ、お仕事始めますかね」
言いながら、そえーんはタケノコを巨大ネズミに投げつけた。
―――――――――――
「猥が指揮官のはずなのに、どういう事やねんこれは」
愚痴を溢した卿は、手にしたナイフで死骸と化した巨体ネズミの尻尾を切り落しては一箇所に集めるべく、放り投げていた。
投げられた先にはネズミの尾が山のように積まれていた。
当初はネズミを見つけては指示を飛ばしていた卿だったが、何かを思い出したかのようにそえーんが、“そういえば、駆除の証明として尻尾切り落しといてくれって言われてたわ。という事で卿よろしく”とコンバットナイフらしきものを卿に押し付けていった。
当のそえーんは、ネズミの脳天に狙いを定め、ヤンキーのような叫びを上げながらタケノコをピッチングマシーンの如く投げていく。
雑用を押し付けられた事に不満を抱く卿は、AIREALを使いたい衝動に駆られるが、報酬の賃金の為に、半ばヤケクソ気味にネズミの死骸から尻尾をザクザクと切り落としていった。
暫くして。日差しもやや傾き始めた所で、そえーんとズリキチが卿の下に近寄ってくる。
「おーおー。中々の数倒したんじゃねえかこれ」
「しっかし……結構でけーな。このネズミ」
「おう、お前ら感心してる暇あんならネズミの死骸持ってこいや」
そえーんとズリキチは積まれた尻尾の数に驚嘆し、卿は口を動かしながらも、手慣れた動きで尻尾を切り落して行く。
卿の負担と後々の査定の効率を鑑み、そえーんとズリキチはネズミの死骸を卿の下へ運んで行く。
そこで、違和感を覚えたそえーんはズリキチに問いかける。
「あれ? ズリキチ、辺獄くんは?」
「は? 俺はお前の所に行くって聞いたぞ?」
ズリキチのその問いに、そえーんは数秒固まり。
「………あの野郎!!!」
憤怒の表情を浮かべながら駆け出した。
「あっ、ちょ! そえーん! ったく、おいきょうちゃん! 移動するぞ!」
「はぁ〜? まだ尻尾切り落とし終わって無いんやぞ? もぉ〜」
突如走り出したそえーんを追いかけるべく、ズリキチと卿も走り出した。
「えあくん! 辺獄くんの場所は!?」
〈西に数十メートルだが……まァ少し待ってろ相棒〉
AIREAL・ディーオーが話を切り上げると同時に、そえーんの視界にホログラムディスプレイらしきものが浮かび上がり、辺獄の所在地と行き方を表示していた。
「うおっ、高性能。ってそんな事言ってる場合じゃねえ!」
突然の表示に足が止まりかけるが、即座に駆け出す。そして、辺獄が居るであろう場所に、そえーんが辿り着き、少し遅れてズリキチと卿も到着する。
居合わせた、三人の目に映ったのは。
「……ああ、遅かったですね。そえーんさん」
これ以上ない爽やかな笑顔を浮かべた辺獄──と。ナメコに呑み込まれたであろうネズミが、ナメコの柱と化していた。
「ん? んん……?」
事態の不自然さよりも、そえーんは辺獄の周りを見渡し、何かを探すようにして周りを捜索する。
その様子に、そえーんの後を走って付いてきたズリキチが呼吸を整えて、そえーんに問う。
「はぁ……はぁ……いきなり走ってどうしたんだよ……そえーん」
ネズミ駆除で体力を消費してから森の中での全力疾走は流石に辛かったのか、ズリキチの呼吸は荒く、同行した卿も苛立ち交じりにそえーんを問い詰める。
「せめて……理由を先に言えや……はぁ……はぁ……」
「いや、辺獄くんがまた妹系少女でも拾ったんかなと」
「………たかが、そんなんで猥ら走らせたんか君ィ」
「んだよ、だったら別に急ぐ必要も無かったじゃねーかよ」
「だと思ったから俺はいきなり走ったんだけどな!!」
辺獄がまた妹を拾ってくるかもしれない──そう言った所で卿とズリキチが素直に急ぐ訳は無いという歪な信頼に確たる自信を持っていたそえーんは二人の文句を一蹴し、深く溜め息を吐いた。
「大体……というか、一度ちゃんと訊いておこうか。お前らさ、辺獄くんに妹できたらどうするよ」
そんなそえーんの問いに、卿とズリキチは顔を見合わせ、至って真面目な顔で答える。
「そりゃあ、焼滅炎鎧卿の狂火魂縛を起動させて妹ちゃんの魂にあの理屈を刻み込んで、なんやかんやで辺獄くんの手で殺させるに決まってるやろ」
「そりゃあ、風禍銃刀で胸のカップをKぐらいにしてから各種パイズリを堪能するに決まってんだろ」
「欲望全開じゃねえかクソガイジどもォッ!!!」
余りにも余りな返答に、そえーんはキレながら罵倒した。
そう、今の時点で“辺獄に妹が居る”という状況は即エロ同人誌墜ちコースで打ち切り待ったなしの地獄が待ち構えているのである。
これが元の世界ならば人としての自制心と法の壁で不謹慎極まりない冗談で済んだかもしれない。
だが悲しいかな此処は異世界。更には元フォロワー現オモシロビックリオバテクデバイスという、キチガイに持たせてはならないモノまで搭載してるんだから、ブレーキなんてものは無いのである。
