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閑話 それぞれの勇者が歩む道は


 フェリス・マクレーンと戦ってから二週間。

 俺、斉藤茂信と、レーランは、ついにロービン王国の国境を越え、迷宮国バルバへ到着した。現在茂信たちが居る場所は、国境付近にある町、グラノーゼである。


「いや、ここまで長かったな」


「何安心してるのよ。大変なのはこれからでしょ」


 感慨深く呟いた俺に、レーランが叱責の言葉を零す。

 だがここまで、本当に長かったなと、俺は思った。


 二週間と少し前、俺たちはこの世界に召喚され、その日の夜には、レーランと一緒に王都から脱走した。そして次の日には、冒険者ギルドに登録し、ロービン王国内にある町、リューシカに向けて旅立つ。その道のりでは、ロービン王国宮廷魔術師第一席であり、第22代目賢者である、フェリス・マクレーンと戦った。


 そこからも、ロービン王国からの追手をなんとか凌ぎつつ、ようやく迷宮国バルバへと到着したのだ。

 茂信の人生の中で、最も濃い時間だったといえるだろう。


 そこで、ふと俺は、召喚されてすぐ姿を消した、ある二人のクラスメイトについて思う。

 あの二人のことだ。きっとどこかで楽しくやっているんだろう。できることなら、また会いたいものだ。


「シゲノブ? 聞いてるのシゲノブ?」


「ああ、悪い。少し考え事してた」


「全く。しっかりしなさいよ」


 レーランは頬を膨らませ、そっぽを向く。

 そういう仕草を見ると、レーランのことを、可愛いなぁ、と思ってしまい、少し照れてしまう。それを隠すため、話を戻す。


「悪かったって。それで、何かあったのか?」


「どこか行きたい迷宮とかある? この国には今、全部で六つのダンジョンがあるし、何か希望があるなら、それに答えるわよ」


「って言われても、俺どんなのがあるか知らないんだよなぁ。レーランはどこがいいと思うんだ?」


 俺はそうレーランに聞くと、その直後に背後から声がかかる。


「それならさ~、新しくできたダンジョンになんか~、興味ない?」


「うお!? 誰だあんた」


 いきなり見知らぬ人物が会話に入ってきて、思わず飛びのくと共に、驚愕の声をあげる。


 俺たちの背後から話しかけてきたその人物は、紺色のキャップ帽を被った、中世的な少年だった。だがその胸にある徽章に見覚えがあり、声を漏らす。


「あれ? あんた、ギルドの人か?」


「よく分かったね~。その通りだよ~。第一冒険者ギルド一課所属の隊員、ミュディガ・ジークリンス、っていうんだ~」


 人懐っこい笑みと共に、その少年はそう口にする。

 それに対して俺は面白い人だなぁ、と思うに留まったが、俺の隣にいたレーランは、若干敵意の籠った視線を、ミュディガに向けた。


「どうしたんだ? レーラン。知り合いか?」


「……ええ。昔、少しね」


「ってあれ? 君、あの、レーラン・セレリー、だよね~? ほら~『裏切りの巫女』の~。僕のこと、覚えてない?」


「忘れるわけないでしょ。あなたほどの人間は、そうそういないもの。後、その二つ名と名字で呼ぶのやめてくれない? 今はただのレーランよ」


「これは失敬~。ところで聞きたいんだけど~、何で君がこんなところにいるのさ~?」


「色々あるのよ。ところで、さっきの話は?」


「ああ~。新しいダンジョンのことだね~」


 明らかに話題を変えるための質問だったが、ミュディガは自然にそれに乗った。

 俺は昔二人の間に何があったのか気にはなったが、それについては深く触れず、そのまま話に耳を傾ける。


「実はさ~、少し前のことなんだけど、新しいダンジョンが発見されたんだよ~。そこに、迷宮都市を造るって人が出たから~、それの監察官として僕が行くことになったんだよね~」


「それで?」


「そこでね~、新しいダンジョンの調査に~、行ってくれそうな冒険者を探してるんだけど~、生半可な実力の冒険者じゃ~、厳しいんだよね~。既に何人か~、犠牲も出てるみたいだしね~」


「なるほど。そこで、私たちに調査を頼みたいと」


「話が早くて助かるね~。君の実力は言わずもがな、そこの彼も中々強いみたいだしね~。……ただ、一つ助言を入れると~、そこの彼にもさ~、偽装を覚えさせた方が~、いいと思うよ?」


 そう言った時のミュディガの目には、真剣な色が籠っていた。恐らく、俺の称号を見て、忠告を入れたのだろう。異界より召喚されし者、なんて称号は、普通はつかないだろうからな。


