前兆
爆発を受けた俺は吹き飛ばされ、数メートル離れた地面に叩きつけられた。
思わずうめき声が漏れるが、GRDが150を超えているステータスのおかげか、そこまで重傷を負わずには済む。
だが自爆した当人はそうは行かなかったようで、既に炎に包まれ息絶えていた。
慌てて近づいてきたスミギナは、俺の側にやってくる。
「大丈夫か、オブザ様」
「ああ、問題ない」
「それにしても、いきなり自爆しやがるとはな。一体何だってんだ」
それは俺も同感だ。
魔法で姿を隠してまで尾行し、ばれれば逃走から戦闘に。そして最後は自爆。
初対面と思われる人物にこんなことをやられる心当たりはない。
前の世界ならあったかもしれないが、ここでは茂信他クラスメイトとエフィドスくらいしか、前の世界の俺を知る者はいないはずだ。
俺が頭を悩ませていると、ミュディガが欠伸をしながらやって来て、もう死んでしまった黒マントの男を見る。
その時一瞬、ミュディガが狂気を纏った笑みを浮かべたように見えた。
「この男のこと、何か知ってんのか?」
スミギナがミュディガにそう聞いた時には、あの狂気を感じさせる笑みは消えており、何でもないようにミュディガは返す。
「う~ん、僕は特に見覚えはないなぁ~」
スミギナも特に期待していなかったのか「そうか」と一言呟き、そのまま死体の見分を始める。
結局目ぼしいものは見つからず、焼けて顔も分からなくなった死体は、その場に置いていくことになった。
馬車に戻る時、ミュディガと目が合う。
だがミュディガは特に様子を変えることもなく「何~?」とミュディガを見ていた俺に声を掛けてくる。先ほどの狂気を微塵も感じさせないその様子を見て、俺は前の世界で出会った、とある狂人に雰囲気が似ているな、と思うのだった。
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「リーダー、ケイトの生命反応が途絶えたぜ。しくじったみたいだな」
とある暗い森の中にある小屋。
お世辞にも広いとはいえない木造の小屋に、黒マントを着た人間が数人入っていた。その一人にリーダーと呼ばれた男は、先ほどまで見ていた紙面から視線を外し、鷹を思わせる鋭い眼光で、自らに声を発した男を射抜いた。
「それは本当か? ジャクソン。あいつの隠密魔法《ハイド・ミラージュⅣ》はそう簡単には見破れないはずなのだが」
「間違いないと思うぜ。さっき自爆用の魔道具の使用も確認した。それに《マインド・コントロールⅣ》で操っている鳥の視界にも、それは映っていたしな」
そう言った男の左目は、淡く紫色に輝いている。
それは《マインド・コントロールⅣ》における副作用のようなものだ。そしてそれを聞いたリーダーと呼ばれた男は、手を顎に当て、何かを考えながら質問する。
「ジャクソン、後どれくらいその魔法は持つ?」
「もって三十分ってとこかな。これ距離が遠くなればなるほど魔力喰われるし。どうする? 一応新たな鳥を放つこともできるけど」
「いや、尾行はもう十分だろう。ケイトがやられたのは予想外だったが、それでも計画には支障はない」
「了解。なら視界共有ももう切るぜ。地味に大変なのよこれ」
「ああ。それにしても流石『笑顔殺人鬼』といったところだな。やはり、一筋縄では行かなそうだ」
そう呟いた声には、僅かに疲れが混じっていた。
だがそれを聞いたジャクソンと言われた男は、リーダーと呼ばれる男に向かってため息をつく。
「そんなの依頼が来た時に分かってたことじゃんか。暗殺者ギルドA級の依頼なんだしさ」
「まぁな。……さて、そろそろ俺たちも動くとするか。メリース、グランとナーガはどこ行った?」
「グランは馬車で眠っていて、ナーガは既に目的地へ向かっているはずです」
「そうか。では行くぞ。ジャクソン、メリース」
「うぃーす」
「はい」
ジャクソンとメリースはその声と共に立ち上がり、木造の小屋を後にする。
そしてその二人の前に立つリーダーと呼ばれた男『冷徹鬼』の異名を持つ、暗殺者ギルドAランクアサシン、ベルラド・グルージュ、は冷え切った思考で、今回の依頼の標的である、ミュディガ・ジークリンス、のことを考えつつ、雷や玲奈がいるダンジョンへ向かうのだった。




