苦労人、そえーん
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!」
たったった、と家屋らしき建築物が密集している場所に向かって走るアカリを見て、辺獄は汚い高音の絶叫を轟かせ、崩れ落ちた。
『……………』
「……………」
余りにも悲痛な叫び声に対して卿は納刀し、そえーんは白んだ目で辺獄を見ていた。
辺獄が纏っていた髪の毛もパラパラとほどけ、辺獄の腕が淡く光ると黒いガントレットは消え、代わりに辺獄の手元にAIREALが転がっていた。
「アカリちゃん……アカリちゃん……いや、今から追いかければまだ……ッ!!!」
「行かせねーよ変態」
「ごぶォおッ!」
決意の表情を浮かべ、立ち上がって追いかけようとした辺獄に、そえーんは容赦なくタケノコを辺獄の横顔に投擲、直撃。
当たり所が良かったのか、辺獄は半回転しながら吹っ飛び、気絶した。
「さて……辺獄を止めたのは良いとして、問題は……」
そえーんは視線を辺獄から卿に移す。
……見てるだけで妙に正気が削れそうになるのは、鎧が原因なのか、卿の存在故か。
目頭を指で強くつまんだ後、そえーんは卿と相対する。
「卿よ。まずは辺獄くんを止め……ボッコボコにしてありがとな。スカッとしたわ」
『別にお礼言うほどのもんでもないやろ。というか二人のどんぐりの背比べとか猥としても見てるのキッツいもんあったし』
礼を煽りで返されたそえーんのこめかみがひくひくと動くが、別にそえーんとしても本心から卿に感謝などしている訳ではないので、落ち着きを取り戻し、話を続ける。
「で、だ。一応ゴタゴタは収まったし、他二人も連れてもう一度クトゥルフの館に行かないと行けない訳だから、とっととその鎧消してくれんか。流石にそれで店に入るには無理あるだろ?」
そえーんは、ある程度筋を通した理屈で卿を諭そうとする……が。
『断る』
「…………………………………あっそう」
やはりというか、予定調和というか、悪い意味で期待を裏切らない卿に、そえーんは冷めた声で返す。
そんなそえーんの態度に卿は微塵も気にする素振りを見せずに、謳い上げる様にして意気揚々と語る。
『猥もな、一応現実と妄想の区別はついてんねん。例えどれだけ平和を望んでも、猥に力は無いし、現実でモノ言うのは結局の所カネと権力とカリスマ性や。それはわかる。わかった上でや。それでも平和を求める猥の心に嘘偽りは無いで。君らもちゃーんと仲間やと猥は心の底から思ってるし、今現在の乗り越えるべき──』
そこで言葉を切り、刀を鞘から抜き放つ。
『──試練やと思っとるよ。気の毒とはいえ、他三人には消し炭になって貰うわ。猥のエアくん……ちゃん? の力で』
「なっげえ御高説ほざくのは良いんだけどさ。つまりお前、それ解除する気ねえんだな?」
『当たり、前やッ!!!』
声を張り上げた卿にそえーんは身構え、両手にタケノコを握る。
『エアくん!!』
[一番武装“燃焼剣”、起動]
某野球アニメに登場する、双子の少年と幼馴染みの少女のような音声と共に、刀を握った卿の手“ごと”炎に包まれ、燃え盛る。
『──ぎゃあ゛あ゛あ゛っぢィい゛い゛イイイ!!!』
断末魔の如き叫び声を上げながら、卿が鎧の背中の筒のような物体からジェット噴射させて、そえーんへと迫る。
「と、ま、れ──馬鹿野郎ォ!」
そえーんはタケノコを連続で投げつけるが……止まらない。
『おォおおおおッ!!!』
卿は投げつけられるタケノコを斬り、または燃やしながら、雄叫びを上げてそえーんに斬りかかる。その攻撃をそえーんは髪の毛先を焦がしながらもギリギリで避けていく。
「く──ッそ、熱っちいし、ガチで殺しにきてんじゃねえか! てめえ!」
『人聞き悪いこと……言わんでくれへんか。単に燃やそうとしとるだけやろが』
「それが俺の死に直結してんだよ、アホぉ!」