いくら妹の為に頑張れるであろう辺獄とは言え、ガイジ二人を相手に勝ち目は薄い。
というか卿との相性が最悪なのでワンチャンすら怪しい。
以上の事をほんわかと、もとい秩序を司る脳の部位で感じ取っているそえーんは、断固として辺獄に妹は与えてならないという使命感を抱いていた。
そえーんとしてもキチガイどもの犯罪行為など自分に被害が及ばなければ心の底からどうでもいいと思っていたが。
見過ごせばAIREAL・ディーオーが「ぶぅうるるるぁあああああ!!」と叫びながらそえーんごと大爆発させる未来が何となく予見できてしまっていた。
「まあ……今の所辺獄くんに妹は見当たらないし、間に合ったって事かね」
辺獄が未だに単独でいることを確認したそえーんは、安堵の溜め息を一つ吐いた。
と、辺獄の向こう側にあるナメコの柱を見て思案する。
「………何でアレ、バラけてねえんだ?」
ネズミ退治の際に、そえーんがちらりと見た辺獄の攻撃は、ナメコが生えた棒……剣、のようなものでネズミを斬りつけ、身体からナメコ生やさせて、急激に衰弱させるという薄気味悪いものだったが………
突如として、ナメコの柱に亀裂が入り──裂ける。
「ん……ぅ、ん……」
「おっと」
ナメコから現れた──少女を。
辺獄は優しく抱き止めた。
その光景を見たそえーんは。
(どうすっかなぁ………)
途方に暮れていた。今回は“妹を拾って来た”のではなく。
大方AIREALのトンチキ能力を使って“ナメコから産み出した”為、タケノコハンマーで少女の頭を叩いた所で、変化は……起きない。よって、少女が何処かに帰るということも、無い。
「いやあー、とうとう辺獄くんにも妹ができたかー。猥は嬉しいよホント」
「見た感じ……AよりのBだな。俺の風禍銃刀が唸るぜぇ〜、超唸るぜ〜」
案の定、妹にはしゃぎ始める卿とズリキチ。
他三人の事などまるで忘れたかのように、辺獄は妹の肩を掴んで、しっかりと向き合っていた。
「君の名前は……エナ……いや、エリカ……ああ~、迷うなぁー!」
「……?」
妹の名前であれこれ悩んでる辺獄に対し、妹らしき少女は首を傾げてじっと辺獄を見つめていた。
ようやく決心した辺獄は、高らかに告げる。
「……よし! 君の名前は──」
「エホバノショウニンでいいだろ。そんなもん」
「エホバノショウニン………」
苛立ち混じりに言ったそえーんの言葉に少女が反復するように名前を声に出して、空気が凍り、静まり返る。
数秒経ち、辺獄がそえーんに食ってかかる。
「何言ってんですか。何て事言うんですか!!!」
「うるさっ」
辺獄の怒号に、そえーんは眉を顰めて睨み返し、卿とズリキチはゲラゲラと腹を抱えて笑っていた。
「えっ、エホバノショウニンって! マジか! あはははは!!! なんやねんそのネーミングセンス!!!」
「いやー、すげえ名前だなあ! エホバノショウニン! ぶはははは!!!」
笑う二人を睨む辺獄だが、そんな事をしてる場合では無いと思い直し、少女に向き直り優しく語りかける。
「あんな頭のおかしい人達の言う事なんか気にしなくていいからね。君の名前は、エナだから」
「…………」
「……あ、ああ! じゃあエリカだね! ね! エリカちゃん!」
「……………………」
「エナでもエリカでもない………!? てなると………エイミー! 君の名前はエイミーだよ!!」
「………………………………」
複数の名前で呼びかけても碌な反応を示さない少女に辺獄は断腸の思いで、例の名前を、呼ぶ。
「……………エホバノショウニンちゃん」
「なに? お兄ちゃん」
妹の──エホバノショウニンの反応に辺獄は膝から崩れ落ち、うずくまって慟哭する。
「おおぉおおお……………こんなの、こんなのって…………」
笑う二人と嗚咽を漏らす一人に、奇妙な名前の少女が一人。
きちんと考えるのもアホらしくなったそえーんは、とっとと三人の野郎に蹴りでも入れるかと歩き始めた──その時。
「──! おい、お前ら!」
そえーんが鬼気迫る声で三人に呼びかけると同時に、恐ろしい唸り声を上げながら木々の間からゆっくりと、巨大なバケモノが現れた。
見た目こそライオンのように見えるが、背中には山羊の頭部が生えており、尻尾に至っては蛇そのものだった。
突然の事態に、四人は蛇に睨まれた蛙の如く硬直し、エホバノショウニンは辺獄の背に隠れる。
一触即発の状況に、バケモノの唸り声だけが辺りに響く。
永遠とも思える数秒が経ち。バケモノが一歩、動く──
「方円弾雨領域」
と、同時に声が響くと、瞬く間にバケモノの身体に無数の風穴が開き、バケモノは倒れ、絶命した。
四人はバケモノの死に驚きと安堵を感じながらも、バケモノの後方から足音を鳴らしながら来たのは──前髪に白のメッシュを入れた、黒いコートを着た“女性”だった。