「そんなこと分かっているわ。なるべく早く覚えさせるわ」


「そうした方がいいね~。それで~? 行ってくれるかな~?」


「どうする? シゲノブ」


 レーランはここで、俺に意見を求める。

 正直この先はノープランなので、この世界を知っているレーランに任せようと決める。


「レーランが決めてくれていいよ」


「そうね。……分かったわ。その依頼、受けさせてもらう」


「ありがと~。場所はこの地図に書いてあるから~、近いうちに来てね~。僕はもう出発しないといけないし~」


「ええ、またね」


 ミュディガは笑みを浮かべたまま、レーランに地図を渡すと、この場から立ち去って行った。

 レーランはミュディガを視線で見送ると、俺の方に振り返って、こう言った。


「さて、それじゃあ、シゲノブの装備を買いに行くとしますか」


「おう」


 俺はそう呟き、この町の武器屋へと向かう。

 こうして、茂信たちは己の知らない内に、雷たちへと近づいていくことになった。


 =========


「デフリー、勇者たちの中で、使えそうな駒はどのくらいいる?」


 国王の私室で、ロービン王国の国王、ケイネス、と騎士団長の、デフリーは、二人きりで話していた。

 両者とも酒を飲んでいるが、その声音は平時とほとんど変わりない。


 ケイネスに問われたデフリーは、少し頭を回すと、呟くように答えた。


「まず第一に挙げられるのは、勇者コウタですね。スキルもそうですが、才能、頭脳、性格、度胸、どれを取っても非の打ちどころがありません。己の正義に酔っている、というわけでもなさそうですし、非常に有用な人材かと」


「まあ、彼には私も期待しているがな。他はどうだ?」


「戦闘能力でいえば、次にあげられるのは勇者ゴウジですね。既にスペシャルスキルを我が物として、戦闘訓練でも二位の実力者です。他は、勇者メイなどは、滅多に見ない回復系のスペシャルスキルを操り、中々貴重な戦力になるかと。ただ、あれは性格が貴族の令嬢と同じようなもので、戦いには向きません。性格の矯正ができれば、使えると思います」


「では、注意すべきはその三人のみでいいのか?」


「……いえ、注意すべき人物は、もう一人います」


「誰だ、それは?」


 苦々しい表情で言ったデフリーに、ケイネスはその人物について尋ねる。この男がこのような表情を浮かべることなど、あまりないことだからだ。


「勇者シンジです。現在、勇者たちに暴行を加えられている」


「何故だ? 奴のスキルは、暴食、という、ただ無限に食事ができるだけという、勇者の中で最もしょぼいスキルだろう?」


「……いえ、そんな生易しいスキルではありませんよ。王は、かつてこの世界に君臨した最強の『魔王』ベルゼブブのことを、知っていますか?」


「勿論だ。ステータスは全て2000を超えていたと呼ばれる化け物。逸話では、世界の守護者として君臨する竜族の王に、その身を焼かれた、と伝えられている」


「はい。その逸話は真実です。私もその時・・・・・見届けたので・・・・・・、間違いありません。ですが、その逸話は全てを語っていない」


「どういうことだ?」


「かつて元勇者・・・であり、最強の魔王であったベルゼブブは、死ぬ間際にこう言い残しました。『まだ、終わっちゃいねぇよ。クソ竜族共。今、俺の手でてめぇらを喰えねぇことは、非常に残念だが、必ず遠くねぇ未来、俺様はよみがえる。楽しみに、しておくんだな』と。そしてその直後、ベルゼブブは我が王にその身を焼かれましたが、その死体には、ベルゼブブが持っていたはずの、力が消失していたのです」


 それを聞くと、ケイネスは強張った表情を浮かべつつ、デフリーに鋭い視線を向けた。


「つまり、お前はこう言いたいわけか? 竜王の炎に焼かれたベルゼブブは、何らかの方法で己の力を、別の場所に移し、そしてその力が現在、勇者シンジに備わっていると」


「その可能性が、高いと思います」


「考えすぎだ、とは言えんな。同じ勇者という身分で、あのベルゼブブと同じスキルを持っていることを、ただの偶然で片づけることはできんか。……だがな、デフリー」


 ケイネスは一度ここで言葉を切り、落ち着いた声音で、こう口にする。


「いくらベルゼブブであろうと、そうでなかろうと、それが私の役に立つのならば、関係ないんだよ。確かにお前は竜族で、元々は世界の守護者だったが、それは過去の話だ。そんなものは、私との契約の前では、些事だ。違うか?」


「……その通りです」


「では前の勇者同様、全員を選別にかけろ。だが先ほどあげられた三人は殺すなよ。そして勇者シンジについては、お前の判断に任せる。奴が私の役に立つと判断したのならば、手助けして構わない」


「了解しました。我が王よ」


「ああ、それと。フェリスが勇者シゲノブの奪還に失敗した。もう生死は問わんから、勇者シゲノブを、必ず私の前に連れてこい」


「御意」


 デフリーは頷いて、その部屋を後にした。

 運命の歯車は既に回りだし、それぞれの勇者たちの歩む道には、多くの受難が待ち受けることになる。


 その様子を世界の外から見ていた、上位神エフィドスは、中々楽しいことが起こりそうだ、とほくそ笑みながら、これからの勇者たちの行きつく先に、思いを馳せた。

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