卿の剣を掻い潜り、そえーんはタケノコを卿の顔面にクリーンヒットさせる。
『う……おっ──』
「まだまだまだまだァッ!」
好機と見たそえーんは卿に体勢を立て直す暇を与えずに、高速でタケノコを投げつける。
いくつか明後日の方向に飛ぶモノや、所詮タケノコ、頑丈な鎧に弾かれて宙を舞うモノもあるが──タケノコからタケノコが次々と生えていき。育ったタケノコが根元からジェット噴射して追尾ミサイルのように卿に向かって飛んでいく。威力そのものは微々たるものだが、倍々式に増えていくタケノコはさながらゲリラ豪雨のようであった。
『く、ちょ、タケノコ多すぎやろ!!』
[マスター、上空に退避を]
余りの物量に押され、卿は回転して周囲のタケノコを刀で焼き払うと、AIREALの声に従って上空へと昇っていく。
「上に行こうが、叩き落としてやるッ!」
追撃の手を一切緩めず、上空に逃げた卿に向かってタケノコを投げつける。おびただしい数のタケノコが卿に吸い寄せらるようにして向かっていく──が。
『エアくん! 次ッ!』
[二番武装“燈骨爆炎弩”、起動]
卿の号令と共に、再び無機質な機械音声が鳴り響くと、卿は左腕を迫り来るタケノコの大群へと向ける。
『うっ──ぎゃあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!!!!』
[標的固定。発射用意]
卿の絶叫に特に反応するわけでもなく、AIREALは淡々と文言を告げる。
卿の左手首から棒のようなものが生えたかと思えば、左右に割れて弓の形となり、鎧の籠手部分が蓋を開けるように展開する。
そこに現れたのは──血まみれの骨。
『発、射ぁあ゛ッ!!』
[発射]
絶叫と冷淡な声と同時に、左腕を材料にした洋弓銃から、つがわれた橈骨が勢いよく射出する。
射出された橈骨は、こびりついた血が発火、瞬く間に巨大な炎の矢と化して、卿に向かってきたタケノコを悉く焼き、そえーんの下に一条の軌跡を描いて飛んでいく。
「マジかよ……っ!」
〈ありゃあ、やべェぞ! 相棒ッ!〉
戦慄するそえーんの脳内に、ぶるぁああ、と叫びそうなダンディなAIREALの声が響き、同時に、危機迫る状況への対処法もAIREALから頭の中へと、そえーんに流れ込んでいく。
「──こいや、タケノコォッ!」
〈荀なるバリア─タケノコフォース─、発動ォゥ!!〉
そえーんが手を前に突きだし、AIREALが、どこぞのカードゲームのような宣言をすると卿に向かっていたタケノコ群が一転して、飛来する炎の矢からそえーんを守るように壁となってそびえ立つ。
そして。炎の矢とタケノコの壁が激突する。
「うおおぉあっ!!!」
〈く、相棒ッッ!〉
タケノコにぶつかった炎の矢が爆発し、タケノコを焼き尽くし。壁を貫いて骨が飛んでくるが、そえーんはギリギリの所で回避する。
「それ“っぽい”物だと思ってたけど、ガチの骨かよ……」
そえーんは地面に突き刺さった骨を一瞥し、卿を見据える。
左腕をだらりとぶら下げている卿は、肩で息をしており、ふらつきながらも滞空していた。
『はぁ……はぁ゛……そえーんくんの分際で……中々やるやんけ………はぁ………』
「俺はお前の攻撃方法にドン引きだよ。武装使う度に、まあまあ深刻なダメージ受けてんじゃねえか」
『リスクとリターンは……ハイな方が……効果、あるからな……』
「えぇ……?」
自傷を躊躇わない卿に、そえーんは更に引いていた。
お互いに、沈黙を保ったまま見合い。
──先に言葉を発したのは、卿。
『そえーんくんもとっとと燃やして、猥は平和を築く!!』
「一つ聞くけどよぉ、お前の言う“平和”ってなんだよ」
『人類の絶滅』
「んなこったろうと、思ったよッ!」
どんな見た目になろうが“卿は卿”と呆れ返るそえーんだった。だが、卿はそんなそえーんに反応を示さず、AIREALから脳内に流れ込んでくる、焼滅炎鎧卿の武装を起動する。
『エアくん、これで決めるでッ!!!』
[三番武装、“落火隕脚”起動]
「ぐぅ、ぎ、ぎゃあ゛あ゛あ゛ッ!!」
卿は納刀し、右脚をそえーんへと向ける。
右脚からは踵の部分から血に濡れた骨が鋭く、鎧を貫通して出ており、鎧の右脚部分の至るところがスライドして、噴射口らしきものがいくつも現れる。
それに合わせるように、そえーんも迎撃の準備を整える。
「──特大ぁ……」
そえーんのAIREALから流れ込んでくる情報を元に、一つのタケノコを手のひらより少し浮かせた所で、回転させる。
タケノコは浮いたまま、回転を続けている。
「螺旋状筍ぉ………!」
回転させたタケノコを天高く掲げると、周囲に落ちていたタケノコが巻き込まれるようにして、一つの巨大なタケノコの塊と化していく。それはさながら──円錐錐の様であった。
そして、お互いに示し合わせたかのように。
『──お゛ォオオオオオオオオッ!!!』
卿は脚の噴射口から凄まじい量の炎を噴き出して流星のように突撃し。
「──破回転撃ゥウウウウッ!!!」
そえーんは回転する巨大タケノコを卿に向けて押し込むように、腕を前へと突き出す。
上空からの加速装置付きの飛び蹴りと、螺旋を描いて回転する巨大タケノコが激突する。
二人は雄叫びをあげながら、力をぶつけ合う。
一見すると、拮抗しているように見えるが、実は違う。
卿は敵だとか味方だとか関係なく、“燃やして進む”という信念の下に力を振るっており。
対するそえーんは、“卿を殺さずに、無力化しなければならない”という制限を課されている。もし、万が一にでも……うっかり……つい……そういう不慮の事態が起きれば。
卿が発動した“狂火魂縛”の呪いで、“倒した敵と等価のものを失くさねばならなくなる”。この場合、失くすのは……おそらくではあるが……自身の命。
そんな状況を把握しているそえーんは。
「………無理じゃねえの!? これぇぇえッ!!」
八割方詰んでいる事に気づいて絶叫した。
今は巨大タケノコの質量と推力で拮抗しているが、卿は炎を纏いながらタケノコを焼いて蹴り砕いているので、どうみてもジリ貧であった。
ぶっちゃければ。割とガチめに命が懸かっている為、そえーんとしても卿を殺さずに無力化できる自信は皆無だった。明らかにジャンル違うし、戦力差がおかしいもん。
そんな下らない事を考えながらもタケノコの回転を緩めることはせず、どうにか思考を続ける。
「くっそ……せめて数秒、動きが止められたら………!」
あの卿の頭にタケノコハンマーを叩き込むのに──と内心愚痴ると。
〈おう、相棒、あいつの動き──止めてえんだな?〉
「そりゃあな! 理想はあの野郎が地面近くにいることだが、この際筍槌ぶん投げてでも止めてやるしか道はねえだろう!!」
〈……なら、覚悟はあるか?〉
「何のだァ!!」
〈リスクを負う、覚悟だ〉
土壇場の状況で、差し迫っているそえーんの堪忍袋が切れた。
「こっちは、命懸かってんだ! 何か手段があんならとっととやってみせろォ! AIREALゥウウッ!!!」
〈いーぃ、シャウトだ。相棒〉
誉めるようなAIREAL声がそえーんの頭に響くと。
何も──かもが、止まった。
タケノコと激突している卿も。回っていたであろう巨大タケノコも。雲も、町の喧騒も、何もかもが止まっていた。
「──、は? え?」
突然の状況についていけないそえーんに追い打ちをかけるように、AIREALが告げる。
〈凍結世界──九六秒だけ、俺たちのだけの時間だ〉
その言葉を聞いたそえーんは、ツッコミをグッと堪え、巨大タケノコに飛び乗り、駆け上がる。
好機は今、この、数十秒。
駆け上がる最中に、筍槌を取り出し、そして──
『──ォオオオオッ!!!』
「おおおおおッ!!!!」
九六秒後。世界が動き始めると同時に、そえーんは卿の頭にタケノコハンマーを叩き込んだ。